10 / 36
白井 真 8
しおりを挟む「――……! ――――ッ!!」
何かを言い合っている声が、扉の外から聞こえる。
だが、この部屋が防音となっているのか……その会話内容までは分からない。
ドアスコープもないし、どうしようかと思っていたら。ガチャン! といった音が聞こえ――。
「――貴方なの!? 私の婚約者を誑かしたのは!」
見るからに、お嬢様といったような声が――俺の食事を入れられる場所から聞こえてきた。
「ん~と、どちら様?」
「今、言ったでしょう! 私は、奏多の婚約者なの。少しの期間なら、目を瞑ったわ。……でも、1ヶ月もの間、素性の卑しい人間を囲っているなんてっ!」
怒ったような声が聞こえるが。顔を見ていないからか、自分が言われている実感が湧かない。――それでも、意味は理解出来た。
(あいつ……婚約者いんのに、俺にこんなことしてんのかよ? やっぱ、くそ野郎じゃねぇか……)
あいつは、意味分からない奴だけど。もしかしたら、本当に俺のことが好きなのかも……? とか最近は思っていた。
だからって、篠崎と付き合うっていうわけじゃないけど。本当に好きなら、俺に酷いことしたのをちゃんと謝ってもらって。そうしたら、少しだけなら許せるかな、とか考えてもいた。
だって、ずっと恨み続けるのは……とても疲れるから――。
けど、結局。篠崎は……俺に対しては『ただの遊び』で、婚約者を『蔑ろ』にしている。
到底、許せるものじゃない。
外には、篠崎の婚約者と一緒に、食事を運んで来た人がいるのだろう。言い合うような声が聞こえる。
もしかしたら、この郵便受けのドアを開ける鍵を奪われたのかもしれない。
食事を入れるこのドアには。常時、鍵が掛けられているが……。食事を入れる時にだけ、鍵が開けられている。だから、その食事を運んで来る人が持っているはずなのだ。
「――何をしているのかな?」
ゾクリとする声が、扉の向こうから聞こえた。
「あ……。か、奏多! 私は、こんなこと許せないわ! こんな汚らわしい間男なんて、奏多に相応しくないじゃな――きゃあっ!」
ガァーン!! 凄い音が辺りに響く。
「ん? 君に何が分かるの? 汚らわしい? そんなことを喚く君の方が汚らわしいって、なんで分からないの? 相応しくない? なんで、他人なんかに勝手に決めつけられなきゃならないの? それを決めるのは他人じゃなく、僕だ。僕達の間に、図々しく割り込んでくるな」
篠崎が話している最中も。ずっと、ガンガンといった音が響き渡り。ゾクリと、身震いする。
(ま、まさか……殺してないよな? いくら、篠崎でも……そんなこと……)
小さなドアから、恐る恐る覗くが。この狭さでは、よく見えなかった。
「ヒィッ! か、奏多……! わ、私は……貴方の婚約者で……」
篠崎の婚約者は、怯えてはいるが、しっかりと声は出ている。それで、殴られたりしているわけでは無いと分かり、身体の力が抜けた。
「はぁ? 僕がいつ、君の婚約者になったの? ……っていうか、気持ち悪いから無理だって、君の父親に伝えたはずだけど? あと、僕の名前、普通に呼んでるけど……止めてくれる? 吐き気がするから」
「――……ッ! ひ、酷い!」
(あれ……? 篠崎の言う通りなら、婚約者ってわけじゃないのか……?)
婚約者と言ったはずの女性は、篠崎の言葉に否定はしていないから。断られたのは、知っていたように見える。
『気持ち悪い』と言われたのは可哀想だが、嘘を真実のように話すような人なら……そう言われてしまうのも仕方ないだろう――。
カツカツカツ! と、ヒールの靴が遠ざかる音。女性が、走り去ったようだ。
そのまま、ドアを覗いていたら――ヒョコッと篠崎の顔が現れ。幽霊を見てしまったかのように「ひぃいーーっ!?」と声を上げてしまった。
当の本人は「ああ、真くん。怖かったよね……? 不快な雑音を聞かせちゃって、ごめんね。もう大丈夫だから」と優しい声を出していて……。先程とのギャップに、頭が混乱し過ぎて、スパークしそうだ。
俺の様子を見てか、篠崎は眉根を寄せ「ちょっと、待ってね」と言い。その小さなドアを閉め、鍵を掛けた。
けど、直ぐに扉の方が開き。食事を持った篠崎が、室内に入って来る。
「真くん、安心して。もう、怖いものは無いよ」
お前が怖いよ……なんて思いながら、篠崎を視界に入れていたら。ポタポタと、何かがたくさん床に垂れていて――。
「な、何それ? 血……?」
篠崎の手から、血らしきものが大量に吹き出ている。
「ん……? ああ、これ? 平気だよ。ただ、壁を殴ってただけだから」
(殴ってたって……。あの音は、壁を殴ってた音だったのか? や、やば過ぎるだろ。殴って鳴るような音じゃなかったぞ……)
でも、こんな……意味分からなくて、あり得ない奴だけど――流石に、そんな血を流してるのに放置は出来ない。それに、そのままだったら。床だって、血だらけになるだろうと、呆れてしまう。
動物的に、手をペロペロと舐めている篠崎の腕を引き。ベッドに座らせる。
「……? 真くん、どうしたの?」
「お前、マジでやばいよ。ちゃんと治療しろよな。化膿したら、どうすんだよ?」
こいつ、変なとこで抜けてんな……と思いながら。近くに置いていた救急箱を開ける。
篠崎に無理やりされても、目が覚めたら直ぐに治療出来るようにと。ベッドから少し手を伸ばせば届くくらい近くに、救急箱を常備で置いているのだ。
「……っ、え? ち、治療してくれるの? 真くんが……?」
「お前、俺をなんだと思ってんの? 本当、無駄に血を流すの止めろ。嫌いなんだよ、血とか見るの……」
体内に流れていた血が、外に流れ出るのを見るのは……あまり気分の良いものじゃない。
なんだか、ぞわわっとした気持ちになるのだ。
「……うん、分かった。なるべく血を流さないようにする。でも、もし傷を負ったら――また、真くんが治療してくれる?」
篠崎に、期待したような目で見られ。意味が分からない。
「まぁ、自分で治療が出来ない位置なら……」
「やった! 絶対だからね? 約束だよ?」
「あっ、ちょっと……! 分かったから、動くなよ」
――治療が終わってから、ずっと……。篠崎は機嫌が良いのか、ふわふわとした笑みを浮かべていた。
そして、その日。初めて、性行為をされなかった。
19
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる