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次の日は、朝からセインの心を反映させたかのような曇天だった。側に居られないと気が付いてしまった以上は突き放してやるのが彼女の為だ。
鉛のように重たくなった心に体が連動して、どこかに出かけようという気持ちは毛頭湧いてこなかった。
「……夜には雨が降るな」
予想していた通り、昼間の曇り空はいつしか雨へと変わった。昨日まではあれほど星が瞬いていた空は顔を隠している。
「……はぁ」
しとしとと降り続いていた雨の中、セインは彼女の部屋の近くに生えている大木の枝に座ったまま会いに行けずにいた。
糸雨がいつしか大雨に変わっても一歩を踏み出せずいたセインは、セシリアが布団を引きずって窓際でうずくまったのをみて腰を上げた。
このままここに居ても彼女は自分を待ち続けるに違いない、そして体の弱い彼女は体調を崩して寝込んでしまうだろう。
「…………セシリア」
足元に落とされた布団につんのめりながら窓を開けた彼女の瞳が、安堵したように揺れる。
「セイン! 大丈夫だった? ああ、こんなに濡れて。さあ、入ってちょうだい」
セインは中へ入れようとするセシリアを制すと、言葉を続けた。
「ごめん、今日はもうここへは来ないって伝えに来ただけだから」
「なん……なんで?」
先ほど得た安堵とは打って変わり、声が上ずり、彼女は絞り出すように言葉を発した。
顔が歪な笑みを浮かべるのが分かった、自分は彼女と同じ顔をしている。
「別に、理由なんてないよ。もう君とは会わないだけだ」
「ま……!」
引き止めようと声を無視して、セインは雨の中に去って行った。
「ごめん、ごめんセシリア」
天を仰ぐセインは慟哭する。
なぜ、自分は彼女と同じ種族ではないのか。どうして、たった一言好きだと言ってやれないのか。
絶え間なく湧き上がってくる後悔が、セインを苛んだ。もう二度と会わない、邸も訪れない。そう言った筈なのに、どうしても彼女からは離れられなかった。
悲しみに暮れるセシリアを見ても声すらかけられないくせに、どうしてか毎夜大木の枝に座ってはセシリアの側に居た。
「まだ……」
二人が別れてから数か月が経ち、季節は冬の香りを滲ませていた。
自分が彼女を諦められないように、彼女も自分を諦められないのか。彼女が残した満面の笑みがこびりついて離れない。
もう諦めて別の男との未来を歩んでほしいのに、まだ諦められずに藻掻いている彼女が今も同じ思いを抱いている事にそこはかとない喜びを覚える。
そんな卑怯なセインの胸中を反映するかのように、セシリアは毎夜二人の出会った花畑へと辿り着く。当然セインは彼女の前に姿は見せなかった。
「そう、居るわけがないのよ」
残念そうな声を上げるセシリアに胸が締め付けらえるような思いをしながらも、声を掛けられずにいるうちに彼女は帰って行ってしまった。
その日からセシリアは毎夜花畑へと現れて花を一つ植えた。黄色の花を植え続け、ぽつりぽつりと黄色が目立つようになる頃には、また一つ季節は進んでいた。
今日は生憎の雨催いに、セインを見下ろしていた冬月も隠されている。
「……雨が降るな」
きっとすぐに雨が降り始める。今日は、彼女は来ないだろう。しかし、予想に反してセシリアは花畑へとやって来た。
(セシリア!?)
音をたてて強まる雨の中、花を植え終えたセシリアは濡れそぼった髪をかき上げた。吐き出された白い息が雨に消える。
「さ、早く帰らないと」
辺りを確認したセシリアは、去って行った。
鉛のように重たくなった心に体が連動して、どこかに出かけようという気持ちは毛頭湧いてこなかった。
「……夜には雨が降るな」
予想していた通り、昼間の曇り空はいつしか雨へと変わった。昨日まではあれほど星が瞬いていた空は顔を隠している。
「……はぁ」
しとしとと降り続いていた雨の中、セインは彼女の部屋の近くに生えている大木の枝に座ったまま会いに行けずにいた。
糸雨がいつしか大雨に変わっても一歩を踏み出せずいたセインは、セシリアが布団を引きずって窓際でうずくまったのをみて腰を上げた。
このままここに居ても彼女は自分を待ち続けるに違いない、そして体の弱い彼女は体調を崩して寝込んでしまうだろう。
「…………セシリア」
足元に落とされた布団につんのめりながら窓を開けた彼女の瞳が、安堵したように揺れる。
「セイン! 大丈夫だった? ああ、こんなに濡れて。さあ、入ってちょうだい」
セインは中へ入れようとするセシリアを制すと、言葉を続けた。
「ごめん、今日はもうここへは来ないって伝えに来ただけだから」
「なん……なんで?」
先ほど得た安堵とは打って変わり、声が上ずり、彼女は絞り出すように言葉を発した。
顔が歪な笑みを浮かべるのが分かった、自分は彼女と同じ顔をしている。
「別に、理由なんてないよ。もう君とは会わないだけだ」
「ま……!」
引き止めようと声を無視して、セインは雨の中に去って行った。
「ごめん、ごめんセシリア」
天を仰ぐセインは慟哭する。
なぜ、自分は彼女と同じ種族ではないのか。どうして、たった一言好きだと言ってやれないのか。
絶え間なく湧き上がってくる後悔が、セインを苛んだ。もう二度と会わない、邸も訪れない。そう言った筈なのに、どうしても彼女からは離れられなかった。
悲しみに暮れるセシリアを見ても声すらかけられないくせに、どうしてか毎夜大木の枝に座ってはセシリアの側に居た。
「まだ……」
二人が別れてから数か月が経ち、季節は冬の香りを滲ませていた。
自分が彼女を諦められないように、彼女も自分を諦められないのか。彼女が残した満面の笑みがこびりついて離れない。
もう諦めて別の男との未来を歩んでほしいのに、まだ諦められずに藻掻いている彼女が今も同じ思いを抱いている事にそこはかとない喜びを覚える。
そんな卑怯なセインの胸中を反映するかのように、セシリアは毎夜二人の出会った花畑へと辿り着く。当然セインは彼女の前に姿は見せなかった。
「そう、居るわけがないのよ」
残念そうな声を上げるセシリアに胸が締め付けらえるような思いをしながらも、声を掛けられずにいるうちに彼女は帰って行ってしまった。
その日からセシリアは毎夜花畑へと現れて花を一つ植えた。黄色の花を植え続け、ぽつりぽつりと黄色が目立つようになる頃には、また一つ季節は進んでいた。
今日は生憎の雨催いに、セインを見下ろしていた冬月も隠されている。
「……雨が降るな」
きっとすぐに雨が降り始める。今日は、彼女は来ないだろう。しかし、予想に反してセシリアは花畑へとやって来た。
(セシリア!?)
音をたてて強まる雨の中、花を植え終えたセシリアは濡れそぼった髪をかき上げた。吐き出された白い息が雨に消える。
「さ、早く帰らないと」
辺りを確認したセシリアは、去って行った。
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