働きたくないので断罪ENDを希望します

雨夜りょう

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5:婚約破棄をした王子

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「ふふ、ははは。やっと、あの女が私の前から居なくなってくれた!」

 ジェレミーは、高笑いしながら自室のソファーに沈み込んだ。嫌っていた婚約者が牢へと幽閉され、愉悦を抑えきれなかったのだ。
 もちろん、ジェレミーとて初めからマリアンヌを嫌っていたわけではない。十歳の時、婚約者が決まったとマリアンヌが連れてこられた時、ジェレミーは、マリアンヌの美しいその容姿に一目惚れをした。こんなにも美しい女性が、自分の妻になるのかと心躍らせたのだ。
 一方のマリアンヌも、ジェレミーの事を一目で気に入った。彼に相応しい淑女であろうと、寸暇も惜しんで人一倍努力していた。マリアンヌは、自分に厳しい努力家の少女だったのだ。その厳しさは、他人にも向いた。
 しかし、ジェレミーの方はそうではない。甘やかされて育った少年、それも最高位に属している王子様だ。ジェレミーのすることに反論し、口出ししてくる者は少ない。

『ジェレミーさま、どうしてお勉強からにげるのです。しょうらい立派な王さまになれませんよ』

『ジェレミー様。何故、他人の都合を考えずに命令をくだすのです。他者の気持ちをかんがみれる者でなければ立派な王様にはなれないのですよ』

『ジェレミー様、フリーベルト男爵令嬢との距離が近すぎます。貴方様はわたくしの婚約者なのですよ。婚約者のいる男性にボディタッチを行うなど、マナー違反がすぎます。どうして拒絶なさらないのですか』

 何をするにも、マリアンヌはジェレミーを嗜め、叱責してくる。それは、一見して立派な女性に見えるだろうが、ジェレミーにとっては目の上の瘤でしかなかった。

「リリィは、あの高慢ちきと違って可愛らしく純粋だ。あのような少女と結婚できる私は、なんて幸運なんだろうか」

 マリアンヌとは違い、常に肯定してくれるリリィは、ジェレミーの心を癒してくれた。マリアンヌは口を開けば、次期国王としてを枕詞のように使ってくる。国王など、下の者に働かせておけば良いのだ。マリアンヌのように厳しくされる必要はない。

「高潔な公爵令嬢様は、今頃、カビ臭い牢屋で泣きわめいているだろう。あんな所で、正気を保って暮らせる貴族がいるわけがないからな!」

 もちろん居るのだが、そうとは知らないジェレミーは、苦痛に顔を歪める元婚約者の顔を想像し、小躍りせんばかりに喜んだ。
 それと同時に、部屋の扉が叩かれる。

「ジェレミー様、国王陛下と王妃殿下がお呼びです」

「父上と、母上が? 分かった、行こう」

 両親に呼び出されたジェレミーは、両親が待っている謁見の間の扉をくぐった。

「お呼びですか」

「ジェレミー! 公衆の面前で婚約破棄を行うだなんて、一体どういうことなの! ベラード公爵家への体裁はどうするつもりなのです!」

 ジェレミーそっくりの顔つきをした美しい王妃は、開口一番にジェレミーを叱責する。大好きな母親に生まれて初めて叱られた衝撃に、ジェレミーは顔を歪めた。

「……王妃の言う通りだ。公爵家の顔に泥を塗るような真似は看過できない。それでなくとも、隣国の立太子記念式典の準備に追われているというのに……お前は一体何を考えていたら、そんな行動に出られるのだ」

 呆れたように国王はため息を吐く。その威厳に満ちた顔は歪み、眉間には深い皺が刻まれていた。上の者が下の立場の者を軽んじれば、それは同じように己へと返ってくる。更に言えば、ベラード家は建国から続く由緒ある家柄だ。とてもではないが、ジェレミーの行いは看過できるものではなかった。

「しかし! あの女はリリィを虐めていたんですよ!? そんな女が、王妃になるだなんて!」

 愛らしいリリィを守るのは、次期国王として当然のことだとジェレミーは言う。
 婚約者のいる男性に不用意に近づいてはいけないという発言は、虐めではなく、ただの注意である。息子の馬鹿げた発言に、国王は顔を真っ赤にした。

