【試し読み】44口径より愛を込めて

鞍馬 榊音(くらま しおん)

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およばれ

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 いつもと変わらない朝を迎えた。
 初夏の風が少しだけ空いた窓の隙間からカーテンを揺らす。
心地の良い風は大雅のダークブラウンの少し癖のあるショートヘアをすり抜け、私のローズブラウンの長いストレートヘアを通り抜けていった。
 私の髪でキラリと光る昨日買ったばかりのお花の髪留めを指差し、彼が似合うよと開陳する。
私は少し照れながら「少し子供っぽいかなって思ったんだけど」と呟いた。
 今朝の朝食は、スクランブルエッグとハムステーキ、トーストだった。食事を終えると、私は店に、大雅は病院へと向かった。
 暫くして、ケンさんと陽太君が店に顔を出しに来てくれた。
「魔夜ちゃん、おはよう。大雅君から聞いたかな。突然、申し訳ない。小春が魔夜ちゃんと大雅君に会いたいって駄々こねて」
「魔夜さん、おはようございます。小春ちゃん可愛いんですよ。ケンさんの子供とは思えないくらい……」
 バシン! と、ケンさんが陽太君の後頭部を軽く叩いた。
「おはようございます。こちらこそ家族水入らずのところ、お邪魔してすいません。とても楽しみにしていますよ」
 私は込上がる笑いを必死で抑えながら謝意を口にした。
「そう、畏まらないで。人一倍やかましい奴も一緒だから」
 ケンさんは尚もすまなさそうに、平身低頭の姿勢で陽太君を肘で突く。
「ケンさん、そう言いますけどねぇ。静かなオレってどう思いますぅ? 朝来たら窓の外とか眺めながら一言“おはようございます”しか発しませんよ? ウマいもん喰っても“美味しいです”しか言いませんよ? しかも、ボソボソと」
 それ、もう既に性格変わってるじゃん。
「そんな日も見てみたいものだ」
 ケンさんが呆れたように言うから、陽太君がフグみたいに膨れた。私は堪らず、笑いを吹き出してしまった。
「魔夜さん、酷いです!!」
「……ご……ごめん……」
 ケタケタ笑いながら、三人で話をしている時だった。
店の入口が開かれ、客が独り入ってきた。こんな男臭い店には似つかわしくない、二十代半ばくらいの、白いツーピースを着たショートヘアの女性客だ。
 その人は私を見るなり、ゆっくりと頭を下げた。
「……じゃぁ、魔夜ちゃん。また夕方、迎えに来るからね。行くぞ、陽太」
「じゃぁ、魔夜さん。また」
 ケンさんと陽太君が店を出た。彼女は二人が去るのを目で追うように確認すると、私に向き直り再度頭を下げた。
「お忙しいところ、すいません。少し、よろしいでしょうか?」
「はい」
 彼女の長い前髪の隙間から、思い詰めた表情が覗いた。少し窶れている様にも伺えるその頬が動くと同時に、重々しく言葉が連なり始めた。
「男性の店員さんは、お見えになりますか?」
「今、出てますけど」
 彼女は大きく息を吸い込むと「そうですか」と小さく声に出しながら大きく息を吐いた。
 取り敢えず、要件を聞いてみることにした。
「どういった、ご要件で?」
「……いえ……大した用事ではありませんから。また来ます。お邪魔しました」
 本日三回目の会釈をし、彼女は店を後にした。
 暫くして、大雅が病院から戻ってきた。その頃には、私はツーピースの女性客の事をすっかり忘れていた。
 相変わらず、店に客は殆ど来ない。平日は、一日に二~五人といったところか。休日になれば、十数人程度の来客はある。それでも生活が成り立つのは、これが本職でないからである。
 夕方5時頃、陽太君が自家用車で迎えに来てくれた。ケンさんは、自宅でお誕生日会準備のお手伝い中とのこと。大事な家族サービスの一つ、案外そんな事が楽しかったりするのだ。私達は、依然として客のいない店を本日早期閉店とし、シャッターを下ろして店を出た。
