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国のことは国王に任せておきましょう
結界 4
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「リーゼ。そんなに握りしめては、貴女の手がかわいそうだ」
いつの間にか場所をリーゼロッテの隣に移したベルンハルトが、リーゼロッテの白くて華奢な手を包み込んだ。
バルタザールやエーリックのことを考えているうちに、手に力が入ってしまっていたようで、広げた手のひらが赤くなっているのが目に入る。
「もうしわけ、ありません」
膝の上で広げた自分の手のひらと、添えられたベルンハルトの手を見つめながら、リーゼロッテは心の中に渦巻く感情をどうしていいかわからず、無意識に謝罪を口にした。
「謝ることではない。少し急ぎすぎた。アルベルトを呼んで、お茶を淹れてもらおうか。それとも、ヘルムートがいいだろうか」
ベルンハルトの言葉は冗談交じりで、少しでもリーゼロッテの心を軽くしようとしてくれるのがわかる。
「ありがとう、ございます」
せっかくのベルンハルトの気遣いを、素直に受け取ることにした。
「ア、アルベルトさんが淹れて下さるお茶、美味しいですね」
いつだったか飲んだものよりも美味しくなってるお茶に驚きながらカップを置いた。
「リーゼもそう思うか? 以前とは味が変わっているだろう? 誰か飲ませたい相手ができたのかもしれない」
アルベルトには聞こえないようにとリーゼロッテの耳元で話をするベルンハルトの吐息が、首筋をくすぐる。鳥の羽根が触っているような感触に耐えれば、顔に熱が上がっていくのがわかる。
そんな中でアルベルトに視線を送れば、ベルンハルトの言葉が届いていたのか、アルベルトもまた顔を赤くさせていた。
「く、くすぐったいですっ」
我慢できないこそばゆさと、照れ隠しで思いっきりベルンハルトの体を押しやるが、鍛え上げられたその体はビクともしない。
「ははっ。いつまでもリーゼとこうしていたいな」
じゃれあっている中で聞こえるベルンハルトが漏らした声は、つっかえてもいないし、うわずってもいなかったが、きっと本音に違いない。
ベルンハルトに言われる本音にはどれも応えたいし、二人の穏やかな暮らしのために話を聞く必要があるのであれば、やはりこのまま何もなかったようにはできないだろう。
「ベルンハルト様。お人払いをお願いします」
ベルンハルトが口にしてくれる本音は、リーゼロッテの心を決めるのには十分過ぎるほどで、自分のためでも、ましてやバルタザールのためでもなく、ただベルンハルトのためだけにその話を聞く決心をする。
「アルベルト、すまないが」
リーゼロッテの言葉を受けて、ベルンハルトがアルベルトに声をかければ、扉を背にアルベルトが恭しく頭を下げた。
「ベルンハルト様、奥様。外に控えておりますので、また何かあればお声掛け下さい」
そうしてアルベルトが部屋を後にすると、二人を包み込むのは毛布にくるまっているような沈黙。柔らかくて、温かくて、声を発してしまうことで壊れるのが勿体ないとすら感じる。
リーゼロッテがベルンハルトに視線を合わせ、それに応えるように仮面の奥の瞳がリーゼロッテを見つめた。
包んで欲しいのは手だけではなかった。先程触れた逞しい腕で、心の中の黒い感情ごと抱きしめて欲しかったのかもしれない。
「ベルンハルト様。お話の続きを」
心を凍てつかせる心細さから逃れるように、ベルンハルトの服の袖をそっと摘んだ。
何を聞かされるかわからない緊張感はリーゼロッテの指先を冷やし、体を預けた椅子を歪ませる。
「ゆっくりでいい」
「ですが、ベルンハルト様はお仕事がおありでしょう?」
リーゼロッテに負担をかけないようにと、ベルンハルトが時間をとってくれようとするが、ベルンハルトの執務机の上には相変わらず書類が積み上げられており、余分な時間など存在しないことは一目瞭然。
リーゼロッテのために貴重な時間を使わせるわけにはいかない。
「あんなもの、いつだって構わない。リーゼとの生活の為の仕事を、リーゼとの時間より優先させる必要はない。目につくなら、庭へ出ようか?」
