9 / 30
記憶の喪失
初めての収穫
しおりを挟む
たった一晩でなんの変化も期待していなかったのに……。
「……芽が出てる」
黒服の男の人から貰った種は変化は無かったけど、お爺さんから貰った種は昨日植えたばかりだというのにもう可愛らしい芽を地面から覗かせていた。
「すごい!!すごいね!!すごい種を貰っちゃった!!」
「キュイ!!キュイ!!」
キュイと手を取り合って、嬉しくて回ってしまう。キュイも声高らかに喜んでくれる。
「こんなに早く成長するなら収穫だってあっと言う間かもね」
種を植えて水と光があればなんとかなるだろう程度の農業の知識しか無かったけれどなんとかなるものだ。
「早く大きくなってね」
上機嫌で可愛らしい芽に話しかけながら水やりを済ますと、ズボンを脱いで水源の前に立った。
「キュイ~?」
「今日はね、この水源の下に小さな溜め池を作ろうと思ってるんだよ」
不思議そうに首を傾げたキュイに今日の目標を伝える。
ゆくゆくはこの水源の水量を増やして麓の町まで川を作りたいけど、まだまだ水量が足りない。ここに水が溜まるように穴を掘っておけば雨水だって溜められて使える水量が増すだろう。
「キュイキュイキュイ!!」
欲張っても上手く行くか分からないので、目印に両手を広げたぐらいの円を地面に描いて、石で穴を掘り始めるとキュイも同じ様に穴掘りを手伝ってくれる。
膝丈の深さに掘った穴に集めてきた石を敷き詰めて……完成?
「これ成功したのかな?」
流れ落ちた湧き水はどんどん地面に吸収されていって一向に溜まる気配を見せない。素直に瓶を置いておけば良かったけど、瓶なんて無いし、お城で分けて貰えたにしてもそれをここまで運ぶのはなかなか大変そうだ。
……一晩様子を見て改善点を考える事にして、キュイと今日のご飯の調達に行こう。この辺りは緑が残っているから木の実が期待出来る。
ーーーーーー
周囲を周って拠点にもでっていた僕の広げた服の裾には期待通り、いや十分過ぎる木の実が集まった。
「キュウ!!」
「キュイもいっぱい採れた?わ!!」
繁みの中から顔を出したキュイの口には小鳥が咥えられていた。
途中から別行動するよという様に一声鳴いて木々の中に消えて行ったと思ったら狩りをしていたのか。
「狩りをしてきたの?成長したね」
少し前まで逃げられてばかりだったのに、もう一人で狩りが出来るようになったのか。僕も負けてられないな。
誇らしげに小鳥を咥えてきたキュイは僕の目の前に小鳥を下ろすと前足で差し出してくる。
僕に?
僕の為に獲って来てくれたのかと思うとまた胸の中が温かくなっていく。
何だか懐かしい感覚……。
「ありがとう、キュイ。でも僕はこの小鳥を料理する知識も道具もないからキュイが食べてくれる?」
「キュ?キュウゥゥ……」
せっかくの好意だけど僕にはこの小鳥を捌く技術は無い。キュイの様に丸かじりも出来ないので気持ちだけありがたく受け取るので小鳥はキュイに食べて貰いたい。
「僕が料理出来るようになったら、一緒に食べさせてね。それまでキュイがいっぱい食べて強くなって欲しいな」
「キュイ!!」
気持ちが通じたのか、キュイは小鳥を咥え直すと木の側まで移動して小鳥を食べ始めた。
食物連鎖とはいえ、可愛いキュイの食事場面を見るのは少し怖いと思っていたからありがたい気遣いだった。
ーーーーーー
次の日、朝から雨だった。
「寝床を用意して貰えてて助かったね」
シトシト降り続く雨を眺めながら採っておいた木の実を齧ってのんびりキュイと一日を寝て過ごした。
そしてさらに次の日……。
「もう実ってる……」
呆然とする僕の前で穂を実らせた麦の周りをキュイが楽しそうに回っている。流石に農業に疎い僕でも異常な速さだという事ぐらいわかる。
何で?まさかキュイの力?
