働きたくないので断罪ENDを希望します

雨夜りょう

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19:冬はこたつでしょ!

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 季節は秋も終わりを迎えそうになり、冬の冷たさが身に染みる季節になっていた。毛布が現れるようになったころ、マリアンヌは叫んだ。

「寒い! 温めないと死んじゃう!」

 石造りの牢屋は、夏は湿気のせいで熱がこもりやすく、冬は冷えやすい。夏場はどうにか扇風機やアイスを使って乗り切った。むしろそれ以外に選択肢がなかったのだ。エアコンを使うにはそれなりの工事が必要だからだ。冬場はポータブル電源を使える範囲で寒さを感じなくする必要がある。

「んー。石油ストーブは使わないほうが良いよね。ってことは、電気系を使用するべきか」

 牢屋という空気の流れが悪い場所で、必要以上に一酸化炭素を出さない方が良い。ただでさえ、燃料式の発電機を使用しているのだ。石油ストーブは使わない方が無難だろう。
 CO警報器を使用しているが、石油ストーブを使用しても鳴らないとはかぎらないのだから。

「電気カーペットと、こたつ、電気毛布と、あとはUSBベストなんかで良いかな」

 冬用品を購入すると、早速こたつを組み立てて、電源をつける。寒々として、体を突き刺すようだった冷たさは温かさを帯び、じんわりと体を温めていった。

「ああ゛~生き返るぅ。ココアとアイスにするか、それとも、みかんとお茶にするか。悩むなぁ」

「なんだ? それは」

 ぬくぬく、ほこほこ、としているマリアンヌに声がかかる。現れたのは国王リグルドだった。もはや、お偉いさんが牢屋にいるという違和感すら、覚えなくなったほどだ。

「ああ、陛下。ご機嫌麗しゅう。 ただいま冬に暴力に耐えるべく、こたつと呼ばれる、布団と一体型になった机で暖をとっていました」

 こたつ布団をぺろりとめくる。

「……温かい、のか?」

「ええ、非常に温かいです。先ほどまでは、寒さで身が縮みあがる思いだったんですけど」

 マリアンヌがスキルで出す物は、とても興味深いとリグルドはこたつを眺めた。熱源が上部にあり、温められた空気を布団が逃がさないためにずっと温かくいられるのかと、まじまじと見つめる。

「ふむ。火鉢は必要なかったな」

「火鉢? わぁ、私が寒いかもと思って持ってきてくださったんですか」

「ああ。貴女は牢の中で死を迎えたいと言ったが、それを迎えるには早すぎるからな」

 苦笑しながら、ふるりと体を震わせたリグルドに、マリアンヌは声をかける。

「陛下もこたつの良さを試してみますか? 火鉢を中に入れると、こたつが出来ますよ」

 ダイニングで使える足の長いこたつを、鉄格子の外に設置する。その中に火鉢を入れて炭に火をつけると、じんわりと温かくなり始める。

「なるほど、温かいな」

「でしょう? 暖炉と違って、部屋全体を温める能力はないけれど、自分一人を温める効果はあるんですよ。換気や、火事なんかに気を使う必要もあるんですけど。薪と違って、燃焼時間が長い利点があるので、値段を抑えられるんですよ」

 説明するマリアンヌに、リグルドは何やら考え込んだ様子でぶつぶつと呟いている。
 この国で冬を越すために使われているのは薪だ。薪は一気に燃え上がるものの、燃焼時間が短い。そのため、一冬を超すのに平均的な家族で大体一トンから二トンくらいの薪を必要とする。
 その点、炭では二十から三十キロ程度で済むだろう。確かに、炭の方が、手間がかかる分、値段は上がる。しかし、全体を見ると、薪が銀貨十枚以上必要なのに対して、炭ならば銀貨一枚もあれば足りるのだ。これは、非常に画期的と言えた。

「マリアンヌ嬢。こたつを、民のために使っても良いか?」

「良いですよ~」

「本当か! ありがとう」

 嫌がられるかと、僅かに眉根が寄せられていたリグルドは表情を明るくする。

「引火しやすい物が近くにあるので、火鉢専用の蓋を作ると良いと思います。例えば、陶器製の穴が開いた蓋を用意して、その穴を、ザルのように格子状になった鉄で火の粉や炭が飛ばないように処置する。それで、その格子状になった穴を塞げるように、ティーポットの蓋みたいな取っ手付きの物を用意すれば、火の処理が出来ますよ」

