愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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【トアと過ごす時間】

62.人形の微笑み

 




朝起きてすぐ、あっと思った。そしてトイレに行って予感は正しかったのだと分かる。この世界に来て初めて――生理がきた。元々生理不順だったうえ旅行どころか異世界に来るというとんでもない事態に遭ったためいつもより遅れてはいたがそこまで不安に感じなかった。けれど今このタイミングで生理が戻ってきたことになにかドキリとしてしまう。
――この世界に来る前に丁度終わったから約4カ月とちょっと遅れてた?のかな。今回は長かった。確か当て布、布ナプキンみたいなのが……あった。
いつだったかメイドに教えて貰った布ナプキンは物置に置いてしまって探すのに苦労したが見つけることが出来て梓はホッと安堵の息を吐く。

「そういえば他の人ってどうしてるんだろう」

一月を過ごす間生理のときだけ聖騎士と過ごさないなんて出来るだろうか。出来たのだとしても生理だと言うのも憚られるしなにより恥ずかしい。かといって生理中に同じベッドで寝るのもなんだか恥ずかしい。
――こんなことで悩むことになるなんて。
梓はぐるぐるする感情を溜め息で吐き出して着替えることにする。今日は筋トレお休みにしよう。冷房もキツくならないように調整して……。
梓はなんの気なしにお腹に手を当ててしまう。

「ご飯……早く着替えてご飯、食べよう」

気持ちを切り替えるため言葉にして今度こそ服を着替える。何をするにしても何を考えるにしてもちゃんとご飯は食べないと駄目だ。そうでないと気持ちも身体も色々なものが乱れてしまうことを梓は痛感している。
――ネガティブになってるときは大体お腹減ってるせいだしね。今日は暖かいスープでも飲んでゴロゴロしよう。私はそれで元気になるし。
母に聞かれたら怒られそうな予定だが今日はいいはずだと梓は言い聞かせて花の間に移動する。今日も花の間は眩しく、メイドはすぐさま梓が来たことに気がついて用を聞きにくる。

「おはようございます」
「おはようございます。あの、朝ご飯に温かいスープをお願いできますか?」
「畏まりました。パンをおつけしましょうか?」
「お願いします」
「畏まりました。どうぞおかけになってお待ち下さい」
「いつもありがとうございます」

メイドは慣れたもので梓が望む通りに動いてくれる。最初は部屋に運ぶと言うメイドは多かったが梓が断り続けていたら周知の事実となったらしい。部屋に運ぶとは言わなくなって遠慮しがちな梓のために提案もしてくれるようになった。
――本当にメイドさんたちには頭が上がらない。
幼いというのに非の打ち所がない彼女たちに梓は尊敬を覚えるが、同時に幼さが見えない彼女たちを心配してしまう。仕事だから隠している、ということは考えられるが一体メイドたちはどんな環境なのだろう。城下町からここまで働きに来ていることは今までのことから考えにくい。恐らくこのお城のどこかに住んでいるのだろう。
ある意味この城で働くことは彼女たちを守ることになるのかもしれない。城下町でのことを思えば女性が多く兵士もいるこの城のほうが安全だろう。もしかしたらそのために少女はこの城に集められた可能性もある。とにかく第一に子供のこと――特に女の子を大事とするこの世界だから国で管理するのが普通……なんて。
考えられる可能性ではあるが引っかかるのは女性をこの城で見ない、という点だ。若い女性だけでなく老齢の女性だって見ない。
――大きくなったメイドさんはどこに行ってしまうんだろう。
ずっと一緒に居たら当たり前にわく疑問だ。それなのにその答えを知ろうとすると二の足を踏んでしまうのはなぜだろう。きっと答えてくれるだろう。もしかしたらそれは嘘で用意された答えかも知れない。なんにせよ答えてくれる。
それなのに、聞けない。


「樹様、お待たせ致しました」


可愛いらしい声――カナリア。驚いてその顔を見れば綺麗に微笑む顔。そうだ、カナリアはいつも機械的に、いつも見事と言ってしまいそうな作り笑顔を浮かべる。
『……ああ、それともご覧になりますか?この男も生まれが違えば聖騎士となれるはずだった者。丁度いい相手でしょうから』
牢屋で向けられた悪意を忘れないが、あれも仕事だからしょうがないのだろう。なにせカナリアだけではなかった。
『……今すぐ持って参ります。君、すぐここを片付けるように』
シェントに命じられ牢屋の掃除をしていた召使の中には城で過ごすあいだに見た顔があった。仕事なのだ。
では、メイドの仕事とはなんだろう。
この国で保護されているあいだ神子の世話をする?そしてある程度の年齢になったら──?

「どうされましたか?顔色が優れないようですが」
「いえ、食事、ありがとうございます」
「神子様。私共にそのような言葉遣いは不要と申し上げたはずです」

吊り上がる口元に梓は言葉を呑みこむ。
『ふつーに聞けばいいじゃん』
だが、思い出してしまったのは飾らずに笑うトアの言葉だ。カナリアは梓と似たタイプで腹のうちで色々考えているだろう。だからお互い微笑み合って上辺だけの会話をして、なにも話しが進まない。


「カナリアさんはここで働いて長いんですか?」
「……はい。私は生まれたときよりここで過ごさせて頂いています。嬉しいですね、神子様が私共のことを気にかけてくださるなんて」


微笑む顔が真実ではないと物語っていた。お手本のような笑みを見上げながら梓は慎重に言葉を続けようとしたが、残念なことに適当な言葉が見つからなかった。結局言えたのは自分の素直な気持ちだ。

「知りたいと思いました」

そしてそれはカナリアの表情を人間らしく歪める。蔑むような表情は牢屋でのことを思い出させた。

「神子様はそのようなこと気になさらずお努めなさいませ……無能の烙印を押されたままでいたいのでしたら話は別ですが」

鼻で嗤ったカナリアは目をぱちくりとさせる梓を見て「あら」と手で口元を隠す。
そして上品に微笑み美しいお辞儀をしてみせた。


「差し出がましいこと申しまして、申し訳ございません」


いつものカナリアに戻ったが、自分を見上げる梓の顔を見てその表情にヒビが入る。梓が噴き出すように笑ったのだ。なにがおかしかったのだろう。カナリアには分からず、すぐにその場を去ろうと考えていたのに梓の言葉を待ってしまう。
梓は眉間に眉を寄せるカナリアを見上げながら困ったことになったと必死で笑いを堪える。
──確かにトアの言うように普通に聞いたほうが話は早かった。それにカナリアさんは凄く分かりやすい。
カナリアを人形のように思うこともあったがそんなイメージは今回のことで崩れ去ってしまった。近寄りがたくて怖くも思えた存在が少女だったことが分かって安堵したぐらいだ。それぐらいカナリアは分かりやすく梓に軽蔑し怒ってみせた。
──無表情より怒られたり軽蔑されるほうが安心するなんてなあ。
だがそのお陰で無暗にカナリアに怯えずともよくなった。梓はカナリアと同じように手で口元を隠したあといつものように微笑む。


「とんでもないです。これからも宜しくお願い致します」
「……ええ、宜しくお願い致します」


ちょっとした挑発をしてみせたつもりが効果は抜群だったようだ。カナリアは上品な微笑みを消していた。






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