【試し読み】44口径より愛を込めて

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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仮面夫婦

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 遮光カーテンが、僅かに開いた窓から流れ込む風に揺れている。そのせいで時折溢れる初夏の光が、私の頬を風と共に優しく撫でていった。
「魔夜(まや)、朝飯」
 私の視神経が弱いのを知っている彼は、朝だからと突然カーテンを開けたりはしない。どんな気持ちの良い朝でも、爽やかなお天気の昼間でも、必ずレースのカーテンだけは閉めておいてくれるのだ。だから、毎朝彼の朝御飯コールが私のモーニングコール。
 彼、大雅(たいが)と私は、取り敢えず夫婦という立場である。というのも、大雅は五年前、私は三年前に起こった虐殺事件に巻き込まれ、お互い事件後以前の記憶がない。
 事件発生時、中心核に居た被害者唯一の生き残り。ということで、虐殺事件に未だはっきりとされていない部分があることや、大きなヘロイン密売取引が関与している可能性があるからと、厚生労働省地方厚生局にて重要参考人として保護されている。
 もし私達の記憶の中に重要な情報が隠されていたら大きな事件解決に繋がるかもしれないし、また事件の生き残りが存在していると解れば事件に関与していた犯人グループが私達の命を狙って動き出すかもしれない。どちらにしろ私達を保護することで、何らかのメリットが得られるだろうとの考えらしい。
 三年前。ぼんやりした意識の中、病院で目を覚ましたのが私の中で一番古い記憶。自分が誰なのか、何故病院のベッドの上にいるのか、何歳なのか、家族はいるのか、何をしているのか、何をしていたのか…何もわからなかった。
 お医者の日向野(ひがの)先生は酷い事件に巻き込まれたショックのせいで意識が混濁しているだけだと言っていたけれど、以降意識がはっきりしても記憶が戻ることはなかった。
 特別扱いで麻薬取締官へ迎えられることが決まると、二年間の特別訓練が始まった。護身術、射撃、薬物に関する基本知識と技術を教え込まれたが、重点的に叩き込まれたのは銃火器に関する知識だった。朝から晩まで、殆どの時間を様々な銃火器の分解、整備、メンテナンス、修理の技術訓練時間に当て込まれた。
 そして三ヶ月程前、現在の住居であるモデルガン射撃場と隣接した一戸建てに住むよう促され、私と同じような立場の大雅と出逢った。
 自分達の身元は警察の方で調べていてくれたらしく、その際本当の身元のデータとこれから使用する仮の身元となるデータを渡された。本来の素性で生活する事は、今はまだ危険だという計らいかららしい。大雅も私も身内や世間には未だ行方不明との連絡がされており、少しでも外に情報が漏れるのを防ぐため、大雅と私は表向き〝藤代(ふじしろ)夫婦〟と言う事になっている。
 麻薬取締官として与えられた私達の仕事は、モデルガン射撃場に見せかけた麻薬取締官の武器庫管理と実弾射撃場管理。勿論、修理やメンテナンスも行う。簡単に言えば、射撃訓練場も兼ねた武器レンタルショップだ。緊急的に武器が必要になった場合や通常貸与されている以外の銃を必要とする際、最低限の条件はあるが簡単な手続きで一時的に貸出している。利便性が良いのか、私服警官や秘密捜査員が許可証持参で来ることもある。
 ただ普段はモデルガン射撃場として営業しているから、一般客の来店が殆ど。しかも大半のお客がマニアックだ。私はマニアックな客人がどうしても苦手で慣れず、大雅が止む終えず席を外す時以外は奥で銃器のメンテナンスや修理に力を注いでいる。
「魔夜、珈琲冷めるよ」
 大雅による二度目のコールで、まだ覚め切らない身体を起こすとベッドから降りてキッチンへと足を運んだ。
 キッチンに設けられたダイニングテーブルの上には、今し方出来たばかりの朝食が並べられている。ベーコンエッグにトーストと珈琲。既に半袖のパーカーとジーンズに着替えた姿の大雅が、朝刊を手に珈琲を飲んでいた。
「おはよう」
