そのステップは必要ですか?  ~精霊の愛し子は歌を歌って溺愛される~

一 ことり

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第4部

それ以外で

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 「ナオになら、つねられても痛くないです」

 少し得意げにヴァレリラルドは胸を張る。

 「僕、つねらないよ?」

 目の前につねられて頬を赤くしているベルンハルドがいるのだが、アシェルナオは取り繕うように首を振った。

 「わかってるよ、おいで」

 ヴァレリラルドに呼ばれて、アシェルナオはヴァレリラルドとシーグフリードの間に座る。

 大好きな婚約者と兄の間に挟まれてご満悦のアシェルナオに、

 「ナオはよく頑張ってくれた。何か褒美をあげたいと思うんだが、何かほしいものはあるか?」

 まだ頬を摩りながらベルンハルドが尋ねた。

 「ほしいもの? うーん……ヴァルとイチャイチャする時間?」

 せめて、邪魔されずにキスしたい。

 アシェルナオはしばらく考えてから、ほんのりと頬を染めてヴァレリラルドを見る。

 「それは切実にほしいな」

 イチャイチャを熱望してくれるアシェルナオに、ヴァレリラルドも嬉しそうに頷く。だが、

 「それ以外で」

 「まだ早い」

 「あらあら」

 「結婚するまではだめだ」

 ベルンハルド、オリヴェル、パウラ、シーグフリードの順に反対意見が出された。

 「えぇぇ……」

 あからさまに残念そうなアシェルナオに、 

 「少しずつ2人の時間を増やしていこう?」

 ヴァレリラルドはその手を握りしめる。

 「わかった……。でも、時々はキスしてね?」

 「もちろん」

 アシェルナオの頭にキスを落とすヴァレリラルド。

 「時々、たまーに、それも節度を重んじて、お願いします」

 将来結婚して家を出て行くとはわかっていても心の中では嫁に行かせたくないオリヴェルは、目の前でアシェルナオとヴァレリラルドがイチャイチャするのを見たくなかった。

 「それ以外って……。そうだ。僕、エンロートに行きたい。また本場のゴンドリエーレを楽しんでほしいってマフダルに誘われたんだ。夕凪亭にも行きたい」

 デメトリアでマフダルに誘われたことを思い出したアシェルナオは身を乗り出す。

 「エンロートか。私もナオには休息が必要だと思うし、マフダルがいたら安心だ。どうだろう、オリヴェル」

 ベルンハルドに意見を求められて、オリヴェルも頷く。

 「私も賛成ですよ。学園にもしばらく休学届を出しておきましょう。アシェルナオは成績がよいから学業の心配はありません」

 「ええ? 休学届を出すほど長いお休みはいりません」

 休学するまで長く逗留するつもりはないアシェルナオは首を振る。

 「私が医者なら、浄化で疲れたナオには少なくとも1週間は休養が必要だと診断するよ。それくらい休むなら休学届は必要なんだ」

 「そうなんだ。休学届って、何ヶ月も休む時に出すものかと思った」

 ヴァレリラルドに言われて、アシェルナオはほっとした笑みを浮かべる。エンロートには行きたいが、学園にも早く戻りたかった。

 「では、どこかの屋敷をまるごと借りて滞在できるようにしよう」

 オリヴェルの言葉に、アシェルナオは首をかしげる。

 「どこかの屋敷ですか? 古城ではだめですか? 前はそこにお泊りしました」

 オリヴェルにとっては、古城に泊まるということが想定にないのだが、アシェルナオにとっては誰かの屋敷を借りるということが想定外だった。

 「……ナオ様はエンロートの古城で大丈夫なのですか? あそこは……」

 珍しくテュコが言い淀む。

 17年前の、何者かに襲われた梛央がエンロートの古城で心の闇に落ちていたことを、テュコは鮮明に覚えていた。

 梛央が地獄の底から這いあがるまでの数日間、生きた心地がしなかった当時のことを。

 テュコだけではなく、オルドジフやアイナ、ドリーンたち周囲の者は沈痛で辛い時間を過ごしたのだが、

 「ん?」

 心配をかけた自覚はあるが自分がどれほどの状況だったのかをわかっていないアシェルナオは不思議そうな顔をした。

 ヴァレリラルドもまた、17年前に梛央が飛竜に攫われてソーメルスの館に捕らえられた時の状況を覚えていたが、意識が錯乱していた梛央を目にして心を痛めた当時は8歳。

 閨教育が始まっていたとはいえ、梛央が性的な暴行を受けたこと、それにより心の闇に引きずり込まれた梛央が凄惨な状況を乗り越えたことは知らされていなかった。

 「ん? エンロートの古城では寝込んでばかりだったけど、悪いことばかりじゃなかったから大丈夫だよ? 僕、マフダルがお越しくださいって言ったから、てっきり古城に行くって思ってたけど……ベルっち、古城って簡単に泊まれないところだった?」

 「ナオがいいのなら、古城に滞在することは問題はない。だが、同行する護衛騎士の選定や古城での警備等の問題がある。少し待ってくれないか?」

 「はーい」

 「そうだ、アシェルナオ」

 機嫌よく返事をするアシェルナオに、思い出したようにシーグフリードが声をかける。

 「なんですか? 兄様」

 「明日、エルとルルが来ることになっている。私も立ち会うよ」

 「エルとルル……お見舞いですか?」

 2人の名前に思わずアシェルナオは身構える。

 「エルとルルはアシェルナオが熱を出したことは知らないはずだよ。私の用事なのだけど、アシェルナオも何かお願いしたんじゃないのかい?」

 「ああ……した……と、思います」

 お願いをしに行ったのだが、衝撃の光景を目にしたため忘れていたのだ。テュコによると記憶が抜けているあいだにお願いしていたと言うのだが、覚えていなかった。

 不安に思うアシェルナオだが、

 「ナオは何をお願いしたんだろう? 明日も休暇をもらっているんだ。私も立ち会うよ」

 ヴァレリラルドがそう言うと、明日の不安は楽しみになった。





 翌日。

 アシェルナオがテュコに横抱きにされて二階の自室から一階のホールに降りて来ると、すでにエルとルルがホールのソファに座って待っていた。

 2人とも緊張半分、ふてくされ半分の顔をしている。

 シーグフリードとヴァレリラルドも席に着いており、テュコはヴァレリラルドの横にアシェルナオを降ろした。

 「ナオ、おはよう。昨日より顔色がいいね」

 頭を撫でながら顔を覗き込むヴァレリラルドに、アシェルナオは固い表情で頷くと、

 「けっ」

 意を決してアシェルナオが口を開いた。

 「け?」

 「結婚おめでとう、エルるん、ケルるん」

 結婚という言葉に、この前の痴態を思い出してしまいそうになり、アシェルナオは両手で顔を覆う。

 「なんか、なりゆきで結婚てことになったけど、そんなに意識されるとこちらもいたたまれないんだけど」

 「なかったことにはできないだろうけど、せめて普通にしてほしい」

 エルとルルもアシェルナオの態度に両手で顔を覆う。

 アシェルナオ、エル、ルル。3人で顔を覆っている様子にシーグフリードとヴァレリラルドも破顔した。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※

 感想、エール、いいね、ありがとうございます(。uωu))ペコリ

 街はクリスマス一色。クリスマスのイベント、超楽しい。でもちょっと待って。今日は忠臣蔵の日なのよ。
(深い意味はありません……)
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