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オパールの十字架の秘密
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「大胆な、悪党ですよね」
そう言いながら親愛なる友人、志紀島ポールは笑ってみせた。
僕は無言で、赤い薔薇を一輪差し出した。この部屋が極端に無機質過ぎたから。
漆黒の髪と眼。上品な眼鏡の向こうで、彼が皮肉ったように僕を見つめる。
「妹にお茶でも入れさせますよ」
「おかまいなく」
この友人は極端に神経質なのか、部屋にモノを置くのを極端に嫌がる。
だから彼の部屋は、落ち着かない程なにもない。
彼が薄っぺらいリモコンのスイッチを取り出し赤いボタンを押すと、床が割れて何も無かった部屋に突如テーブルとソファが出現した。
彼が「どうぞ」っと当たり前のことのように促すから、僕も「どうも」っと当たり前のことのように腰を下ろした。
「さあ、今度の仕事です」
ノックならぬチャイムが鳴って、見たことも無い赤毛の少女が入ってきた。
この部屋は家か?
家の中に家?
くだらない事を考えていたら、赤毛の少女が物言いたげにこちらを見ながら、ロイヤルミルクティを僕の前においた。
「妹のセリーヌです。
似てない兄妹だ。
「異母兄弟なんです」
あ、なるほど。と、一人納得した。
「君の家に来るのは何度か振りだけど、こんなに可愛らしい妹がいたなんてね」
「セリーヌの母は、アメリカ人なんです。父がかなりのプレイボーイでしてね、他に何人兄弟がいることやら。セリーヌの場合、セリーヌを引き取っていた母が事故で亡くなってしまって、それで解ったんですよ。最近になって、一緒に暮らしています」
笑って話す事ではないような気がするが。彼は、まるで他人事のように笑って話していた。
「そういえば、君もハーフでしたっけ?」
セリーヌの用意してくれた乾燥無花果を一つ摘み、口の中に放り込んだ。
「今更」
「不快でしたか?」
僕の母は純フランス人、そして父がフィンランド人。だが父がまたハーフで父の父、すなわち祖父がロシア人で祖母がフィンランド人なのだ。お解りの通り、祖父は養子の身分だ。男としては、肩身が狭い。
その雑種とも言えるべき遺伝子の容姿を、僕は全て受け継いでいた。
「では、ビジネスの話を致しましょう。ある日、1人の老婆の家に強盗が押し入りました。案の定老婆は、その強盗に殺されてしまいました。しかし部屋は荒らされているものの、不思議な事に何かを盗まれた気配がありません。そう、文字通り何も盗まれていなかったのです。しかし、老婆の遺体を検死してみると……」
「胃袋の中から小さな小さな十字架が出てきた」
ポールが言うより早く、僕が結論を述べてやった。彼は少しばかり残念そうに鼻で笑うと、「そうです」と答えた。
そして、僕は続けた。
「金の珠が四本の先端についていて、真ん中にピンクダイヤの埋め込まれた小さなオパールの十字架がね」
「けれど、それだけじゃ価値はないんです」
ポールの漆黒の眼が、冷たく僕を捕らえた。
「そこに、必要なもの。それを、手に入れてください。」
僕は静かに立ち上がり、そのまま、そのまま何も無い部屋を後にした。
*****
午前二時頃。オパールの十字架を拝借しようと、警察署に飛び込んだ。
あらかじめ調べておいた保管場所に、ブツはなかった。念のため他の場所も調べてみたが、やはりなかった。
人にも聞いてみた、と言いたいところだが、場所が場所なのでそういう訳にもいかない。
取りあえず、何も持たずに家に帰った。
先を越された? としたら、プロの仕業か。念の為、宇野真(うのま)に調べさせた。
「プロ? あぁ、その可能性が強いな」
と、ぶっきらぼうに答えられた。紫煙を吐く姿は、まるでアメコミの悪役だ。
突拍子もない言葉を、宇野真が吐いた。
「何で人は十字架を崇める? 人は十字架を崇めるんじゃない。キリスト、神を崇めるんだ」
神など信じない、論理主義者が神の名を口にする。それはまるで、人々を見下したかのように聞こえる。
彼は続ける。
「すなわち、神の価値だ」
