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廃墟のプラネタリウム
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廃墟のプラネタリウム 関谷俊博
リンコから手紙が届いた。
こんな手紙だ。
夜の反町鉄工所でプラネタリウムを上映します!(絶対参加)
来たる七月二十日、午後九時より。
カズキ、来いよ! 絶対来い!
約束だぞ!
その短い手紙を読んでいるうち、ぼくは一年前のある授業を思い出した。
「未来へ手紙を届けよう! タイムレター、風花郵便」
そのチラシが、レターペーパーと一緒に配られたのは、朝一番の国語の授業の時間だった。
「みんな、今日は隣の席に座っている人に、手紙を書いてごらん」
担任の大島先生は言った。
「ただし、この手紙は一年後に届くからね。隣の席に座っている人が、一年後にどうしているか、良く想像して書いてみるんだ」
ぼくの隣の席には、リンコが座っていた。
リンコの一年後か…。
ぼくが考えを巡らせていると、それまでノートの端に、カンガルーのパラパラ漫画を描いていたリンコが振り返った。
「カズキは約束守る方か?」
「守る方かな? どちらかというと」
「いまいち信用できないなあ」
「そうかな。信用ないかな」
「それじゃあ」
リンコの指がすばやく伸びてきて、
「約束守る約束しよう」
無理やりげんまんさせられた。
こうして、ぼくはリンコに、リンコはぼくに、手紙を書くことになったのだ。
リンコは、ぼくより二つ年上だった。
それはリンコが、北大附属病院に入退院を繰り返していたからで、リンコは二年留年して、ぼくと同じクラスになった。
一方、クラス担任の大島先生は、ぼくらに絶大な人気のある先生だった。
それは大島先生が「体験こそが学習だ」を持論としていたからで、おかげでぼくらは、畑を借りて麦を育てたり(目標はパン作り!)、機織り機で機を織ったり、年末には臼と杵で餅つきをしたり、他のクラスの生徒にはできない貴重な体験をすることができた。
生徒にだけ人気があったのかというと、そうではない。
母さんは「イケメンで背の高い、カリスマ先生だ」と言っていた。
評価のされ方はともかく、大島先生は大部分の母親たちに受けが良かったのだ。
ある社会科の授業でのこと。
土器を作ることになった。もちろん大島先生の提案だ。
ぼくは縄文式土器をまねて、縄目模様の鉢を作ることにした。
リンコはと言うと、鼻の頭に汗をかいて、粘土をこねくりまわしている。
「リンコ、それ、なんだ?」
「カンガルーだ」
「皿とか鉢じゃないのか」
「私は好きなものを好きなように作りたいんだ。カズヤ、どうだ? できたぞ」
太ったネズミに見えた。
「とても個性的な出来ばえだと思う」
ぼくは注意深く言った。
「リンコの心がこもってる」
リンコは満足そうにうなずいた。
「みんな、できたみたいだな」
大島先生が、クラスを見渡した。
「じゃあ、しばらく乾燥させるからな。みんな順番に、自分の作品を棚に並べてくれ」
土器を乾燥させるのに二週間かかった。
「よし。これからみんなで、土器を焼却炉へ持っていこう」
クラスみんなで、焼却炉までぞろぞろ歩いていった。
大島先生は、焼却炉に潜り込むと、みんなから手渡された土器を、次々と中に運びこんだ。
「すんごい楽しみ!」
リンコが何度もとびはねた。
翌朝。焼却炉で焼いた土器を、取り出すことになった。
ところが、出てくる土器、出てくる土器、ほとんどが欠けたり、割れたりしているのだ。
「火力が強すぎたんだ。ぶあつく作らないと割れてしまうんだよ」
大島先生は残念そうに言った。
ぼくの縄文式土器も割れてしまった。
「おっ! これは無事だぞ!」
そう言って、大島先生が取り出したのは、リンコのカンガルーだった。
「やった!」
リンコがガッツポーズを決めた。
「リンコが正解だよ」
ぼくは肩をすくめた。
またある日の授業では、ぼくらが崖山と呼んでいる場所に、化石を掘りに行ったこともあったっけ。
崖山の地肌は、粘土質ですべりやすい。途中で泉もわいている。
ぼくらは、わーわー、きゃーきゃー、言い合いながら、崖山をよじ登った。
「センセイ!」
