可哀想な君に

未知 道

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篠崎 三葉 3

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 ♢◆♢


 急に、手を誰かに掴まれ。びっくりして、反射的に身体が跳ねる。


「あんまり、そうしてると化膿しちゃうよ?」

 いつの間にか来ていた奏多が、血の滴る俺の手の平を掴み、じ~と見ていた。

「は? 化膿……? こんなの、舐めときゃ治るだろ」
「僕も、前はそうだったんだけどね」

 奏多は、パッと俺の手を離し。けど、嬉しそうに、何かを撫でるような行動をとっている。
 何だ……? と思い。そこに視線を向けると、奏多の手に治療が施されていた。

 俺の視線に気付いた奏多が、笑顔を浮かべ――。

「三葉のが、治療してくれたんだよ」

 その包帯の巻かれた手を、ひらりと振る。

(チッ! 奏多にバレたのが痛手だな……)

 マコちゃんが、奏多に直接言ったわけではないだろうが……。奏多のことだ、全て分かってしまったのだろう。

 こんな似つかわしくない場所や状況で、柔らかな笑みを浮かべる奏多に、イラついてくる。

「へ~へ~、さいですか~。良かったですねぇ」

 ――でも、奏多が怪我を負うことなんてあるか? と、その包帯の巻いてある手を眺め。

 ……まさか、? といった考えが過り、サァーと身体が冷える。


「――あ、そういえば。三葉のがね、僕の婚約者なんて言って昨日部屋に来たんだけど……あれ、何?」
「…………」

(やはり、鉢合わせしてしまったのか……。じゃあ、は知られて、上手くいかなかったってことか――)

 小南こなみ 奈央子なおこ――俺の協力者。

 このくそみたいな篠崎家を潰すために、陰から動いてくれている情報に強い人間だ。

 俺は事前に、奈央子に言っていた「もし、俺に連絡がつかなくなったら、何かあったと思ってくれ。時間稼ぎはどうにかしてするから、俺との連絡が途絶えた3日後の12時に、に動いて欲しい。けど、俺の時間稼ぎがない状態存在が消されたなら、直ぐに引き返すんだ」と。

 だから、この【犬小屋】に捕らえられ、3日経った昨日の12時に。暴れまくって、奏多をこの部屋に呼び寄せた。
 理由は分からないが。今はまだ、奏多は俺を殺すつもりは無いようで。なら、俺が変に死んでは困ると思ったからだ。

 本当は、計画を実行するのは、マコちゃんの信頼を得て、確実にに引き入れてからにしたかったが……。こうなってしまっては、悠長にしてられなかったのだ。

 しかし、上手くいかなかったのなら……。奈央子は無事なのだろうかと、心配になる。

 それで、俺が『奈央子は、悪くない。全部、俺が計画した』と口に出そうとした時。

 奏多はため息をついて「これ、あまりにもムカつくことを言うから、壁なぐってたら傷が出来ちゃったんだ」と、俺が考えたこととは違うことを言葉にする。

「な、なんのことだ?」

 だから、疑問をそのまま。奏多に聞いてしまった。

「『なんのことだ』って……? 真くんに、酷い暴言吐いてたんだよ? 幼なじみなら、ちゃんと人格矯正しておいてよ」
「……は?」

(まさか……。まだ、計画のことに気が付いてない?)

 奏多を見ても、ただ奈央子の態度ついて怒っているだけのようだ。

 確かに、奈央子の優れた『騙し』ならば、奏多も気が付かないかもしれない。

 奈央子は、表情、言動、または世間に流れる情報をも騙し、【嘘】を【真実】であるかのようにすげ替えることに優れている。ある意味、奏多と似た才能を持っている。

 しかし、奏多のような後ろ楯はない。だから、変にこのことを知られれば、篠崎家に取り込まれてしまう。
 けど奈央子は、篠崎家という成り立ちそのものを嫌悪している。もし拒否したなら、恐らくは暗殺対象となるだろう。それ程に、優れた才能なのだ。

 きっと、そんな奈央子が俺に『協力する』と言ってくれたのが、最大の幸運であったのだろう。


 ――俺はへらへらとした、馬鹿にしたような笑みを顔に貼り付ける。

「はははっ! 人格矯正って、まず自分のからした方がいいんじゃねぇ~の? それと、マコちゃんのもな?」
「……まだ、躾が足りないのかな?」

 グッと首輪を引かれ、咳き込む。

「それと、真くんに馬鹿みたいなあだ名つけないでくれる? 三葉の『ご主人様』なんだよ?」
「ぐぅッ、ケホッ! はっ、『馬鹿みたいな』って……そんまま、だろうが……! そんな馬鹿が、俺の主人なわけあるかよ……バーカ、クソ食らえ!」

 奏多は一度、スッと無表情になり。それから、ニコニコとした満面な笑みになる。

「カハッ! ぐぅ……う……」

 強く鎖を持ち上げられ、喉の軌道が締まる。

(そうだ、怒れ。意識をこちらに向けろ)

 今、計画がバレたら全て終わりだ。
 だから、わざとマコちゃんのことを馬鹿にし、奏多を挑発した。


 俺は、白井 真という存在が現れてくれて、心から感謝している。
 人間味のない奏多が、唯一。その人間としての感情を揺らすものだからだ。

 ――そして、奏多の唯一の“弱み”にもなっている。

 無理を承知で、マコちゃんから『篠崎の家から手を引け』といったニュアンスを含んだことを奏多に頼ませたかった。マコちゃんの頼みならば、聞くと思ったからだ。
 だが、やはり上手くはいかなかった。

 ならばと、マコちゃんを俺に惚れさせるなりなんなりして、奏多を精神的に追い込もうかとも考えたが……。マコちゃんは、かなり強敵だった。俺を好きになる気配が、全くない。
 奏多の悔しそうな顔を、一度は見てみたかったのにと、残念な気持ちになったものだ。

(俺、顔はいい方だし。人間の感情を扱うのも、熟知してる方なんだけどな~。なんでだろ?)

