第四王子の運命の相手は私です

光城 朱純

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エラの日常

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「エラ! こっちの怪我も治してくれる?」

「ええ。もちろん。見せて?」

 エラは声をかけてきたカーサの手をそっと両手で包むと、静かに力を込めた。
 見る見るうちに指先の傷が消え、怪我をした形跡もないくらいだ。

「いつも悪いね。包丁で切っちゃって、夕飯の支度が間に合わない所だったの」

「これぐらい大したことじゃないわ」

「大したことに決まってるよ。こんなこと、エラにしかできないんだから」

「そう言ってもらえると嬉しい」

「今夜は我が家に食べに来ない? シチュー、どうせ多めに作るし」

 カーサの誘いに、エラの頭の中に自分の家の食料が浮かぶ。少し前に治癒のお礼にもらった食材も底をついてきたはずだ。
 カーサの誘いに乗っておけば、一食分は明日に持ち越せるだろう。

「いつも、お邪魔じゃない?」

「何言ってるの。エラが来てくれるとうちの子達も喜ぶし、こっちがお世話になってるんだから気兼ねしないで」

「じゃあ、後からお邪魔させてもらおうかな。ルカが風邪ひいたって言うから、それ治してから行くね」

「また? 風邪ひいてばかりじゃない? エラに治してもらって、ちゃんと貰うもの貰ってる?」

「ルカにはお世話になってるもの。風邪ぐらい治してあげてもばちは当たらないわ」

「それはそうだけど。エラだって花の世話もあるし、大切な時間潰されてるのよ?」

 カーサの言い分はもっともだ。
 治癒魔法が使えるとはいえ、それだけで生活が成り立つほどの強さはない。
 収入の大半は育てた花を売ることで得ているのだから、その時間を割かれるのは正直辛いけど。

「ちゃんと貰う時には貰ってる。心配しないで」

 不服そうなカーサに手を振って、エラはルカの家に向かって歩き出した。
 ルカは大切な幼馴染。そのルカへの文句を聞くのは気分の良いものじゃない。いくら隣人のカーサの言うことだとしても、モヤモヤした気が膨らんでしまう。
 
 その気分に任せて言い返してしまったらおしまいだ。小さな村では、誰と誰が喧嘩しただなんて話は瞬時に広まってしまうだろう。そしたらエラの治癒魔法のお礼に食材を恵んでくれる人も居なくなる。
 エラの治癒力で治せるものは軽度なものだけ。正直、治す必要もないぐらいのものだ。それでもエラに治癒を頼んで、そのお礼にとエラが欲しいものを与えてくれるのは、その人の善意でしかない。
 治癒を頼まれなくなって困るのは、エラ自身。

「ルカ。風邪、大丈夫?」

「エラか? 悪い。またくたばった」

 薄暗い部屋の中から、掠れた声が聞こえる。人気のない家に独り。ルカもエラと同じ独り身だ。

「すぐに治してあげるね。そっち行ってもいい?」

 寝台に向かって声をかける。気心知れた幼馴染とはいえ、急に男の寝床に近づくものではないだろう。

「あぁ。大丈夫」

 ルカの返事を待って、寝てるルカに近づく。赤い顔と荒い息が、風邪の酷さを物語ってる。

「今回は酷そうだね」

 ルカの額と胸元に手をかざして力を込めれば、顔の赤みが一気にひいていく。

「ちゃんと布団被って寝てたのに」

「えらいじゃん」

「結局風邪ひくなら一緒だ」

 いつもの調子を取り戻したルカが、ぶつぶつと文句を言い始める。
 その様子を見ながら、エラは小さく息を吐いた。

「どうした?」

「少し、疲れたみたい。カーサの傷も治してきたから」

「ごめん。俺のせいだ」

「違うよ。これっぽっちしか力のない私が悪いんだよ」

「エラに栄養のあるもの食べてもらわなきゃな。風邪も治ったし、何か買いに行ってくるよ。何が良い?」

 風邪をひいて寝込むことの多いルカが、余計なお金など持ってるはずもない。それでも風邪を治したエラのためにと、何か考えてくれるその気持ちが嬉しい。

「栄養つけなきゃいけないのはルカの方でしょ。私は今夜カーサの家でシチューわけてもらうの。だから大丈夫」

「この間もそんなこと言って受け取ってくれなかったじゃないか」

「また今度でいいよ。ルカにはお世話になってるし、余裕ができたらね」

 力を使って重くなった体を奮い起こして、ルカにバレないように笑顔を見せる。

「また来るから、今日はちゃんと休んで」

「エラ……ごめん」

 ルカの懐事情を知ってるエラが、気を使ってるのはわかってるだろう。すまなそうな顔をして俯いたルカが、その場で立ちすくんでしまった。

「大丈夫! またね」

 今にもしゃがみ込んでしまいそうなぐらいの疲労感。それでもルカの前でそうするわけにはいかない。そんな所を見れば、ルカはもうエラを呼んではくれないだろう。
 大好きな両親を亡くしたその日、一晩側に居てくれたルカ。そんな大切な幼馴染だからこそ、何に変えてでも助けてあげたい。
 エラができること全てで、ルカを助けようと決めていた。

 ルカの家から自宅に何とかたどり着き、家の中に入った途端に座り込んでしまった。
 カーサの家に行く約束を守れなければ、カーサはそれをルカに追及するだろう。
 エラに無理をさせたとカーサに責められるルカの姿が目に浮かぶ。

(私が行けば全部丸くおさまるよね)

 ルカもカーサもエラにとっては大切な友人だ。その二人が自分のせいで言い合うのを見たくはない。    
 それならば少しぐらい自分が無理をするべきだ。エラはぼんやりし始めた頭でそう考えた。

 自分自身を治すことのできない治癒力を恨めしく思いながら、ルカの家と同じように人気のない部屋の中を見渡す。
 両親が生きていたときはいつでも温かかった家が、今はいつでも寒い。
 流行り病の為の薬は一人分しか手に入らなかった。自分のことを治癒できないエラの為に、その薬を使ってくれた両親の気持ちは痛いほどわかる。エラが目覚めた時には、エラの力ではどうにもできないほどに両親の病は進行していて、エラは独りになった。

 大切な人を救うことすらできない治癒力。
 こんな力になんの意味があるというのか。
 少しでも目の前の人たちの傷を癒すしか、できることはないのに。
 
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