【本編・改稿版】来世でも一緒に

霜月

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第10話

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 ……コンコン。コンコン。

 いつもの朝だ。私は、扉を叩く音で目を覚ます。
 きっとメイドのアンナだろう。

「お嬢様、お目覚めのお時間にございます」

 薄暗い寝室に響く声。それをベッドの上で聞くと、私は上体を起こして返事をした。

「入ってちょうだい」

 やはりアンナが扉を開け、一礼して入ってきた。

「おはよう、アンナ」

「おはようございます、マリアンヌお嬢様」

「……ねぇ、アンナ。私、昨日どうやって帰ってきたのかしら?」

 朝の挨拶の後、私はベッドから出ながら、いつもと同じように寝室のカーテンを開け始めたアンナへ声をかける。

「どうやって……、とは? 普通に、旦那様と奥様、坊ちゃまと一緒にお戻りになられましたよ? その後もいつも通りのご様子で湯浴みもされて、ご自身でベッドに入られたではないですか」

「そう……」

「……体調はいかがですか? ご気分が悪いとかはありませんか?」

 すっかり明るくなった寝室で、アンナが水差しからグラスに水を入れて渡してくれる。一口飲めば、冷たすぎない温度のミント水が喉を通って体に染み渡った。

「大丈夫よ。どこも悪くないわ」

「……そうでございますか。では、お着替えをお持ちいたします」

 私が答えれば、アンナはホッとしたような表情を見せる。そして私からグラスを受け取るとそう言って、アンナは衣装部屋へと入って行った。

 その姿を見送ってから、私もナイトガウンを脱ぎ、パジャマの前ボタンに手を掛ける。

「……昨日、デビュタントだったのよね」

 プツリプツリとボタンを外す。途中、なんとなく、その言葉がこぼれ出た。

「…………っ……!!」

 寝ぼけた脳が稼働し始めるにつれ、思い出されるのは昨夜の事だった。自分の失態ともいえる行動に、言いようのない口惜しさが我が身を襲う。

(……ああああぁ! 私としたことが! やっっってしまいましたわ! いきなり初対面の殿方と二曲続けて踊ってしまうなんて! 最低でも二、三人の方と踊ってみようと思っていましたのにぃぃ!)

 思わず頭を抱え、私はうずくまった。

(あ、でも、相手はあの大公閣下よ? お父様だって条件でいえばトップクラスとおっしゃっていた方じゃない。むしろ願ってもない相手なのかしら? うん、そうよ! 大丈夫! ノープロブレム! 無問題モウマンタイだわ! ……それに、とても素敵な方だったじゃない。女嫌いでもないとおっしゃっていたし。まぁ、たしかにパッと見は無表情で怖い印象だったけれど、話をしてみれば普通、いや、むしろ優しい方だったのではないかしら?)

 そう、昨夜の相手となったのは例のガルシア大公閣下だった。
 何故か突然ダンスの相手を申し込まれ、あれよあれよで二曲踊ってしまったというのが事の顛末てんまつだ。

 もちろん未だ頭の整理はつかないし、戸惑いも大きい。だが、私自身、心惹かれるものがあったのも事実だった。

(……アレクサンドル様……)

 その名と共に、腰に回された手に感じた安心感や、閣下の美しいグレーの瞳を思い出す。

 途端に、泣きたくなるほどの切ない気持ちになるのは何故なんだろうか。

(それにしても、……どのようなおつもりなのかしら? 閣下ならば、二曲続けて踊る意味をご存知ないはずないわよね。……二曲目は閣下から望まれたように感じたけれど、でも、……本当に? ……あの方が私を……?)