 力なく呟く私に、おはようと笑いながら応えてくれた。
「今日は、いつにも増して眠そうだね」
「……何か……面白い記事でも載ってる?」
 いつも通り、噛み合わない朝の会話を交わす。
 今でこそ自然とまでにはいかないにしろお互い普通に会話したり生活したりしているが、夫婦生活最初の一ヶ月はどう接していいのか解らなかった。
 お互い今まで顔すら知らなかった人間をある日突然に夫婦として生活していかなければならないのだから当たり前なのかもしれないが、毎日四六時中この人を信じていかなければならないんだと言い聞かせるばかりで、互いの事を知ろうとする余裕さえなかった。
 初めて出逢った時。お互い捜査員に案内されながら最低限の荷物を抱えてここに来ると、リビングのソファに座り込んで会話もないままただただ自分のデータを読みふった。読み終えたタイミングで先に口を開いたのは大雅だった。
『藤代大雅……だそうです。これから、あなたの…夫…だそうです』
『……藤代魔夜……あなたの妻らしいです』
 これが私達の共同生活と言うべき余所余所しい新婚生活の始まりだった。
 それがどうだろう。ままごとも三ヶ月目となれば、それなりに慣れてしまった。慣れとは心底恐ろしいものだ。
「じゃぁ、先にお店行ってるから」
 テーブルの脇に朝刊を置くと、大雅は空いたお皿を片付けて家を出た。店といっても隣なのだが。
「もぅ、そんな時間か」と呟くと、私も朝食を早々に食べ終え、テーブルの上を片付けた。
 朝の準備を済ませたら一先ず店に顔を出し、大雅に声を掛けてからいつもの病院へと向かうのだ。虐殺事件からお世話になっている日向野先生のいる病院で、カウンセリングも兼ねて週に数回通うようにと地方厚生局の方から言われている。
 店の入口を覗くと、見知った顔が並んでいた。
「おはようございます! 魔夜さん」
 真っ先に、はつらつとした挨拶を飛ばしたのは、明るく元気が取り柄のまだ若い麻薬取締官、望月陽太(もちづきようた)。少々お調子者に見えるが、見かけによらず頭の回転が早いので、直ぐに出世するような気がする。
「おはよう、魔夜ちゃん。これから病院かい?」
隣で優しい笑みを浮かべながら穏やかに挨拶を交わすのは、陽太君の上司である麻薬取締官の加藤健作(かとうけんさく)。通称、ケンさん。とても面倒見の良いお父さん的な役柄で、陽太君と並ぶとまるで親子のようだ。虐殺事件から私達の担当として色々親身になってくれている人達で、ほぼ毎日のようにこうしてお店に顔を出しに来てくれる。ケンさんと陽太君が居たからこそ、私達は今の生活を受け入れる事が出来たのかもしれない。
「おはようございます。はい、これから病院です。変わりはないですけどね」
「そう、気をつけてね」
 ケンさんが、軽く手を挙げて見送ってくれた。その後大雅と何か話していたようだけれど、多分いつものやつだろう。何か変わりはないかとか、何か思い出したことは無いかとかの簡単な質問。
 私は店内の三人についてそれ程気にも止めず、お店の脇に駐車してある会社貸与の軽自動車に乗り込んだ。それ程まだ強い暑さを感じないとは言え、初夏だけに車内の熱気には不快感を覚える。エアコンが効くより早く、私の背中は汗で濡れてしまった。
 麻薬取締官。通称としてマトリ、麻薬Gメンとも呼ばれ、特別司法警察職員としての権限が与えられている。警察庁が国家公安委員会の特別機関なのに対し、麻薬取締官は厚生労働省地方厚生局に設置された麻薬取締部に所属する職員である。
 通常麻薬取締官になる為には、薬学や法学に関する専門知識を大学にて専攻する必要があるのだが、あくまで私達はマトリの保護下と言う名目での特別扱いなので、特別司法警察職員としての権限は認められていない。だから現場に出向くこともないし、捜査に参加することもない。あくまで、武器レンタルショップ及び記憶を取り戻す事が主たる務めだ。
 また、ケンさんが私達の担当となったのには理由がある。なんでも十年程前から捜査しているヘロイン密売ルートがあり、その手がかりになりそうな裏取引情報が過去に二回だけあった。なんの因果か五年前と三年前、それぞれ大雅と私が巻き込まれた虐殺事件がそれだった。
