蒼月館の招待状

天音 翔杜

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第4章 記憶の裏手にひそむ影

第10 話二度目を止める足

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 夜の館は、異様なほど静まり返っていた。
 西棟の廊下には、黒い踏み跡が濃く刻まれ、まるで帰巣する鳥の道のように一点へと収束している。
 その先に——あの影がいる。

「……これが最後だ」森が低く告げる。
 翔も頷き、ナイフを握る手に力を込めた。
 結衣と水沢は後方で踏み跡を警戒している。

「二度目を踏ませる前に……潰せばいいのよね?」水沢の声は硬い。
「そうだ。踏まれた瞬間に“型”は完成する。完成前に足を止めれば……巡りは崩れる」森は短く答えた。

 暗闇の奥から、一度目の足音が響いた。
 一定の間隔——次が二度目だ。
 翔は息を止め、影の足が黒い板に触れる瞬間を狙った。

「今だ!」森の声と同時に翔が飛び出す。
 ナイフが影の足首をかすめ、黒い靄が弾けた。
 影は低い呻き声を漏らし、間合いを崩す。

「崩れた……!」水沢が叫ぶ。
 しかし影はすぐに体勢を立て直し、別の板を踏もうとする。
 森が横から体当たりをし、翔が足元へ刃を叩き込んだ。
 刃が深く沈み、影の動きが一瞬止まる。

「押せ!」森と翔が同時に力を込めると、影の足は黒い踏み跡の外へずれ落ちた。
 二度目が響かない——その事実が、館全体の空気を変える。

 廊下を覆っていた靄が薄れ、黒い板が灰色へと戻っていく。
 だが影はまだ消えない。上半身を揺らし、長い腕を振り回す。
 結衣が後方から叫ぶ。
「もう一回! 二度目を完全に潰すの!」

 翔は残った力で影のもう片方の足を狙う。
 森も同時に刃を走らせた。
 二人の動きが重なり、影の両足が踏み跡から外れる。

 ——その瞬間、館が低く唸った。
 天井から砂のような埃が落ち、壁の古い型の刻みが音を立てて崩れ落ちる。
 影は声にならない声を上げ、靄に溶けていった。

 静寂。
 黒い踏み跡は跡形もなく消えている。
 翔は深く息を吐き、ナイフを下ろした。

「……終わった、のか?」
 森は廊下を見渡し、小さく頷いた。
「型は崩れた。巡りも切れたはずだ」

 だが水沢は足元を見つめたまま呟く。
「じゃあ……これ、何?」
 彼女の足元に、小さな黒い点が一つ——あの踏み跡の、始まりのような印が残っていた。
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