「黙れ! マリアンヌ嬢の言っている事は至極真っ当な抗議ではないか!……はぁ、まあ、いい。その件は後日改めて裁定する。今は公爵家への謝罪と、王室の体裁をどう取り繕うかがの方が問題だ」

 こめかみを押さえた国王は、大息を吐いた。

「真実はどうであれ。魔力が少なく、スキルも使えないマリアンヌ嬢を、『いつまで次期王妃としての据えておくのか』と、他の貴族からの声も上がっている。吐いた唾は元には戻らぬ、婚約は破棄するしかあるまい」

 美しいだけの女など、吐いて捨てるだけいる。魔力量が多い者も、有用なスキルを持つ者も、賢い者も。王妃とはそれら全てを併せ持ってなお、国を愛し、国の為に死ねる、高潔で賢しい者でなければならない。
 マリアンヌは、美しく、賢く、高潔ではあるが、ただそれだけだ。せめてスキルが素晴らしいと称されるものであったら、そうでなくとも、夫も、国ですらも欺く程の賢しさ持っていれば。魔力量が少なくとも、スキルが無かったとしても、国母として立つにことに疑問の声は少なかったことだろう。
 それとも、聡いマリアンヌなら、今からでも間に合うだろうか。国王は頭を振り、ズキズキと刺さる痛みを振り払った。

「では、婚約者にはリリィを!」

 待ち望んだ未来がやってきそうになり、ジェレミーは内心で小躍りした。しかし、彼に待っていたのは実父からの拒絶だった。

「ならぬ!」

「なっ! 父上、どうしてです!!」

「あなた、ジェレミーが欲しいと言っているのだから良いではないの」

 妻と子から抗議の声が上がったが、国王は一蹴した。

「家格が低すぎる。王の妃は、国を統べる上で重要だ。高位貴族ならばまだしも、男爵令嬢など、王族に列なるための教育もマナーも、何もかもが足りないではないか。幼少期に婚約者として決定され、早くから教育を施されていたのならまだしも、十六歳になり、今後公務にも出て行くというのに、王子妃がそれでは足りぬ。リリィ・フリーベルトは、他の貴族を納得させられるだけの令嬢ではない」

「あ、あなた……! ジェレミーがこんなに頼んでるのだもの、きっと素晴らしい令嬢なのよ。許してあげましょうよ」

 息子を溺愛する王妃が夫へ懇願するが、国王は頑として首を縦に振らなかった。どれほど説得しようとしても、首肯しない父に苛立ちが募ったジェレミーは大声を上げる。

「パパの馬鹿! 大っ嫌い!」

 十六を迎え、大人の仲間入りを果たしたとは思えぬ様相の息子に、王は深いため息を吐いた。

「あれは、本当に今年で十六を迎えたのか? ああ、まあいい。ベラード家へは追って連絡を入れる。公爵ならば理解を示してくれるだろう」

 公爵家への謝罪と、慰謝料の金額の提案、新しい婚約者候補の洗い出し。それから、マリアンヌが愚息をまだ愛しているのかどうか。マリアンヌが愚息を許し、手綱を握ってくれると言うのなら、王妃教育が施された彼女を王子妃として続投させても良いかもしれない。馬鹿息子を再教育するよりも、他の令嬢を探して王妃教育を施すよりも、マリアンヌが愚息を操縦する術を学ぶ方が早いのだ。たとえその魔力量の低さから、王妃としての資格を疑うような声が上がっていたとしても。それ以外に彼女に瑕は無いのだから。

「マリアンヌ嬢が愚息を許してくれたなら、王室の体裁も保てる。だが、彼女がその役割を受け入れるとは限らないか……私なら遠慮被るものな」

 誠心誠意謝罪し、馬鹿な息子を許してくれた聖母のような女性として立てれば、あるいは……いや、やはり衆目の前で婚約破棄を告げたのだから、破棄は決定的なものになるだろうか。どれが国としての最善の策なのか、と国王は頭を悩ませた。

「王室の威信、貴族の信頼、そして国民の目。どれも軽んじるわけにはいかない。最近はリジェリア国で内乱の兆しがあるとも聞く」

 国王はかぶりを振り、今日何度目かの溜め息をついた。
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