生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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87話

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 時は、十数年前に遡る。

 かつて富子達に唆され、封印を解いてしまった後、折檻部屋へと収容された時の出来事である。

 先に釈放された青龍とは違って、麒麟の監禁はその後も暫く続いた。

 その日。地下の闇の中、麒麟の部屋に葛葉、青龍の部屋に晴明が入ってきた。

 青龍は晴明と共に地下から出て行った。大泣しながら、何度も謝り、晴明に縋りながら部屋を後にするのを聞いていた。だから麒麟もそうだと思った。ようやく許されたと。しかし、その期待は直ぐに打ち消された。

「紗々丸の折檻は終わりじゃ。しかしなあ、旬介。お前は違う」

 葛葉は縛られ、口と目を塞がれた麒麟の目隠しと猿轡だけを外し、縛られたままその場に座らせた。それに向かい合わせにら自分も座った。

 子供ながらに覚悟した麒麟から、嗚咽が溢れた。

「お前は蜃とも違う。特別なのじゃ。だから、本当に危うくなれば命を捨てねばならん。だが、案ずるな。その時は、この母も一緒じゃ」

 麒麟の嗚咽は号泣に変わる。

「今から主に、生克五霊獣の法を教える」


※※※※※


 麒麟の枕元に、富子と泰親が現れた。寝込みを襲うつもりだったらしい。けれど、そこには殺気らしい殺気はなかった。ただ、麒麟の体内から胎児である斬鬼の魂を取り出す。それだけが目的であった。愛情すら感じるほどの歪んだ邪気であった。

「さあ、妾と共に行こうぞ」

 富子が麒麟の身体に触れようとした時だった。

「そうはさせぬ」

 葛葉が障子を開け、富子と泰親の前に現れた。

「こんばんは、葛葉さん」

 泰親がにっこり言う。

「私達は、もはや戦う意志など無いのですよ」

 葛葉が険しい顔で返した。

「忘れ物を取りに来ただけです。これさえ取りましたら、もう二度と貴女方の前に現れるつもりはありません」

「それは、麒麟の魂か」

 富子が嘲笑うように言った。

「そんな粗末なものではない」

 葛葉が手を振り払うように起こした衝撃派が、富子と泰親を襲った。泰親がそれを扇子で受け流す。

「葛葉よ、相変わらず乱暴じゃのお」

 泰親が富子に耳打ちした。

「ここは、さっさと済まして離れましょう」

 富子が頷いた時だった。

法の渦が富子と泰親を取り巻いた。

「なんじゃ!?これは?」

 二人して声を張り上げる。が、その渦は二人の身体を飲み込み始めた。初めての感覚であった。残像のようになりながら、二人の身体は消えていく。泰親も富子も、何故か法が使えない。

 ふと足元を見ると、麒麟の姿はなかった。

「もしや」

 富子が叫んだ。

 葛葉の立つ位置から別の部屋、見えない部屋から麒麟の声がした。

「そうだ。これが、本当の生克五霊獣の法だ」


 障子に仕切られた隣の部屋では、蜃が隙間から富子達の様子を見ながら麒麟へと指示していた。麒麟は落ち着いた様子で、呪詛を掛けていた。麒麟周りには黒い闇の沼が立ち込め、そこから無数の鎖のようなものが伸びていた。それが、富子と泰親を囲う法の渦と連動するよう、ぐるぐると麒麟を絡めとっていた。誰にも邪魔されぬよう、黄龍も麒麟を守るよう、その姿を見届けていた。

  麒麟も黄龍も全てを運命として受け入れた。受け入れていた筈だった。  

 言葉とも分からない富子と泰親の悲鳴が上がり、呪いの言葉が重ねられ、それが消えると共に二人の姿は消滅した。

 そして、それと共に闇の沼から伸びた無数の鎖が麒麟の身体を引きずり込んだ。まるで、池に落ちるよう、音すらしなかったがドボン!と落ちるようその身体は闇に落ちた。

 咄嗟だった。蜃が止めるまもなく、考えるより先に動いた黄龍の身体も、麒麟と共に闇に呑まれて消えた。

 その場に、ドン!っと真っ黒い鏡が現れた。


※※※※※


 闇の中を、麒麟と黄龍は二人落ち続けた。永遠とも思えるくらい、底なく落ち続けた。

「黄龍のバカ、なんで来たんだ」

 麒麟の声無き音が聞こえた気がした。

 黄龍は、麒麟に抱きついていた。

「本当に、私はバカだな。なんで来たんだろうか」

 時折見える互いの姿が、人であり髑髏のようにも見えるのだ。引きずり込まれた時に乱れた髪のゆらめきが、水の中を落ち続けるかのようにゆらゆら揺れて見えた。光などなかった。

 麒麟は、黄龍を抱き返した。

「大人しく待てんかったのか」

「待てんかったようだ」

「まあ、いい。来てしまったものは、仕方ない」

「また心配させられるよりマシだ。愛しているのだ、お前を」


※※※※※


 パアアアン! と、蜃の手によって、黒い鏡が破壊されると、その場に麒麟と黄龍が現れた。二人抱き合ったまま、気を失っていた。

 蜃は安心したのもつかの間、なんだか急にムカついてきた。

 それを察した葛葉が、宥めるように蜃に話しかけた。

「お主も、嫁を娶るか」

 蜃は拗ねたように、プイッと顔を背けて言った。 

「娶らん! 娶らんわ!」

 葛葉は苦笑した。

 

 長き戦いの末、恵慈家及び里を脅かす悪鬼との決着は着いたかに思われた。

 確かに、泰親と富子は消滅したのだ。肉体だけでなく、魂諸共滅せられた。もう、二度と蘇ることもない。


 それは、里全体に伝わった。収穫祭に続き、更にお祭りは続けられる。

 麒麟邸から発せられた吉報は、各領にも伝えられ、皆が集まって飲めや歌えのドンチャン騒ぎが連日連夜続いた。


「父上。松兵衛、お蝶。やったぞ、やったのだ」

 葛葉は恵慈家の墓前の前で、そう報告した。そして、亡骸の失われた晴明の墓前にも報告をした。

「晴明殿。すまんなあ、何か残せればよかったのだが」

 勿論、吉報を伝えに来たのは葛葉だけでは無い。恵慈家はともかくとして、晴明の墓前には皆が訪れた。

「父上、俺は麒麟の役目を果たせただろうか」

「父上、俺は兄としての役目を果たせただろうか」

 麒麟と蜃が共に晴明の墓前に来るのは、きっと埋葬以来であろう。晴明ですら、この日が来ることは予想出来たかわからない。また葛葉同様、雪でも降りそうだと笑っているかもしれない。

 帰ろうとした時だった。

「麒麟、お前にひとこと言っておきたいことがある」

「なんじゃ?」

 蜃の神妙な顔に、麒麟も必然と険しい顔になる。長い付き合いだ、麒麟には蜃の今から言う一言というのが、激おこ案件だとわかった。思わず唾を飲んだ。

「俺の前で、黄龍とイチャコラするな」

「は?」

「お前にはデリカシーというものがないのか」

 麒麟は可笑しくなって、笑いが止まらなくなった。息が出来ないくらい笑った。涙まで出てくる。

「あ、兄上から、そんなこと、言われるなんて……だめだ、笑い死に、そう」

  蜃はプリプリ怒りながら帰路を辿った。
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