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第3章 閉ざされた回廊
第2話 欠けた声の在処
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誰からともなく、椅子の軋みと共に体が浮いた。
再び歩き出すと決めたわけではない。けれど、この場に留まり続けることの方が、よほど危ういと感じた。
重く静かな空気に背中を押されるように、翔たちは自然と立ち上がっていた。
「ちょっと……確認しておきたいことがある」
翔が口を開いた。
「俺たちって、全員で何人だった?」
唐突な問いに、水沢が眉をひそめた。
「八人よ。確か、名簿でも人数分の部屋でも、そうだったはず」
「そう、なんだけど……どうも引っかかるんだ」
翔の目はロビーの奥――廊下へと続く扉に向いていた。
「館に来てから、ずっと誰かを見ていた気がするのに、誰だったのか思い出せない。
部屋の中にいたことも、食堂で隣に座っていたことも、何度もあったような気がするのに――その顔がまるで、思い出せないんだ」
「記憶違い、ってだけじゃない?」
水沢は苦笑したが、結衣が小さく首を振った。
「私も、さっきそれを考えてた。確かに“いた”って思えるのに、その人が話した言葉も、服の色も、印象すらぼやけてて……」
中川が静かに呟いた。
「記録が残らない、ということが現実に起きているとすれば、誰かが“いた”という痕跡だけが、私たちの中に薄く残っているという可能性があります」
森が、ロビーのソファに腰を下ろしながら口を挟んだ。
「それが沈んだ音の正体かもしれませんね。
記録には残らず、ただこの空間に沈んでいく誰かの痕。それが、今、浮かび上がりかけている」
全員が再び沈黙した。
暖炉の灰は冷えきり、細く煙ることすらなくなっていた。
翔はふと、暖炉の真上――肖像画の額縁を見上げた。
鵜飼幸蔵の眼差しが、さっきよりもずっと深く沈んで見えた。
その視線の先に、何かを伝えようとする意思すら感じられた。
「……一度、東棟を見に行ってみよう」
翔の言葉に、誰も反対しなかった。
あの場所に、彼らが“見落としていた何か”がある気がした。
それはもしかすると、記録に残らなかった声――誰にも届かず、ただ館に沈み、今なお残り続けている痕跡かもしれない。
そう、誰かの記憶の欠片が、あの回廊のどこかに。
再び歩き出すと決めたわけではない。けれど、この場に留まり続けることの方が、よほど危ういと感じた。
重く静かな空気に背中を押されるように、翔たちは自然と立ち上がっていた。
「ちょっと……確認しておきたいことがある」
翔が口を開いた。
「俺たちって、全員で何人だった?」
唐突な問いに、水沢が眉をひそめた。
「八人よ。確か、名簿でも人数分の部屋でも、そうだったはず」
「そう、なんだけど……どうも引っかかるんだ」
翔の目はロビーの奥――廊下へと続く扉に向いていた。
「館に来てから、ずっと誰かを見ていた気がするのに、誰だったのか思い出せない。
部屋の中にいたことも、食堂で隣に座っていたことも、何度もあったような気がするのに――その顔がまるで、思い出せないんだ」
「記憶違い、ってだけじゃない?」
水沢は苦笑したが、結衣が小さく首を振った。
「私も、さっきそれを考えてた。確かに“いた”って思えるのに、その人が話した言葉も、服の色も、印象すらぼやけてて……」
中川が静かに呟いた。
「記録が残らない、ということが現実に起きているとすれば、誰かが“いた”という痕跡だけが、私たちの中に薄く残っているという可能性があります」
森が、ロビーのソファに腰を下ろしながら口を挟んだ。
「それが沈んだ音の正体かもしれませんね。
記録には残らず、ただこの空間に沈んでいく誰かの痕。それが、今、浮かび上がりかけている」
全員が再び沈黙した。
暖炉の灰は冷えきり、細く煙ることすらなくなっていた。
翔はふと、暖炉の真上――肖像画の額縁を見上げた。
鵜飼幸蔵の眼差しが、さっきよりもずっと深く沈んで見えた。
その視線の先に、何かを伝えようとする意思すら感じられた。
「……一度、東棟を見に行ってみよう」
翔の言葉に、誰も反対しなかった。
あの場所に、彼らが“見落としていた何か”がある気がした。
それはもしかすると、記録に残らなかった声――誰にも届かず、ただ館に沈み、今なお残り続けている痕跡かもしれない。
そう、誰かの記憶の欠片が、あの回廊のどこかに。
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