「キュイ!!もしかしてキュイは神様の遣い!?」
この国の神様は僕だけど、僕のお父さん……天上の国にいるという父神様の遣いなのでは?不甲斐ない僕にも慈悲を与えてくださっている。抱き上げたキュイは小さく首を傾けた。
昨日の雨で溜め池にも十分な水が溜まっていた。
「すごいよキュイ!!神様、ご慈悲をありがとうございます。この身の全てを捧げて罪を償って参ります!!」
キュイに堪らず抱きつくと遊んでいると思ったのかキュイは尻尾を大きく揺らして僕の体を叩いてくる。
キュイが居てくれたら全てが上手くいきそうな、そんな幸せな予感に胸を熱くした。
ーーーーーー
黒い服を着た男の人から貰った種から芽が出ていた。これで前払いを貰った分の仕事は出来ただろうか?
お爺さんから分けて貰った麦の種はすくすくと成長して、3日目にして黄金色の穂を実らせ頭を垂れていた。
僕は平たい石で、キュイはその牙で、一抱えの麦を収穫した。
「よし、この麦を町へ運ぼう」
とても国民全ての飢えを凌ぐ程の量では無いが、種用に残す分以外を干草で編んだ縄で一纏めに括りつけると、背中に負った。意外に難しくてよろけながらも山を下り始めると、先導していたキュイが足を止めた。
「ウウウウゥゥ……」
初めて聞く様な低い唸り声……。
そんなに強い敵が近づいてきているのだろうか。キュイも狩りが上手になったとはいえ、まだ獲物は小鳥や小動物、ワーヴォルだったら勝ち目はないだろう。
せっかく麦が収穫出来たのに、これを捨てて逃げたくない……でもキュイまで危険な目にあわせるのも嫌だ。
キュイに麦を持って逃げてもらうか……必死に打開策を考えていると鼻を引くつかせたキュイの体が大きく跳ね上がった。
「キュイ!!キュイ!!キュイ~!!」
「え!?待って、キュイ!!」
嬉しそうに駆け出したキュイの後を追うと待ち構えていたのはキュイの何倍もある大きさの真っ白なロードフォクスだった。キュイは嬉しそうにその足元で跳ねている。
「もしかしてキュイのお母さん?」
もしかしたらお父さんかもしれないけれど、キュイを愛しそうに舐めるロードフォクスの様子から家族であることは間違いないだろう。家族が迎えに来てくれたんだ。
喜ばしい事の筈なのに……胸がチクチクと痛んだ。
「キュイ……良かったね。もうはぐれちゃ駄目だよって、キュイ?」
そっとお別れをしようと思った僕の体をキュイがお母さんの方へ押してくる。近づくとキュイのお母さんは体を低くして尻尾で僕の体を叩いてくる。
「もしかして乗せてくれる?」
「キュイィィィ」
「クウゥゥゥゥ」
そうだと答える様に2匹の鳴き声が重なった。
恐る恐る乗ったキュイのお母さんは速かった。
木々を避けながら進む速さに目を閉じている間に山を下り、町の側まで辿り着いている。
僕があれだけ苦労した山が一瞬……さすが魔物。
町に魔物が現れると騒ぎになりそうだし、攻撃される可能性も考えて降ろして貰おうと思ったけど、降ろしてくれる気配は無い。城の前まで連れて行ってくれるみたいだけど……。
「さすがに町の中は危険だから……「クウゥゥゥゥ!!」
僕が止めるより早く、キュイのお母さんが大きな鳴き声を上げた。町まで届いたのか慌ただしく人が移動を始め、みな家の中へと入ってしまった。
魔物が来たら家に逃げ込み過ぎ去るのを待つ様にしているのか?
