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痺れる左手
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「こちらで、少々お待ちください」
ダームエルに通された部屋は、エラの家が丸ごと入ってしまうぐらいに広い。その部屋に置かれたソファはエラが味わったこともないぐらい柔らかくて、立ち入り禁止の場所に入り込んだ様な居心地の悪さがエラを包み込む。
用意してもらった紅茶も喉を通らず、ただただ不快な時間だけが過ぎていった。
「エラ嬢! 本当に申し訳なかった」
エラの不快な時間を止めたのは、アルフレートのノックの音だった。エラの返事を待って扉を開けるや否や、先ほどの門番以上に深く頭を下げられてしまったのだ。
「アルフレート様! そ、そのような真似はおやめ下さい!」
第二王子が平民に頭を下げる絵に、共に部屋に戻ってきたダームエルの目が大きく見開かれたのがわかる。
あってはならない光景だということは、エラにだって理解できる。
「失礼のないようにすると話したのに、まさか門番へ伝達が行き渡っていないとは。すまないことをした」
「いえ。もう気にしておりません。せっかくの花束が無駄にならずに済んだのですから」
「そうは言っても……どう詫びようか」
アルフレートが考えを巡らせるように視線を宙に泳がす。そしてそのうちに、エラの方へと向き直った。
「今日のパーティーに出席してはどうだ?」
「め、滅相もございません! 私はこれで失礼させていただきます!」
アルフレートの誘いは、エラの予想を遥かに超えて、信じられないようなものだった。
平民のエラが、第一王子の婚約パーティーに参加するなど、聞いたこともない。
「なぁ、ダームエル。今日のパーティーは割とラフな集まりなはずだ。俺の友人だと言って参加できないだろうか」
「アルフレート殿下、ご自身が無茶を言ってる自覚はございますか? エラ様にもご負担でしょう」
「ドレスも用意してあげれば良い。それで美味しい料理でも召し上がってもらえばいいだろう?」
「それならば、私の友人だと言った方がまだ余計な勘ぐりをされずに済みます」
小さくため息を吐いたダームエルの顔にはどこか諦めの表情が浮かんでいて、エラと合った目には同情すら垣間見える。
「エラ嬢、いかがだろうか。パーティーに参加して、楽しんでいけば良い。ドレスは俺からプレゼントさせてもらう」
まるで名案を思いついたとばかりに、アルフレートがエラの手を握ってそう告げた。
断ったはずのパーティーへの参加。目眩が起きそうな提案に、ダームエルに助けを求める視線を送る。
エラの視線を受けて静かに首を横に振ったダームエルの姿に、アルフレートには何を言っても無駄だと、エラは目の前が真っ暗になってしまった。
「エラ様。何かご不便はございませんか?」
アルフレートの言った通り、パーティーは確かにラフなものであった。
正式な婚約式は既に行われており、今日はお披露目を兼ねた中庭での立食パーティー。招待客の年齢も性別も一貫性がない。ダームエルの話では下流貴族ですら招待を受けているとのことだ。
とは言え、平民のエラが居ていい場所ではないことには違いない。ドレスを着せられ、全身を整えられても、先ほど通された建物の外で立ちすくむ以外にできることはなかった。
「ダームエル様。何も不便は感じておりませんが、その様な言葉遣いはおやめ下さい」
「本日の貴女さまはアルフレート殿下のお客人ですから、そういう訳にはまいりません」
エラの言葉にさらりとした微笑みを返したダームエルは、そのままエラの横に並ぶと中庭の一点に視線を合わせた。
「アルフレート様のお側にいかれなくて大丈夫ですか?」
ダームエルが見つめる先には、他の王族らしき人たちに混ざったアルフレートがいる。従者として、主人の周りが気になるのだろう。
「大丈夫です。それよりもエラ様の側にいないわけにはいきませんから。もしアルフレート殿下が不便を感じているのであれば、ご自身の責任ですからね。仕方のないことです」
「私、一人でも大丈夫ですよ」
「エラ様には思いもよらないことかもしれませんが……」
ダームエルがこれまでよりも一層声をひそめて、エラの耳元に顔を寄せた。
