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別れと再会
思いをこらえて
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「ふふ。その言葉の通りです。」
姫は私の膝の上に抱えられたまま、少し含みを持たせた顔で楽しそうに笑う。
「申し訳ありません。私には理解ができないのですが。」
「そうですよね。実はねーー。」
姫が楽しそうに話してくれた内容は、何も楽しい話ではなかった。
何故、姫は笑っていらっしゃるのであろうか。到着したその日に、望む結婚ではないと言われ、手紙も食事も外出も禁じられたと。
驚きと怒りと、そして今まで姫を助けに来られなかったことへの罪悪感が、私の身体中をかけ巡る。
「クリュスエント様。大変、お待たせいたしました。申し訳、ございませんでした。」
このような謝罪の言葉しか、持っていない自分が情けない。
私が姫への思いを持て余していた間、ずっとこのような扱われ方をしていたというのか。このような質素な部屋から出ることも許されず……
「っつ!」
姫の生活を想像しては、その辛さに涙を堪えることができなかった。
「アイシュタルト?」
「申し訳っ、ありませんっ。」
姫がわたしの態度を不審に思い、今度は私の顔を覗き込む。
こぼれ落ちる涙を隠そうにも、姫を抱えたままの私は、顔を背けることしかできない。
「まぁ。ふふっ。もうわたくしは大丈夫ですよ。アイシュタルトが来てくれましたから。」
姫が私に見せる笑顔は以前と何も変わらない。
あのようにお辛い思いをしておきながら、何もかもを覆い隠して微笑まれる。
「クリュスエント様。すぐにでも、ここを出ましょう。裏庭に馬を繋いであります。」
「えぇ。わかりました。特に持っていかなければならないものもありません。このまま……あぁ!いけない!大切なものを忘れるところでした。」
「姫さま。こちらでしょう?」
そう言ってフェリスが持ってきたのは、私が贈った花であった。
「そう!さすがフェリスね。ありがとう。」
「クリュスエント様。それは……?」
「どなたかがね、コーゼに向かう馬車の中に置いてくださったの。わたくしの宝物ですのよ。」
それは、私が……
そう言いかけて口をつぐんだ。あの日、見送りにも行けなかった。こんなにも長い間お辛い思いをさせた。
そんな私に、何が言えるだろうか。
フェリスに渡された花を見ながら、頬を染める姫の顔を、こんなにお側で見られるだけで十分だ。それ以上、何を望むというのか。
「そう、でしたか。」
「どなたが贈ってくださったのか、アイシュタルトはご存知?」
「いえ……」
「そう。」
姫の顔が寂しげに曇る。名乗り出るべきであっただろうか。私の荷物の中にも、同じように乾燥させた花があると、伝えるべきであっただろうか。
「クリュスエント様、それでは参りましょうか。」
私の中に芽生えた思い上がった気持ちを抑えつけ、この部屋からの退出を促した。
「そうね。フェリス、ごめんなさい。わたくしだけ……」
「姫さま、お気をつけ下さい。私もしばらく身を隠しておりますから。」
「フェリスも、お気をつけて。」
「クリュスエント様、お体失礼致します。」
お二人の別れの挨拶を聞き終えて、私は姫を抱き上げた。
あのような足取りでは、裏庭にたどり着く前に誰かに見つかりかねない。
姫も私の意を汲んだように、首に腕を回して体を預けた。
ふわっと鼻腔をくすぐる香りは思い出の中の姫と同じものであったが、抱き上げた体の軽さに愕然とする。私が最後に姫を抱き上げたのはいつであっただろうか。まだ幼さの残る姫を、シュルトの上に乗せた時だろうか。
あれから、何年も経つというのに、その時よりも軽く感じる姫の体。ドレスの袖や裾から見える、痩せ細った手足。青白く血の気のない肌。
何故、姫だけがこのような目に遭わねばならなかったのか。
ギリッ。奥歯が嫌な音を立てる程にくいしばって、それでも姫に不快な思いをさせぬ様、笑顔を作り上げて、私は客室を出た。
姫は私の膝の上に抱えられたまま、少し含みを持たせた顔で楽しそうに笑う。
「申し訳ありません。私には理解ができないのですが。」
「そうですよね。実はねーー。」
姫が楽しそうに話してくれた内容は、何も楽しい話ではなかった。
何故、姫は笑っていらっしゃるのであろうか。到着したその日に、望む結婚ではないと言われ、手紙も食事も外出も禁じられたと。
驚きと怒りと、そして今まで姫を助けに来られなかったことへの罪悪感が、私の身体中をかけ巡る。
「クリュスエント様。大変、お待たせいたしました。申し訳、ございませんでした。」
このような謝罪の言葉しか、持っていない自分が情けない。
私が姫への思いを持て余していた間、ずっとこのような扱われ方をしていたというのか。このような質素な部屋から出ることも許されず……
「っつ!」
姫の生活を想像しては、その辛さに涙を堪えることができなかった。
「アイシュタルト?」
「申し訳っ、ありませんっ。」
姫がわたしの態度を不審に思い、今度は私の顔を覗き込む。
こぼれ落ちる涙を隠そうにも、姫を抱えたままの私は、顔を背けることしかできない。
「まぁ。ふふっ。もうわたくしは大丈夫ですよ。アイシュタルトが来てくれましたから。」
姫が私に見せる笑顔は以前と何も変わらない。
あのようにお辛い思いをしておきながら、何もかもを覆い隠して微笑まれる。
「クリュスエント様。すぐにでも、ここを出ましょう。裏庭に馬を繋いであります。」
「えぇ。わかりました。特に持っていかなければならないものもありません。このまま……あぁ!いけない!大切なものを忘れるところでした。」
「姫さま。こちらでしょう?」
そう言ってフェリスが持ってきたのは、私が贈った花であった。
「そう!さすがフェリスね。ありがとう。」
「クリュスエント様。それは……?」
「どなたかがね、コーゼに向かう馬車の中に置いてくださったの。わたくしの宝物ですのよ。」
それは、私が……
そう言いかけて口をつぐんだ。あの日、見送りにも行けなかった。こんなにも長い間お辛い思いをさせた。
そんな私に、何が言えるだろうか。
フェリスに渡された花を見ながら、頬を染める姫の顔を、こんなにお側で見られるだけで十分だ。それ以上、何を望むというのか。
「そう、でしたか。」
「どなたが贈ってくださったのか、アイシュタルトはご存知?」
「いえ……」
「そう。」
姫の顔が寂しげに曇る。名乗り出るべきであっただろうか。私の荷物の中にも、同じように乾燥させた花があると、伝えるべきであっただろうか。
「クリュスエント様、それでは参りましょうか。」
私の中に芽生えた思い上がった気持ちを抑えつけ、この部屋からの退出を促した。
「そうね。フェリス、ごめんなさい。わたくしだけ……」
「姫さま、お気をつけ下さい。私もしばらく身を隠しておりますから。」
「フェリスも、お気をつけて。」
「クリュスエント様、お体失礼致します。」
お二人の別れの挨拶を聞き終えて、私は姫を抱き上げた。
あのような足取りでは、裏庭にたどり着く前に誰かに見つかりかねない。
姫も私の意を汲んだように、首に腕を回して体を預けた。
ふわっと鼻腔をくすぐる香りは思い出の中の姫と同じものであったが、抱き上げた体の軽さに愕然とする。私が最後に姫を抱き上げたのはいつであっただろうか。まだ幼さの残る姫を、シュルトの上に乗せた時だろうか。
あれから、何年も経つというのに、その時よりも軽く感じる姫の体。ドレスの袖や裾から見える、痩せ細った手足。青白く血の気のない肌。
何故、姫だけがこのような目に遭わねばならなかったのか。
ギリッ。奥歯が嫌な音を立てる程にくいしばって、それでも姫に不快な思いをさせぬ様、笑顔を作り上げて、私は客室を出た。
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