愛がない異世界でも生きるしかない

夕露

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第二章:変わる、代わる

109.『あなたは私に似てると思ってたのよ』

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梓は白那たちと作った神子と聖騎士のカレンダーを眺めながら思案に沈んでいた。
──この組み合わせは麗巳さんが作ってると思ったんだけど違うのかな。
なにせどう考えてもヤトラを聖騎士に選んだ理由が分からないのだ。話しすぎる聖騎士は秘密を隠したいのなら不向きだろう。いや、そもそも秘密を隠したいのだろうか。なにせ尋ねれば、分かれば、答えてくれるのだ。ただし破れば命を落とすというルールによって聖騎士自ら教えることは出来ない。
──私が知らなくて白那たちが知ってる理由も分からない。
白那たちは梓と違って口に出して質問するからなのだとしても、梓が質問を口にしても答えられないと首を振られたことは何度かある。この違いが、分からない。

「私が麗巳さんだったらなんでこんなことするんだろう」

この国に恨みを抱いていて12年前神が降臨した日になにかしただろう麗巳。きっと神子が畏れ敬われる原因で、ペーリッシュ王を含め多くの人が死んだ。魔法を使ってなにをしたのだろう。神を喚んだのか魔物を喚んだのか人を殺したのか。もしそうなのだとしたらそうまでした原因となる神子の召喚を無くさなかったのは何故だろう。魔法なら、神様なら無くすことはできるのではないだろうか。
――でも私だって変わった夢を見る魔法は使えるけど帰れないし、そもそも、神様ってなんだろう。喚べたのだとしてもなんでも願いを叶えてくれるんだろうか。そんな力があるんだろうか。
『ひとりぼっちの王子様 襲いくる魔物から国を守るため戦う ひとりぼっちの王子様 ポロポロ泣きながらひとりで戦う ある日神様王子様に自分の子供を贈った 大丈夫 大丈夫 王子様はもう一人じゃない』
絵本の話を、神話を語ってくれたジャムの店主の話を思い出す。この話が真実なら神は人間の願いを1度叶えたことになる。そして12年前魔物に襲われたこの国を助けもした。次代の王を決めるなんておかしな話もしたらしい。
――言い方はおかしいかもしれないけど神様はきっと誰の味方もしないんだろうな。
魔物から国を守りたい王子を助けるために神子を贈って、召喚魔法の犠牲になっている神子は贈りものと素直に喜べない魔法を使えて――……?


「あ」


立ち上がった拍子にぶつかった机が揺れてグラスから赤ワインが飛び跳ねた。ランチョンマットに染みこんだ赤い点々を眺めながら梓は自身の口元を手で押さえる。
──私が麗巳さんなら。死んでも笑えてしまうぐらい恨みを持つ人たちに復讐出来る日が巡ってきたなら──それが12年前なら──召喚魔法を作った人も恨む──神様が降臨した日──人の願いを叶えたことがある神様になにを言うだろう──聖騎士たちを縛るルール──神子の様子を聞いているのは──神様の手を離れた召喚魔法──現在まで続けられる召喚魔法──この世界の人に委ねられていて元の世界には帰れない神子──魔力を提供し続ける代わりに帰ること以外すべてのことが叶えられる神子──麗巳さんなら。

『幸せだったのに私からすべて奪ってまだ足りないのよ。だからやり返すのは酷いかしら?』
『そういうのは全部満たされているから言えるのよ。ははっ、可笑しいわ。ああほんとあなたは私と似ててイライラするわね』
『あなたは私に似てると思ってたのよ』

麗巳と2人で話したときから現在とで何が変わっただろう。何故、麗巳は梓を見て泣きそうになりながら自分と違うなどと言ったのだろう。

『アンタ自分のこと話さねーじゃん。そういうの俺嫌いなんだよねー』
『ねえ樹なにか言いたいことでもある?』
『樹と麗巳さんって結構似てると思うんだよねー。だから2人してぐるぐる悩んでるんだと思う』
『言えばいいじゃない。あなたってずっと見てるだけでしょ』
『トアが素直にそうやって言うのが当たり前なように私も黙って考え込んでそれから話すのが普通……というよりクセなの』

神が降臨した12年前。麗巳が喚んだのか神自ら姿を現したのかは分からないが、どちらにせよたまたま神がその日に現れたはずはなく、神子が畏れ敬われる原因となった麗巳が神と会わなかったなんてことは考えにくい。麗巳は神となにを話したのだろう。
願いを叶えてもらったのではないだろうか。

──私なら。

何故だろう。ふと、花の間に本を並べる麗巳の姿を想像してしまった。
自分を誘拐した国から逃げることも外で生きることも元の世界へ帰ることも出来ず、誰も頼る者もいないなか……1人、黙々と本を並べていく。
そのとき抱いただろう麗巳の気持ちが分かってしまう。


「間違ってるのかな」


これまでのことを思い出して呟いてしまった梓の声は掠れている。梓は机の片付けもせず花の間に向かい、書架の前で立ち尽くした。先客がいた。一瞬麗巳かと思ったがピンク色のドレスを着ていた神子は美海だ。本を読んでいた美海は最後に見た時と違って顔はあったが、梓に気がつくやいなや本を直す美海の顔はみるみるうちに消えていく。そして終に透明になってしまったというのに美海は扇子を広げて顔を隠した。

「こんにちは、美海さん」
「こんにちは。それじゃ」
「待ってください」

手を掴んで引き留めてくる梓に美海は眉を寄せたことだろう。けれど乱暴に手を振りほどくことはしない。美海は突き放すようなキツイ言葉が多いせいで近寄りがたい雰囲気があったが、話してみたところ人づきあいが苦手なだけでその言動は分かりやすく可愛らしい人柄だった。
『あんなカッコいい人たちといきなり同室になってひと月過ごせって言われても何したらいいか分かんないわよ。そもそも何もしなくていいんだったら見てるだけで充分だし何かだなんて考えるだけで怖いしもう私は推しが動いてるだけで十分』
ドレス姿に身を包み扇子で顔を隠す美海の表情が分かるようだ。直視してくる梓に分かりやすく戸惑う美海だからこそ、顔を透明にしてしまう魔法なんてものが使えるようになったのだろう。
──私が知りたいって思ったことを見れて、白那がムダ毛を無くすなんて変わった魔法が使えるように。
ああそれでもおかしなことはある。帰りたい。その願いは何故叶わなかったのだろう。

「顔を消してまで嫌がるような人に無理に聞き出そうなんてしません」
「……」
「私これからも普通に美海さんと話したいですし白那と3人でお茶会もしたいです。でも……でも、これだけは教えて下さい。私達神子が魔法を使えるようになったのは12年前からじゃないですか?」

帰りたい。なのにそのための魔法は使えない。
12年前神が姿を現した日は麗巳が復讐した日でもあるのなら、もし神の気まぐれで願いを叶えてもらうことができたのなら。
帰りたい……帰れないのだとしたら。
──私なら代わりに何を願っただろう。


「……そうよ。それまでは使えなかったらしいわ」


ゆっくりと顔に色を戻していく美海は口を結んで言葉を飲み込む苦しそうな表情だ。だというのに一瞬で困り果てた表情に変わってしまって、顔を隠していた扇子さえ畳んでしまう。そして迷った手が梓の頭を撫でた。

「私が泣かせたみたいじゃない。止めなさいよね」

言葉とは違い頭を撫でる手は優しい。梓は泣いてしまう顔を俯かせ、視界に映った書架に込み上げてくる悲しさで喉を震わせた。
帰れないのだとしたら……ここで生きるしかないのだ。
笑う母の顔を思い出して梓の顔がくしゃりと歪む。
──生きるためにはどうすればいいのかずっと考えてきた。麗巳さんも同じなら、怖い場所で怖い目にあわないような力が欲しいって思ったはずで、叶うなら同じ境遇の人もそうなってほしいって思ったはずで……っ。
『分からなくても衣食住そろって贅沢も出来て好きなように生きられるじゃない。それで十分じゃないかしら』
花の間に響いた笑うしかなかっただろう麗巳の声に胸がギリギリと痛んでしょうがない。



「……間違えたわね」



梓達を傍観していたメイドがポツリと言葉を落とした。












──なんの音だろう。
遠くのほうから小さな音が聞こえてきて、梓は深い眠りから目が覚めた。昨日大泣きしてしまったせいか瞼は重い。できるならこのままもう一度眠りについてしまいたかったが、誰かの驚く声が聞こえたものだから梓はぼおっとしながらも身体を起こして音がしたほうを見た。そこにはドアから顔を覗かせるヤトラがいた。どうやら部屋をノックしたあと部屋に入ろうとしたものの、寝ている梓を見て声を上げてしまったのだろう。申し訳なさそうな表情が会釈をしたのち部屋に入ってくる。距離を空けて立ち止まったヤトラがうまく形にならない笑みを作った。