僕は、首を傾げた。宇野真は呆れたように、僕に紫煙を吹き掛けた。
「元々はキリストとワンセットなんだよ。それはまだ盗まれちゃいないはすだ」
「それは、今何処に?」
「さぁな。死人に聞いてくれ」
*****
今現在、深夜3時を回ったところ。
もう小一時間以上、墓を一人でせっせと掘り返している。
老婆には、子供がいない。
ならきっと、一番大切なモノだけは2人で分け合いたいとでも思ったのだろうか? 何となくそんな意見に辿り着いて、僕は今墓を掘り返しているわけだ。
こればっかりは、開けてみないとわからない。
四時半ごろ、棺の蓋はやっと開いた。
手を組んだ白骨死体の丁度胃の辺り。そこに小さなクリスタルの棒のようなものが、きらきらと月光を反射させながらあった。
手にとって月の光にかざして眺めると、間違いなくそれはキリストの形をしていた。
クリスタルのキリストだ。
「汚らしい姿ね」
突然背後で、嘲る様な少女の声が響いた。
は! っと振り向くと、そこには化粧をして背伸びした感じの少女と、まだ毛も生えていなさそうな(失礼!)少年2人、黒い服を着て立っていた。
目には、スコープ?
「それ頂戴!」
少女がつん! と手を出した。
「子供が出歩いていい時間じゃないだろう。学校は?」
「今日土曜日、お休みよ。いいからそれちょーだい!!」
別に墓荒らしを見られたからどうとかいう訳ではない。ただなんでこんな夜中に、しかも外人墓地の真ん中に子供がいるのかと言うことが問題なのだ。
「玩具じゃないから」
苦笑いしつつそういうと彼女は、
「そんなこと解ってるわよ!」
と、胸張って答えた。
「それがないと、価値が出ないの」
厭ぁな、予感がした。
「同業者?」
と、僕が聞いたら「ピンポーン!」と、少年が言った。
厭ぁな夜だ。
「あたし、コンピューター得意なのよ。ハッキングなんて簡単」
ふふん♪ と彼女が自慢げに鼻で歌うと
「データー取って、先回りすることも出来るんだぞ」
と、少年も鼻で歌った。
同業者じゃなくて、漫才コンビだ。息ぴったりじゃないか。
同じ顔が2つ、墓の真ん中で漫才。なんて夜だ。
「遊びは終わりだよ。十字架、渡して貰えないかな?」
貰えないだろうと思いながらも、頼んでみた。
「いーや!」
仕方ない。
僕は脱ぎ捨ててあったジャケットを拾い上げると、ポケットから2つ折にされた壱万円の札束を取り出した。全部で10万あるはずだ。
子供の教育には良くないが、多少の犠牲は覚悟の上だ。それに、お子様には十分すぎる大金だろうが。
「これで売ってくれない?」
しかし、意外にも二人は断った。
「子供だからって、馬鹿にしないで貰いたいわ」
少年が銃を取り出し、僕に向けた。
「偽物だと思う?」
サイレンサーつきの銃口を、僕に向けてきた。
それは、『ぷしゅ』っという情けない音の中、僕の足元の土を抉りとった。
「今ね、簡単に買えるんだ」
仕方なく、僕は両手を頭の後ろに回した。
少女が僕にゆっくりと近づき、また少女も銃を取り出した。
次の瞬間腹に重たい衝撃が走り、苦い胃液が喉元まで競りあがってきた。屈んだところを狙って、再び重たい衝撃が僕の後頭部辺りを強打した。銃のグリップで腹を、拳で後頭部を殴りつけられたのだ。
それから彼女は笑いながら札束とキリストを僕の掌から奪い取ると、少年と共に去っていった。
それでも所詮、子供は子供だった。僕に気を失わせる程の力はなかったし、僕には発信機を取り付ける余裕まであったのだから。
「おいたがすぎる」
*****
朝早く、発信機の停止している屋敷の前に、僕は張り込みを開始した。
いかにもお金持ちです、って感じの豪邸。ステンドグラスやら妙な電気スタンドやらが目立ち、手入れされた芝生が眩しい。しかも庭にはタチの悪そうな番犬が2匹。ゆっくりと徘徊してはこちらを睨む。
全く、厭な家だ。
2時間ぐらいして、やっと発信機に動きが見えた。と同時に奥から少年と少女の2人が現れた。背格好からして昨晩の2人組み。なにより僕の取り付けた発信機が示すのだから間違いは無いだろう。
2人が門に近づくのを確認しながら、僕はゆっくりと車を降りた。そして、門から出たところで少年と少女に軽く挨拶を投げかけた。
「やぁ!」
