9 / 9
4
しおりを挟む
次の日も雨が降っていた。来ないだろうと思われたセシリアは、またしても花畑へとやって来た。
「はぁ……もう、慣れたものね……きっと、庭師、に……なれるわ」
疲れ果てたセシリアは倒れるようにして地面に転がる。
風音よりも大きな喘鳴が、セインの耳まで届いた。
「セシリア!!」
セインは、青白い顔でぴくりともしなくなったセシリアに駆け寄る。
「……はぁ、眠ってるだけか」
深い息をついたセインは、セシリアを抱き上げる。早く布団に寝かせてやろうと邸へ急いだ。
ベッドにセシリアを寝かせると、額にある汗をハンカチで拭う。
(きっと、今日で最後になるだろうな)
セシリアへと手を伸ばしかけて逡巡し、布団を引き上げるに止まる。先ほどよりも緩やかに胸が上下するようになったのを確認して、深い息をつく。
セシリアが早く良くなるようにと祈りながら、セインはその場を後にした。
その後セシリアはもうセインを捜したりしないだろうと思っていたが、セシリアは五日後に目覚めてすぐにどうにか出かけようと画策し始めた。
「……嘘だろう?」
雨降りの中、布を括り付けて作ったロープを抱えてテラスへと繋がる扉へと近寄るセシリアを見つけて、セインは雨に濡らすまいと声を掛けた。
「どこに行くつもりなんだ?」
待ち望んだ声にセシリアは弾かれたように顔を上げる。驚愕に開かれた目がセインを凝視した途端、ロープもどきを放り投げてテラスへと走った。
「セイン!」
セシリアはもつれそうになる足を叱咤し、手すりまでたどり着く。
「先日倒れたばかりなのに、どこに行くつもりだったんだ」
低く唸るような声に、セシリアの喉がこくりと上下させ一歩後退りした。
「あれだけ皆を心配させたのに、まだ解らないのか」
「だって! これ以外の方法が思い浮かばなかったんだもの!!」
苛立ったように声を荒げるセシリアから、堰をきったように言葉が溢れだす。
顔を真っ赤にして瞳一杯に涙を溜めた彼女は、溢すまいと目を見開いている。
「セインが勝手に会いに来なくなったんじゃないの! 私が嫌いなら、この想いが迷惑なら、はっきりとそう言えば良かったのよ! それなのに、なんで中途半端に可能性だけ残したのよ!!」
堪えられずに決壊した涙を拭う事もせず、セシリアは続ける。
「私は貴方を好きになったの! どうしようもなく貴方が好きなのよ、貴方じゃなきゃダメだったの! そんな所で見下ろしていないで、私が嫌いだと言いなさいよ! 世界中の誰よりも嫌いだって、反吐が出るって……早く言いなさい!」
流れ落ちる涙は、頬を伝う雨と混ざり合って地面へと落ちた。
「そんな事、思ってるわけがないだろう! 俺だってセシリアが好きだ、だから一緒に居られないんだ!」
セシリアの許へと降りて来たセインは声を荒げ、感情を吐露する。
吸血鬼であるセインは千年以上の歳月を生きる事になる。セシリアが人間として生き続ければ、彼女が亡くなった後の数百年を独りで生き続けなければならない。今まで吸血鬼が人間との子を生したという話は聞いたことがないため、彼女にも彼女の両親にも新しい命を抱かせることを諦めさせなければならない。
セシリアが吸血鬼として生きる事を決意すれば、セインとはずっと一緒に居られる上に子供も生せるかもしれないが、彼女の両親を見送ってなお人にとって永遠に等しい人生を生き続けることになるだろう。もしかすれば、それすら出来ずに絶縁する道を選ぶ羽目になる可能性もある。
どちらを選んでも、彼女に何かを諦めさせなければならないのだとすると、早めに離れてしまった方が良い。そうすれば、いつかは全てを忘れて、彼女を愛してくれる同族の男と愛を育み、子を生すだろうと。
「俺だって君を大切に思ってる。でも……どうやったって、何かを捨てなければならないだろ」
そう吐き捨てるセインと、セシリアはどこか決意に満ちたような意志の強い目が重なる。
「私は、貴方と一緒に居たいの」
セシリアは、離すまいとセインにしがみつく。
「私は、貴方を諦められないわ……だから」
体を離したセシリアは、セインの服の胸元を力いっぱい引っ張る。
「貴方も、私を諦めるのを止めなさい」
抵抗することなく体はセシリアに寄せられ、ぶつかるようにして唇が重なった。息をのんだセインを見て、セシリアは口端を上げる。
「もう、絶対に逃がしたりしないわ。私から離れようとしたら、嵐でも貴方を捜し歩くから」
体の弱い彼女に嵐の中に出歩かれては敵わない。
自分は、彼女にとっての幸せを無視して遠ざけて来た。それがそもそもの間違いだったのだと、眼前のセシリアを見て思う。
何度彼女から逃げ出しても、セシリアは諦めなかったのだからセインは間違っていたのだ。彼女の幸せを他人が決めるなどなんて烏滸がましいと、セインは笑いを抑えきれずに声を上げる。
「…………は、ははっ。ははははは!」
「笑い事ではないわよ」
セインは両頬を膨らませるセシリアの頬を摘まんで空気を抜くと、突き出された唇にキスを落とした。
「はぁ……もう、慣れたものね……きっと、庭師、に……なれるわ」
疲れ果てたセシリアは倒れるようにして地面に転がる。
風音よりも大きな喘鳴が、セインの耳まで届いた。
「セシリア!!」
セインは、青白い顔でぴくりともしなくなったセシリアに駆け寄る。
「……はぁ、眠ってるだけか」