「ふふ。大丈夫です」
ベルンハルトの優しい言葉は、リーゼロッテの気持ちを掬い上げ、笑い声と共に吐き出された息が、空気を体に誘い込む。
「また辛くなったら、言って欲しい。リーゼは隠すのがうまいから、私では気づけそうにない」
「わかりました。お伝えしますね」
幼い頃から王女として求められ続けた態度のせいで、ベルンハルトにこんなことを言わせてしまう。自分の感情を隠さず堂々と表すことのできるレティシアの顔が頭の中でちらつく。
「よろしく頼む。だが、そうやって微笑んでくれるリーゼのことも好んでいるからな。自分の感情なのに、思い通りにいかないものだ」
「ふふっ。ふふふっ。それはよかったです」
いつからだろうか。ベルンハルトがこんなにたくさんの言葉を降らせてくれるようになったのは。二年前は想像もできなかった時間に、幸せと愛おしさが絶え間なく打ち寄せる。
「レティシアが教えてくれた、山の状況を話そうか」
「はい」
「違和感は前々回の討伐の時点で感じていたんだ。それまで、国の結界を超えて現れる魔獣は毎年同じで、私もレティシアも慣れてしまっていたのかもしれない。それが、その時は見たこともない魔獣が現れて、前回は倒しきれないかと危機感すら覚えた。その結果が、あの無様な姿だ」
「無様だなんて。無事にお戻りになられて、それだけで十分です」
「あの時は本当に助けられた。足りなくなるはずの食糧まで手配してもらえるとは思いもしなかった」
「わたくし、やっとお役に立てたのですね」
余計なお世話かもしれないと、出しゃばりすぎているのかもしれないと手探りの中無我夢中でやったことが報われた。ただベルンハルトの世話はアルベルトとヘルムートに任せたことにしたままで、ベルンハルトが必死に隠している仮面の下を無断で見てしまったことは未だに打ち明けられずにいて、リーゼロッテの心に小さなとげが抜けないまま刺さっている。
『隠すのがうまい』と、その言葉がベルンハルトが言った意味とは違う方向からリーゼロッテを突き刺した。
リーゼロッテの言葉を肯定するように笑ったベルンハルトの顔を見ることに、罪悪感がぬぐえない。
(自業自得というものよね)
いつの間にか場所をリーゼロッテの隣に移したベルンハルトが、リーゼロッテの白くて華奢な手を包み込んだ。
バルタザールやエーリックのことを考えているうちに、手に力が入ってしまっていたようで、広げた手のひらが赤くなっているのが目に入る。
「もうしわけ、ありません」
膝の上で広げた自分の手のひらと、添えられたベルンハルトの手を見つめながら、リーゼロッテは心の中に渦巻く感情をどうしていいかわからず、無意識に謝罪を口にした。
「謝ることではない。少し急ぎすぎた。アルベルトを呼んで、お茶を淹れてもらおうか。それとも、ヘルムートがいいだろうか」
ベルンハルトの言葉は冗談交じりで、少しでもリーゼロッテの心を軽くしようとしてくれるのがわかる。
「ありがとう、ございます」
せっかくのベルンハルトの気遣いを、素直に受け取ることにした。
「ア、アルベルトさんが淹れて下さるお茶、美味しいですね」
いつだったか飲んだものよりも美味しくなってるお茶に驚きながらカップを置いた。
「リーゼもそう思うか? 以前とは味が変わっているだろう? 誰か飲ませたい相手ができたのかもしれない」
アルベルトには聞こえないようにとリーゼロッテの耳元で話をするベルンハルトの吐息が、首筋をくすぐる。鳥の羽根が触っているような感触に耐えれば、顔に熱が上がっていくのがわかる。
そんな中でアルベルトに視線を送れば、ベルンハルトの言葉が届いていたのか、アルベルトもまた顔を赤くさせていた。
「く、くすぐったいですっ」
我慢できないこそばゆさと、照れ隠しで思いっきりベルンハルトの体を押しやるが、鍛え上げられたその体はビクともしない。
「ははっ。いつまでもリーゼとこうしていたいな」
じゃれあっている中で聞こえるベルンハルトが漏らした声は、つっかえてもいないし、うわずってもいなかったが、きっと本音に違いない。