「エラ様がどのような立場の方なのか、どの方も気にしていらっしゃいます。貴族の方々はその辺りに敏感ですから。下手に目をつけられるのは避けたいでしょう?」
エラがダームエルの言葉に無言で頷けば、ダームエルはすぐに背筋を伸ばして、何事もなかったかのような顔を作る。
「ですから、私の友人だとしておくのが良いのです」
「お手数、おかけします」
そう言ってエラは下を向いてしまった。
ダームエルの心遣いはありがたいが、余計な世話をかけさせてしまった罪悪感が心を覆う。
「エラ様のせいではありません。アルフレート殿下に振り回されることも仕事のうちです」
ダームエルの微笑みに余計に心が痛む。
胸の奥と左手首がチリチリと痛い。
「どうかされましたか?」
痛痒いような左手首をさする仕草がダームエルには気にかかったようだ。
「いえ。少し痒みがあるだけです。虫にでも刺されたのでしょう」
「薬をお持ちしましょうか?」
「大丈夫です。ご心配おかけしてすいません」
痒みと痛みと、じんじんと痺れているような何とも言えない感覚が紋様のある辺りを襲う。
大丈夫だとは言ったが、どうにも気になって仕方がない。
エラの頭をよぎったのは、運命の相手と出会った時に紋様が痺れるとの言い伝え。それがカーサの話と共に思い出させる。
ダームエルと同じように、王族のいる辺りに視線を動かす。
アルフレート、婚約したジークフリート、その奥に見えるのは第三王子のハーロルトだろうか。
やはり四人目の王子など見えやしない。
闇魔法の使い手。運命の相手。
何もすることのない時間だからだろうか。普段は考えもしないことへと思考が動く。
エラはもう一度、袖に隠れた左手首の紋様をさすった。
「どうして花が萎れてしまったんだ!」
夢うつつでその場に立っていたエラの意識を呼び戻したのは、隅の方で聞こえる声。
会場となった中庭の端で話しているつもりだろうが、エラの立っている場所からはしっかり聞こえてしまった。
「申し訳ありません。水切りが上手くいかなかったようでして……」
「この様な花は、あの場には相応しくない!」
花が好きだというマルガレータの為か、会場中にあらゆる花が飾られていた。
パーティーの開始までもう少しだというのに、その花が萎れてしまってはせっかくの会に水を差すだろう。
ダームエルに通された部屋は、エラの家が丸ごと入ってしまうぐらいに広い。その部屋に置かれたソファはエラが味わったこともないぐらい柔らかくて、立ち入り禁止の場所に入り込んだ様な居心地の悪さがエラを包み込む。
用意してもらった紅茶も喉を通らず、ただただ不快な時間だけが過ぎていった。
「エラ嬢! 本当に申し訳なかった」
エラの不快な時間を止めたのは、アルフレートのノックの音だった。エラの返事を待って扉を開けるや否や、先ほどの門番以上に深く頭を下げられてしまったのだ。
「アルフレート様! そ、そのような真似はおやめ下さい!」
第二王子が平民に頭を下げる絵に、共に部屋に戻ってきたダームエルの目が大きく見開かれたのがわかる。
あってはならない光景だということは、エラにだって理解できる。
「失礼のないようにすると話したのに、まさか門番へ伝達が行き渡っていないとは。すまないことをした」
「いえ。もう気にしておりません。せっかくの花束が無駄にならずに済んだのですから」
「そうは言っても……どう詫びようか」
アルフレートが考えを巡らせるように視線を宙に泳がす。そしてそのうちに、エラの方へと向き直った。
「今日のパーティーに出席してはどうだ?」
「め、滅相もございません! 私はこれで失礼させていただきます!」
アルフレートの誘いは、エラの予想を遥かに超えて、信じられないようなものだった。
平民のエラが、第一王子の婚約パーティーに参加するなど、聞いたこともない。
「なぁ、ダームエル。今日のパーティーは割とラフな集まりなはずだ。俺の友人だと言って参加できないだろうか」
「アルフレート殿下、ご自身が無茶を言ってる自覚はございますか? エラ様にもご負担でしょう」
「ドレスも用意してあげれば良い。それで美味しい料理でも召し上がってもらえばいいだろう?」
「それならば、私の友人だと言った方がまだ余計な勘ぐりをされずに済みます」