 虐殺事件に関しては、入院中、テレビや新聞等から情報を得る事は禁止されていた為、ケンさんや陽太君から聞いたニュースの内容だけなら今でも覚えている。
 俗称“コーラカル・アヂーン大量虐殺事件”。そして五年前、三年前と全く同じ内容であった為に、それぞれ第一次、第二次と呼ばれる。
 先ず五年前、第一次コーラカル・アヂーン大量虐事件が起きたのは港の有名ホテルだった。土曜日二十時頃、突然マシンガンを持ったアジア系男性数名がホテルに駆け込み銃を乱射。手榴弾を投げ付け入口を封鎖すると、かつてモスクワ劇場占拠事件で使用されたという毒ガスコーラカル・アヂーンをばら撒き始めた。それにより、瀕死の重傷なるも奇跡的に一命を取り留めた大雅以外、ホテル内にいた人達は一人残らず死亡した。加害者グループはその日のうちに捕まったが、全員が狂乱状態であった為、動機は未だ不明。尚、犯人はアジア系外国人グループで、全員から大量のヘロインが検出された。
 続いて三年前、第二次コーラカル・アヂーン大量虐殺事件が起きたのは第一次とは別の港の有名デパートだった。事件発生は日曜日十七時頃、手口も犯人の状況も第一次と全く同じ。そして、大雅と同じく私だけが一命を取り留めた。
 ケンさんは、両事件当日ともタレコミ情報を得て即現場に駆けつけたのだが、到着数分前に虐殺事件発生。どちらの情報もヘロイン密売取引に疑わしい人物、政治家の坂下勝次(さかしたかつじ)、その秘書である色摩太朗(しゃかまたろう)、暴力団幹部の賢木田雄也(かじきたゆうや)が密会すると言うものであった。だが、虐殺事件発生によって彼等の容疑は一転した。外国人犯人グループ全員からヘロインが検出されたこと、両事件当日嫌疑三名が現れなかった事と容疑者三名と外国人犯人グループとの関係性が見られなかった事、そして第一次と第二次の加害者グループが同一であった事が解り、二度の事件を経て、ヘロイン密売の黒幕は虐殺事件の外国人犯人グループだと警察が発表。証拠として、第一次、第二次事件後それぞれ、彼等のアジトだと思われる別々のアパートから合わせて約五十キログラムのヘロインと約一キログラムのコーラカル・アヂーンが押収された。
 だが、ケンさんだけは、この結果に納得しなかった。タレコミ情報と坂下、色摩、賢木田の関係性が見られない事と、今まで浮上しなかった外国人グループ突然の出現に疑問を感じたからだ。よって、事件を一旦解決したと見せかけ、再度容疑者三名を追う事にした。
 その為の一対策として、私と大雅を地方厚生局で保護し、記憶の情報を採取するという気の遠くなるような措置を取ることにした。
と、言う事らしい。
 陽太君がケンさんと出逢ったのは、小学校の頃だと言っていた。陽太君が母親に叱られて迷子になっていたところをケンさんに助けられて以来、一緒に遊んで貰ったり、勉強を教えて貰ったりするようになった。陽太君のケンさんへの思いは成長するにつれて自然と兄のような存在から憧れへと変わり、ついに念願の麻薬取締官へと昨年度採用が決まった。ケンさんも陽太君を本当の弟の様に可愛がっており、老婆心切とでも表現すべきかケンさんの陽太君への愛情は計り知れないモノがあるように思う。
 以上の理由から、コーラカル・アヂーン大量虐殺事件とヘロイン密売に関しては、ケンさんの担当であるものの、陽太君も時間が許す限りサポートしている。
 自宅から車を走らせて約二十分。日向野先生のいる総合病院へと到着する。田んぼの中にある、三階建てのこじんまりとした白いコンクリートの建物だ。道路を挟んで向かい側の駐車場に車を停めると、道路を渡って自動ドアを潜る。いつもの受付の看護師さんが、笑顔で迎えてくれた。
 受付後、待合室で十分程待機して、日向野先生と対面する。
「こんにちは、魔夜ちゃん。何か変わりはないですか?」
 三十代半ばくらいだろうか。優しい笑顔のおっとりした私達の主治医だ。
「日向野先生、こんにちは。特に変わりはないです」
 婦長に促されながら、私は丸椅子に腰掛けた。
「体調はどうですか?何か思い出した事はないですか?」
 先生が、聴診器を取り出した。
「体調は悪くないです。思い出した事は、ありません」