リンコが手をあげた。
「穴がいっぱいあいてます! なんですか? これ」
大島先生が近づいてきた。
「これはゴカイの巣だよ。昔このあたりが、海だった証拠だ」
大島先生は、崖山からふもとを見下ろした。
「運が良ければ、貝の化石が採れる」
ぼくらは「おおっ!」と盛り上がった。
化石掘りといえば、ハンマーとタガネを使うものだと思っていたけれど、崖山の地層は柔らかく、シャベルでザクザクと掘ることができた。
「あった! あったよ!」
リンコが叫んで、みんながまわりを取り囲んだ。リンコの手のひらに、小さな貝がのっていた。
こんなときリンコは、うらやましくなるほど運がいい。
「やった!」
「あった!」
そのうち、あちこちで歓声があがりはじめた。
ぼくはなかなか見つけられない。
「みんな、もういいか? そろそろ学校にもどるぞ」
リンコが気の毒そうに、ぼくを見た。
「カズキ。これ、あげるよ」
リンコがひらいた手の中には、さっき採った貝の化石があった。
とうとうパンを焼く日がやってきた。
この日のためにぼくらは、畑を借りて麦を育ててきた。
春には麦踏み。夏には雑草取りと頑張って、やっとここまでこぎつけたのだ。
ぼくらは、とれた小麦を石臼(元農家に埋もれていた)でひいて、小麦粉にした。イーストは、大島先生が用意してくれた。
クラスのみんなが、めいめいパン生地をこね始めた。
リンコは、鼻の頭に汗をかいて、またなにか作っている。
こんどはなんだろう?
ぼくが横目でちらちら見ていると、リンコがそれを指さして、ニンマリと笑った。
「アルマジロ」
ぼくは肩をすくめて、ため息をついた。
翌日の給食の時間。クラスのみんなに、めいめいのパンが配られた。
昨日の放課後、発酵したパンを、大島先生が焼いておいてくれたのだ。
みんな歓声をあげて、自分で作ったパンをほおばり始めた。
「食べないの? リンコ」
リンコはだまったまま、アルマジロをしみじみと眺めている。
「うん」
リンコはうなずいた。
「母さんに食べてもらうんだ。私は体が弱くて、いつも心配かけてるから」
リンコは、ラップにつつんだアルマジロを、大事そうにランドセルの奥にしまった。
こうした体験学習ばかりやってれば、当然、教科書中心の授業はおざなりになる。
「体験学習」は、主に社会科の授業の時間に行われた。
だからぼくらの社会科の教科書は、まっさらなまま。
一部のPTАは、これを快く思わなかったらしい。
教師の何人かもこれに同調し、大島先生をやり玉にあげ始めた。
大島先生は、ぼくの母親をはじめとする擁護派を味方につけ、「体験こそが学習だ」という持論を展開、応戦したが、教頭になだめられ、陥落した。
大島先生がクラスの担任からはずれたのは、その三日後だった。
後任の長浜先生は、優しいが地味な先生で、長浜先生には本当に申し訳ないんだけれど、大島先生の「体験学習」に慣れてしまったぼくらには、物足りなく感じられた。
そして、とうとう、その日がやってきた。
その日、朝のホームルームの時間。
クラス中がざわめいた。
大島先生が、長浜先生と一緒だったからだ。
大島先生は、いくぶん緊張した面持ちで、長浜先生の後ろから入ってきた。
長浜先生は教壇に立つと言った。
「今日はみなさんに、もと担任の大島先生からお話があるそうです」
長浜先生が「もと」という所に、力を込めたように聞こえたので、ぼくは少しうらめしく思った。
大島先生は、肩で大きく息をすると、いっきに言った。
「先生は今日でこの学校をやめることになりました」
「えーっ!」という悲鳴。
「夢をかなえにカンボジアへ行ってきます」
「センセイ!」
リンコが手をあげた。
「夢ってなんですか?」
「カンボジアに学校をつくりに行く。前から考えていたことなんだ」
「やだ!」
リンコが泣きだした。
「やだよ! センセイ!」
クラスのみんなも、すすり泣きはじめた。
ほんの何ヶ月か前のことなのに、なんだか遠い思い出だ。
ぼくは、もう一度、リンコの手紙をながめた。
夜の反町鉄工所でプラネタリウムを上映します!(絶対参加)
来たる七月二十日、午後九時より。
カズキ、来いよ! 絶対来い!
約束だぞ!
七月二十日といえば、三日後だ。
こんなわけのわからない手紙。リンコはなにを考えていたんだろう?
