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第15話
しおりを挟む「マリアンヌ様、旦那様がお戻りになられました」
夜。夕食を済ませ、新しい私室で本を読んでいると、サラが部屋に入ってきてそう言った。
「わかったわ。すぐに行きます」
サラに手伝ってもらい手早く身支度を整えてから、私たちは玄関ホールへと向かった。
*
ホールにたどり着くと、閣下とジルが話をしていた。
仕事帰りということもあり、今日の閣下は騎士服を着ている。私が仕事着姿を見るのはこれが初めてだった。
シルバーの飾緒がついた裾の長い濃紺の上着に、同色のズボンと黒のブーツ。左胸に煌めく勲章以外、無駄な装飾も無く、シンプルだが、それがかえって閣下のスタイルの良さを際立たせていた。
以前見た燕尾服姿も似合っていたが、この姿もとてもよく似合っていて、格好良い。
閣下の姿に見惚れていると、ジルとの話が終わったようだった。
ジルが頭を下げて一歩引く。
そのタイミングで側へ寄り、私から話しかけた。
「アレクサンドル様、お帰りなさいませ」
「ああ、マリアンヌ嬢。……ただいま。今日は迎えに行けず、すまなかった。少し仕事が立て込んでいてね。お詫びと言っては何だが、……コレを」
そう言われて渡されたのは、淡いピンク色をした薔薇に、白の小花と、緑が添えられたブーケだった。
家族以外の男性から花をもらうのは初めてである。
予想外のプレゼントに、一気に心が華やいだ。
「まぁ! 可愛らしい! 嬉しいです! 閣下、ありがとうございます! ぜひお部屋に飾らせていただきますね!」
ブーケを両手で持ち、お礼を言う。
閣下はどこか照れ臭そうな様子で、小さく「ああ」と言った。
「……部屋はどうだ? 気に入ったかい? 足りない物などはなかった?」
「いいえ! 素敵なお部屋をご用意くださっていて、とても感激しました! 足りない物もありませんでしたわ!」
「そうか、それなら良かった」
「ふふっ。本当にありがとうございます」
「まぁ、うん、…………」
「「…………」」
フイと逸らされた視線と、訪れた沈黙。
気を利かせてくれたのだろうが、いつの間にかジルもサラも側にはいない。
(……っ、なっ、何か言わなくては!)
助け舟が居ないとならば自分でどうにかするしかないと、私は慌てて再び口を開いた。
「か、閣下もお疲れですよね! すみません、私ったらこんなところでお引き留めしてしまって。お夕食もまだですわよね?」
「ああ、いいんだ。マリアンヌ嬢は夕食はもう食べたのだろう?」
「ええ。お待ちしてようと思っていたのですが、ジルに言われまして。……閣下がまだなのに、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だよ。気にしないで。……顔を上げてくれ」
そう言われて、閣下の手が左の肩に触れる。
見上げると、何か言いたげな閣下と目が合った。
「マリアンヌ嬢。あの、なんだ……、その、名の、呼び方なんだが……」
「え?」
「『閣下』ではなく、名前で呼んでくれないだろうか?」
「え、名前? ……あっ! 申し訳ありません、私、緊張してしまって、つい閣下とお呼びしてしまいましたわね。では、アレクサンドル様とお呼びすればよろしいですか?」
「……アレクと。アレクと呼んでくれないか? 私と君は、その、……婚約者同士なんだから」
確かに、今や私たちは正式な婚約者同士であり、来年には夫婦となる。
(そうよね。私たち、……婚約者同士で……)
頭では分かっているつもりではあったが、改めて言われると、意識してしまった。
閣下が触れている肩が熱く感じる。
そこから熱が広がり、頬と耳に集まっていく。
「わ、私のことも、マリーと呼んでくださいませ」
聞こえてしまうのではないかと思う位ドキドキと胸が高鳴り、そう返すのが精一杯だった。
なんだか無性に恥ずかしくなり、赤くなっているであろう自身の耳を隠したい衝動にかられる。思わず右手をブーケから離し、片耳だけでもと、右の耳を押さえた。
――それは、その次の瞬間の、ほんのつかの間の出来事。
アレク様の表情がフッと柔らかくなったと同時、肩に置かれていた手が離れ、私が触れていない、私の左の耳を少し撫でた。
