【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月

文字の大きさ
10 / 61

第8話

しおりを挟む


 私たちの前に一人の男性が立っている。

 その人物はスマートに燕尾服を着こなし、ただ立っているだけなのに、高貴な出自を匂わせる圧倒的なオーラを放っていた。

「(ガルシア大公……?!)」

 私が心の中で叫ぶと同時に、ユーゴが驚いた様子でつぶやく。

(……なぜ閣下がここに?!)

 そう思う中、キョロキョロと辺りを見回したい衝動が私を襲った。

 それを必死に抑え、私はなんとか侯爵家令嬢としての仮面をつけて笑顔を作る。視界の端では、ユーゴもまた頑張って嫡男としての仮面をつけ直していた。
 だが、思わずといった風に握り続けていた手がギュッと締まったので、彼も内心動揺しているのだろう。

 私たちは固唾かたずを飲み、閣下の出方を待った。

「そなたたちは……」

 一呼吸の間の後、閣下が口を開いた。

「はっ。シュヴァリエ侯爵家が嫡男、ユーゴと申します」

 ユーゴがまず名乗り、優雅に一礼した。
 私も続けて名乗る。

「同じく、シュヴァリエ侯爵家のマリアンヌと申します」

 私がゆっくりカーテシーをとると、頭上で「やはりか」と声がした。

「ああ、顔を上げてくれ」

 二人でゆっくりと体を起こし、閣下を見上げた。
 ユーゴよりもさらに背が高い。

「私はガルシア大公の名をたまわっているアレクサンドルという。……ユーゴとやら。そなたの姉君をお借りしたいのだが、よいか?」

 閣下の言葉に、ユーゴがチラリと私を見る。

「……はい。どうぞ」

 そう返すユーゴの声が、小さくその場に響いた。

 私がじっと様子を伺っていると、閣下が私に向き直り、ゆっくりとひざまずく。そしてカチリと目が合った瞬間、白い手袋をした手が私へと差し出された。

「美しいご令嬢、私と一曲踊っていただけないだろうか」

 それは正に、夢のようなシチュエーションといえただろう。

 大公閣下に跪かれてダンスに誘われる、なんて、普通の令嬢であれば天にも昇るような光景だ。だが、それは分かっていても、今の私にはそれにゆっくりひたっている余裕はなかった。

(……ひざまずいておられるのに。……なんなのかしら? この有無を言わせぬ威圧感は)

 オーラというかなんというか、断ることが許されない空気だ。思わず、いぶかしげに眉が寄りそうになってしまう。
 それでもグッと堪えて笑顔を作り、私は差し出された手に自身の手を乗せた。

「はい。喜んで」

 そして、そう答えた次の瞬間の事である。閣下がほんの一瞬だけ目元を緩ませてから、立ち上がった。

(……私が誘いに乗った事にホッとした?)

 前を向いてしまった閣下の横顔を、チラリ見上げながらそう思う。

(……いや、まさかね。……というか、本当にニコリとも笑わない方だわ。女嫌いって噂、本当なのかしら?)

 だとしたら、私が誘われた理由は何だろう? 女嫌いにしてはキュッと握られた手も優しいものだが……、などと。
 手を引かれてダンスフロアへ引き返す間。私は閣下に声をかけることもできず、揺れる黒髪を見ながら、ただそんなことを考えたのだった。



 *



 ――曲は緩やかなものへと変わっていた。

 ホールドを組むため体を寄せる。

 スッと息を吸い、吐くと同時。私たちは同じタイミングで一つ目のステップを踏み出した。

(細身な方に見えたけど、さすが団長様だわ。ガッチリしてらっしゃる……)

 触れ合う部分の筋肉質な感触、そして、手袋をしていても分かる大きくて骨張った手の感触に、私は、彼が第一騎士団の団長であることを思い出す。

(ダンスも。……さすがね)

 国の騎士団を任されている人なだけあって、自身の体の動かし方を熟知しているのだろう。ダンスも素晴らしい身のこなしである。腰に添えられた手も頼もしく、多少私がグラついたとしても、難なく支えてくれるであろう安心感があった。


「マリアンヌ嬢はダンスがお上手だな」

 閣下とのダンスの踊りやすさに内心で驚いていれば、不意に声がかけられた。その言葉に、顔を上げて視線を合わせる。

 青みを帯びた黒髪がステップに合わせてサラサラと揺れ、少し日に焼けてはいるが荒れずにキメ細かな肌が美しい。長い睫毛まつげ、切れ長の瞳、スッと通った鼻梁びりょうに、薄い唇。兄である国王陛下が、どちらかと言うと華やかな美しさを持つのに対し、閣下は武人らしい鋭い雰囲気を持った美丈夫だった。

(……閣下の瞳はグレーなのね。珍しい)

 なんとなく、その瞳に強くかれるものを感じた。

「ありがとうございます。閣下こそ、普段からお体を動かされているだけあって、とてもお上手ですわ」

「……確かに鍛錬で体を動かしたりしているが、ダンスは久しぶりでね。内心、いつ君の足を踏んでしまうかとヒヤヒヤしている」

「ふふふ、とてもそんな風には見えませんわ。閣下でもご冗談をおっしゃいますのね」

「冗談くらい言うさ。私は冗談も言わないようなイメージだった? ああ、それとも……、女嫌いっていう噂のせいかな?」

 気になっていた事を話題に出され、ドキリとする。

(これは、……なんとお答えしたらいいのかしら。そのまま、ハイ、ソーデスと言っても良いものなの? ……えっと、いやいやいや、流石にそれはダメよきっと。ご冗談っておっしゃってるけど、それもどこまでか分からないし。というか、待って。ほんと。美形の! 無表情って! 怖いんですけど!!!)