「おはようございます、樹様。朝早くから申し訳ありません」
「おはよう、ございます……?」

時計を見てみればヤトラが言うように随分早い時間だ。こんな時間に部屋に来たことにも驚いたが、ヤトラの格好に言葉を失う。帯剣した姿は一緒に食事を楽しんでいたときの格好とまるで違う。きっとそれは。

「本当は言わずに行こうかと思ったのですがどうしても……あ、昨日は片付けもせず申し訳ありませんでした」
「それは別に」
「そのうえ……ルールの話は私からは出来ないんです。申し訳ありません」
「……いいんですよ」
「ですがきっと力になれるはずで……っ。申し訳ありません」

梓が答えるたび被せるように話すヤトラは普段のヤトラらしくない。けれど、聖騎士らしくなった。
『この度聖騎士に就任いたしましたヤトラと申します』
聖騎士は本来、召喚されたとき神子によって自覚なく選ばれるものだ。神子と共に聖騎士が城下町に下りるという例外に対応したものだったとしても、少なくとも梓は決めていない。ヤトラを聖騎士に選んだのはやはり麗巳なのだろう。この城に一番長くいる神子。
──きっと私なら選ばない聖騎士だから選んだんだ。
昨日と違いルールに縛られてしまっているヤトラを見て梓は視線を伏せる。そしてベッドからおりたあとヤトラの傍へと移動した。ヤトラは動かず、なにも話さない。
ついに目の前に梓が来てもヤトラはなにも言わなかった。

「……今日から魔物討伐に向かうんですか」
「……はい、そうです」

梓が顔を上げればやはり微笑みに失敗した顔。けれど梓の顔を見たヤトラは安心させるように、けれど小さなガッツポーズをしてみせる。

「聖騎士の名に恥じぬ働きをしてみせますので安心してください。まだまだ力不足ですが鍛錬の成果を見せる機会でもあるので楽しみでもあるんですよ」

きっと嘘ではないのだろう。同じ聖騎士であるヴィラに憧れを抱いて鍛錬を積んでいるのだから、今までは使えなかった魔法を使っての魔物討伐は心躍る瞬間でもあるのだろう。
──だけど。
胸に沸く気持ちは心配だけだろうか。罪悪感、不安、恐れ……ぐちゃぐちゃに混じって形にならない。



「どうか気をつけて」



ただ死んでほしくないと思うのは確かで、梓はヤトラの手を両手で握りながら祈りを込める。理由がどうあれ聖騎士に選ばれるぐらいなのだから、いくら魔物を倒せるようには思えなくても実力があるのは確かだ。
──無事に帰ってきてほしい。
強くあろうとするヤトラには余計な心配だろうが、梓はルトにしたときと同じように祈り続ける。

「い、樹様」
「はい。……どうかしましたか?」

顔を上げれば心配になるほど顔を赤くしたヤトラが狼狽えていた。半ば開いた口は戦慄いて情けない声が聞こえてくる。蒼い目は梓から自身の手を握る梓の手へと交互に移って随分と忙しい。

「わたっ、私は出発前にあなたから魔力の恵みを頂くために来た訳じゃないんですっ。ただどうしてもあなたの顔を一目見たかっただけでっ」

必死に訴える声が最後に「あ」と呟いて消えてしまう。きっと失言だったのだろう。ヤトラはそのまま黙りこんでしまい、梓も梓で言われた言葉を頭で反芻してしまって黙り込んでしまう。
──敬う神子様を見て安心したかったってことだ。そのはず。
そう自分に言い聞かせるのに徐々に顔が熱くなってしまうのは握っている手から伝わる熱い体温のせいだろう。ヤトラの口から魔力の恵みという言葉が出たことを考えるに魔力が移ったのは間違いないだろうと考えて梓は手を離す。

「あ」
「……」

そしてまた聞こえてしまった失言にお互い目を合わせてしまって、仲のいいことに同時に目を逸らした。

「そ、それでは」
「あ……っと、いってらっしゃい、です」

逃げるように背中をみせたヤトラは戸惑いがちに呟かれた小さな声を拾ったのだろう。見上げてくる茶色の瞳を見つけると嬉しそうな笑みを浮かべた。

「いってきます」

パタンと閉まるドア。聞き慣れない金属音と共に去ったヤトラはなぜあんな表情をしたのだろう。梓は眉を寄せながら熱を持つ頬をおさえて唸ってしまう。



「やっぱり、私なら選べない」






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