 紙に絵を書いて説明する。じっと、食い入るように見つめたリグルドは、自分の世界に入りこんだようで、顎に手を当てて考え込んでいる。

「……まずは会議を開いて、次に炭と布団、板を外せる机か。早急に作れば、本格的な冬には間に合うだろう。マリアンヌ嬢、申し訳ない。私はこれで失礼する」

 思考がまとまったらしいリグルドは、忙しなく立ち上がる。国王とは、のんびりお茶をすする事も出来ない生き物なのだろうかと、マリアンヌはふうっと息を吐いた。

「ああ、ちょっと待ってください。先日使われたホットアイマスクと、カイロを持って帰ってください」

「カイロ?」

「ええ。アイマスクと同じで、袋を開ければ温かくなりますよ。紙をめくってくだされば、粘着面が出てきますから、シャツの上から貼り付けられます。火傷には気を付けて」

 実演したものをリグルドのシャツへ張り付けると、彼は牢屋を後にした。
 執務室に戻ったリグルドは、冷え切った部屋に身震いした。牢屋から持ってきたこたつを、執務室の空きスペースに運び込ませる。

「リグルド。なんだ、それは?」

「ああ、マリウスか。こたつと呼ばれるものだそうだ。これを国全体に普及させたくてな」

 そう言うリグルドに、宰相マリウス・ベイカーは胡乱な目を向ける。ここ最近、ふらりとどこかにいなくなる彼は、部屋の隅に布がつけられた机を用意している。
 『変な物を持って帰って来た』という視線を向けるマリウスに苦笑したリグルドは、こたつの前に椅子を持ってきて「さっさと座れ」と着席を促す。
 渋々椅子に座り布団をかけたマリウスは、瞠目する。火鉢から上がった熱を布団が押しとどめ、いつまでも温かいのだ。

「これは……」

「温かいだろう? 一冬超すのに使う炭の量は、薪の十分の一だ。まったく薪を使わずにいられるわけではないが、それでも半分近くの値段まで節約できるだろう。これが普及で着れば、浮いた金を食料に回せる」

「なるほど、一考の余地はありそうだ」

 熱弁するリグルドに、マリウスも考え込むように腕を組んだ。
 この国よりも北には、冬が長い期間を支配する国が存在するため、アルヴェンダ王国の冬は、命の存続を危惧するほどの厳しいものではない。
 しかし、それでも、平民にとっては吹きすさぶ冬の風は厳しいもので、一定数命を落としてしまう者もいるのだ。

「今から急がせれば、間に合うだろう。土器の火鉢であれば安く作れるが、耐久性に問題がある。鉄製も耐久性はあるが、火傷に気を使う必要があるだろう。木と鉄を組み合わせたものは、見栄えが良いが人件費がかかる。平民では手が出せないだろう。陶器製の物が最善だと思うんだが」

 それでも、銀貨数枚以上になるだろう。農民一人当たりの平均月収は、銀貨五枚から十枚程度。それらのほとんどは食費に消え、家賃や税金を払ってしまうと、手元にはほとんど残らない。
 平民が一年に一度、あるいは数年に一度しか買えない質素な衣類が、どれほど安い火鉢でも衣服と同程度の金がかかるのだ。これでは誰も購入しない。その金があれば、鶏肉の一つでも買った方が、よっぽど腹が膨れるのだから。

「見習い職人に作らせたらどうだ? 普段なら客に出せるレベルでないものが金に変わり、見習いの訓練にもなるのだから、工房長も頷くんじゃないか?」

「そうだな。国家予算を使って原料を安価で供給できれば、もっと安いものが出来上がるだろう。銅貨数十枚で買えるくらいには抑えたい」

「ああ、明日の議題にあげておこう」

 マリウスを見送ったリグルドは、マリアンヌから受け取ったアイマスクで目を覆う。じんわりとした温かさに包まれたリグルドは、ほうっと一つ息を吐いた。
 私の国に住む全ての国民が、冬の寒さに苛まれることなく、麗らかな春陽を浴びてもらいたい。ただ一人欠けることなく、笑顔溢れる生活を送ってもらいたい。リグルドはそんな事を思った。
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