【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月

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第9話【Side アドルフ】

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「マリー」

 玄関ホールから伸びる、二階へと続く階段。それに向けて歩き始めた娘の背中に私は声をかけた。

 ピタリと止まる動き。そして、ゆっくりと振り返った我が娘は、完璧ともいえる優美な笑顔を浮かべていた。

「はい、お父様。何でしょう?」

「ん、ああ。……いや、やはり何でもない。……あれだ、今日は疲れただろう?」

「ええ。まぁ」

「部屋に戻ったら早めに休むんだぞ?」

「ふふっ。分かりましたわ。今日はもう湯浴みだけにしておきます」

「ああ、そうしなさい」

「……では、おやすみなさいませ、お父様」

「……おやすみ、マリー」

 優雅な一礼を見届け、私はフッと息を吐く。
 私室へと戻って行く姿を見つめながら、私はその娘の様子について考えた。

(とりあえず無事に屋敷へ帰ってきたはいいが……)

 マリアンヌは今、完全に思考回路をショートさせている。

 一見は、ふんわりとした令嬢らしい笑顔を浮かべ、おかしなところも無い筈なのに、どこかが変なのだ。
 声をかければ返事もするし、会話もする。動きも優雅だが、どこかが変。どこがと聞かれても上手く答えられないのだが、普段のマリーをよく知る人間にしか分からない僅かな違和感があって、……どこか、変。

(……まぁ、ああなっても仕方ないか)

 そう思いつつ、私はもう一度タメ息を吐いた。

 なんだかんだ言ってもマリーは侯爵家の箱入り娘なのだ。国王陛下への初めての謁見だけでなく、予想外の大公閣下とのダンス、しかもいきなり二曲続けてともなればキャパオーバーもするだろう。

「あの兄弟には困ったものだ……」

 思わずそう呟いてしまう。

 マリアンヌに恥をかかせたという訳ではないからまだ黙っていられるが、眉間に皺が寄るのは止められない。あのマリアンヌが、あの様に完全に思考停止させるなんて、本当に滅多にないことなのだ。事は重大である。

「……なぁ、マクシム」

 私は腕を組み、側に控えていたマクシムへと声をかけた。
 
「はい、旦那様」

「マリーが熱を出したのは、あれは何年前だったか?」

「マリアンヌ様がですか? あれはたしか四年前でございます」

「四年前。ということは、マリーがまだ14の時か」

「はい、左様にございます」

(……ああ、確かそういえば……)

 あれはマティス陛下からせがまれて、ガルシア公にマリーを紹介しようとした時のことだ。

(あの時はマリーが熱を出して、会わせられなかったが……)

「……結局全てはあの方のご意向のままにという訳か……」
 
 そう、コトの全てはマティス陛下のお願いから始まっている。

 時は更にさかのぼり、今から八年前。
 私が31才、マティス陛下が20才で、まだ王太子殿下であられた頃の話である――。







「シュヴァリエ侯、待ってくれ」

 領地についての定期報告を終え、マティス王太子殿下の部屋から退出しようとした時、殿下から引き留められた。

「少し話がしたいのだが、よいか?」

 年若いといえど上司となる方の言葉である。無碍むげにはできず、私は頭の中でこの後のスケジュールを確認した。

(……少し話をするぐらいなら捻出ねんしゅつできるか)

 そしてそう思い至り、少し浮かせていた腰をもう一度下ろしてから答える。

「大丈夫ですよ。なんでしょうか? 話とは?」

「ああ。……侯、そなたには娘が一人いたな?」

 それは、予想外の話題であった。

「……はい、おりますが」

「名は?」

「マリアンヌと申します」

「どんな娘だ?」

「え?」

 何故急に娘の事を聞いてくるのかと疑問が湧く。だが、「いいからいいから」と話を促されてしまえば、娘自慢をしたくなるのが親心というもの。

 相手は殿下だしと、私は一つ、大きく息を吸った。

「えっと、まだ10才になったばかりですが、貴族年鑑の内容をスラスラ言えちゃうスゴい子ですよ。それも十年分です。ウチにある本の半分は読み終えたと言っていましたし、今は他国の情勢にも興味があるようです。早くもマナーは完璧で、ダンスがこれまた上手いんですよ。しかも! よく差し入れをしてくれる優しさもある! 10才の少女がですよ?! しかも手作りで! お父様、あまり無理なさらないで、なんて言って! もう、天使じゃないですか? 天使ですよね? そんな天使みたいな私の娘がどうかしましたか?」

