VIVACE

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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名探偵

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 ICPOからお声がかかった。
「へぇ、天下のインターポール様がいいんですか?」
「……上からの命令……ですから」
 多分僕と大して年は変わらないであろう刑事の彼が、なんとも悔しそうに唇の端を噛みながら敬礼をした。
「えーっと……」
「ハンリー・コスメイン刑事です」
「そ。じゃ、ハンリー君。帰っていいよ」
「なっ!?」
「だって、そうでしょ? 気が散るもん」
「…………」
 僕は渡された資料をバラバラ捲ると、興味もなかったので大して見ずにそれを突き返してやった。手の甲でシッシと仰ぐと、更に“ハンリー君”は悔しそうに僕を睨み付けてきた。
「そう簡単に捕まる相手ではないですよ」
「正直、興味ないね」
「な!?」
「だって、今までこのデータを使っても捕まらなかったんでしょ? 捕まらないデータ、またアテにしろって? 正直頭悪いと思わない?」
 彼の表情が怒りに歪む。
「ま、明日の夜また来てよ。それまでに計画練っておくからさ。捕まればいいんでしょ? VIVACE」
 ハンリー君が少し間を置いてから、僕に言った。押さえているんだろうけど、声は僅かだが震えてる。
「えぇ、よろしくお願いしますよ。名探偵サマ」
 ほんっと、滑稽でたまんない。
「ダコー!(了解)」
 失礼します、とハンリー君は素っ気なく事務所を後にした。

 僕は、世紀の名探偵。捕まらない犯人は、存在しないし、僕に失敗の文字はない。



*****



「ハンリーさん、どうでした?」
 白いウサ耳の様な髪飾りを揺らしながら、呑気なソプラノを張り上げて藤村波奈(ふじむらなみな)が言い寄って来た。
 コレ、一応相棒だ。
 緊張感に欠けるから、車で待たせておいた。
「……警察が、ICPOがあんなガキみたいな怪しげな探偵に依頼なんて……」
 独り言みたく呟いた僕の言葉を聞き、彼女が答えるように言った。
「でもFBIだって、よく霊能力者とかに頼んで行方不明者とか殺人犯を見つけ出したりするんでしょう? ICPOだって探偵さんにお願いするの、ありなんじゃないんですか?」
 思わず溜め息、そして力が抜ける。
 咎める気力すら失って、眉間に指を当てながら呆れて言った。
「あのね、波奈。FBIが霊能力者使うのと、ICPOが探偵使うのとはまた違うの。FBIが霊能力者使うのは捜査に行き詰まって、尚且つ人の手ではどうにもならなくなったからって事だろう。今回探偵を使うのは捜査に行き詰まったからでもないし、実体がわからないわけでもないんだ。単に“僕らだけでは、力不足”だと上が判断したから。わ・か・る・か・な!?」
 思わず最後だけ力が入る。
「あ。でも、責任はやっぱり“VIVACE捜査部”ですよね?」
「そう。腑に落ちないけど」
 腑に落ちない事を飲み込むことが、大人のルールなのかな? なんて考えて、少し落ち込んだ。
「とにかく帰るぞ」
 僕は、署へと車を走らせた。


*****



 VIVACEが狙っているのは、都内から少し外れた美術館に、先日納品されたばかりの人魚姫の彫刻らしい。
 それは澄んだ上質のクリスタルで出来ていて、目にはサファイアを嵌め込んでいるという。
 まだ展示されてない。
 VIVACEはどうやら、展示される前日に盗みに入るつもりらしい。
 少なくとも、僕は彼らも芸術家なんだと思う。形は違えど、美しくも上品に、そして優雅に華麗に獲物を手に入れる。
 褒め過ぎだと言われるかも知れないが、僕だって惚れ込むくらいVIVACEに興味がある。

 ――いつか、勝負したい。

 ずっとそう思っていた。

 ICPOの蜂蜜色の髪をしたあの男は、なんでも協力すると言っていた。
 あんな“捕まえられないクダラナイデータ”より、美術館のセキュリティデータや今まで逮捕の為に使った機材データの方が欲しかった。なんにせよ、新聞、テレビ、ラジオ、ネット等のあらゆるメディア機関でVIVACEに関する情報は集めているから、その方が他人が出した答えより信頼性がある。

 まず、VIVACEの行動パターンから作戦を予想する。
 いくつかのパターンと可能性の中から消去方にて割り出すのだ。それは確かに基本的な事だし、蜂蜜髪の彼も何度か繰り返して来た事かもしれない。
 だけど、ここで忘れてはいけない事。

