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Overnight dream..?(上)
しおりを挟む「谷口さん」
会社の昼休み。
1人で食堂へ行き、とある女性の姿を探す。
いつも窓際辺りで同僚の女性と2人で食べている筈だがと思い近付くと、目当ての女性はおらず、もう1人のほうの同僚女性だけが座っており窓の外をボーッと眺めていたので俺は声を掛けた。
「ん? 佐々木さん?」
「えーっと、1人? 小鳥遊は?」
「あの子はギリギリで課長に捕まっちゃって。私は席取りで先に来たとこです。もうすぐ来ると思いますけど、佐々木さんは……ああ、また餌付けですか?」
「餌付けって……」
俺が持つ小さな紙袋を見て、若干呆れた表情をしながらそう言われすこし恥ずかしくなる。
「そういえば、あの子、心配してましたよ? 最近お菓子くれる度に顔を見つめられるんだけど、どうしたのかなって思って見つめ返せば目を逸らされるって。佐々木さん悩み事でもあるのかなって言ってましたけど。……何してんですか」
「いや、あの……」
「……まぁ、私から見れば、最近の佐々木さんの玲奈に対する気持ちなんてバレバレで、気付かれない佐々木さんを可哀想だなとは思いますけど。いい加減方法考えないと、本当に手遅れになりますよ?」
先ほどの呆れた雰囲気から、諭すような雰囲気へと空気を変えつつそう言われて、思わず空いていた彼女の対面の席に座る。
「いや、俺も焦ってんだよ。あいつ急に雰囲気変わったし。周りにも小鳥遊最近可愛くなったよなって言い出す奴が出てくるしで」
「まぁ……たしかに。うーん、なんて言うか、まるで一気に花開いたみたいな色気を出すようになりましたよね」
「だろっ? ……なぁ、あいつ、やっぱ他に彼氏ができたんかな?」
「いや、彼氏は出来てないってこの前言ってましたけど。それにしては……雰囲気が、ねぇ?」
「…………」
俺には好きな女性がいる。
小鳥遊玲奈というその女性とは同期で入社して3年になる。
彼女の方が2才年下で、今時珍しい黒髪に、あまり化粧っ気のない、言い方は悪いが地味な容姿をしているが、話しかければ普通に会話ができて、笑った表情やふとした仕草がちょっとドキッとしてしまう程には可愛い女性だ。
最初は、同期だからと何気なく話しかけたとこから始まって。
その話しやすい雰囲気から、妹がいたらこんな感じなんだろうなと軽い気持ちでよく話をするようになり。
そこからは、彼女が喜びそうなお菓子を見つけては差し入れしてその喜ぶ姿に癒されたり、たまに気軽に飲みに行ったりするぐらいの関係で続いていた。
「私も気になって何度か軽く突っ込んでみたんですけど、その度にはぐらかされちゃって。本人に話す気がないなら無理には聞けないっていうか。最近のあの子に笑顔で内緒って言われたら、何か私でもドキッとしちゃってそれ以上何も聞けなくなっちゃうっていうか……」
「あーな……」
最近の小鳥遊の様子を思い出して、心の中で同意する。
たしかに谷口さんの言うとおり、最近急に小鳥遊の纏う雰囲気が変わった。
そうそれは正に、硬く閉じていた蕾が一気に花開いたかのような変化で。
見た目としては、ただ簡単にゴムで纏めていただけだった髪を下ろすようになり、それ以外はあまり変わらない筈なのに、ふわりと笑いかけられただけでゾクリとするような空気を纏うようになって。
変わったと感じる理由が、その纏う空気に色気が混じり始めたからだと気付いた時、正直、俺は猛烈に焦り、その時になってようやく自分が彼女に寄せる好意の種類を理解し、自覚した。
「……谷口さん。俺まだチャンスあるかな?」
「……あー。前はあったと思いますよ。……たしかに元彼との事があって、恋愛に対して後ろ向きなところはありましたけど。それでも佐々木さんが話しかけてきた時は本当に嬉しそうな顔をしてたし、カッコイイともよく言ってたし。早々に口説いていれば、普通に今頃は付き合ってたと思いますが、……今となってはちょっと分かりません。むしろ無理気味?」
彼女と仲の良い同僚女性の、その言葉に項垂れる。
たしかにこれは余りにも後手に回り過ぎていると、自分でも自覚していたから。
冷静になって考えてみれば、結局俺は、居心地のいい関係を壊す勇気がなかっただけで。
地味な雰囲気で人目を引かず、自身も恋愛することに消去的な彼女は、きっと誰とも付き合わず、妹ポジションでずっと俺の近くにいてくれるものだと思い込み。
楽なお兄さんポジションに甘んじて、自分からは積極的に動こうとしてこなかった。
だから、小鳥遊だって普通の女性であり、僅かなきっかけさえあれば普通に恋をするし、俺以上に親しい男が現れる可能性だって十分にあるのだと気付いた時には愕然として、今までの自分を殴り飛ばしたくなった。
小鳥遊に男の影がチラついてから初めて本当の自分の気持ちに気付き、慌てて動き出した間抜けな自分の事は棚に上げ、勝手な事を言っているとは分かっていても、俺ではない誰かが花を開かせたというその事実に激しく嫉妬した。
「……誰にも渡したくないんだけど」
思わず言葉が口から零れ出る。
自分の気持ちを自覚した後、俺は堪らず髪を下ろすようになった理由を本人に聞いた。
そしたら少し照れたように頬を染め、少し困ったように首を傾げて苦笑しながら「えーっと、佐々木さんが可愛いって言ったから……?」と言われてしまい、その可愛さと言葉の内容に、雷に打たれたかのような痺れが背筋に走った。
(……あれはヤバかった)
何度思い出しても顔がニヤけ、下半身がズクリと疼く。
(てかマジで、あれが他の男のもんになるなんて冗談じゃねーぞ)
きっかけを作ったのが俺の手ではないというのは癪だが、そこは今まで行動を起こさなかった自分が悪いと割り切るしかない。
今や、ちょっと構いたくなる、地味だけど可愛い妹のような存在は、衝動に任せて襲いたくなるほどの魅力を放つ女と変わっているのだ。
彼氏はまだいないとの事だが、ここで頑張らないと本当に横から掻っ攫われてしまうだろう。
「……スパダリ系男子の百面相ホントおもしろい」
「え?」
「いや、何でもないです」
「……??」
小鳥遊の事を考えていたら、谷口さんがボソリと何か言ったので聞き返してみたが、はぐらかされてしまった。
「佐々木さん」
そのまま頭にハテナを浮かべつつ顔を合わせていると、不意に名前を呼ばれた。
「あのですね。私、玲奈と佐々木さん推しだったんですよ」
「は? え? うん?」
「たしかに玲奈は地味系で、本人もそう思ってる節があるけど。そんなのはただファッションとか化粧がそうなだけで、玲奈自身は可愛いし、あとちょっと化粧とか変えるだけで普通にお似合いな2人になると思ってて。だからというか何というか、早く付き合わないかなって思ってたんですよね」
「ん? うん」
「まぁ、つまり、何が言いたいかと言うと。私、応援してるんで。自覚したなら、渡したくないなんて私に愚痴ってないで行動して下さい」
「……わ、分かった」
「ぶっちゃけ、百戦錬磨っぽい佐々木さんが1人で焦ってる姿も面白いんですけどね。やっぱ私としては2人のイチャイチャが見たいんで、佐々木さんには頑張ってもらいたいです」
「ははっ。了解。……うーん、じゃあちょっとマジで、気合入れて真剣に口説いてみるわ」
「はい、お願いします。よし、じゃあ、そうと決まれば即行動ですね。今日金曜ですし、今夜誘ってみたらどうですか? たぶんですけど、即答オッケーだったらイケるかも?」
「え? なんで?」
「なんでって、え? 普通そうじゃないですか? 週末の夜の誘いなんて、もし仮に付き合いたての彼氏が他にいるなら、オッケーしないと思いますけど?」
「なるほどね……」
(それならちょうどデカイ案件終わった後だし、今日は早く帰れる筈だから、飯誘ってみるか……)
そう思ったところで、谷口さんが食堂の入り口の方に視線を移した。
「あ、玲奈だ」
俺も視線を移すと、キョトリとした顔をしながら小鳥遊がこちらに向かって歩いてくるのが見えたのだった。
*
「あ、なぁ、小鳥遊」
「はい?」
結局俺はあの後、小鳥遊と谷口さんと一緒に昼を食べた。