 根性で笑顔は張り付けているが、内心は涙目である。とにかく何かお答えしなければと焦っていれば、閣下が言葉を続けた。

「女性と踊りながらする話ではないけど、別に、私は女性の事が嫌いな訳ではないよ。ただ、その……、女性の方が私を苦手に感じるのだろう?」

 意外なセリフにキョトリとしてしまう。

「……何故、そう思われるんですか?」

「私の無表情は人に恐怖心を与えるのだと、ちょっと友人に言われてしまってね。相手が女性なら尚更だと。もう少し明るい瞳の色なら印象も違うのだろうが……」

「まぁ、確かに。閣下は背もお高い方なので、無表情でらっしゃると少し威圧感を感じますわね……」

「あー、やはりか。……そう、か。……ああ、というか、すまない。私は初対面のご令嬢に何を話しているのだろうね……」


 ――曲が終わってしまった。


(ど、どうしよう、離れなくては。えっと、でも、なんだかすっごく閣下が落ち込んでおられるんですけど?!)

 曲が終わる直前に聞こえた、閣下の弱々しくなっていく声に、内心ではプチパニックと罪悪感の嵐である。
 だが、続けて二曲踊るのは婚約者を意味してしまうのだ。さすがにそれは駄目だろう。なので、ここはとりあえずと思い、ホールドを外して礼をしようと手を離しかけた、その瞬間。

 ――キュッと、手を握り込まれた。

 そして、そのまま手を引かれ、腰に手を回される。

 さすがに驚いて顔を上げると、無表情なのに、どこか捨てられた子犬を連想させる閣下の顔が見えた。

「あああっ。落ち込まないでくださいませ!」

 堪らず、私も手を握り返す。その顔を見たら、二曲目がどうとか、婚約者がどうとかなどというのは、頭から抜け去ってしまった。

 肩に手をかけて、踊りだす。

「えっと、あの、その、閣下はお美しい方ですし。あとは、声も素敵で、ダンスもお上手でらっしゃって、今のままでも十分魅力的ですわ。どうしても気になさるなら表情筋をお鍛えになればよいのです。でも、その髪も、瞳の色も、私はとても綺麗だと思います」

「……表情筋……のことはよく分からないが、だが、女性は陛下のような瞳の色を好むのでは?」

「そんなことありません!」

 思わず、じっと閣下の瞳を見つめてしまう。

「美しい瞳の色ではないですか。まるで磨かれたグレーダイヤのようだわ。とっても素敵で、私は好きです」

 そして、心で思ったままを口に出すと、閣下は少し目を見開いて驚きの表情を見せた。

「……君はそう思うのか?」

「はい!」

 返事をしながら、閣下の瞳に見惚れる。

(……本当にキレイだわ。でも、この瞳……、どこかで見た覚えがあるような……?)

 この煌めきを、以前、どこかで――。

 それは――と、思考を巡らせようとした刹那、見つめる先で閣下がフッと表情をゆるめた。

「……そうか。良かった。……私が探していたのは、やはり貴女だったようだ」

「え……?」

 聞こえたのに。閣下が紡いだ言葉の意味を、私は理解することができなかった。

(――笑った??)

 衝撃を受けたのだ。
 閣下がほんのわずかに見せた、どこか甘さを含んだ微笑みに。

 笑わないと噂の人物が笑ったという驚きだけではない。トキメキと呼ぶには余りにも激烈な、心臓を握りつぶされるような切ない感情。

(……私、この顔、知ってる……?)

 その唐突にもたらされた衝撃に、私の思考はそこでストップした。

 それでも、私の体はダンスのステップを踏み続ける。
 閣下もそれ以降は喋ることなく、無表情でステップを踏む。


 ――曲が終わった。


 閣下にエスコートされながら、両親や弟が待つテーブルに連れてこられたところまでは、なんとなく覚えている。父も母も弟も、周りにいた貴族たちでさえ、何故かとても驚いた表情をしていたから。

 閣下が父に何かを話しかけ、私を一瞥いちべつしてから、その場を離れて行ったこともなんとか覚えている。

 が。

「姉上、大丈夫ですか? ……いきなりガルシア公と二曲も続けて踊ってしまって」

「……え?」

(二曲続けて? ……二曲以上はたしか婚約者以上のハズじゃ……? 私、閣下と踊っ……? まっ、え、こんやくしゃ……? え? え? ええええっ?!)

 ユーゴの言葉を受けて。今の一連の流れを思い出した私の思考回路は、とうとう完全にショートしてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...