「ああ、いやな。ウチの…「えっ?! まさか、ウチの嫁にとか言わないですよね? 駄目ですよ。いくら娘が可愛い上に頭も性格も良くても、王宮に嫁がせるお約束はできません。なんてったって、まだ10才ですからね。イネス様のお父様がなかなか婚約を許してくれないからといって、トチ狂わないでいただきたい」 

「ちがうちがう! そうではない!!! というか、その情報どこから仕入れた?! そなたの治める領地とは正反対に位置する国の話だろう?! イネスの事はまだ誰も知らない筈だぞ?!」

「嫌だな。私の情報網を舐めないで下さいよ。でもまさか、殿下がロリ…「だから! ちがうと言っているだろう! 話を聞け!!」

「はぁ」

 顔を真っ赤にして叫ばれては、さすがの私も黙るしかない。口を閉じて見守っていれば、じろりと睨まれてしまった。……揶揄からかいが過ぎたようだ。

「……で? ウチの娘がどうかしましたか?」

「まったく! ……あのな? 私に弟がいるのは知っているだろう? そなたの娘を弟に紹介してくれないだろうか。ああ、もちろん今すぐにというわけではないんだ」

「アレクサンドル殿下にですか? 15才になられたから……娘とは5才差ですね。最近、騎士団に入られたとか。そう言えば、先日たまたま鍛練している姿を拝見しましたが、なかなか筋が良い。まぁ、あれなら将来的にウチの合格ラインにも届くでしょうが……」

「お前な、仮にも一国の王子に対して上から目線すぎるだろう。ここには私しかいないからいいものを、不敬だぞ。……それに侯爵基準で強さを考えるなよ。そなた自身の強さと領地の軍事力の高さは、ハッキリ言って異常なんだ」

「ははは。アナトールとの国境を任されているのですよ? あの程度の軍事力は当然です。……それと、何をおっしゃっているのやら。私はイチ領地を任されているだけの、ただのオジサンですよ」

「ほう? 私にまでシラを切るつもりか?」

「ははっ。……大丈夫ですよ。これでも私は、貴方に忠誠を誓ってますから」

「その言葉、信じるぞ」

「無論かと。……で、結局? 何故、紹介をしないといけないのです?」

「ああ、単純な話だよ。そろそろ弟もカノジョを作れば良いのに。そうすれば、あの無愛想も少しはマシになるはずだ。という、弟を心配するただの兄心だ」

「では、何故ウチの娘なのですか? 先ほども申し上げましたが、娘はまだ10才です。それに、候補になり得る令嬢なら他にもたくさんいるではないですか」

「そうなんだがな。いやまぁ、うーん……。簡単に言うとそうだな。『勘』だ」

「……は?」

「そなたに娘がいると聞いた時にな。なんとなくだが、弟はそなたの娘と一緒になると、そう直感した」

「……すみません、全くもって意味がワカリマセン」

「はははっ。まぁ、そう言うな」

 
 そう、そのやり取りの後からである。
 マティス殿下が私と二人になる度、いつ二人を会わせるかと聞いてくるようになったのだ。

 相変わらず無碍にはできない相手からの話に、私も、表面上は真摯しんしに対応した。が、正直なところ、国の第二王子が相手とはいえ、可愛い娘を男に紹介する話だなんて、全くもって面白くなかった。

 そもそもウチの娘は可愛すぎるのだ。紹介したが最後、絶対『カノジョ』では済みはしない。王族から求婚されては、なかなか断るのも難しいというもの。
 だから私は、せめて娘が成人し、物事の判断を自分でできるようになるまではと、マティス殿下の話をはぐらかし続けた。