 それは
 常に“犯罪者”の立場から見る、ということだ。

 注文通り、ハンリー君は翌晩やってきた。
 僕は親切に缶コーヒーを投げながら言った。
「君は、逮捕しようとする時、どう言う目的で防衛線を張る?」
 彼は缶コーヒーのノブを開けながら、苦々しい表情で「捕まえる為でしょう」と言った。
 けれどもすぐ後
「それで捕まるならとっくに捕まってる。だから守るに徹してますが、何か?」
 と言い直した。
「ふぅん。僕なら、VIVACEより上手く盗もうと考えるね」
「なっ!?」
 “な”が好きなのか。昨日からこの男、“な”ばかりだな。
「もちろん盗みはしないけどね。そう考えたら、自ずと答えは見えてこない?」
 追いかけるんではなく、先回りしようと考えてみろってこと。それも頭脳明晰な彼らより上を考えて。君の頭なら、そのくらいで丁度いいだろ?
 彼がICPO内でもかなり頭脳明晰のエリートだった事を僕は知っている。
 オカシイから調べてやったんだ。彼が何故これだけ取り逃がしてクビにならないのか。
 要するに、今の警察では彼以上の人間はいるにはいるんだろうけど、人材の派遣は難しい様だ。
 簡単に言えば、今のICPOに彼以上の人間がいないといっても間違いではない。

 なら何故彼が?

 彼もまたVIVACEの芸術に魅せられてしまった一人だったよう。
 正義感強い純粋な心に注ぎ込む魔薬としては、最高の“存在”なのかも知れない。
「ではいい方法でも、何か?」
 僕は用意させた美術館のマップとセキュリティシステムの図解を机に広げた。
「彼等の作戦は多分こう。警察として一人が侵入、中から指示を出すだろ。囮として仲間が一人騒ぐ。警察がそちらに目を向けている間、催眠ガス入りの煙幕でその場の者達を眠らす。または、全てを眠らす光なんてどうかな? 以前それでやられたんじゃないの?」
 僕の皮肉に、彼のこめかみがピクリと動いた。が、それを無視して尚も続ける事にした。
「警備は片付いたとして、では、問題はどう盗むか。ここのシステムとして、赤外線の探知機兼レーザーが採用されている。少しでも触れば警察に通報だけでなく、大怪我だって免れない。しかも赤外線は、常に位置を変えながら常時網の目の様に何重にでも張り巡らされている。いちいち赤外線同士をぶつけて消したり、鏡なんかに反射させて通路を作るなんて事も不可能なワケ。だけど、こいつにも盲点はあった」
「盲点?」
「そう、全てが万能ではないってこと」
 そして僕は、セキュリティシステムに載っている小型機を指差した。
「こいつ。こいつは2セットで10個設置されてる。一つが一つの角度に大して3秒間隔で稼働する。そして稼働と稼働の間は、0.5秒。この間だけは赤外線が止まる。そして一台ずつ稼働は変わるとして、一台動いてから次の機械が動くまでの間が1秒」
「そうか」
「カシコイ君なら分かるだろう? 1秒あればその間をくぐり抜ける事くらい簡単じゃないのかな? しかもショーケースギリギリに張る事は出来なかったみたいだし、なんとか一人くらいのスペースはあるようだ。潜ってしまえばその後は好き放題」
 しかしまだ最も重要な事がある。
「けれど、赤外線セキュリティが何者かによって強制的に遮断された場合、恐らく警報器は鳴るだろうね。ならば、人魚を抱いてそう簡単に脱出は出来なくなる訳だ」
「1秒欲しいとして、最大2.5秒。これが二回。間違いなく触れるな」
 ハンリー君も呟いた。
「何より難しいのは逃走だ。変装するにも人魚が邪魔だ。君ならどうする?」
 彼は問われて、少しばかり戸惑う様に口を開いた。
「通風孔(うえ)はどうなってる?」
 ふっ、と笑った。
「そう、また一つ盲点が見つかった!」
「もちろん屋上には警備がいるからヘリを使うのは難しいし、僕ならあらかじめ通風孔に仲間を待機させておく。そしてそいつに人魚を渡して、自分は変装して脱出した後(のち)仲間に後から持ってこさせるかな」
「警報器が鳴ってから警察が来るまでの時間は?」
「約5分程度だが、それは既に警備がいるから大丈夫だろうという前提で。あらかじめ応援をと準備しておけば、3分とかからない」
「恐らく最初に目に付いた警察がVIVACEだろうね。あとは通風孔」

 ――捕まえたい。

 名探偵の名にかけて、VIVACEは僕の手で捕まえたい。

 挑戦、可能性。何より、僕が“天才”なんだと世間に知らしめたい。



*****



 あっと言う間に予告当日になったのだが、警備は順調なよう。
 僕がハンリー君に用意させたのは、警備員と人数分のガスマスク。ガスマスクのゴーグル部には、光をいれない様スモークを貼らせた。
 全てが順調に終わり、「そろそろきますねぇ」なんてウサ耳の婦警が言った時、足元に何かが落ちて来た。
 それは丸い筒型をした固いアルミの様なもので、親指くらいの大きさである。
 なんとなくピルケースにも見えたから、誰か落としたんだろうと拾って聞こうと思ったが、それとなく嫌な予感がしたのでそれを人の少ない方へと蹴り飛ばした。
 案の定
 刹那“カチッ”とスイッチの入る様な音がしたかと思うと、物凄い勢いで煙幕が吹出した。
(やっぱりね)
 なんて薄笑み浮かべてガスマスクを装着。



