【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月

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第7話

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 両陛下への謁見を終えユーゴと合流すると、ユーゴが私にシャンパンを渡してくれた。

「ありがとう、ユーゴ」

 お礼を言う。すると、父が横でねた声を出した。

「なんだ。私たちの分はないのか?」

「姉上は緊張で喉が渇いているかと思ったんですよ。父上たちは慣れているから大丈夫でしょう?」

「……ケチだな。それともシスコンか?」

「何とでも言ってください」

「ふん。――ああ、すまない、私たちにもシャンパンを」

 ユーゴから軽くあしらわれた父は、結局、自分で給仕に声をかけてシャンパンをもらう。

「はい、エレオノール。ユーゴからじゃなくて申し訳ないね」

「ふふっ。そんなに拗ねないのよ。あなたからでも十分嬉しいわ」

「嗚呼、エレオノールっ。そう言ってくれると嬉しいよ……っ」

 そして、手にしたシャンパンを母にも渡すと、再び二人のイチャつきは始まるのだった。


「で、姉上、謁見はどうでしたか?」

 どこにいても相変わらずな両親を横目に、私もシャンパンで喉を潤す。グラスから口を離したところで、ユーゴがそう尋ねてきた。

「ふふふ、緊張しちゃった! やっぱり国王陛下ともなるとオーラが違うわね。圧倒されちゃったわ! ああ! イネス陛下もとても美しい方だったのよ! 髪も瞳もキラキラ輝いていて、淡いブルーのドレスがとてもよくお似合いだったの! マティス陛下も美しい方だったし、あれぞ美男美女って感じ! あのお二人のお子ですもの、第一王子はきっとすっごく可愛いはずよ!」

「あ、マリー。近々イネス陛下からお茶会の招待状が届くはずよ。もしかしたらその時、殿下とお会いできるかもしれないわね」

 私がユーゴに話をしていれば、父とシャンパンを飲んでいた母がそう言った。

「本当ですか? わぁ! 楽しみですわ!」

 まだ世間にお披露目がされていない第一王子殿下。その可愛らしさについては早くも評判で、母の言葉に少しはしゃいでしまう。すると、それを見ていた父が、驚いた様子で口を開いた。

「なんだ、マリーは本当に緊張していたようだな。外でこんなに饒舌じょうぜつなお前を見るのは久しぶりだ」

 その父の言葉に、私は、ハッと我に返った。

「あ、も、申し訳ありません。私としたことが、謁見が終わって気が抜けてしまったようですわ……。はしたなかったですわね……」

「いや、そんな気にするな。私も怒って言った訳ではないんだ。それにほら、それぐらいのほうが年相応というものだろう?」

 反省をしていると、父が慌てたように言葉を続ける。

「マリー。私が悪かった。はしゃぐお前が可愛くて、つい言葉が出てしまったんだ。大丈夫。今日のお前はデビュタントの中で一番素敵だよ」

「ありがとう、ございます……」

 私がそう答えれば、父はほっとしたように息を吐いた。

「ところで、お前たちは踊らんのか?」

  場の空気を変えるためだろう、父が言う。グラスを近くのテーブルへ置くと、母の腰へと手を回した。

「私とエレオノールはそろそろ行くぞ? 面倒なのに捕まりたくないからな」

 そしてそう言って話を切り上げると、母を連れ、フロアの方へと歩き出した。


「……どうする? ユーゴ?」

 残された私は隣に視線を移す。ユーゴは笑顔で頷いてくれた。

「せっかくの社交界デビューですからね。踊りましょう、姉上」

 ユーゴはそう答えると、自分の持っていたシャンパンのグラスをテーブルに置く。そして、かしこまった様子で私に向き直ると、手を差し出した。

「では、お嬢さん。私と一曲踊っていただけますか?」

 普段とは違う、弟のワザと作られたキザったらしい笑顔。それが、憎らしくも面白く、今ばかりはちょっと嬉しい。

「……ふふっ。なによそれ。お嬢さんって……。ふふふっ。ええ、もちろんだわ!」

 私もグラスを置いてユーゴの手を取り、引かれながら歩きだす。私たちは互いにクスクスと笑いながら、両親の後に続いてダンスフロアへと向かったのだった。



 *



 ダンスフロアには軽快なワルツが流れていた。

 ユーゴに腰を支えてもらいながら、流れるようにリズムに乗って踊りだす。幼い頃からよく一緒にダンスの練習をしていたこともあり、ユーゴと私の息はピッタリだった。

 ちなみに、ユーゴは父に鍛えられているだけあって、その身のこなし方は軽く、洗練されている。それに、朝食の時にはぐだぐだ言っていたが、姉としての贔屓目ひいきめを差し引いてもユーゴのダンスの腕前はかなりのものである。