 その話が出そうになれば別の話を持ち出し、時には顔を合わさないようにして。そうしてその内、アレクサンドル殿下も成人し、自分から社交界に出られるようになったのだ。

 あの時は、ああこれで、わざわざウチの娘を紹介しなくても良くなるかもと心底安心したものだ。

 が、しかしである。

 しばらく様子を見ていたが、なかなかアレクサンドル殿下はお相手をお決めにならず、群がる令嬢たちとは一定の距離を保ち続けた。

 その一方では、変わらず私はマティス殿下に紹介をせがまれて。

 あれは、四年前。
 私はとうとう、マティス殿下の執念に、……屈した。

 アレクサンドル殿下が騎士団団長に就任される少し前、殿下が19才、娘が14才の時だ。公式にアレクサンドル殿下がウチの領地へ視察に来られることとなった。
 第二王子殿下がわざわざ視察に来られるとなれば、屋敷へ招待しない訳にもいかず。マティス殿下の意図が絡んでいるとは分かっていつつも、ここまでされてしまえばと、娘を紹介することにしたのだ。

 そして、殿下が屋敷に来られる日、つまりは、私にとってのエックスデーが前日にまで迫った日のこと。

 昼辺りから、私は、マリーの様子に違和感を覚えた。
 呼べば返事をするし、会話もする。どこがと聞かれても上手く言えないが、確かに感じられる僅かな違和感。

 しばらく観察して、そういえば頬がいつもより赤いようなと気付き、その頬に触れようとした瞬間、プツリと糸が切れたようにマリーが倒れたのである。
 慌てて抱きとめれば体温が高く、それから医師を呼んだりして大変だった。

 後日、体調が戻った本人から聞いた話だと。

 朝ちょっと悪寒がして、風邪かなとは思ったそうだ。が、まぁ、すぐ治るだろうと普通に過ごしていたら、いつの間にか発熱していたらしい。だから、本人には途中からの記憶がほとんどないとのこと。

 そしてその話から推測し、判明したのは。マリーの中に、思考が停止しても尚、体だけで令嬢として振る舞い続け不調を悟らせまいとする、はがねのような令嬢根性が育っていることだった。

 ……ちょっとお父さんは、お前が心配すぎてしばらくは嫁に出せそうにないぞと。どんな男が相手でもお前を紹介するのはもうしばらく先にするぞと。そう、私が決意を新たにするのも分かっていただけよう。

 ちなみに、マリーをアレクサンドル殿下に会わせる話はどうなったかというと。
 マリーが三日ほど寝込み続けたこともあり、当然のようにお流れになった。というか、した。

 それからは、社交界デビューも迎えていない娘がアレクサンドル殿下に会う機会などある筈もなく。その後の殿下は騎士団団長に就任され、そしていつしか社交界にも出てこられなくなった。

 流石に諦めたのか、その頃には国王へとなられていたマティス陛下も何もおっしゃらず。正直、今度こそ、無理に娘を紹介することなく済んだようだと内心ホッとしたものだった。

 嗚呼、それなのに。

 娘が待ち望んでいた社交界デビューを迎える舞踏会。その場に、あのパッタリと社交界に姿を見せなくなっていたアレクサンドル殿下・現ガルシア大公が出席すると聞かされた時には、飲んでいた紅茶を吹き出した。

 ……絶対にマティス陛下の仕業である。

 え、あの人まだ諦めてなかったの? と、驚かずにはいられなかった。


 ――そして迎えた、舞踏会当日。

 ダンスを踊る二人の様子を思い出してみるに、まんまと陛下の直感通りになってしまいそうなのだからお手上げである。
 マリー自身も満更ではない様子だったから、横から私が拒否する訳にもいくまい。

「はあぁ~あ……」

 堪らず、再び大きなタメ息を吐けば、マクシムが心配そうな表情を見せた。

「旦那様? いかがなさいましたか? お嬢様もいつもと様子が違うようでしたが、舞踏会で何か?」

「ああいや、何でもない。マリーも大丈夫だろう」

 マクシムの言葉に、私自身も私室へ足を向けながら返事をする。マクシムもまた、私の側で全てを知る人物だ。心配そうに聞いてはくるが、大方の予想はついているだろう。

「……どうやら私はあの方に負けたようだぞ」

「おや? とうとう、……左様でしたか」

「ああ」

「……寂しくなりますね」

「まったくだ。なんなんだろうな? あの方は?」

「さぁ、私には……」

「はぁ……。まぁ、いい。マクシム、明日には手紙が届く筈だ。その時にはマリーを呼んでくれ」

「かしこまりました」

「頼んだぞ」

 頭を下げるマクシムの姿を一瞥いちべつすると、私は再び前を向いて歩き出したのだった。

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