 何故だか、一気に強烈な眠気が僕を襲う。
「!?」
 訳が分からない。
 と、思った時にはもう遅くて。
 混乱するより早く意識は強制的に霞みがかかり、その向こう側で皮肉にも笑い声が聞こえた。



*****



「遅ェよ」
 宇野真(うのま)がぼやく。
「うん、ちょっと計算ミスだったかも。けど薬の効き方は君の責任だろ?」
「俺の立派な発明品は、高性能なんだよ」
 彼はふんと鼻で嗤った。

 今回もイカレ発明科学者、宇野真の自信作。
 催眠ガスは催眠ガスだが、これは皮膚から浸透する。
 見渡す限りガスマスクを付けて倒れ込む連中は、滑稽であり異様な光景でもある。
 珍しく普段着に近い様な薄着のスーツ姿で、僕はショーケース向こうのマーメイドちゃんを愛しく見つめていた。
「チャンスは1秒。少しくらいは緊張したらどうだ?」
 機械をセッティングしながら、宇野真は無表情な声で話しかけてきた。
「楽しくてね。なぁに、1秒もあるんだ。緊張する必要もないよ」
「ほぅ。じゃぁ、織之(しきの)始めるぞ」
 彼はそう言って今度は小さなパソコンに手を掛けた。
「カウント取るぞ」
 わくわくする。
 タイミングを一つ間違えたら、そのままさようなら。もしくは、身体の一部がなくなるカモ。

 5

 4

 まぁ、心配しちゃいないけど。

 3

 2

 1

 レーザーが一瞬止まる

 刹那

 タン!!

 と、軽快な靴音。
 レーザーが再び動き出す頃には、僕は宇野真にヒラヒラと手を振りながら笑いかけてやった。
 ふぅ、と彼が溜め息付いた様に見えた。呆れたのか、安心したのか。
 思ったより簡単だった。けど、もう一度クリアしなきゃいけない。
「よし! 次に装置を止めてから、再起動後0.8秒後に警報システム作動な。時間操作で2.5秒伸ばす。警察が来るまで約2分50秒、これだけあれば十二分だろ?」
 僕は笑って答えた。
「時間操作いらないくらい」
「あほ。コレは俺サマが天才だと示したいだけ」
 悪趣味な“趣味”だ。
「勇敢な名探偵くんの為に」
 せっかくなので、VIVACEデビューを記念して紛い物(ガラス製)のマーメイドちゃんを代わりに置いといてやった。
「喜んでくれるかな?」
「あぁ、アホが喜ぶ」

 再び、レーザーストップ。

 宇野真の言う通り警報システムが時間遅れで作動したが、その時既に僕らは“計画通り”闇に紛れて姿を消した。
 その場に残ったのは、若い名探偵君にハンリー刑事、それから警備員A、B、C、D…以下たくさん。



*****



 一晩で、有名人になった。
 寝てただけなのに。
 ま、いっか。
 VIVACEは取り逃がしたものの、人魚姫は盗まれなかったから。
 と言うか、この人魚姫が偽物だと言う事を知ってるのは僕だけかも。
 VIVACEが失敗した、なんてメディアははやし立て、僕なんかは“人魚姫を守った名探偵”なんて英雄扱い。
 けど、読者の皆様は覚えておいて。
 僕もVIVACEも計画を失敗してないってこと。
 僕も彼も、同じ“天才”であり、“芸術家”であるってこと。



*****



「なかなか面白かったネ。“探偵ごっこ”」
「また出来るんじゃねぇの?」
 彼は興味もなさそうに言い放った。
 ホントに興味がないのかもしれない。



******



 あれから何がどうなったのかって?
 皆様は覚えているだろうか?
 時間操作“2.5秒”の壁。
 レーザーを止めた回数。
 実は“3回”なんだ。
 一度目のレーザーで僕が潜る。
 二度目のレーザーで、本物のマーメイドちゃんを宇野真に投げ渡す。彼はその勢いで窓の外で婦警に変装している蓮華に本物のマーメイドを投げ渡す。その間に3回目のレーザー遮断システムが作動。彼女はその足で外のあらかじめ用意しておいた場所にマーメイドちゃんを隠し、逃走。3回目発動で僕が通過し、彼が機材を僕に渡した。
 それから二人して“最初”と同じ場所に寝っ転がったのだ。
 そぅ
 皆様もぅお分かりでしょう?
 僕は名探偵に、宇野真は警備員に戻っただけのこと。
 仕事に小型パソコン持ち込んだっておかしくはないだろ。
 そこもまた盲点ね。
 ちなみに、あらかじめ解毒薬飲んでいた僕らは、薬が効きすぎて予定より2秒遅く意識が戻っただけのこと。

 皆様、“名探偵”をお選びの際は“お気をつけて”!!
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