 少し目線を上げるとユーゴと目が合った。
 ヒールを履いていてもまだ彼のほうが少し背が高い。

「……背が伸びたわね。前は私より低かったのに。あっと言う間に抜かれてしまったわ」

「成長期ですから。そう言う姉上は、……美しくなられましたよね」

 実の弟に美しいなんて言われる日が来ようとは。そんな日が来るなんて思ってもいなかったので、私は心底驚いた。

「え、どうしたの急に? 怖い。私たちを待ってる間に変な物でも食べたの?」

「怖いって……。いや、別に! ただふと、ちょっと思っただけです! あと、変な物も食べてません!」

(……すごい。この子、小声で叫んでる。器用なのね。……でも、耳が真っ赤)

 からかったつもりはなかったが、ちょっと怒らせてしまったのか、カッと耳を色付かせる弟。その様子をただただ伺っていれば、眉間に皺を寄せて、探るような目で見つめられた。

「……会場に着いてから、たくさんの視線を集めている事に気付いていないんですか?」

 続けられた意外なセリフに、頭の中にハテナが飛ぶ。

「それはシュヴァリエ侯爵家の人間だからではなくて?」

 父も、母も、社交界では有名な人たちだ。それらが独身の娘と息子を連れて一家で出てきているとなれば、ある程度の注目を浴びるのも当然だろう。

「それもあるでしょうが、そうじゃなくて。所謂いわゆる、男からの熱い視線って事なんですが」

「ええ?! ……うーん、それはきっと、デビュタントの白いドレスを着ているから少し目立っているだけよ。私はここに結婚相手を探しにきているから、少しは熱視線ももらえないと困るけど、たくさん集めるほどの容姿はしていないわ」

 今日は私より美しい容姿をした令嬢がたくさん来ているのを見た。母やイネス陛下のような、華やかな髪の色や瞳の色をしている令嬢も。

 自分で言うのも何だが、社交界の華と言われた母の娘なのだし、自身の顔の造りは整っている方だと思う。ただ、父譲りのダークブラウンという色は、もちろん私は気に入っているが、一般的には地味な色として映るだろうというのも分かっている。
 だから、その分目立てるよう、所作に気を付けたり、ダンスを完璧に踊れるようにはしてきたのだが。さすがに、たくさんの殿方から注目される程ではないだろう。

 それに、熱視線を感じるというのなら、ユーゴ自身に向けられたモノなのではないだろうか。さっきから、チラチラとこちらを見る令嬢たちが視界に入ってくる。

「……昔からですけど。自分に自信があるのかないのか、よく分からない人ですよね、姉上って」


 ――曲が終わった。


「なによそれ? 意味が分からないわ」

(それに、なんでそんな呆れた目で私を見るのよ。私、そんな変なこと言ったかしら?)

 ホールドを外し、互いに一礼する。

「あー、いや、姉上はこれからもそのままでいて下さいってことですよ」

 タメ息混じりなユーゴの言葉。
 エスコートの手が差し出されたので、とりあえずと私もその手を取ったが、話を終わらせつもりはなかった。

「ちょっとユーゴ、ちゃんと説明…「――姉上」

 それは、歩きながらユーゴに詰め寄ろうとした瞬間のこと。
 ユーゴが急に立ち止まり、前を見ながら私を呼ぶので、私もつられて前へと視線を向けた。

 私は、エスコートされているからと、しかも相手が弟だからと、また少し気を抜いてしまっていたのかもしれない。

 だから、ユーゴとの話に夢中になっていて気付かなかった。

 一人の男性が、真っ直ぐに私たちの方へ近づいてきていて、私たちの目の前で立ち止まった事に。いつの間にか私たちを中心に円を描くように人々が離れていっていて、その視線の全てが私たちとその人物に注がれている事に。

 そしてその人物こそが、あのガルシア大公閣下だという事に。

 私はギリギリになってから、ようやく気付いたのだった。

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