ぼくは、手紙が入っていた封筒を、もう一度手にとった。
奥の方に、まだ何か入っている。ぼくは苦労して、それを引っ張りだした。
小さく折りたたまれていたのは、ノートの一頁だった。
きっと、リンコがカンガルーを描いていた、あのノートだ。リンコは、あのノートの一頁を破り取って、手紙と一緒に入れたにちがいない。
だけど、そこに書かれていたのは、年号と日付と時間の羅列だった。
小さな字で、びっしりと書かれた数字が何を意味するのか、ぼくはますますわからなくなった。
三日後。迷った末に、ぼくは反町鉄工所へ行ってみることにした。
反町鉄工所は、もう何十年も前につぶれた鉄工所で、そんな廃墟でプラネタリウムを上映するとはとても思えなかった。
ぼくはリンコが何を考えていたのか、それを知りたかったのだ。
八時半。ぼくは懐中電灯を持って家を出た。
両親は、まだ仕事から、戻ってきていない。
反町鉄工所の壊れた入り口から、中にもぐりこんだ。
もうそろそろ、約束の午後九時だ。
だけど、なにも起こらない。
あきらめて、鉄工所の天井を見あげると、星が流れた。
ながめていると、つぎつぎに星が流れていく。
ぼくは気がついた。
流星群だ!
鉄工所の天井は抜け落ちていたのだ。天井にあいた穴から見える満天の星空。そして、流星群。
プラネタリウムだ。
リンコはこれを見せたかったのだ。
そう気づいたとき、ぼくの目に涙があふれた。
あのノートに書かれた日付は、これから先、流星群がやってくる日なのだろう。
だけど、この世界にリンコは、もういない。
リンコが白血病だったことは、リンコの死後に知らされた。だけど、その白血病も、骨髄移植のドナーが見つかって、ほとんど完治していたのだという。
リンコは、退院まぎわに、ふとした風邪がもとで逝ってしまった。
リンコの手紙を、こうしてぼくは読んだけれど、ぼくの手紙をリンコが読むことは、とうとうなかったのだ。
こうして離れ離れになってしまっても、ぼくらはきっと集まろう。
この建物が崩れ落ちてしまっても、この場所がぼくの心から消え去ることはない。
夜の鉄工所のプラネタリウム。
そこは約束されたはずの場所。
リンコから手紙が届いた。
こんな手紙だ。
夜の反町鉄工所でプラネタリウムを上映します!(絶対参加)
来たる七月二十日、午後九時より。
カズキ、来いよ! 絶対来い!
約束だぞ!
その短い手紙を読んでいるうち、ぼくは一年前のある授業を思い出した。
「未来へ手紙を届けよう! タイムレター、風花郵便」
そのチラシが、レターペーパーと一緒に配られたのは、朝一番の国語の授業の時間だった。
「みんな、今日は隣の席に座っている人に、手紙を書いてごらん」
担任の大島先生は言った。
「ただし、この手紙は一年後に届くからね。隣の席に座っている人が、一年後にどうしているか、良く想像して書いてみるんだ」
ぼくの隣の席には、リンコが座っていた。
リンコの一年後か…。
ぼくが考えを巡らせていると、それまでノートの端に、カンガルーのパラパラ漫画を描いていたリンコが振り返った。
「カズキは約束守る方か?」
「守る方かな? どちらかというと」
「いまいち信用できないなあ」
「そうかな。信用ないかな」
「それじゃあ」
リンコの指がすばやく伸びてきて、
「約束守る約束しよう」
無理やりげんまんさせられた。
こうして、ぼくはリンコに、リンコはぼくに、手紙を書くことになったのだ。
リンコは、ぼくより二つ年上だった。
それはリンコが、北大附属病院に入退院を繰り返していたからで、リンコは二年留年して、ぼくと同じクラスになった。
一方、クラス担任の大島先生は、ぼくらに絶大な人気のある先生だった。