 先生の診察が始まる。いつものことながら、聴診器が冷たくてくすぐったい。
「異常はないようですね。少しアモバルビタールを処方しますから、奥で婦長に従ってください」
 再度、婦長が奥へと案内してくれる。薬を服用したら、婦長の誘導尋問に従って、少しずつ過去へと記憶を運ばせる治療だ。今のところ、効果は無し。
 手の平に小さな錠剤を出して貰うと、用意された水で飲み込んでからベッドに横になった。15分程時間を置いて、婦長がいつもの誘導尋問を始める。
「あなたは、デパートにいます。何色の服を着ていますか?」
「……わかりません……」
「ピンクのワンピースを着ていますよ。では、手には何を持っていますか?」
「……わかりません……」
「濃いピンクのハンドバッグを持っていますよ。お洒落にコーディネートして、誰かとショッピングを楽しんでいます。一緒にいる方を教えてください」
「……わかりません……」
 いつもの事ながら、本当にわからないのだ。誘導尋問に従って過去に戻ろうとするが、初めからそこには何もないかのように、ポッカリというか……面影すら見えやしない。誘導尋問が終わる頃には意識が霧に包まれるかのようにすーっとして、気付くとスッキリと誘導尋問中の出来事ごと消えている。とまぁ、思い出してさえいないのだから、消えると言う表現も適切ではないのだろうけど。
「魔夜ちゃん、お疲れ様。何か思い出しましたか?」
 誘導尋問を終えて、再度日向野先生の診察に入る。
「ごめんなさい。今回も、何も思い出せなかったです」
「……そうですか」
 日向野先生が、少し残念そうに諒承した。
「あまり効果がないようでしたら、また別の治療法を考えます。あ、くれぐれも今日のアルコール摂取は控えてくださいね」
「はい」
 毎度のことながら、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。皆の気持ちに報いる為にも、少しでも早く事件当日の事を思い出さなければいけないなと思う。それが自分にとって辛い現実になる事は、安易に想像が付く。けれども同時に、被害者遺族への大きな希望となることも予想ができる。もしかしたら、私自身にとっても希望としなければならない情報が隠されているかもしれないし。
 それに、いつまでも大雅とままごとを続けていく訳にもいかないだろう。彼にだって、元の生活があった筈だ。夢があった筈だ。憧憬や理想なんかも。
「ありがとう、ございました」
 軽くお礼を述べて診察室を出るとき、婦長に呼び止められた。
「魔夜ちゃん、思い詰めないようにね。辛いと思うけど、一人で考え込まないで。気をしっかり。どうしても耐えられない時は、遠慮なく頼って来てね。微力だけれど、話相手ぐらいにはなれると思うから」
 そんなに煩悶しているように見えたのだろうか。
「ありがとうございます。今は、まだ大丈夫です。でも、その時は、是非に」
 極力笑って答えた私に、婦長も笑みで返してくれた。
 薬を貰ってから、病院を出た。戻るとケンさんと陽太君の姿はなく、客のいない店内のカウンターで雑誌を手に大雅が一人うたた寝していた。
 私は彼にそっと近付くと、軽い悪戯のつもりで相撲で言うところの“猫騙し”を一発お見舞いした。
 パン! という景気の良い音に驚いた大雅が椅子から転落し、ゴン!と言う音と共に壁に展示してあったライフルCOBA-M4が彼の上に落下した。
「痛ってぇ」
 後頭部を抑えながら、蚊の鳴くような声で呻きながら蹲る大雅。
「だ、大丈夫?」
 と問うしかなく、同時に彼の上のM4を拾い上げて展示し直した。
「何事?」
 まだ寝惚けているのか、しばしばした目に涙を溜めながら私を見上げる彼。
 引っ込みがつかなくなった私。軽い冗談のつもりだったのに。
「蚊、がいたの」
 嘘吐いた。
「蚊、ねぇ」
 納得してなさそう。当たり前か。
 大雅は尚も後頭部を擦りながら、コブになってるとか呟きながら立ち上がった。
「ねぇ、お昼どうする?」
 気付いたら正午を回っていた。話題を変えるいいチャンスだと思い、咄嗟にそう振った。
「作って来るから、店番してて」
「うん」
 よろめきながら店を出る大雅の背中を見送りながら、罪悪感に胸がいっぱいになった。