気を利かせてくれたのか谷口さんは「ちょっと今夜の事で彼氏に電話しないといけないので」と言って早めに食堂から出て行って、今は小鳥遊と2人で食後のコーヒーを飲んでいるところだ。
ちなみに小鳥遊は俺が以前にも買ってきたシュクレという店のプリンを目の前で幸せそうに食べている。
俺が声を掛ければ、その幸せそうな笑顔のまま少し首を傾げて俺を見た。
(……やべぇ。……可愛い)
どうやら俺は彼女のこの仕草に弱いのだということも最近になって自覚した。
というか、彼女に対する気持ちを自覚してから色々な仕草がツボで、中でもこの少し首を傾げて見つめる仕草をされると、言葉に詰まって何も言えなくなってしまうのだ。
「……? 佐々木さん?」
「……っ、あー、えーっと、わり。……あのさ、小鳥遊って今夜予定ある?」
「今夜ですか? いいえ? 何もないです」
考える素振りもなくすんなりと予定はないと言われ、内心ホッとする。
「たまには飯どうかなって。最近行けてなかったし、俺もやっとデカイ案件片付いてさ。今日は早く帰れそうなんだ」
「なるほど! 良いですね! 行きましょ行きましょ!!」
「じゃ、決まりだな」
「ふふっ! 楽しみ!」
その喜ぶ様子も可愛くて、今夜こそは何としてでも口説き落とそうと俺は改めて決心を固めたのだった。
*
(……買うか?)
夜の、ウチのマンションから近いコンビニ。
ミネラルウォーターを手に取りレジに向かう途中、ふと、コンドームの棚の前で立ち止まる。
ちなみにというか何というか、今ウチに小鳥遊が来ている。
というのも、俺たちは昼間の約束通り仕事帰りに落ち合い飯を食いに行って、そして俺は、その場では口説かずいつも通りに話をしながら彼女のことを観察した。
そして、店を出たところで「明日休みだし、今夜はとことん付き合ってくれ」と言って、下心満々で俺のマンションでの宅飲みを提案したのだ。
途中コンビニで適当に酒を買い、2人でウチに着いた時に冷蔵庫の水を切らしている事を思い出し、1人で再び買いに出たところだった訳だが……。
(……買おう)
酔った勢いで襲うつもりはないが、用意しておいて損はないだろう。というか、今日ではないにしても、絶対使ってやる。
そう思って、俺はコンドームの箱も手に取りレジへと向かった。
コンビニの袋を持ちマンションへ帰るまでの短い時間。
俺は、以前に一度、小鳥遊が俺のウチに来た時の事を思い出していた。
今日のように2人で飲みに行ったら帰る途中で雨に降られて。
明日休みだからと、近かった俺のウチに寄ってもらいシャワーを貸した後、そのまま2人で飲み直した。
その時の小鳥遊は俗に言う彼シャツ+俺の短パン姿で、こう、ジワリとくるものも確かにあったのだが、結局は手を出すことなくお互い飲み潰れてリビングで雑魚寝して朝を迎えたのだった。
(今思えば、ほんと俺のアホ……)
あの状態で朝まで2人でいて何も無いなんて、完全に女として見ていないと宣言しているようなものだろうに。
(確かにあの時は、アレだったけど……)
他人に取られてしまう可能性があると気付いた時になって、慌てるなど馬鹿すぎる。
(……はぁ。今までの事を反省して、今夜に賭けるしかねーな)
俺はそう思うと、自宅マンションの扉を開けた。
*
「……佐々木さん? 飲むんじゃないんですか?」
俺は帰り着いた後、適当に言い訳を並べて先にシャワーを浴び、上がった後は、更に言いくるめて小鳥遊にシャワーを浴びさせた。
不審に思われるかと思ったが、2回目ということもあるのか、彼女は割とすんなり浴室へと消えて。
そして、俺自身はTシャツに薄手のスウェットズボンを履き、水を飲みながら小鳥遊があがってくるのを待っていると、彼女が、俺が用意した俺のシャツ+俺の短パン姿で出てきてそう言った。
(……俺、なんであの時襲わずにいられたんだろ……)
その姿をもう一度見たいという変な欲が出て用意したが、小鳥遊への気持ちを自覚した今の俺には刺激が強過ぎた。
(つか、前は雨で仕方なかったとはいえ、今回はほんと……。素直に着すぎだろ。まぁそんだけ俺が無害って思われてるって事なんだろうけど……!!!)