少女の表情が、一気に強張った。先に声を上げたのは、少年の方だった。
「お前!?」
それを無視しつつ、僕はサングラスを取りながら気取って彼女にこう言った。
「ドライブでもどうかな? お嬢さん」
「営利誘拐? それもお仕事なの?」
皮肉っぽく、彼女は僕に告げた。
「いいや、ドライブだよ。お近づきのしるしに。昼御飯くらいご馳走するし」
彼女は鼻でふん! とわらうと、無言のまま僕の車の助手席に乗り込んだ。
それに驚いて、少年は少女に向かって叫んだ。
「おい! 何考えてるんだよ!! 聖鈴(せいりん)!!!」
少女も車の中から、負けじと叫んだ。
「いいじゃない。お昼御飯おごってくれるって言うんだし」
「そんな!」
「啓一郎(けいいちろう)は、どうするのよ?」
啓一郎と呼ばれた少年は、自分が聖鈴と呼んだ少女の問いに、もう自棄になって答えた。
「行くよ! 行くに決まってるだろう!!」
少年が後部座席に乗り込んだのを確認して、僕も運転席へと乗り込んだ。
「少女の方が聖鈴ちゃんで、少年の方が啓一郎君でいいのかい? 二人は姉弟なの?」
暫く車を走らせ、尚も走り続ける車の中で最初に口を開いたのは僕の方からだった。
聖鈴は僕の質問を無視して、全く別の質問を僕に問いた。
「何処に連れて行く気?」
別に構わないさ。少女と少年がどうかなんて、別に大した興味にもならない。僕は正直に答えた。
「別に。ただ適当に走らせてるだけ」
「そう」
不思議と、聖鈴は寂しげな目をして外の移り行く風景に、目をやっていた。
「どこか、行きたい場所はある?」
「別に」
「アレが目的なんだろう?」
案の定気になったのか、少年が叫んだ。
「別に。若い君等の将来の為に。そのぐらいくれてやるよ」
*****
上品な友人の家に出向いた。
「随分と、手こずったようですね?」
「何故、そう思う?」
「思った以上に、遅かったからですよ」
ポールは、笑って見せた。
今日もまた、セリーヌの用意してくれた乾燥無花果とハーブティを嗜む。
「同業者が、現れたようだ」
言って、少し違うなと思い、僕は訂正した。
「怪盗か?」
ポールが、ティーカップを置いて笑った。
「君にしては、珍しく謙遜した呼び方ですね」
「うーん」
コソドロと呼びたいのはやまやまだが、そう呼んでしまったら邪魔された自分がなんなのか悩みたくなるので、少し大袈裟な呼び方を付けてみた。
「それで、どんな人達だったのですか?」
「あまり、聞かないで欲しいかな」
子供は、嫌いだ。
さて、僕の間では話がまとまった訳だが、何がなんだか解らない読者達に、少しばかり補足の説明の場を設けようではないか。
小さな泥棒2人組みをドライブへと誘い出した僕は、善い人を装いながらも、少しの隙も見逃さないよう気を張り詰めていた。
おかげで帰ってからぐったりだった訳だが、職人に大金を積んで作らせた十字架とキリストの偽物をすり返るチャンスを常に狙っていた。
そう、それだけのことだ。
僕はドライブと油断した彼女から、チャンスを見計らって十字架とキリストを拝借した。偽物だが変わりになるものを置いていったのだから、文句は言うまい。
家路の途中、僕は思った。
教訓。
敵の前で、いついかなるときでも隙を見せてはいけない。
それから、子供だからといって甘く見てはいけない。
また会うことがあるんだろうかと、1人うんざりした。
そう言いながら親愛なる友人、志紀島ポールは笑ってみせた。
僕は無言で、赤い薔薇を一輪差し出した。この部屋が極端に無機質過ぎたから。
漆黒の髪と眼。上品な眼鏡の向こうで、彼が皮肉ったように僕を見つめる。
「妹にお茶でも入れさせますよ」
「おかまいなく」
この友人は極端に神経質なのか、部屋にモノを置くのを極端に嫌がる。
だから彼の部屋は、落ち着かない程なにもない。
彼が薄っぺらいリモコンのスイッチを取り出し赤いボタンを押すと、床が割れて何も無かった部屋に突如テーブルとソファが出現した。
彼が「どうぞ」っと当たり前のことのように促すから、僕も「どうも」っと当たり前のことのように腰を下ろした。
「さあ、今度の仕事です」
ノックならぬチャイムが鳴って、見たことも無い赤毛の少女が入ってきた。
この部屋は家か?