 考えただけでじわりと頬に熱が集まる。きっと顔だけでなく、耳まで真っ赤だろう。

 色々な感情が綯交ないまぜになり、私は堪らず顔を両手で覆った。


「お嬢様?! どうされました?!」

 しばらくうずくまったままもだえていれば、私の様子に気付いたのだろう、叫ぶような声が聞こえてアンナが駆け寄ってきた。

「アンナぁ~~!」

「……ッッ?!!」

 アンナへすがりつく。涙目で見上げると、アンナは一瞬面食らったたように目を見開き、そしてすぐに目を逸らしてしまった。

「……ア、アンナ?」

 その様子を不思議に思って呼びかけると、ガシッと肩を掴まれ、キッと睨まれた。

(え? なんか怒って…「……お嬢様」

「は、はいっ」

 アンナの低い声に、無意識に背筋を伸ばす。

「そんな着替え途中のあられも無い姿で、人にそんな顔を向けてはいけません。そういう顔は好きな男性の前だけでして下さいと前々から言っているでしょう?」

「そ、そういう?」

「……もう、まったく。……危うく今度こそ落ちそうになったではないですか。本当に、私にソッチの趣味がなくて良かったところですよ?」

「待って。落ちるって、どこに? え? え?」


 ――コンコン。


 私が頭にたくさんのハテナを浮かべていると、不意に扉をノックする音が部屋に響いた。

「ハイ」

 すぐさまアンナが反応する。そして、「とりあえずこれを」と落ちていたナイトガウンを肩にかけてくれると、アンナは立ち上がった。扉へ向かい、少し開けて要件を聞く。

「お嬢様、旦那様が書斎でお待ちです。準備をいたしましょう」

 戻ってくると、アンナはそう言った。

「お父様が? 書斎で?」

(王家主催の舞踏会は疲れるから、次の日は一日サボ……じゃなかった、ゆっくり過ごすって、いつもおっしゃっているのに……)

「……分かったわ。とりあえず、準備します」

 私はそう答えると、父の書斎へ向かう為、急いで準備に取り掛かった。



 *



「お父様、マリアンヌですわ」

 扉をノックした後に顔を覗かせると、ソファに座って何かを読んでいた父が、パッと顔を上げた。
 その手元を見る。難しい顔で父が読んでいたのは、一通の手紙のようだった。

「マリー、よく来た。……まぁ、座りなさい」

 父に促され、テーブルを挟んで対面に座る。私が来ることを伝えていたのだろう、メイドがすぐに紅茶を用意してくれた。

 手紙をテーブルに置き、用意された紅茶を父が飲む。
 私は同じように口をつけると、父が話を始めるのを待った。

「ガルシア大公から手紙が届いた」

 父が、紅茶からテーブルに置かれた手紙へと視線を移し、そう言った。

 途端に、ドキン。と、心臓が大きく跳ねる。

「……はい」

(……なんの手紙かしら? 難しい顔をして読んでいらっしゃったようだけど……。ああ、やっぱり、お断りのお手紙なのかしら。閣下は何かとても悩んでいるご様子だったし、あのダンスは……ただの気の迷いだったのかも……)

 そう思うと何故か心が沈み、涙が出そうになる。それを必死に堪える為、私はスッと鼻から息を吸った。

「……昨日のダンスは間違いだった。という、謝罪のお手紙でしょうか?」

「ん? 間違い? 何故そうなる?」

「え。だって、お父様、難しい顔で読んでらしたし……」

「んん? あ。ああ、いやいや、すまない。違うんだ。……ついにこの時が来てしまったと思ってね。こんなに早く娘を手放さないといけないなんてとても寂しいなと、そう思いながら読んでいただけだよ」

「……てばなす? ……それって……」

(……まさか、本当に?)

「ああ、そうだとも。ガルシア大公閣下から、正式な婚約の申し込みが来た」

 未だ混乱する私の前で、父がそう言い切る。

「マリアンヌ、よく聞きなさい。あの方は、お前の夫となる者として全く申し分ない男性だ。それは私が保証する。……大丈夫。きっと、お前を幸せにしてくれるよ。それに、あの大公と縁が繋げるなんて我が侯爵家としても願ったり叶ったりだ。……ありがとう、マリアンヌ。感謝するぞ」

 柔らかな笑顔を浮かべながら父はそこまで話すと、フッと息を吐き、すこし寂しげな表情となって私を見据えた。

「だからな、マリアンヌ。ここからはシュヴァリエ侯爵家当主として命ずる」

 真剣な父の瞳に、息を飲む。

「マリアンヌ、…………この婚約を、受けなさい」



――嗚呼、嗚呼。

――この胸に広がる感情は、安堵か、歓喜か。



 あふれそうになる涙にまぶたで蓋をして、私はゆっくり頭を下げて礼をした。

「はい、お父様。……つつしんでお受け致します」

 そうして。
 私とガルシア大公の婚約は、正式に決まったのだった。
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