「……あの? 佐々木さん?」
赤くなりつつある顔を片手で覆い、彼女のその姿を直視できないでいると、彼女が側まで来て俺の名前を呼んだ。
「えーっと? やっぱり何か悩んでるんですか?」
「は?」
続けられた意外な言葉に、彼女の顔を見てポカンとする。
「あれ? 悩み事があって、ゆっくり飲みながら話がしたいから家に呼んで、朝までコースってことでシャワーまで浴びさせたんじゃないんですか?」
(ああ、昼間谷口さんが言ってたやつか……)
俺に悩みがあるのではないかと、小鳥遊が心配していると言っていた。
(まぁ、悩んでるっちゃ悩んでるけど)
小鳥遊を手に入れるにはどうすればいいのか、仕事以外では、最近はずっとそればかりを考えている気がする。
「……小鳥遊、ちょいこっち来て」
「……?」
俺は、小鳥遊に手招きをして俺の前に立たせ、両手を握って見上げた。
「なぁ、小鳥遊。……小鳥遊って俺の事どう思ってる?」
その手の柔らかさと華奢さにドキドキしながらそう尋ねると、彼女が予想外の事を聞かれたと言わんばかりに目を見開く。
「え? ……えー? ……私の事を妹みたいに扱ってくる同期?」
「……後は?」
「うーん、あと? ……は、カッコよくて、背が高くて、仕事ができて、営業課期待のエースで。なのに彼女を作らない? できない? 謎な人?」
「そうじゃなくて、気持ち的に。……好きか嫌いかとか」
「好きですよ? え、ほんと、どうしたんですか?」
軽いテンションで好きと言われ、何故かすこしカチンとくる。
「あのさ!」
「はいっ?!」
「……あのさ。……俺、小鳥遊のこと好きなんだよね」
「え?」
「あの、その、だから、……抱かせてくんね?」
「………………」
抑えきれない焦りが彼女の扇情的な格好で更に煽られ、カチンときた気持ちのままに衝動的にそう言ってしまったが、長く続く沈黙に、やはり性急過ぎただろうかと早くも後悔する。
(……やっぱ焦り過ぎ? 今日は無理か?)
「たか…「いいですよ」
「え?」
そして、なんとか沈黙を破ろうと彼女の名前を呼びかけた瞬間、彼女が口を開いた。
「……セックス、ですよね? ……いいですよ」
恥ずかしそうに頬を染めながら首を傾げ、少し眉を寄せながら彼女が言葉を紡ぐ。その様が堪らなく可愛くて。
「でも、それなら、お願いがあるんですけど」
「……なに?」
「寝室に、入れてください」
俺は、その様子と言葉の内容に煽られるまま急いで立ち上がり、彼女を抱きかかえると、我慢できずに寝室へと連れ込んだのだった。
*
【Side 玲奈】
(んんーと? いつの間にかゲームの世界に入っちゃったのかな?)
ついそう思ってしまうような展開が起きている。
2人でご飯を食べに行って、流れで彼の部屋に行き、シャワーを浴びて、彼の服を着る。
ここまではまだギリギリだがリアルだったと思う。前にも経験があったから。
(……私スマホ触ってないよね?)
お酒飲ませて、最近悩み事を抱えているっぽかった彼のその悩みをぶち撒けてもらう予定だったのに。
どこで間違ったのか、何故か手を握られて告白をされている。
(佐々木さんが私を? ……待って。ないないないない有り得ない)
たしかに私たちは仲が良いほうだとは思うが、彼と出会ってからの3年間、私たちは1度もそんな雰囲気になった事はないし。
イケメンで背も高く、仕事もデキて優しい、そんな乙女ゲームのキャラクターみたいな人が、この地味な私を好きになるなんて、それこそゲームでなければ有り得ない。
(今日金曜だし! 隠れキャラはリアルに忠実なのかも?)
……あのゲームなら可能性はゼロではない。
(え。ってことはもしかして……?)
あまりにも急な展開に思考が追いつかず、パニックになった脳内でグルグルと考えていれば。
「あの、その、だから、……抱かせてくんね?」
とうとう分岐点と思われる質問をされてしまった。
(ゲームでも佐々木さんとするなんて、心臓に悪いんだけど……)
あのゲームの仕組みはよく分からないし、未だに夢かゲームなのかも分からないが、仮想と現実が溶け混ざった曖昧な世界を知っている私は、そんなことを考えつつも、気付けばYesと言っていた。
もしかしたら、いつもみたいに朝起きたら何もなかったことになってるかもしれないけれど。この夜の続きはないかもしれないけれど。
この人には夢でもいいから抱かれたい、ついそう思ってしまったから。
(こっちの世界でのセックスが終わったら、どこの世界に飛ばされるんだろ? ……逆にあっちの世界とか?)
