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【トアと過ごす時間】
59.笑顔は大事
しおりを挟む朝起きてランニング、その日課が出来なくなったのは思ったより痛かった。部屋で筋トレは出来るけれど変わり映えしない景色を見続けて黙々こなすのは結構しんどい。
「──100!あー、疲れた」
ノルマを達成した梓はそのまま大の字で床に寝転がる。冷房をきかせていたお陰で涼しく快適な空間だが、これではないのだ。走りたい。
そう思った時だった。嫌味めいた、けれど明るい声が聞こえた。
「アンタなんでこんなとこでそんな暑苦しいことしてんの。つかなんで筋トレ?」
馴れ馴れしいともいえるが幼いともいえる口調。彼は間違いなくトアという最年少の聖騎士だろう。紺色の髪のショートで青い瞳をしているトアは今までの聖騎士と雰囲気が違う。いつだったか美海がトアのことを可愛いと言っていたがその台詞も頷ける。
──聖騎士で初めてかもしれない。陽キャラだ……。
にぱっと笑うトアに梓は思わずたじろいでしまう。自身が陽キャラではないと自覚している梓ははっきりとトアを苦手だと感じてしまった。白那は同性だから大丈夫なのだ。異性でのこのタイプとは馬が合わない。梓は思い出してしまった嫌な記憶を必死に振り払って微笑みを作る。
「おはようございます。筋トレは日課で朝にしているんです」
「日課っていうなら前は走ってたじゃん」
「最近は筋トレのほうにはまってて」
「へーかわいそ」
太陽のような笑みを浮かべるトアに梓もにっこり微笑む。
トアはずかずかと部屋に入ってくると梓の目の前で立ち止まった。そして身体を起こした梓と視線を合わせてしゃがみこむ。近い距離間に梓は身をひいたがトアは気にした様子もない。
「俺はトア。この1カ月よろしく?」
「私は樹と申します。トアさん、1カ月よろしくお願いします」
「ははっ!やっぱ俺アンタみたいな奴苦手だわ!かたっくるしすぎるだろ!」
一月を宜しくとお互い言い合ったあとにこれだ。はっきりとした性格で分かりやすいと思おう。……そうだ。それがいい。梓は微笑みながら何度か頷いて自身の感情を抑え込む。
「それであれだろ?アンタなんか前口上があんだろ?」
「前口上……既にご存知なら言う必要もないと思うんですが」
「いいから言えって」
既に梓の口元はひきつっているがトアもそれには気がついているのだろう。なぜなら梓の顔を見て声を出して笑っている。
──なにこいつ。
シェントに『お互い気ままに過ごしたい』と言ったのは本当だ。けれどトアが気ままに過ごすとこのひと月こんな時間が増えるということだろう。トアが言う前口上に具体的なことを付け加えたくなったが、自分自身でも毎回これを言うたび自意識過剰を思って疲れるのだ。これ以上付け加えるのもしんどい。
梓は諦めて目の前でニヤニヤするトアに言い放つ。
「このひと月お互い干渉しすぎず穏やかに過ごしましょう」
「それだけじゃないだろ?ほらっ……おおすげーやっぱ触れないんだ」
「フフ、失礼しました。私はあなたと一緒に過ごす義務は果たしますがセックスは望んでいません。あと触れないことは分かっていてもそういうことされるのは凄く気色が悪いので止めてくれませんか?」
「ははは!こわ!」
鎖骨あたりに無遠慮に伸ばされた手は梓に触れることはなかったが、人の手が自分の身体を透り抜ける光景は見ていて気持ちがいいものではない。立ち上がって距離を置く梓の唇は微笑んでいるがその目は軽蔑に染まっている。だのにトアは「ごめんごめん」と軽い調子だ。
そして分かりやすく不快感を顔に出す梓を照らすような満面の笑顔を浮かべた。
「俺もいちおー言っとくけどお前に興味ないんで!安心しろよっ」
善意からの言葉なのか計りかねたが梓はイールと過ごした時間のお陰である程度こういう言動に耐性がついてしまったらしい。
「そうですか、よかったです」
にっこり笑って感謝する。
どうやらこのひと月はある意味で神経がすり減りそうだ。
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