生克五霊獣

鞍馬 榊音(くらま しおん)

文字の大きさ
87 / 96

87話

しおりを挟む
 時は、十数年前に遡る。

 かつて富子達に唆され、封印を解いてしまった後、折檻部屋へと収容された時の出来事である。

 先に釈放された青龍とは違って、麒麟の監禁はその後も暫く続いた。

 その日。地下の闇の中、麒麟の部屋に葛葉、青龍の部屋に晴明が入ってきた。

 青龍は晴明と共に地下から出て行った。大泣しながら、何度も謝り、晴明に縋りながら部屋を後にするのを聞いていた。だから麒麟もそうだと思った。ようやく許されたと。しかし、その期待は直ぐに打ち消された。

「紗々丸の折檻は終わりじゃ。しかしなあ、旬介。お前は違う」

 葛葉は縛られ、口と目を塞がれた麒麟の目隠しと猿轡だけを外し、縛られたままその場に座らせた。それに向かい合わせにら自分も座った。

 子供ながらに覚悟した麒麟から、嗚咽が溢れた。

「お前は蜃とも違う。特別なのじゃ。だから、本当に危うくなれば命を捨てねばならん。だが、案ずるな。その時は、この母も一緒じゃ」

 麒麟の嗚咽は号泣に変わる。

「今から主に、生克五霊獣の法を教える」


※※※※※


 麒麟の枕元に、富子と泰親が現れた。寝込みを襲うつもりだったらしい。けれど、そこには殺気らしい殺気はなかった。ただ、麒麟の体内から胎児である斬鬼の魂を取り出す。それだけが目的であった。愛情すら感じるほどの歪んだ邪気であった。

「さあ、妾と共に行こうぞ」

 富子が麒麟の身体に触れようとした時だった。

「そうはさせぬ」

 葛葉が障子を開け、富子と泰親の前に現れた。

「こんばんは、葛葉さん」

 泰親がにっこり言う。

「私達は、もはや戦う意志など無いのですよ」

 葛葉が険しい顔で返した。

「忘れ物を取りに来ただけです。これさえ取りましたら、もう二度と貴女方の前に現れるつもりはありません」

「それは、麒麟の魂か」

 富子が嘲笑うように言った。

「そんな粗末なものではない」

 葛葉が手を振り払うように起こした衝撃派が、富子と泰親を襲った。泰親がそれを扇子で受け流す。

「葛葉よ、相変わらず乱暴じゃのお」

 泰親が富子に耳打ちした。

「ここは、さっさと済まして離れましょう」

 富子が頷いた時だった。

法の渦が富子と泰親を取り巻いた。

「なんじゃ!?これは?」

 二人して声を張り上げる。が、その渦は二人の身体を飲み込み始めた。初めての感覚であった。残像のようになりながら、二人の身体は消えていく。泰親も富子も、何故か法が使えない。

 ふと足元を見ると、麒麟の姿はなかった。

「もしや」

 富子が叫んだ。

 葛葉の立つ位置から別の部屋、見えない部屋から麒麟の声がした。

「そうだ。これが、本当の生克五霊獣の法だ」


 障子に仕切られた隣の部屋では、蜃が隙間から富子達の様子を見ながら麒麟へと指示していた。麒麟は落ち着いた様子で、呪詛を掛けていた。麒麟周りには黒い闇の沼が立ち込め、そこから無数の鎖のようなものが伸びていた。それが、富子と泰親を囲う法の渦と連動するよう、ぐるぐると麒麟を絡めとっていた。誰にも邪魔されぬよう、黄龍も麒麟を守るよう、その姿を見届けていた。

  麒麟も黄龍も全てを運命として受け入れた。受け入れていた筈だった。  

 言葉とも分からない富子と泰親の悲鳴が上がり、呪いの言葉が重ねられ、それが消えると共に二人の姿は消滅した。

 そして、それと共に闇の沼から伸びた無数の鎖が麒麟の身体を引きずり込んだ。まるで、池に落ちるよう、音すらしなかったがドボン!と落ちるようその身体は闇に落ちた。

 咄嗟だった。蜃が止めるまもなく、考えるより先に動いた黄龍の身体も、麒麟と共に闇に呑まれて消えた。

 その場に、ドン!っと真っ黒い鏡が現れた。


※※※※※


 闇の中を、麒麟と黄龍は二人落ち続けた。永遠とも思えるくらい、底なく落ち続けた。

「黄龍のバカ、なんで来たんだ」

 麒麟の声無き音が聞こえた気がした。

 黄龍は、麒麟に抱きついていた。

「本当に、私はバカだな。なんで来たんだろうか」

 時折見える互いの姿が、人であり髑髏のようにも見えるのだ。引きずり込まれた時に乱れた髪のゆらめきが、水の中を落ち続けるかのようにゆらゆら揺れて見えた。光などなかった。