お願いして寝室に連れて行ってもらう途中。
私はそんな訳の分からないことを考えてしまったのだった。
*
キシリ……と音を立ててベッドに下された瞬間ハッとした。
(え。っていうか、本当に?!)
なんだかよく分からないまま衝動的にOKしたが、よくよく考えれば、ずっと憧れていた人と今からセックスをするという状況なのだ。
急激な気恥ずかしさに襲われて、頭の中がパニックに襲われる。
目線を上げれば、私を組み敷きながら上体を起こし自身のTシャツを脱ぐ彼の姿が見えて。
ベッドサイドの照明だけが光を放つ薄暗い部屋。
その照明に照らされて浮かび上がるその引き締まった体があまりに強烈で直視できない。
(まっ、え?! ホントに?! リアルなの?! ゲームなの?! まさかまさかの4人目、ボーナスステージ!!?)
「……っ?!」
夢に見ることさえ諦めていた展開に、目線を合わせられないまま再びグルグルと考えていれば、Tシャツを脱ぎ終わったのだろう、不意に顔の横に片手をつかれ、もう片方の手で頬に触れられて、体がビクリと震えた。
「小鳥遊? 急にどうした? ……顔赤いけど、恥ずかしくなった?」
頬を軽く撫でられるだけでも、羞恥の波が私を襲う。
「あ、の、佐々木さん」
「ははっ。マジでどうした。……大丈夫か?」
名前を呼ばれたので目線を合わせれば、目元をほんのり染めて、どこか楽しそうに声を掛けられて。
その顔が好きすぎて、胸がキュッとする。
(ちょっと……本当にどうにかなりそう)
ただただ自分にとって都合のいい夢かもしれないが、その尋常でない心臓のトキメキに、きちんと確認して自分に言い聞かせないと呑まれてしまいそうだと思い、私は慌てて口を開いた。
「あの、ごめんなさい。する前にこれだけは確認したいんですけど……」
「なに?」
(あれ? 待って。なんて訊ねればいいんだろ?)
「これって、……ワンナイトって事でいいんですよね?」
「…………は?」
「……え?」
ゲームですよねと訊ねることも憚られ、一瞬考えた末にそう聞いたのだが、絶句するかのように彼の動きがピタリと止まり、私もつられて思考を止めた。
「……え? って、え? なんで? なんでそうなる?」
「や、だって。……そうじゃないと有り得ない」
(今までがそうだったし……)
「男の人は疲れるとシたくなるって聞いたから、だから佐々木さんも欲求不満なのかなって。ワンナイトってことならまだなんとか納得できるかなって」
「いやいや待て待て待て。何言ってんの。じゃあさっきのやり取りは何だったんだよ。俺、小鳥遊に好きだって言ったよな?」
「そうですけど……。え? でも、本気で? あり得ない」
「だから何で? 何であり得ないの?」
「いや、だって……」
何故か怒ったように問い詰められて、しどろもどろになってしまう。
「……そもそも、営業課のエースと事務課の地味子じゃ釣り合わないし。えーっと、兄妹みたいって周りから言われてるのも知ってるし。事実、私たちはそんな感じで、その、今までだって1度もそういう雰囲気になった事もなかったじゃないですか」
「それは……」
「えーっと。……まぁ、この際だから言っちゃいますけど、私、結構本気で佐々木さんの事好きなんですよ」
「……は? 嘘だろ? そんな、今まで全然……」
知らなかったと言わんばかりに唖然と目を見開く佐々木さんがちょっと可笑しくて、笑ってしまう。
「……それはお互い様じゃないですか? 私だって、まさかこんな形で口に出すことになるとは思ってなかったです。でも、……ずっと好きだったんです。付き合えたらなって、彼女になれたらなって思ってました。でも、私、全然自分に自信がなかったし、その上で3年間妹みたいに扱われて、女として全く見向きもされなくて」
「いや、あの、それは」
「やー……、だから佐々木さんと、その、するのは嫌じゃないというか、むしろしたいと思ってるんですけど。展開が急すぎて全然現実感がないというか……。頭が追いつかないというか……」