家の中に家?
くだらない事を考えていたら、赤毛の少女が物言いたげにこちらを見ながら、ロイヤルミルクティを僕の前においた。
「妹のセリーヌです。
似てない兄妹だ。
「異母兄弟なんです」
あ、なるほど。と、一人納得した。
「君の家に来るのは何度か振りだけど、こんなに可愛らしい妹がいたなんてね」
「セリーヌの母は、アメリカ人なんです。父がかなりのプレイボーイでしてね、他に何人兄弟がいることやら。セリーヌの場合、セリーヌを引き取っていた母が事故で亡くなってしまって、それで解ったんですよ。最近になって、一緒に暮らしています」
笑って話す事ではないような気がするが。彼は、まるで他人事のように笑って話していた。
「そういえば、君もハーフでしたっけ?」
セリーヌの用意してくれた乾燥無花果を一つ摘み、口の中に放り込んだ。
「今更」
「不快でしたか?」
僕の母は純フランス人、そして父がフィンランド人。だが父がまたハーフで父の父、すなわち祖父がロシア人で祖母がフィンランド人なのだ。お解りの通り、祖父は養子の身分だ。男としては、肩身が狭い。
その雑種とも言えるべき遺伝子の容姿を、僕は全て受け継いでいた。
「では、ビジネスの話を致しましょう。ある日、1人の老婆の家に強盗が押し入りました。案の定老婆は、その強盗に殺されてしまいました。しかし部屋は荒らされているものの、不思議な事に何かを盗まれた気配がありません。そう、文字通り何も盗まれていなかったのです。しかし、老婆の遺体を検死してみると……」
「胃袋の中から小さな小さな十字架が出てきた」
ポールが言うより早く、僕が結論を述べてやった。彼は少しばかり残念そうに鼻で笑うと、「そうです」と答えた。
そして、僕は続けた。
「金の珠が四本の先端についていて、真ん中にピンクダイヤの埋め込まれた小さなオパールの十字架がね」
「けれど、それだけじゃ価値はないんです」
ポールの漆黒の眼が、冷たく僕を捕らえた。
「そこに、必要なもの。それを、手に入れてください。」
僕は静かに立ち上がり、そのまま、そのまま何も無い部屋を後にした。
*****
午前二時頃。オパールの十字架を拝借しようと、警察署に飛び込んだ。
あらかじめ調べておいた保管場所に、ブツはなかった。念のため他の場所も調べてみたが、やはりなかった。
人にも聞いてみた、と言いたいところだが、場所が場所なのでそういう訳にもいかない。
取りあえず、何も持たずに家に帰った。
先を越された? としたら、プロの仕業か。念の為、宇野真(うのま)に調べさせた。
「プロ? あぁ、その可能性が強いな」
と、ぶっきらぼうに答えられた。紫煙を吐く姿は、まるでアメコミの悪役だ。
突拍子もない言葉を、宇野真が吐いた。
「何で人は十字架を崇める? 人は十字架を崇めるんじゃない。キリスト、神を崇めるんだ」
神など信じない、論理主義者が神の名を口にする。それはまるで、人々を見下したかのように聞こえる。
彼は続ける。
「すなわち、神の価値だ」
僕は、首を傾げた。宇野真は呆れたように、僕に紫煙を吹き掛けた。
「元々はキリストとワンセットなんだよ。それはまだ盗まれちゃいないはすだ」
「それは、今何処に?」
「さぁな。死人に聞いてくれ」
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今現在、深夜3時を回ったところ。
もう小一時間以上、墓を一人でせっせと掘り返している。
老婆には、子供がいない。
ならきっと、一番大切なモノだけは2人で分け合いたいとでも思ったのだろうか? 何となくそんな意見に辿り着いて、僕は今墓を掘り返しているわけだ。
