世界樹の麓に

関谷俊博

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世界樹の麓に

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語るべきことは、もういくらも残されていない。理沙は心を病んで、現在、精神病棟にいる。
高校の卒業式のあとで、僕と美咲は校舎の屋上のフェンスにもたれて、夕焼け空をながめていた。美咲もべつの美大に合格していた。
夕焼けは、しだいに色こく、グラデーションとなって、ふくざつに色彩を変えていった。思わずひきこまれてしまいそうな強烈な色彩だった。
高杉さんは、刻々と変化していくこの夕焼け空を、バーミリオンとオレンジだけでは描かなかっただろう。バーミリオン系、オレンジ系、イエロー系、ブルー系、グリーン系…さまざまな色が響きあうように描いたことだろう…。そして燃えながら落ちていく夕陽は、どんな色をつかったろうか…。
「すごい夕焼け空…燃えているようだわ」
「高杉さんが見たら、きっと喜んだろうな」
こんな景色が高杉さんは、とても好きだった。そう…高杉さんが好きなのは、アドレッセンスにしか存在し得ない憧憬、心の震え、胸の高鳴り…。高杉さんは大人になっても、それらの感情を持ちつづけることのできた、本当に稀有な人だった。誰にも代えがたい人だった。
誰かが高杉さんを救うべきだったのだ。高杉さんにどんなに反対されても、僕は高杉さんからはなれるべきではなかったのだ。だけど時はまきもどせない。時の輪はまわり続ける。
美咲がさいごに残した言葉を、僕はけっして忘れない。
「わたしは画家への道をあきらめない。ぜったいに。高杉さんから学んだことを、決して無駄にはしないわ」
美咲もまた、高杉さんの遺志を継ごうとしているのだ。

いつか僕らは集まろう。世界樹の麓に。そこではきっと鳥がさえずり、すきとおった風がふき、緑なす草原がひろがっている。あまりにも遠いが、そこは約束されたはずの場所だ。
そうして川をさかのぼるボートのように、過去へ過去へと引き戻されながら、僕らは前へと進んでゆく。時の輪はまわり続ける。
いつか世界樹の麓に集まるその日まで。
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