小さくため息を吐いたダームエルの顔にはどこか諦めの表情が浮かんでいて、エラと合った目には同情すら垣間見える。
「エラ嬢、いかがだろうか。パーティーに参加して、楽しんでいけば良い。ドレスは俺からプレゼントさせてもらう」
まるで名案を思いついたとばかりに、アルフレートがエラの手を握ってそう告げた。
断ったはずのパーティーへの参加。目眩が起きそうな提案に、ダームエルに助けを求める視線を送る。
エラの視線を受けて静かに首を横に振ったダームエルの姿に、アルフレートには何を言っても無駄だと、エラは目の前が真っ暗になってしまった。
「エラ様。何かご不便はございませんか?」
アルフレートの言った通り、パーティーは確かにラフなものであった。
正式な婚約式は既に行われており、今日はお披露目を兼ねた中庭での立食パーティー。招待客の年齢も性別も一貫性がない。ダームエルの話では下流貴族ですら招待を受けているとのことだ。
とは言え、平民のエラが居ていい場所ではないことには違いない。ドレスを着せられ、全身を整えられても、先ほど通された建物の外で立ちすくむ以外にできることはなかった。
「ダームエル様。何も不便は感じておりませんが、その様な言葉遣いはおやめ下さい」
「本日の貴女さまはアルフレート殿下のお客人ですから、そういう訳にはまいりません」
エラの言葉にさらりとした微笑みを返したダームエルは、そのままエラの横に並ぶと中庭の一点に視線を合わせた。
「アルフレート様のお側にいかれなくて大丈夫ですか?」
ダームエルが見つめる先には、他の王族らしき人たちに混ざったアルフレートがいる。従者として、主人の周りが気になるのだろう。
「大丈夫です。それよりもエラ様の側にいないわけにはいきませんから。もしアルフレート殿下が不便を感じているのであれば、ご自身の責任ですからね。仕方のないことです」
「私、一人でも大丈夫ですよ」
「エラ様には思いもよらないことかもしれませんが……」
ダームエルがこれまでよりも一層声をひそめて、エラの耳元に顔を寄せた。
「エラ様がどのような立場の方なのか、どの方も気にしていらっしゃいます。貴族の方々はその辺りに敏感ですから。下手に目をつけられるのは避けたいでしょう?」
エラがダームエルの言葉に無言で頷けば、ダームエルはすぐに背筋を伸ばして、何事もなかったかのような顔を作る。
「ですから、私の友人だとしておくのが良いのです」
「お手数、おかけします」
そう言ってエラは下を向いてしまった。
ダームエルの心遣いはありがたいが、余計な世話をかけさせてしまった罪悪感が心を覆う。
「エラ様のせいではありません。アルフレート殿下に振り回されることも仕事のうちです」
ダームエルの微笑みに余計に心が痛む。
胸の奥と左手首がチリチリと痛い。
「どうかされましたか?」
痛痒いような左手首をさする仕草がダームエルには気にかかったようだ。
「いえ。少し痒みがあるだけです。虫にでも刺されたのでしょう」
「薬をお持ちしましょうか?」
「大丈夫です。ご心配おかけしてすいません」
痒みと痛みと、じんじんと痺れているような何とも言えない感覚が紋様のある辺りを襲う。
大丈夫だとは言ったが、どうにも気になって仕方がない。
エラの頭をよぎったのは、運命の相手と出会った時に紋様が痺れるとの言い伝え。それがカーサの話と共に思い出させる。
ダームエルと同じように、王族のいる辺りに視線を動かす。
アルフレート、婚約したジークフリート、その奥に見えるのは第三王子のハーロルトだろうか。
やはり四人目の王子など見えやしない。
闇魔法の使い手。運命の相手。
何もすることのない時間だからだろうか。普段は考えもしないことへと思考が動く。
エラはもう一度、袖に隠れた左手首の紋様をさすった。
「どうして花が萎れてしまったんだ!」
夢うつつでその場に立っていたエラの意識を呼び戻したのは、隅の方で聞こえる声。
会場となった中庭の端で話しているつもりだろうが、エラの立っている場所からはしっかり聞こえてしまった。
「申し訳ありません。水切りが上手くいかなかったようでして……」
「この様な花は、あの場には相応しくない!」
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