こればっかりは、開けてみないとわからない。
四時半ごろ、棺の蓋はやっと開いた。
手を組んだ白骨死体の丁度胃の辺り。そこに小さなクリスタルの棒のようなものが、きらきらと月光を反射させながらあった。
手にとって月の光にかざして眺めると、間違いなくそれはキリストの形をしていた。
クリスタルのキリストだ。
「汚らしい姿ね」
突然背後で、嘲る様な少女の声が響いた。
は! っと振り向くと、そこには化粧をして背伸びした感じの少女と、まだ毛も生えていなさそうな(失礼!)少年2人、黒い服を着て立っていた。
目には、スコープ?
「それ頂戴!」
少女がつん! と手を出した。
「子供が出歩いていい時間じゃないだろう。学校は?」
「今日土曜日、お休みよ。いいからそれちょーだい!!」
別に墓荒らしを見られたからどうとかいう訳ではない。ただなんでこんな夜中に、しかも外人墓地の真ん中に子供がいるのかと言うことが問題なのだ。
「玩具じゃないから」
苦笑いしつつそういうと彼女は、
「そんなこと解ってるわよ!」
と、胸張って答えた。
「それがないと、価値が出ないの」
厭ぁな、予感がした。
「同業者?」
と、僕が聞いたら「ピンポーン!」と、少年が言った。
厭ぁな夜だ。
「あたし、コンピューター得意なのよ。ハッキングなんて簡単」
ふふん♪ と彼女が自慢げに鼻で歌うと
「データー取って、先回りすることも出来るんだぞ」
と、少年も鼻で歌った。
同業者じゃなくて、漫才コンビだ。息ぴったりじゃないか。
同じ顔が2つ、墓の真ん中で漫才。なんて夜だ。
「遊びは終わりだよ。十字架、渡して貰えないかな?」
貰えないだろうと思いながらも、頼んでみた。
「いーや!」
仕方ない。
僕は脱ぎ捨ててあったジャケットを拾い上げると、ポケットから2つ折にされた壱万円の札束を取り出した。全部で10万あるはずだ。
子供の教育には良くないが、多少の犠牲は覚悟の上だ。それに、お子様には十分すぎる大金だろうが。
「これで売ってくれない?」
しかし、意外にも二人は断った。
「子供だからって、馬鹿にしないで貰いたいわ」
少年が銃を取り出し、僕に向けた。
「偽物だと思う?」
サイレンサーつきの銃口を、僕に向けてきた。
それは、『ぷしゅ』っという情けない音の中、僕の足元の土を抉りとった。
「今ね、簡単に買えるんだ」
仕方なく、僕は両手を頭の後ろに回した。
少女が僕にゆっくりと近づき、また少女も銃を取り出した。
次の瞬間腹に重たい衝撃が走り、苦い胃液が喉元まで競りあがってきた。屈んだところを狙って、再び重たい衝撃が僕の後頭部辺りを強打した。銃のグリップで腹を、拳で後頭部を殴りつけられたのだ。
それから彼女は笑いながら札束とキリストを僕の掌から奪い取ると、少年と共に去っていった。
それでも所詮、子供は子供だった。僕に気を失わせる程の力はなかったし、僕には発信機を取り付ける余裕まであったのだから。
「おいたがすぎる」
*****
朝早く、発信機の停止している屋敷の前に、僕は張り込みを開始した。
いかにもお金持ちです、って感じの豪邸。ステンドグラスやら妙な電気スタンドやらが目立ち、手入れされた芝生が眩しい。しかも庭にはタチの悪そうな番犬が2匹。ゆっくりと徘徊してはこちらを睨む。
全く、厭な家だ。
2時間ぐらいして、やっと発信機に動きが見えた。と同時に奥から少年と少女の2人が現れた。背格好からして昨晩の2人組み。なにより僕の取り付けた発信機が示すのだから間違いは無いだろう。