それは大島先生が「体験こそが学習だ」を持論としていたからで、おかげでぼくらは、畑を借りて麦を育てたり(目標はパン作り!)、機織り機で機を織ったり、年末には臼と杵で餅つきをしたり、他のクラスの生徒にはできない貴重な体験をすることができた。
生徒にだけ人気があったのかというと、そうではない。
母さんは「イケメンで背の高い、カリスマ先生だ」と言っていた。
評価のされ方はともかく、大島先生は大部分の母親たちに受けが良かったのだ。
ある社会科の授業でのこと。
土器を作ることになった。もちろん大島先生の提案だ。
ぼくは縄文式土器をまねて、縄目模様の鉢を作ることにした。
リンコはと言うと、鼻の頭に汗をかいて、粘土をこねくりまわしている。
「リンコ、それ、なんだ?」
「カンガルーだ」
「皿とか鉢じゃないのか」
「私は好きなものを好きなように作りたいんだ。カズヤ、どうだ? できたぞ」
太ったネズミに見えた。
「とても個性的な出来ばえだと思う」
ぼくは注意深く言った。
「リンコの心がこもってる」
リンコは満足そうにうなずいた。
「みんな、できたみたいだな」
大島先生が、クラスを見渡した。
「じゃあ、しばらく乾燥させるからな。みんな順番に、自分の作品を棚に並べてくれ」
土器を乾燥させるのに二週間かかった。
「よし。これからみんなで、土器を焼却炉へ持っていこう」
クラスみんなで、焼却炉までぞろぞろ歩いていった。
大島先生は、焼却炉に潜り込むと、みんなから手渡された土器を、次々と中に運びこんだ。
「すんごい楽しみ!」
リンコが何度もとびはねた。
翌朝。焼却炉で焼いた土器を、取り出すことになった。
ところが、出てくる土器、出てくる土器、ほとんどが欠けたり、割れたりしているのだ。
「火力が強すぎたんだ。ぶあつく作らないと割れてしまうんだよ」
大島先生は残念そうに言った。
ぼくの縄文式土器も割れてしまった。
「おっ! これは無事だぞ!」
そう言って、大島先生が取り出したのは、リンコのカンガルーだった。
「やった!」
リンコがガッツポーズを決めた。
「リンコが正解だよ」
ぼくは肩をすくめた。
またある日の授業では、ぼくらが崖山と呼んでいる場所に、化石を掘りに行ったこともあったっけ。
崖山の地肌は、粘土質ですべりやすい。途中で泉もわいている。
ぼくらは、わーわー、きゃーきゃー、言い合いながら、崖山をよじ登った。
「センセイ!」
リンコが手をあげた。
「穴がいっぱいあいてます! なんですか? これ」
大島先生が近づいてきた。
「これはゴカイの巣だよ。昔このあたりが、海だった証拠だ」
大島先生は、崖山からふもとを見下ろした。
「運が良ければ、貝の化石が採れる」
ぼくらは「おおっ!」と盛り上がった。
化石掘りといえば、ハンマーとタガネを使うものだと思っていたけれど、崖山の地層は柔らかく、シャベルでザクザクと掘ることができた。
「あった! あったよ!」
リンコが叫んで、みんながまわりを取り囲んだ。リンコの手のひらに、小さな貝がのっていた。
こんなときリンコは、うらやましくなるほど運がいい。
「やった!」
「あった!」
そのうち、あちこちで歓声があがりはじめた。
ぼくはなかなか見つけられない。
「みんな、もういいか? そろそろ学校にもどるぞ」
リンコが気の毒そうに、ぼくを見た。
「カズキ。これ、あげるよ」
リンコがひらいた手の中には、さっき採った貝の化石があった。
とうとうパンを焼く日がやってきた。
この日のためにぼくらは、畑を借りて麦を育ててきた。
春には麦踏み。夏には雑草取りと頑張って、やっとここまでこぎつけたのだ。
ぼくらは、とれた小麦を石臼(元農家に埋もれていた)でひいて、小麦粉にした。イーストは、大島先生が用意してくれた。
クラスのみんなが、めいめいパン生地をこね始めた。
リンコは、鼻の頭に汗をかいて、またなにか作っている。
こんどはなんだろう?