胸の高鳴りが加速し、アレク様の指がヒヤリと冷たく感じる程、自分の耳が熱くなっている事実に羞恥が増す。
それでも私は、その微笑みから、目を離すことは出来なかった。
「マリー」
「は、い、アレク様」
「……正直な話、私はあまり女性に慣れていなくてね。気が利かないことも多くあると思う。だが、もう私は君の正式な婚約者だ。この先、それを降りるつもりも無い」
吸い込まれそうな程に美しいグレーの瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「私は、いずれ君の夫になる者として、君を愛し、君を護る為に側にいたいんだ。だから、何かあったら遠慮なく言ってほしい。……こんな私だが、これから宜しく頼む」
最後だけ、不安そうに眉が下がったのが少し可愛かった。
(ああ、素っ気ないだなんてとんでもない……)
この方は、本当に女性との接し方に慣れていないだけなのだ。
不慣れな中で、私の事を思って行動し、こんなにも言葉を尽くして距離を縮めようとしてくれている。私を愛そうとしてくれている。
それが素直に伝わる言葉だった。
(……嬉しい)
思わず顔が綻ぶ。
「私こそ。よろしくお願い致します」
アレク様の想いに見合えるようになろう。
護ってもらえるに値する存在になろう。
(私もアレク様を愛したい)
そう答えながら、薔薇のブーケを胸に抱え、私は強く心に思った。
「……マリー、今日は疲れているだろう? 私のことはいいから、部屋に戻って休むといい」
タイミングを見計らったかの様にジルたちが戻ってくると、アレク様からそう言われた。アレク様の為に精一杯努めたいと思った直後だったため、少し慌てる。
「で、ですが……」
「いいから。……ああ、そうだ。明日の朝は一緒に朝食を摂りたい。少し時間が早いんだが、いいかな?」
「それは、もちろんです。ぜひご一緒させてください」
「じゃあ、尚更だ」
「でも、本当に宜しいんですか?」
「ああ。……昼間は本当にすまなかった。今日はもう部屋に戻って、ゆっくり休んでほしい」
「……では、お言葉に甘えて。おやすみなさい、アレク様」
「うん。おやすみ」
アレク様からは優しい声で諭され、ジルにも笑顔で頭を下げられれば、さすがに引き下がるしかない。
私は最後にもう一度礼をすると、私室へ足を向けたのだった。
*
「アレク様は、本当にお優しい方なのね」
部屋に戻りブーケを見ていると、ぽつりと言葉が漏れた。
「ふふふ。旦那様があのように柔らかい表情をされているのは初めて見ましたわ。マリアンヌ様のことを大事にされているのだなとは思っておりましたが、先程のお二人を見て更に実感いたしました」
ニコニコと嬉しそうにそう話すサラ。
その内容に、私はプッと頬を膨らませた。
「やっぱり。あなたたち見ていたのね?」
出てくるタイミングが良すぎるとは思ったのだ。いつの間にか居なくなっていたのは、まぁ、百歩譲って理解するが、あれを陰から見ていたなんて意地がワルイ。
ジト目で睨めば、サラが慌てた様子で首を横に振った。
「え、あ、や、ちがうんですっ。決して覗き見していたワケじゃ……っ!」
「もうっ! 急に二人きりにされてすっっごく緊張したんだからっ! あんな、あんな……っ!!」
先ほどのアレク様とのやり取りが頭を過ぎり、羞恥が言葉を詰まらせる。
「……っ、あんなに優しい一面があるなんて。……本当に、聞いていないわ……」
なんとか言葉を絞り出せば、最初は私の剣幕に驚いていたサラも、ふふっと笑った。
「私たちも驚きましたよ。マリアンヌ様にはあんな表情をお見せになるんだって。それだけ想われてる証ですね」
「……アレク様の気持ちに応えられるよう、私も頑張らなくてはね」
ブーケを持つ手に、少し力が入る。
「マリアンヌ様なら大丈夫ですよ。……さあ、そのお花は私が飾っておきますので。マリアンヌ様は明日のために、早くお風呂に入って、早めにお休みくださいませ」
「ええ、そうね。ありがとう」
私はそう言うと、ブーケをサラに渡し、浴室へと向かったのだった。
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