 こんな状況で。そんなどうでもいいことを、ぼんやりと思った。


 奏多が、掴んでいた鎖をあっさり離す。

 もっと痛みつけられるだろうと考えていたから、驚き。奏多を視界に入れて、更に驚いた。

「そんな必死に、を隠したいんだろうけど……。あまり、おいたをしちゃ駄目でしょ?」

 いつ、命令していたのだろうか。配下から、消毒液と包帯を受け取り。俺の手を掴んで、治療を始めた。

「ケホッ、ケホッ……! な、何、言って……。つか、何してんだよ……」
「何って、治療だよ。見てわからない? 免疫力が落ちている時に、化膿したら危ないみたいだし。今、三葉はそうだからね」

 奏多に、何を当たり前なことを……といったように言葉を返される。

「だから、なんで、そうするか意味分かんねぇって……」

 奏多の大事な人白井 真に纏わり付く人間なんて、死んだ方がいいはずだ。

「三葉のことは、昔からけっこう気に入ってるからだよ」
「……はっ? な、なんで?」

(気に入ってる? こんな、化け物じみた奴が、俺を……?)

「だって、三葉は小動物直ぐ死んじゃうもの達をいつも大事にしていたでしょ? 自分のが、直ぐに死んじゃいそうな顔しててさ。それが、哀れでしかたなかったよ。それで、三葉は僕の【可愛い弟】みたいに感じていたんだ。守ってあげなきゃ死んじゃいそうだったからね。だから、お兄ちゃんとして、あのから助けてあげたんだよ。小さな頃に、色々されてたもんね?」

 なんで、俺の幼少期の詳細を知ってるんだというよりも、奏多が『可愛い弟』『幹部の奴らから助けてあげた』と言うのに、血の気が引く。

 幹部の奴らは――俺に、虫や小動物を殺すよう積極的に命令をしていた奴らだった。

 それを、弟のように可愛いと思っている人のためだからって。目の前で死んでも、顔色一つ変えずにいられるものか?
 そうなった原因は、自分なのに……?

 それも全て、『お兄ちゃんとして』当たり前にする優しさだというのか――?


「は、はははっ、なんだそれ……? お前の優しさや愛情表現、ぶっ壊れてるわ。じゃあ、なんで……。そんな【可愛い弟】が、今は【飼い犬】になってんだ?」
「……? そんなの、真くんがそう言ったからだよ。僕にとってじゃない。、三葉が犬なら……そうなるでしょ? それに、いくら弟として可愛がってても、やっていいことと悪いことがある。真くんを奪うなら……許さない」

(……家族と恋人の【愛情】が違うって、こういうことか。恋愛の方は冷静でいられない、盲目的になるって本当だったんだな。マコちゃん、こんな奴に好かれて可哀想になぁ……)

「……はっ、俺。女性にしか興味ねぇから」

 ――でも、マコちゃんの目。あれは、確かに惹きつけられた。
 俺は、女性しか恋愛対象にはならないが……。あの目は、純粋に『美しい』と思う。

(なんだか、懐かしさのあるような……――ああ、そうだ。……大切だった『リコちゃん』に似ているのか)

 俺は、大切な兎に『リコちゃん』という名を付けていた。

 綺麗な真っ直ぐな目。人間のような打算的でない、美しい存在。

 だから、知らず知らずのうちに『リコちゃん』に似ているマコちゃんを、似た名で呼び。会いに行くのも、とても楽しみだったのだと気付く。

 過去の、あの【苦しい記憶】を塗りつぶしてくれる存在だと思って――。

「ふ~ん、だったらいいけど……。くれぐれも、間違いは起こさないでね? あと、真くんの食事に入れたの、会ったらちゃんと謝るんだよ?」

 一瞬、それはなんだ……と思って。マコちゃんのご飯を、俺が食べたことを言いたいのだと理解する。

「……バ、バイ菌? 俺、そんな汚くねぇぞ!」
「なに言ってるの? 真くん以外の人間は、汚いよ。三葉だって、そうなんだよ?」
「じゃあ、自分はどうなんだよ!? めちゃくちゃ汚してんだろうが!」

 ぜぇぜぇと息が上がる。今、体力が無いというのに、大声を出してしまったせいだろう。

「うん。真くんは、僕だけが汚していいんだ」
「…………」

 結局、『真くんは、自分だけのもの』って言いたかったらしい。

 ドッと脱力する。

「はぁ……。もう、分かったからさぁ。とりあえず、水と飯……普通にくれねぇ? マジ、死にそう……」
「まだ、躾が終わってないから駄目」

(ほんっと、面倒くせ~奴)

「ほら……。お前にとって、可愛い弟が愛らしくおねだりすればいいか? 『お兄ちゃん、た~くさんご飯ちょーだい!』」
「なんか、気持ち悪いから止めて」
「色々気持ち悪いこと言ってる、お前には言われたくねぇよ!」


 ――奏多が【犬小屋】から去って行った後に、寄越された食事は。ガッツリとしたスタミナ定食のような食事だった。

 でだ。

 勿論、胃もたれした。


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