ぼくが横目でちらちら見ていると、リンコがそれを指さして、ニンマリと笑った。
「アルマジロ」
ぼくは肩をすくめて、ため息をついた。
翌日の給食の時間。クラスのみんなに、めいめいのパンが配られた。
昨日の放課後、発酵したパンを、大島先生が焼いておいてくれたのだ。
みんな歓声をあげて、自分で作ったパンをほおばり始めた。
「食べないの? リンコ」
リンコはだまったまま、アルマジロをしみじみと眺めている。
「うん」
リンコはうなずいた。
「母さんに食べてもらうんだ。私は体が弱くて、いつも心配かけてるから」
リンコは、ラップにつつんだアルマジロを、大事そうにランドセルの奥にしまった。
こうした体験学習ばかりやってれば、当然、教科書中心の授業はおざなりになる。
「体験学習」は、主に社会科の授業の時間に行われた。
だからぼくらの社会科の教科書は、まっさらなまま。
一部のPTАは、これを快く思わなかったらしい。
教師の何人かもこれに同調し、大島先生をやり玉にあげ始めた。
大島先生は、ぼくの母親をはじめとする擁護派を味方につけ、「体験こそが学習だ」という持論を展開、応戦したが、教頭になだめられ、陥落した。
大島先生がクラスの担任からはずれたのは、その三日後だった。
後任の長浜先生は、優しいが地味な先生で、長浜先生には本当に申し訳ないんだけれど、大島先生の「体験学習」に慣れてしまったぼくらには、物足りなく感じられた。
そして、とうとう、その日がやってきた。
その日、朝のホームルームの時間。
クラス中がざわめいた。
大島先生が、長浜先生と一緒だったからだ。
大島先生は、いくぶん緊張した面持ちで、長浜先生の後ろから入ってきた。
長浜先生は教壇に立つと言った。
「今日はみなさんに、もと担任の大島先生からお話があるそうです」
長浜先生が「もと」という所に、力を込めたように聞こえたので、ぼくは少しうらめしく思った。
大島先生は、肩で大きく息をすると、いっきに言った。
「先生は今日でこの学校をやめることになりました」
「えーっ!」という悲鳴。
「夢をかなえにカンボジアへ行ってきます」
「センセイ!」
リンコが手をあげた。
「夢ってなんですか?」
「カンボジアに学校をつくりに行く。前から考えていたことなんだ」
「やだ!」
リンコが泣きだした。
「やだよ! センセイ!」
クラスのみんなも、すすり泣きはじめた。
ほんの何ヶ月か前のことなのに、なんだか遠い思い出だ。
ぼくは、もう一度、リンコの手紙をながめた。
夜の反町鉄工所でプラネタリウムを上映します!(絶対参加)
来たる七月二十日、午後九時より。
カズキ、来いよ! 絶対来い!
約束だぞ!
七月二十日といえば、三日後だ。
こんなわけのわからない手紙。リンコはなにを考えていたんだろう?
ぼくは、手紙が入っていた封筒を、もう一度手にとった。
奥の方に、まだ何か入っている。ぼくは苦労して、それを引っ張りだした。
小さく折りたたまれていたのは、ノートの一頁だった。
きっと、リンコがカンガルーを描いていた、あのノートだ。リンコは、あのノートの一頁を破り取って、手紙と一緒に入れたにちがいない。
だけど、そこに書かれていたのは、年号と日付と時間の羅列だった。
小さな字で、びっしりと書かれた数字が何を意味するのか、ぼくはますますわからなくなった。
三日後。迷った末に、ぼくは反町鉄工所へ行ってみることにした。
反町鉄工所は、もう何十年も前につぶれた鉄工所で、そんな廃墟でプラネタリウムを上映するとはとても思えなかった。
ぼくはリンコが何を考えていたのか、それを知りたかったのだ。
八時半。ぼくは懐中電灯を持って家を出た。
両親は、まだ仕事から、戻ってきていない。
反町鉄工所の壊れた入り口から、中にもぐりこんだ。
もうそろそろ、約束の午後九時だ。
だけど、なにも起こらない。
あきらめて、鉄工所の天井を見あげると、星が流れた。
ながめていると、つぎつぎに星が流れていく。
ぼくは気がついた。
流星群だ!
鉄工所の天井は抜け落ちていたのだ。天井にあいた穴から見える満天の星空。そして、流星群。
プラネタリウムだ。
リンコはこれを見せたかったのだ。
そう気づいたとき、ぼくの目に涙があふれた。
あのノートに書かれた日付は、これから先、流星群がやってくる日なのだろう。
だけど、この世界にリンコは、もういない。
リンコが白血病だったことは、リンコの死後に知らされた。だけど、その白血病も、骨髄移植のドナーが見つかって、ほとんど完治していたのだという。
リンコは、退院まぎわに、ふとした風邪がもとで逝ってしまった。
リンコの手紙を、こうしてぼくは読んだけれど、ぼくの手紙をリンコが読むことは、とうとうなかったのだ。
こうして離れ離れになってしまっても、ぼくらはきっと集まろう。
この建物が崩れ落ちてしまっても、この場所がぼくの心から消え去ることはない。
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ありがとうございました。
はじめまして。ネタバレになってしまうので、感想書きにくいですが、とても、いいお話でした。
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素敵な感想をありがとうございます。