そこまで話をすると、力が抜けたかのように佐々木さんが私の横に倒れ込んできて、腕を伸ばされて、キュッと抱き締められた。
「……小鳥遊」
「……はい」
「俺もぶっちゃけるけど、俺かなり焦ってたっていうかさ、ずっと悩んでたことがあるんだよ」
頭上で紡がれた言葉に顔を上げて覗きこめば、口元には笑みを浮かべながらも、困ったように眉を寄せる彼の顔が見えた。
「……最近急に、小鳥遊の雰囲気が変わった。可愛くなったし、色っぽくもなった。男が出来たのかって思った時、かなり焦って。……勝手な事言ってるのは分かってるけど、絶対逃さねぇって思ってさ。どうすればいいのかなってずっと悩んでた」
「……うそ」
「ほんと。小鳥遊だって、俺の事心配してくれてたんじゃねーの?」
「……してましたけど。え? まさかそれで?」
「そ。小鳥遊を手に入れるにはどうすればいいのかなって、悩んでた」
「……え。本当に、私を好き?」
「ああ。好きだ。キスして、抱いて、……俺のもんにしたいくらい好きだよ」
彼の手がゆっくりと私の頬を撫でる。
「……嫌じゃないなら、キスさせて。……抱かせてほしい」
自分の瞳が困惑で揺れているのを感じたが、ずっと好きだった人から真っ直ぐに目を見つめられ、抱かせてほしいと言われて。
それでもまだモダつくほどの初心さは、もう私には残っていなかった。
「…………は、い。……キスして。抱いて下さ……んんっ」
彼の手に自らも頬を寄せ手を重ねれば、温かい彼の体温を感じて、何故か無性にホッとして、自然とそう答える途中でキスをされた。
「ん。……っ、ん。ふ、んん……っ」
「なぁ、名前で呼んでいい?」
「え? んっ。はい。ん、っ」
「ん。……玲奈。お前の唇柔いな。キス気持ちいい」
「そう、ですかね? ……わわっ」
キスをしている途中不意に体を回され、気が付けば、再び佐々木さんから見下ろされていた。
「佐々木さ、ん……ふ、ん……」
名前を呼ぶ途中で唇を塞がれ、開けていた隙間から彼の舌が入ってくる。
「んんっ、んっ、……っ、ぅ、んっ……はっ」
「玲奈。玲奈も俺のこと、悠斗って呼んで?」
「ん。悠斗さん。……悠斗さん」
(……うわ。どうしよう。すごく嬉しい)
彼に甘く名前を呼ばれて、私も彼の名を呼びながらキスをする。
舌を絡め、求め求められて。その夢に見ることさえ諦めていた彼とのキスは心が震えるほどに気持ちが良かった。
「……っ?!」
不意に耳殻をレロリと舐められ喰まれて。
たったそれだけでゾクゾクとした快感が背筋を走り体がビクリと跳ね、そのことに自分でも驚いていると、クツクツと笑う声が耳元から聞こえた。
目線をそちらに向けると、先ほどと同じように目元をほんのり染めながらどこか楽しそうに笑う悠斗さんの顔が見えて。
(なにこの破壊力)
「玲奈、可愛い」と言いながら甘く微笑まれて。
(心臓がやばい)
額に軽くキスをされて。
(ひぃぃーーー!)
再び貪るようなキスをされた。
「やああっ、あっ、ん、んんっ、ひ、やっ」
首筋を舐められ、歯を立てられ、時折強く吸われて。
そのチリチリとした痛みを感じる度に快感の波に襲われ、抑えられない声が溢れ出る。
「んんっ、はっ、……っ! ま、待って、悠斗さんっ」
シャツの裾から手を入れられ胸の頂に彼の指が触れた瞬間、なんだかもう耐えられなくなり、私は慌てて声をかけた。
「……どうした?」
「あの、すみませ。……なんか、心臓もたないっ」
「……っ」
「だからちょっと、えっと、私からさせてくれませんか?」
「は?」
受け身はドキドキしすぎてマズイと、もしかしたら攻める方ならまだなんとかなるかもしれないと思いそう言ってみると、唖然とされてしまった。
それでもグイグイと体を押せば素直に体を反転させてくれて、私は必死に息を整えながら彼を見下ろしたのだった。
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