夜に生きるあなたと

雨夜りょう

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 次の日も雨が降っていた。来ないだろうと思われたセシリアは、またしても花畑へとやって来た。

「はぁ……もう、慣れたものね……きっと、庭師、に……なれるわ」

 疲れ果てたセシリアは倒れるようにして地面に転がる。
 風音よりも大きな喘鳴が、セインの耳まで届いた。

「セシリア!!」

 セインは、青白い顔でぴくりともしなくなったセシリアに駆け寄る。

「……はぁ、眠ってるだけか」

 深い息をついたセインは、セシリアを抱き上げる。早く布団に寝かせてやろうと邸へ急いだ。
 ベッドにセシリアを寝かせると、額にある汗をハンカチで拭う。

(きっと、今日で最後になるだろうな)

 セシリアへと手を伸ばしかけて逡巡し、布団を引き上げるに止まる。先ほどよりも緩やかに胸が上下するようになったのを確認して、深い息をつく。
 セシリアが早く良くなるようにと祈りながら、セインはその場を後にした。
 その後セシリアはもうセインを捜したりしないだろうと思っていたが、セシリアは五日後に目覚めてすぐにどうにか出かけようと画策し始めた。

「……嘘だろう?」

 雨降りの中、布を括り付けて作ったロープを抱えてテラスへと繋がる扉へと近寄るセシリアを見つけて、セインは雨に濡らすまいと声を掛けた。

「どこに行くつもりなんだ?」

 待ち望んだ声にセシリアは弾かれたように顔を上げる。驚愕に開かれた目がセインを凝視した途端、ロープもどきを放り投げてテラスへと走った。

「セイン!」

 セシリアはもつれそうになる足を叱咤し、手すりまでたどり着く。

「先日倒れたばかりなのに、どこに行くつもりだったんだ」

 低く唸るような声に、セシリアの喉がこくりと上下させ一歩後退りした。

「あれだけ皆を心配させたのに、まだ解らないのか」
「だって! これ以外の方法が思い浮かばなかったんだもの!!」

 苛立ったように声を荒げるセシリアから、堰をきったように言葉が溢れだす。
 顔を真っ赤にして瞳一杯に涙を溜めた彼女は、溢すまいと目を見開いている。

「セインが勝手に会いに来なくなったんじゃないの! 私が嫌いなら、この想いが迷惑なら、はっきりとそう言えば良かったのよ! それなのに、なんで中途半端に可能性だけ残したのよ!!」

 堪えられずに決壊した涙を拭う事もせず、セシリアは続ける。

「私は貴方を好きになったの! どうしようもなく貴方が好きなのよ、貴方じゃなきゃダメだったの! そんな所で見下ろしていないで、私が嫌いだと言いなさいよ! 世界中の誰よりも嫌いだって、反吐が出るって……早く言いなさい!」

 流れ落ちる涙は、頬を伝う雨と混ざり合って地面へと落ちた。

「そんな事、思ってるわけがないだろう! 俺だってセシリアが好きだ、だから一緒に居られないんだ!」

 セシリアの許へと降りて来たセインは声を荒げ、感情を吐露する。
 吸血鬼であるセインは千年以上の歳月を生きる事になる。セシリアが人間として生き続ければ、彼女が亡くなった後の数百年を独りで生き続けなければならない。今まで吸血鬼が人間との子を生したという話は聞いたことがないため、彼女にも彼女の両親にも新しい命を抱かせることを諦めさせなければならない。
 セシリアが吸血鬼として生きる事を決意すれば、セインとはずっと一緒に居られる上に子供も生せるかもしれないが、彼女の両親を見送ってなお人にとって永遠に等しい人生を生き続けることになるだろう。もしかすれば、それすら出来ずに絶縁する道を選ぶ羽目になる可能性もある。
 どちらを選んでも、彼女に何かを諦めさせなければならないのだとすると、早めに離れてしまった方が良い。そうすれば、いつかは全てを忘れて、彼女を愛してくれる同族の男と愛を育み、子を生すだろうと。

「俺だって君を大切に思ってる。でも……どうやったって、何かを捨てなければならないだろ」

 そう吐き捨てるセインと、セシリアはどこか決意に満ちたような意志の強い目が重なる。

「私は、貴方と一緒に居たいの」

 セシリアは、離すまいとセインにしがみつく。

「私は、貴方を諦められないわ……だから」

 体を離したセシリアは、セインの服の胸元を力いっぱい引っ張る。

「貴方も、私を諦めるのを止めなさい」

 抵抗することなく体はセシリアに寄せられ、ぶつかるようにして唇が重なった。息をのんだセインを見て、セシリアは口端を上げる。

「もう、絶対に逃がしたりしないわ。私から離れようとしたら、嵐でも貴方を捜し歩くから」

 体の弱い彼女に嵐の中に出歩かれては敵わない。
 自分は、彼女にとっての幸せを無視して遠ざけて来た。それがそもそもの間違いだったのだと、眼前のセシリアを見て思う。
 何度彼女から逃げ出しても、セシリアは諦めなかったのだからセインは間違っていたのだ。彼女の幸せを他人が決めるなどなんて烏滸がましいと、セインは笑いを抑えきれずに声を上げる。

「…………は、ははっ。ははははは!」
「笑い事ではないわよ」

 セインは両頬を膨らませるセシリアの頬を摘まんで空気を抜くと、突き出された唇にキスを落とした。
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