ベルンハルトに言われる本音にはどれも応えたいし、二人の穏やかな暮らしのために話を聞く必要があるのであれば、やはりこのまま何もなかったようにはできないだろう。
「ベルンハルト様。お人払いをお願いします」
ベルンハルトが口にしてくれる本音は、リーゼロッテの心を決めるのには十分過ぎるほどで、自分のためでも、ましてやバルタザールのためでもなく、ただベルンハルトのためだけにその話を聞く決心をする。
「アルベルト、すまないが」
リーゼロッテの言葉を受けて、ベルンハルトがアルベルトに声をかければ、扉を背にアルベルトが恭しく頭を下げた。
「ベルンハルト様、奥様。外に控えておりますので、また何かあればお声掛け下さい」
そうしてアルベルトが部屋を後にすると、二人を包み込むのは毛布にくるまっているような沈黙。柔らかくて、温かくて、声を発してしまうことで壊れるのが勿体ないとすら感じる。
リーゼロッテがベルンハルトに視線を合わせ、それに応えるように仮面の奥の瞳がリーゼロッテを見つめた。
包んで欲しいのは手だけではなかった。先程触れた逞しい腕で、心の中の黒い感情ごと抱きしめて欲しかったのかもしれない。
「ベルンハルト様。お話の続きを」
心を凍てつかせる心細さから逃れるように、ベルンハルトの服の袖をそっと摘んだ。
何を聞かされるかわからない緊張感はリーゼロッテの指先を冷やし、体を預けた椅子を歪ませる。
「ゆっくりでいい」
「ですが、ベルンハルト様はお仕事がおありでしょう?」
リーゼロッテに負担をかけないようにと、ベルンハルトが時間をとってくれようとするが、ベルンハルトの執務机の上には相変わらず書類が積み上げられており、余分な時間など存在しないことは一目瞭然。
リーゼロッテのために貴重な時間を使わせるわけにはいかない。
「あんなもの、いつだって構わない。リーゼとの生活の為の仕事を、リーゼとの時間より優先させる必要はない。目につくなら、庭へ出ようか?」
「ふふ。大丈夫です」
ベルンハルトの優しい言葉は、リーゼロッテの気持ちを掬い上げ、笑い声と共に吐き出された息が、空気を体に誘い込む。
「また辛くなったら、言って欲しい。リーゼは隠すのがうまいから、私では気づけそうにない」
「わかりました。お伝えしますね」
幼い頃から王女として求められ続けた態度のせいで、ベルンハルトにこんなことを言わせてしまう。自分の感情を隠さず堂々と表すことのできるレティシアの顔が頭の中でちらつく。
「よろしく頼む。だが、そうやって微笑んでくれるリーゼのことも好んでいるからな。自分の感情なのに、思い通りにいかないものだ」
「ふふっ。ふふふっ。それはよかったです」
いつからだろうか。ベルンハルトがこんなにたくさんの言葉を降らせてくれるようになったのは。二年前は想像もできなかった時間に、幸せと愛おしさが絶え間なく打ち寄せる。
「レティシアが教えてくれた、山の状況を話そうか」
「はい」
「違和感は前々回の討伐の時点で感じていたんだ。それまで、国の結界を超えて現れる魔獣は毎年同じで、私もレティシアも慣れてしまっていたのかもしれない。それが、その時は見たこともない魔獣が現れて、前回は倒しきれないかと危機感すら覚えた。その結果が、あの無様な姿だ」
「無様だなんて。無事にお戻りになられて、それだけで十分です」
「あの時は本当に助けられた。足りなくなるはずの食糧まで手配してもらえるとは思いもしなかった」
「わたくし、やっとお役に立てたのですね」
余計なお世話かもしれないと、出しゃばりすぎているのかもしれないと手探りの中無我夢中でやったことが報われた。ただベルンハルトの世話はアルベルトとヘルムートに任せたことにしたままで、ベルンハルトが必死に隠している仮面の下を無断で見てしまったことは未だに打ち明けられずにいて、リーゼロッテの心に小さなとげが抜けないまま刺さっている。
『隠すのがうまい』と、その言葉がベルンハルトが言った意味とは違う方向からリーゼロッテを突き刺した。
リーゼロッテの言葉を肯定するように笑ったベルンハルトの顔を見ることに、罪悪感がぬぐえない。
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