 車で四十分程走った先に、ケンさんの自宅はあった。二階建てで、車庫と庭付きの大きすぎない普通の一軒家だった。そこから三軒隣が陽太君の住む賃貸マンションで、そこの駐車場に車を停め、ケンさん宅には徒歩で向かった。余談ではあるが、陽太君曰くどうしてもケンさん宅の近くに住みたかったそうで、最近やっと入居することが出来たそうだ。
 陽太君が張り切ってインターフォンを鳴らすと、スピーカー越しにケンさんの声が聞こえてきた。続いてケンさんによって中から扉が開けられ、私達は室内へと招き入れられた。
「お忙しいところ、ごめんなさいね」
 カーキーの綿パンとボーダーのポロシャツといったラフな格好で、ケンさんの奥さんは料理を並べていた。隣で手伝っていたツインテールの女の子、小春ちゃんがこちらに気付いて寄ってくる。
「おじゃまします。これを」
 私は、誕生日プレゼントとは別に用意しておいた花束を小春ちゃんに渡した。
「百合ですか。香りがいい。ありがとう」
「ありがとうございます」
 ケンさんと小春ちゃんが、揃ってお礼を口にした。
「はじめまして、娘の小春です。十歳になりました」
 しっかりしている。
「魔夜さんと大雅さんですね。お父さんから、いつも話を聞いています。今日は来てくれて、ありがとうございます」
「しっかりしてるのね。こちらこそ、今日はありがとう」
「小春ちゃん、俺は? 俺は?」
 小春ちゃんとの初めての出会いを楽しんでいると、背後から両手を振り回しながら陽太君が自己アピールを繰り返す。隣の大雅が、呆れた視線を送っているのが見て取れる。
「陽太兄(にぃ)も、ありがとうございます。でも、未来の旦那様なんだから当然です!!」
 小春ちゃんはドヤ顔で、重大発表を口にした。
「小春!!」
 ケンさんの怒声にべぇっと舌を出し、「お花飾って来ます」と逃げるように、その場を立ち去った。
「あんな可愛い子、どうやって口説いたの?」
 陽太君へ私がからかうように質問すると、彼は苦笑いを向けた。
「小春ちゃんが小学校一年生の夏休み、ケンさんの代わりに俺が小春ちゃんを夏祭りに連れて行ったんです。そこの出店で玩具の指輪が売ってて、どうしても欲しいって言うから買ってあげたんですよ。そしたらどっかで婚約指輪の話を聞いたらしく、以来ずっとそれを婚約指輪だと思っているんです」
「なんとかと茄子は若いが良いって言うからな」
 ポツンと呟いた大雅に反応し、ケンさんが大雅の方に振り向いた。
「大雅君、さぁ立ち話もなんだから、皆で座ろうか」
 蛍光灯の光に反射した眼鏡で目元が確認っできなかったが、決して笑っている様には見えなかった。
「あ、はい」
 小さくなる大雅を見て、ちょっとだけ笑いそうになった。
 丁度、料理のセッティングが完了したところだった。真ん中に配置した手作りのバースディケーキを中心に、どれも手作りのタンドリーチキン、フライドポテト、サラダ、パスタ、スープが並べられていた。
 奥さんが飲み物を配り終えると、ハッピーバースディの歌でお誕生日会が始まる。拍手と共に、小春ちゃんがバースディケーキに立てられた蝋燭の火を吹き消した。
 陽太君の乾杯の合図で、料理に手が伸ばされる。
「今日は、本当にありがとう。あんな楽しそうな小春、久しぶりに見れて良かったわ」
 奥さんが、小皿に取り分けたパスタを渡しながらそう微笑んだ。
「しっかりしたお子さんですね」
 そう発言した私に、奥さんは寂しそうな表情を返した。
「無理、してるんだと思います。家にいることが少ないあの人が父だから、しっかりしなきゃいけないと思っているんです。きっと」
 もしかしたら、奥さんは小春ちゃん以上に寂しいのかもしれない。
「……納得して、一緒になることを望んだ筈なのに。我儘よね」
 人間は、貪欲な生き物だ。どんなに満足しても、それが続けば更に上を求めてしまう。奥さんは、今もあの頃も充分に幸せな筈なのにと付け加えた。
「夫婦って、どんなものですか?」
 無頓着にも程がある、そう問い詰めたくなるくらい楚々とした質問をした私に、それでも奥さんは優しく答えてくれた。
「そうね。絆、かしら」
 この会話が大雅の耳に聞こえていなければいいのだがと思ったが、小春ちゃんを中心にケンさん、陽太君、大雅と盛り上がっているから、多分大丈夫だろう。