 麒麟は、黄龍を抱き返した。

「大人しく待てんかったのか」

「待てんかったようだ」

「まあ、いい。来てしまったものは、仕方ない」

「また心配させられるよりマシだ。愛しているのだ、お前を」


※※※※※


 パアアアン! と、蜃の手によって、黒い鏡が破壊されると、その場に麒麟と黄龍が現れた。二人抱き合ったまま、気を失っていた。

 蜃は安心したのもつかの間、なんだか急にムカついてきた。

 それを察した葛葉が、宥めるように蜃に話しかけた。

「お主も、嫁を娶るか」

 蜃は拗ねたように、プイッと顔を背けて言った。 

「娶らん! 娶らんわ!」

 葛葉は苦笑した。

 

 長き戦いの末、恵慈家及び里を脅かす悪鬼との決着は着いたかに思われた。

 確かに、泰親と富子は消滅したのだ。肉体だけでなく、魂諸共滅せられた。もう、二度と蘇ることもない。


 それは、里全体に伝わった。収穫祭に続き、更にお祭りは続けられる。

 麒麟邸から発せられた吉報は、各領にも伝えられ、皆が集まって飲めや歌えのドンチャン騒ぎが連日連夜続いた。


「父上。松兵衛、お蝶。やったぞ、やったのだ」

 葛葉は恵慈家の墓前の前で、そう報告した。そして、亡骸の失われた晴明の墓前にも報告をした。

「晴明殿。すまんなあ、何か残せればよかったのだが」

 勿論、吉報を伝えに来たのは葛葉だけでは無い。恵慈家はともかくとして、晴明の墓前には皆が訪れた。

「父上、俺は麒麟の役目を果たせただろうか」

「父上、俺は兄としての役目を果たせただろうか」

 麒麟と蜃が共に晴明の墓前に来るのは、きっと埋葬以来であろう。晴明ですら、この日が来ることは予想出来たかわからない。また葛葉同様、雪でも降りそうだと笑っているかもしれない。

 帰ろうとした時だった。

「麒麟、お前にひとこと言っておきたいことがある」

「なんじゃ?」

 蜃の神妙な顔に、麒麟も必然と険しい顔になる。長い付き合いだ、麒麟には蜃の今から言う一言というのが、激おこ案件だとわかった。思わず唾を飲んだ。

「俺の前で、黄龍とイチャコラするな」

「は?」

「お前にはデリカシーというものがないのか」

 麒麟は可笑しくなって、笑いが止まらなくなった。息が出来ないくらい笑った。涙まで出てくる。

「あ、兄上から、そんなこと、言われるなんて……だめだ、笑い死に、そう」

  蜃はプリプリ怒りながら帰路を辿った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

【完結】『からくり長屋の事件帖 ~変わり発明家甚兵衛と江戸人情お助け娘お絹~』

月影 朔
歴史・時代
江戸の長屋から、奇妙な事件を解き明かす! 発明家と世話焼き娘の、笑えて泣ける人情捕物帖! 江戸、とある長屋に暮らすは、風変わりな男。 名を平賀甚兵衛。元武士だが堅苦しさを嫌い、町の発明家として奇妙なからくり作りに没頭している。作る道具は役立たずでも、彼の頭脳と観察眼は超一流。人付き合いは苦手だが、困った人は放っておけない不器用な男だ。 そんな甚兵衛の世話を焼くのは、隣に住む快活娘のお絹。仕立て屋で働き、誰からも好かれる彼女は、甚兵衛の才能を信じ、持ち前の明るさと人脈で町の様々な情報を集めてくる。 この凸凹コンビが立ち向かうのは、岡っ引きも首をひねる不可思議な事件の数々。盗まれた品が奇妙に戻る、摩訶不思議な悪戯が横行する…。甚兵衛はからくり知識と観察眼で、お絹は人情と情報網で、難事件の謎を解き明かしていく! これは、痛快な謎解きでありながら、不器用な二人や長屋の人々の温かい交流、そして甚兵衛の隠された過去が織りなす人間ドラマの物語。 時には、発明品が意外な鍵となることも…? 笑いあり、涙あり、そして江戸を揺るがす大事件の予感も――。 からくり長屋で巻き起こる、江戸情緒あふれる事件帖、開幕!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。 独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす 【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す 【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す 【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす 【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...