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19.マリアside ~安寧~

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(ん~と。隠し味に、ミルクでも入れようかしら……?)

 この村に、一つしかない小さな売店。
 店内は整えられていて、綺麗に保たれている。

 家の周辺で、自分の畑も持ってはいるが。調味料などの細やかなものなど、足りない分はここで購入する。
 購入といっても、お金ではなく。私が育てた野菜と引き替えにだが。


「あれぇ、マリアちゃ~ん? 買い物~?」

 ニマニマと笑う軽そうな男が、親しげに話しかけてきた。

「あ~……。まぁ、はい」
「へぇ、ボクが何か手伝おうか? あっ、荷物持つよ~!」

 荷物とはいっても、まだミルクしか持っていない。
 でも、ここぞとばかりにふんだくられる。

 すっごく、ウザい。

 鼻を伸ばした男の顔を見ても、全く楽しくもなんともない。

「マリアちゃん、治ってホント良かったねぇ~。ボクめっちゃ心配してたんだ~!」
「はぁ……」

(よく言うわ。嫌悪感だだ漏れだったくせに……)

 ――私の顔は今、綺麗なツルリとした肌になっている。

 そして、皮膚機能が正常になった私の顔は……美しいらしい。
 人生で初めて、こんなに言い寄られている。
 この男だけじゃなく。一人を除き、村にいる男性は大した理由もなく私の側にやって来るのだ。……だが、本当に嬉しくない。
 そう思うのも。以前の荒れた肌状態から、今の綺麗になった肌状態になった時の……男達による態度の変化があからさま過ぎて、気持ち悪い。

 けど、逆に。この世界の女性は、あちらの世界とは違い。初めから優しくしてくれた。

 こんな風に、男性からベタベタされている私に対しても、嫉妬とかは特になく。逆に、庇ってくれたりもする――。

「もう、いい加減にしな! マリアちゃんが困っているだろう!! 営業妨害だよ! ほら、どいたどいた~!!」
「あいたっ!」

 そう、このように。

「チッ! くそババァは引っ込んでろ!」
「はぁ? そのババァの店を利用しといて、よく言うね! じゃあ、二度と来るなっ!」
「はぁ!? ふざけんな!! 村の皆に、横暴なババァだって言い放らすぞ!」
「あぁ、やってみな! 村の皆が、どっちを味方するか見物だねぇ~!」

 本当、迷惑すぎる男。なんとかして、追い払わないと――。

「あっ! お母さ~ん!!」

 聞き慣れた可愛い声が、背後からした。
 それで、ハッとし。振り向く。

 深緑色の瞳に、左目に泣き黒子があるエキゾチックな美しい少年が、タッタッタッと私の元に走ってくる。
 そして、ボスンッと私のお腹辺りに抱きついてきた。

「あれ? 山菜採り、早かったわね?」
「うん! だって――……」
「――デール坊が、早くマリアさんに会いたいって言っててよ」

 お店の入口から――さっぱりした短い黒髪に、キリッとした目元。まるで、鷹のような雰囲気のある男性が、私達の元へ歩いて来た。

「え? それは違……むぐッ!?」

 その男性は、少年を私から引き離し。まだ喋っていた少年の口を、己の手で塞いでいた。

「……え、なにしているの?」
「あ、これ? いま流行ってる男同士の遊びだ、遊び! はははっ!」
「ん"ン"ン"~~ッ!!」

 大きな口で豪快に笑う、この男は『川見かわみ 唯志ただし』という名だ。

 見た目と同じ、さっぱりとした性格であり。この男性だけは……――顔が酷く荒れ、悪臭のする私に対し。嫌な表情をせず、治療しようと奮闘してくれていたのだ。



 ********


 私は命からがら逃げ切り、愛し人と共にこの世界にやって来たが。泉に飛び込む間際、腕を撃たれた。
 しかも最悪なことに、その怪我が意外と深かったのだ。
 血か止まらずにいた。けど、腕の中にいる愛し人は気絶している。
 それが、心配で、心配で……。何とかしないとと思い、ふらつきながらも山を歩いていた。

 その時、出会ったのが――川見 唯志だった。

 川見 唯志は、医療の心得があり。私の腕を素早く応急措置してくれた。
 愛し人のことも診てくれて、問題ないと診断してもくれた。

 そして、愛し人を――(仮の名前だが)『デール』だと言い。咄嗟に、私の子供だと説明して。旦那から、2人で逃げて来たと伝えた。(怪我を負わせたあの男が、私の旦那……という設定になっているのに後から気が付き。最悪な気分になったが……)
 目を覚ましたデールにも、その決めた設定を説明し。元の世界が安全になるまでは、この世界で一緒に身を隠そうと伝えた。
 デールは、悲しそうな顔をしながらも頷いてくれた。

 川見 唯志は、(設定上の)私達を哀れに思ったのか。
 村から少し離れてはいるが、自分が物置に使おうと建てていた家に住まわせてくれて。更に、畑など――生活に必要なものまで揃えてくれたのだ。

 しかも、私の怪我をした腕を、定期的に診てくれるだけでなく。グチュグチュと膿んだ悪臭のする肌にも触り、診察してもくれた。
 周囲から聞くに、とても優秀な医者らしい。
 こんな小さな村にいるのが惜しい、と言われるくらいであり。都内の医者達が、教えを乞いに訪れたり。熱く頼み込まれて、たまに出張に行くこともあるようだ。

 ――だが、そんな優秀な医者に診てもらっても、この肌が治ることはなかった。

 けど、医者に見せて、初めて心は救われた。
 どんなに有名な医者でも、こんなに熱心に治療をしてはくれなかった。だから、とても感謝していた。

 そう思っていた数日後。デールが「僕が塗ってあげる~!」と渡されていた薬を塗ってくれたのだ。

 それから、顔が痒くなくなり。みるみる綺麗な肌になっていった。

 村の女の人達は「凄いべっぴんさんだ! 治って良かったね~。流石は、川見先生だ」など声をかけてくれたが。
 川見 唯志は、不思議そうな顔をしていた。
 やはり、腕の良い医者だから、手応えがないのを理解していたようだ。
 なのに、コロッと症状がよくなり、不思議なのだろう。

 多分、これは――愛し人が持つ個性の能力だ。
 デールは、まだ能力が発現していないが……。こうなったのは、固体が元々持っている力がただ漏れて、生じているだけなのだろう。だから、無意識に行っていることだ。
 まだ能力が覚醒していない状態で、これとは……。
 ちゃんと能力を使用したら、どんな強い【治癒力】となるのだろうか。

 愛し人にも、能力は様々あり。先代の愛し人が持つ能力は【魅了】だった。
 魅了とはいっても、周囲を誑かすわけではなく。歌声によって人を魅了し、心を癒すものだ。

 今までの愛し人は、精神面を癒すものは多くいたが。実質的な治癒の力を持つ者は、今までにいない。
 ならば、デールはとても特別で、珍しい愛し人なのかもしれなかった――。


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