「彼と結婚した時の気持ち、どうだった?」
 そう、奥さんは私と大雅の結婚生活の経緯を知らないのだ。
「……この人を、信じなきゃって思いました」
 そう答えるより他になかった。
「その気持ちが自然になれたら、きっと今以上に幸せになれるわ」
 ケンさんの奥さんは、とても優しくて、何より幸せそうだった。
“いいな”なんて思った。
 二十一時を回る頃、お誕生日会はお開きとなった。私がプレゼントしたお花の髪留めをして、小春ちゃんは玄関まで送ってくれた。とても気に入ってくれたようで、私とお揃いである事も同時に喜んでくれた。
「魔夜さん、大雅さん、また来て下さいね!! 陽太兄、ちゃんと二人を送ってねーー!!」
「はいはい、お姫様」
 二十二時を過ぎた頃、私達の家の前で陽太君の車は停車する。
「ごめんね、手間かけさせて」
「気にしないでください!では、また明日」
「ありがとう、おやすみなさい」
 クラクションを合図に小さく鳴らし、陽太君の車は走り去っていった。
 取り残された様に車を見送る私達の間を、時折吹く初夏の風が、気持ち良くも切なくも感じた。
「魔夜、入るぞ」
 大雅の声に振り向いた。
「ごめん、ちょっとコンビニまで行ってくる。先、寝てていいから」
 少し散歩でもしたい気分になったから。
「わかった、車のキー取ってくるからちょっと待ってて」
「いいよ、歩いて行くから」
 逃げるように小走りで十メートル程進んでから歩調を戻したところに、大雅が横に並んで歩調を合わせてきた。
「そんな顔すんなよ。夜道、女一人で歩かせらんねーだろ」
「そんな顔って、どんな顔よ」
 何故か少しだけ、嬉しかった。
 コンビニに行くというのはただの散歩の口実で、特別欲しい物はなかった。結局コンビニで購入したのは、冷えたミルクティー缶と彼が手に取った冷たい珈琲缶のみ。
 帰りに少し寄り道をして、近所の小さな公園に立ち寄った。昼間買い物などで通りかかると常に子供でいっぱいのこの公園も、今の時間は誰もいない。私達の貸切だと思えるくらい、静かだった。
 公園を照らす街灯の明かりの一つが、不規則に消えたり付いたりを繰り返しながら、電球の替え時を告げている。
 私が公園のベンチに腰を下ろすと、大雅も隣に腰を下ろした。家ではいつもこうして並んで座っている筈なのに、今に限ってなんだか距離が遠く感じる。
 今に限って? そもそも私達の距離って、どのくらい離れているんだろうか。
「風が気持ち良いな」
 先に沈黙を押し破ったのは、大雅の方だった。
「どうしたの? 心ここにあらず、って感じだな」
 私は、ミルクティー缶の蓋を開けた。
「……このまま、このまま何も思い出さなければ、このままでいられるのかな?」
「え?」
「ケンさんと、陽太君と、大雅と、私で。いつまでも、楽しく過ごせるのかな」
「………」
 彼も珈琲缶の蓋を開けた。
「きっと、続かないよ」
 大雅の冷たい言葉が、その場の空気を死んだ様に錯覚させる。
「思い出さなくても続かない。こんな、偽り」
 悲しくて、苦しくて、私は堪らずミルクティーを半分飲み干した。
「それに、俺はゴメンだね。こんな偽りだけの毎日」
 彼も、珈琲を飲んだ。
「将来も、何もないものね」
 もう、この話は辞めようと立ち上がった時、珈琲を飲み終えた彼の顔が、文句ありげにふいっとそっぽ向いた。
「何?」
「なんでもない。もう遅いし、行こう」
 言い終わるが早いか、大雅は立ち上がると私を追い越し、先頭切って歩き出す。私は、慌ててその後を追いかけた。
 帰り道。今まで忘れていたツーピースの女性客の事を、ふと思い出した。
「ねぇ、大雅。そういえば昼間、男性の店員はいるかって女の人が訪ねて来たよ。ショートカットで、ツーピースを着た人。また来るって。知ってる?」
 不機嫌そうな横顔がこちらを向いた。
「気になる?」
 私は答えられす、聞こえないフリをした。大雅もそれ以上何も言わす、二人無言のまま家路を急いだ。
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