深い息をついたセインは、セシリアを抱き上げる。早く布団に寝かせてやろうと邸へ急いだ。
ベッドにセシリアを寝かせると、額にある汗をハンカチで拭う。
(きっと、今日で最後になるだろうな)
セシリアへと手を伸ばしかけて逡巡し、布団を引き上げるに止まる。先ほどよりも緩やかに胸が上下するようになったのを確認して、深い息をつく。
セシリアが早く良くなるようにと祈りながら、セインはその場を後にした。
その後セシリアはもうセインを捜したりしないだろうと思っていたが、セシリアは五日後に目覚めてすぐにどうにか出かけようと画策し始めた。
「……嘘だろう?」
雨降りの中、布を括り付けて作ったロープを抱えてテラスへと繋がる扉へと近寄るセシリアを見つけて、セインは雨に濡らすまいと声を掛けた。
「どこに行くつもりなんだ?」
待ち望んだ声にセシリアは弾かれたように顔を上げる。驚愕に開かれた目がセインを凝視した途端、ロープもどきを放り投げてテラスへと走った。
「セイン!」
セシリアはもつれそうになる足を叱咤し、手すりまでたどり着く。
「先日倒れたばかりなのに、どこに行くつもりだったんだ」
低く唸るような声に、セシリアの喉がこくりと上下させ一歩後退りした。
「あれだけ皆を心配させたのに、まだ解らないのか」
「だって! これ以外の方法が思い浮かばなかったんだもの!!」
苛立ったように声を荒げるセシリアから、堰をきったように言葉が溢れだす。
顔を真っ赤にして瞳一杯に涙を溜めた彼女は、溢すまいと目を見開いている。
「セインが勝手に会いに来なくなったんじゃないの! 私が嫌いなら、この想いが迷惑なら、はっきりとそう言えば良かったのよ! それなのに、なんで中途半端に可能性だけ残したのよ!!」
堪えられずに決壊した涙を拭う事もせず、セシリアは続ける。
「私は貴方を好きになったの! どうしようもなく貴方が好きなのよ、貴方じゃなきゃダメだったの! そんな所で見下ろしていないで、私が嫌いだと言いなさいよ! 世界中の誰よりも嫌いだって、反吐が出るって……早く言いなさい!」
流れ落ちる涙は、頬を伝う雨と混ざり合って地面へと落ちた。
「そんな事、思ってるわけがないだろう! 俺だってセシリアが好きだ、だから一緒に居られないんだ!」
セシリアの許へと降りて来たセインは声を荒げ、感情を吐露する。
吸血鬼であるセインは千年以上の歳月を生きる事になる。セシリアが人間として生き続ければ、彼女が亡くなった後の数百年を独りで生き続けなければならない。今まで吸血鬼が人間との子を生したという話は聞いたことがないため、彼女にも彼女の両親にも新しい命を抱かせることを諦めさせなければならない。
セシリアが吸血鬼として生きる事を決意すれば、セインとはずっと一緒に居られる上に子供も生せるかもしれないが、彼女の両親を見送ってなお人にとって永遠に等しい人生を生き続けることになるだろう。もしかすれば、それすら出来ずに絶縁する道を選ぶ羽目になる可能性もある。
どちらを選んでも、彼女に何かを諦めさせなければならないのだとすると、早めに離れてしまった方が良い。そうすれば、いつかは全てを忘れて、彼女を愛してくれる同族の男と愛を育み、子を生すだろうと。
「俺だって君を大切に思ってる。でも……どうやったって、何かを捨てなければならないだろ」
そう吐き捨てるセインと、セシリアはどこか決意に満ちたような意志の強い目が重なる。
「私は、貴方と一緒に居たいの」
セシリアは、離すまいとセインにしがみつく。
「私は、貴方を諦められないわ……だから」
体を離したセシリアは、セインの服の胸元を力いっぱい引っ張る。
「貴方も、私を諦めるのを止めなさい」
抵抗することなく体はセシリアに寄せられ、ぶつかるようにして唇が重なった。息をのんだセインを見て、セシリアは口端を上げる。
「もう、絶対に逃がしたりしないわ。私から離れようとしたら、嵐でも貴方を捜し歩くから」
体の弱い彼女に嵐の中に出歩かれては敵わない。
自分は、彼女にとっての幸せを無視して遠ざけて来た。それがそもそもの間違いだったのだと、眼前のセシリアを見て思う。
何度彼女から逃げ出しても、セシリアは諦めなかったのだからセインは間違っていたのだ。彼女の幸せを他人が決めるなどなんて烏滸がましいと、セインは笑いを抑えきれずに声を上げる。
「…………は、ははっ。ははははは!」
「笑い事ではないわよ」
セインは両頬を膨らませるセシリアの頬を摘まんで空気を抜くと、突き出された唇にキスを落とした。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
もう好きと思えない? ならおしまいにしましょう。あ、一応言っておきますけど。後からやり直したいとか言っても……無駄ですからね?
四季
恋愛
もう好きと思えない? ならおしまいにしましょう。あ、一応言っておきますけど。後からやり直したいとか言っても……無駄ですからね?
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い
buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され……
視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる