第四王子の運命の相手は私です

光城 朱純

文字の大きさ
5 / 8

花束を届けるだけだったのに

しおりを挟む
「はぁ」

 大きなため息と共にエラが手のひらを開けば、先日アルフレートに握らされた金貨が光る。
 この一枚で、エラが一ヶ月は暮らしていくことができるだろう。
 明日の婚約式に花を持っていけば、それがもう一枚。二ヶ月、生活費の心配をしなくてよくなるはずだ。
 アルフレートに出会った日から何度も考えを巡らせたが、平民の立場で、王城へ、あの花を持って。どう考えても無理だ。
 何か粗相があれば、ただじゃすまないだろう。
 エラだけならともかく、村の人たちまで巻き込んでしまったらと、そんな恐怖心がエラの心を蝕む。
 考えごとをしてるエラのことをカーサが心配してくれるが、こんなことを相談できるはずもなく、エラは結局一人で思い悩むしかなかった。

「贈り物……」

 金貨はもちろん魅力的だが、空っぽの贈り物の場と最後にアルフレートが見せたウインクが、更にエラを悩ませる。
 このまま断ってしまおうと、簡単に決断するわけにもいかない。
 そんなことをすれば、エラのせいでアルフレートに恥をかかせることになる。
 アルフレートの優しい声と笑顔は、今でも鮮明に覚えていて。
 あの笑顔をくもらせたくない。それもまた、エラの正直な気持ちだ。

 庭に咲く花を、明日のために摘むのを遅らせた。
 明日、花束を作るぐらいの本数を用意することはできるだろう。
 なけなしのお金をはたいて、城に行くのに失礼にはならない程度の服も用意をした。
 残るはただ一つ。エラの決心だけ。

 窓の外を覗けば、風に揺れる青い花が見える。どの花も同じ方向を向いて、エラの決断に頷いてくれている様だ。
 花に背中を押されて、エラはようやく心を決めた。


「アルフレート様に頼まれて、お花をお届けに参りました」

「アルフレート殿下に? お前がか?」

 話を通してくれているはずの門番はどこにいるのだろうか。
 翌日、エラは王城の門の前で門番に足止めされていた。

「はい。こちらの花を持ってくる様にと仰せつかっております」

 エラの手にはアルフレートが望んだ青い花を中心に、できる限り貧相に見えない様に作った花束が抱えられている。
 ただ、先程からエラの横を通り過ぎて城内に入っていく者たちが抱えるものを見れば、その差は歴然。

「そんなもの、アルフレート殿下が所望されるはずがないだろう」

「で、ですが……」

 門番が言うのも無理はない。
 第二王子が望んだと言う方が妄言に聞こえるだろう。
 やはり来なければ良かったと、アルフレートに揶揄われただけだったのだと、エラの頭を過ぎる不信感。
 エラの持つ花束もどことなく萎れてきている様にも見える。

「わかりました。もう、失礼させていただきます」

 アルフレートの言葉を間に受けて、こんな所までのこのこと来た自分が愚かだったと、エラは肩を落とした。
 摘み取ってしまった花に悪いことをしたと、申し訳なさで心が痛む。

「ごめんね」

 城の門に背を向けて歩き始めたエラが、花に話しかける。
 切られた花にすら治癒力がめぐっていくのか、エラの声を受けた花々が少し元気になった様に思う。
 それでも、切り取ってしまった花は長くもちはしない。せめて受け取ってさえくれれば報われただろうに、これでは全て無駄になるだけだ。
 エラを揶揄うだけならともかく、花の生命を無駄にさせたアルフレートに、苛立ちがふつふつと湧き上がる。
 せめて城を睨みつけてやろうと後ろを振り返った。

「ちょっと! 花束の方!」

 睨みつけようとしたエラにかけられる声。
 追い返された門から、誰かが近づいてくる。
 花束の、というのは自分だろうか。呼び止められる理由もわからずに、エラはその場に立ち尽くした。

「良かった。私、アルフレート殿下の従者、ダームエルと申します。アルフレート殿下がご依頼されたお相手というのは、貴女様でしょうか?」

「エラと申します。こちらの花束をお届けにあがりました。ですが、必要とされていないのであれば、このまま持ち帰ります」

「そんなこと仰らないで下さい。アルフレート殿下は間違いなくそちらの花束をお待ちです。門番へは少々伝達が行き届かなかった様で、大変失礼を致しました」

「それならば良かったです。花達に申し訳ないことをしたと思っていました。こちらをお持ちください」

 エラが差し出した花束を受け取ったダームエルは、エラに深く頭を下げた。

「失礼がないようにするとのお約束を反故にしたお詫びに、中へ案内するようにと仰せつかっております。ご一緒に来ていただけますか?」

「い、いえ! そのようなお気遣いいただかなくても大丈夫です。花束さえお渡しできれば、それで」

「それでは私が叱られてしまいます。エラ様をお連れするようにと言われておりますので。それに、お渡ししなければならないものもありますから」

 ダームエルが言ったのは、約束の金貨のことだろう。以前もらったものだけでエラとしては十分だったのだが、くれるというのであれば断る理由もない。

「それなら、伺います」

 息を切らしながら走ってきてくれたダームエルが叱られてしまうのも不憫ではあるし、生活に困ってるのも嘘ではない。
 もう一度恭しく頭を下げたダームエルがエラの前を門へ向かって歩き出す。その後ろを追って、先ほど追い返された城門をくぐり抜けた。
 エラの前に立ちはだかった門番が、ダームエルに対しては深々と頭を下げる。それだけでアルフレートの従者である彼が、高位の貴族だということがわかる。
 そんなダームエルに頭を下げられ、案内までされて入る王城。分厚い壁で隔てられた別世界。人生で初めて見る景色が広がっていた。

「このままお部屋までご案内いたします」

 ダームエルの後について行くと、壮大な中庭が目に入る。ありとあらゆる花が飾られた庭園。今日の婚約パーティーの会場だろうか。
 その中庭に目もくれず淡々と歩き続けるダームエルの足取りは物静かで、歩き方一つにさえ優雅さが感じられる。
 エラの暮らす日常とは、何もかもが別世界だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...