2人が門に近づくのを確認しながら、僕はゆっくりと車を降りた。そして、門から出たところで少年と少女に軽く挨拶を投げかけた。
「やぁ!」
少女の表情が、一気に強張った。先に声を上げたのは、少年の方だった。
「お前!?」
それを無視しつつ、僕はサングラスを取りながら気取って彼女にこう言った。
「ドライブでもどうかな? お嬢さん」
「営利誘拐? それもお仕事なの?」
皮肉っぽく、彼女は僕に告げた。
「いいや、ドライブだよ。お近づきのしるしに。昼御飯くらいご馳走するし」
彼女は鼻でふん! とわらうと、無言のまま僕の車の助手席に乗り込んだ。
それに驚いて、少年は少女に向かって叫んだ。
「おい! 何考えてるんだよ!! 聖鈴(せいりん)!!!」
少女も車の中から、負けじと叫んだ。
「いいじゃない。お昼御飯おごってくれるって言うんだし」
「そんな!」
「啓一郎(けいいちろう)は、どうするのよ?」
啓一郎と呼ばれた少年は、自分が聖鈴と呼んだ少女の問いに、もう自棄になって答えた。
「行くよ! 行くに決まってるだろう!!」
少年が後部座席に乗り込んだのを確認して、僕も運転席へと乗り込んだ。
「少女の方が聖鈴ちゃんで、少年の方が啓一郎君でいいのかい? 二人は姉弟なの?」
暫く車を走らせ、尚も走り続ける車の中で最初に口を開いたのは僕の方からだった。
聖鈴は僕の質問を無視して、全く別の質問を僕に問いた。
「何処に連れて行く気?」
別に構わないさ。少女と少年がどうかなんて、別に大した興味にもならない。僕は正直に答えた。
「別に。ただ適当に走らせてるだけ」
「そう」
不思議と、聖鈴は寂しげな目をして外の移り行く風景に、目をやっていた。
「どこか、行きたい場所はある?」
「別に」
「アレが目的なんだろう?」
案の定気になったのか、少年が叫んだ。
「別に。若い君等の将来の為に。そのぐらいくれてやるよ」
*****
上品な友人の家に出向いた。
「随分と、手こずったようですね?」
「何故、そう思う?」
「思った以上に、遅かったからですよ」
ポールは、笑って見せた。
今日もまた、セリーヌの用意してくれた乾燥無花果とハーブティを嗜む。
「同業者が、現れたようだ」
言って、少し違うなと思い、僕は訂正した。
「怪盗か?」
ポールが、ティーカップを置いて笑った。
「君にしては、珍しく謙遜した呼び方ですね」
「うーん」
コソドロと呼びたいのはやまやまだが、そう呼んでしまったら邪魔された自分がなんなのか悩みたくなるので、少し大袈裟な呼び方を付けてみた。
「それで、どんな人達だったのですか?」
「あまり、聞かないで欲しいかな」
子供は、嫌いだ。
さて、僕の間では話がまとまった訳だが、何がなんだか解らない読者達に、少しばかり補足の説明の場を設けようではないか。
小さな泥棒2人組みをドライブへと誘い出した僕は、善い人を装いながらも、少しの隙も見逃さないよう気を張り詰めていた。
おかげで帰ってからぐったりだった訳だが、職人に大金を積んで作らせた十字架とキリストの偽物をすり返るチャンスを常に狙っていた。
そう、それだけのことだ。
僕はドライブと油断した彼女から、チャンスを見計らって十字架とキリストを拝借した。偽物だが変わりになるものを置いていったのだから、文句は言うまい。
家路の途中、僕は思った。
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敵の前で、いついかなるときでも隙を見せてはいけない。
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