 ごめん。本当に、ごめんなさい。
 私達の共同生活における炊事担当は大雅。と言うか、家事全般が彼の担当である。
 と言うのも、初めての日に気を効かせて(たつもり)二人分の昼食を作ってはみたのだが、それが彼の口に合わなかったらしく、気付いたら彼が夕飯を作っていた。
 女として不満はあったのだが、いざ食べてみると彼の方がずっと料理上手で、女として落ち込んだ。
 せめて掃除や洗濯ぐらいは私が頑張ろと思っていたのだが、私と大雅のリズムは合わないようで、私が動き出す頃には既に全部終わっていた。そのせいで、自然と家事全般は大雅の担当となってしまった。
 私は、大雅が先程までうたた寝していた席に腰掛けた。彼が落としたと思われる雑誌を拾い上げると、それは昨日私が買ってきたばかりの女性向け月刊誌だった。
 この店のカウンター近くには待合室もあり、新聞、漫画、雑誌等が多々用意されている。ただ大半は男性向けのモノで、女性が好んで手に取れるものといえば、読者層が男女問われない月刊おでかけ情報誌くらいのものだ。
 何故、大雅がこんなものを読んでいたのか。単に興味があっただけなのかもしれないが。
 ぱらぱらとページを捲っていると、とある記事タイトルに目が留まった。
“結婚生活の理想と現実”
 滑稽なイラストに似合わず、真面目な記事内容だった。
“結婚はゴールではなくスタートです。”
 そうかもね。
“お互いきちんと話し合う姿勢が大切です。”
 今更、何を話合ったらいいのかわからない。今後の事だろうか。それとも、現在の事だろうか。
 特集には経済面、家事、出産、育児、両親の問題…項目別に色々と記載されていた。
「魔夜、昼飯出来たぞ」
 真剣に読んでいたようで、大雅に呼ばれてはっとした。
「何、難しい顔してんの?」
 彼は別段興味もなさそうにそう投げると、さっさと背を向けて店から出て行ってしまった。
 私も店の入口にかけてある札看板を営業中から休憩中に変えると、急いで彼の後を追った。
 食卓に並んでいたのは、ほうれん草と大きくカットされたトマトで和えたパスタ、コンソメスープ。トマトをフォークで突きながら、頭は大丈夫かと問うてみる。
「そんなに馬鹿そうに見える?」
 冗談きつい。
「私は心配して!」
「冗談だよ」
 ふてくされた私を宥めるかの様に、笑いながらトマトを口にした。
「で、本当に蚊がいたの?」
 蒸し返すか、その話。
「……ま、まぁね」
 きごちなく答えた。
「本当に?」
 しつこいな。
「本当に!」
 トマトにフォークを突き刺しながら、彼が口にする。
「俺はてっきり、魔夜が驚かそうと思ってやったのかと思ったよ」
 思わずむせてしまった。
 大雅が、コップによく冷えた麦茶を注ぎながら話を続ける。
「明日の晩ケンさんの家で、娘の小春(こはる)ちゃんの十歳のお誕生日会をするんだって。是非来てくれって、ケンさんが」
 大雅から差し出された麦茶入りのコップを受け取り、一口飲んだ。
「じゃぁ、お誕生日プレゼント買いに行かなきゃ」
「任せるよ。店締めてからだとゆっくり選んでる時間もないし、銃メンテナンスの続き、俺やっとくから」
「そう」
 ちょっと残念だな、なんて思ってしまった。
「銃のメンテナンスは私の仕事だから。そのままにしておいて」
 はっとした。何故か、なんでもないセリフを刺々しく吐き捨ててしまったように思えたから。それでも彼は何事もなかったかのように、「うん、わかったよ」とだけ応答した。
 それ以降の会話はなく、昼食を食べ終えると私は近所のデパートへと向かった。
「今日の私、なんか変だ」
 真面目に悩んでしまった。あの月刊誌のせいで。
 改めて、いつまでもままごとを続けていく訳にはいかないと認識する。彼の為にも、きっと自分の為にも。
大雅に、甘えているのはわかっているのだけれど。
 けれど、けれど居心地が良いのだ、彼の側は。
 小春ちゃんへのプレゼントは、キラキラ光るストーンの沢山付いたお花の髪留めにした。あまりに可愛かったので、自分用にも購入した。気に入って貰えると良いのだけれど。


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