人の居なくなった町の中をキュイのお母さんは慣れた様子で進んでいく。城の門は固く閉ざされていたけれど、門の前には肉の塊が置いてあった。
麦を降ろしてキュイのお母さんの背中に戻ると、お母さんは肉を口に咥えて、悠々ともと来た道を戻っていく。
この肉は魔物が町を襲わないように、代わりに用意された物なのかもしれないな。
上手く共存しているのだろうが、この肉とあの麦とが交換では民のお腹は満たされないままでは?もっともっと沢山の作物を育てないと……僕を乗せてキュイのお母さんは山を駆け上ってくれて……あっという間に畑に戻ると畑を守る様にキュイが待っていてくれた。
「……芽が出てる」
黒服の男の人から貰った種は変化は無かったけど、お爺さんから貰った種は昨日植えたばかりだというのにもう可愛らしい芽を地面から覗かせていた。
「すごい!!すごいね!!すごい種を貰っちゃった!!」
「キュイ!!キュイ!!」
キュイと手を取り合って、嬉しくて回ってしまう。キュイも声高らかに喜んでくれる。
「こんなに早く成長するなら収穫だってあっと言う間かもね」
種を植えて水と光があればなんとかなるだろう程度の農業の知識しか無かったけれどなんとかなるものだ。
「早く大きくなってね」
上機嫌で可愛らしい芽に話しかけながら水やりを済ますと、ズボンを脱いで水源の前に立った。
「キュイ~?」
「今日はね、この水源の下に小さな溜め池を作ろうと思ってるんだよ」
不思議そうに首を傾げたキュイに今日の目標を伝える。
ゆくゆくはこの水源の水量を増やして麓の町まで川を作りたいけど、まだまだ水量が足りない。ここに水が溜まるように穴を掘っておけば雨水だって溜められて使える水量が増すだろう。
「キュイキュイキュイ!!」
欲張っても上手く行くか分からないので、目印に両手を広げたぐらいの円を地面に描いて、石で穴を掘り始めるとキュイも同じ様に穴掘りを手伝ってくれる。
膝丈の深さに掘った穴に集めてきた石を敷き詰めて……完成?
「これ成功したのかな?」
流れ落ちた湧き水はどんどん地面に吸収されていって一向に溜まる気配を見せない。素直に瓶を置いておけば良かったけど、瓶なんて無いし、お城で分けて貰えたにしてもそれをここまで運ぶのはなかなか大変そうだ。
……一晩様子を見て改善点を考える事にして、キュイと今日のご飯の調達に行こう。この辺りは緑が残っているから木の実が期待出来る。
ーーーーーー
周囲を周って拠点にもでっていた僕の広げた服の裾には期待通り、いや十分過ぎる木の実が集まった。
「キュウ!!」
「キュイもいっぱい採れた?わ!!」
繁みの中から顔を出したキュイの口には小鳥が咥えられていた。
途中から別行動するよという様に一声鳴いて木々の中に消えて行ったと思ったら狩りをしていたのか。
「狩りをしてきたの?成長したね」
少し前まで逃げられてばかりだったのに、もう一人で狩りが出来るようになったのか。僕も負けてられないな。
誇らしげに小鳥を咥えてきたキュイは僕の目の前に小鳥を下ろすと前足で差し出してくる。
僕に?
僕の為に獲って来てくれたのかと思うとまた胸の中が温かくなっていく。
何だか懐かしい感覚……。
「ありがとう、キュイ。でも僕はこの小鳥を料理する知識も道具もないからキュイが食べてくれる?」
「キュ?キュウゥゥ……」
せっかくの好意だけど僕にはこの小鳥を捌く技術は無い。キュイの様に丸かじりも出来ないので気持ちだけありがたく受け取るので小鳥はキュイに食べて貰いたい。
「僕が料理出来るようになったら、一緒に食べさせてね。それまでキュイがいっぱい食べて強くなって欲しいな」
「キュイ!!」
気持ちが通じたのか、キュイは小鳥を咥え直すと木の側まで移動して小鳥を食べ始めた。
食物連鎖とはいえ、可愛いキュイの食事場面を見るのは少し怖いと思っていたからありがたい気遣いだった。
ーーーーーー
次の日、朝から雨だった。
「寝床を用意して貰えてて助かったね」
シトシト降り続く雨を眺めながら採っておいた木の実を齧ってのんびりキュイと一日を寝て過ごした。
そしてさらに次の日……。
「もう実ってる……」
呆然とする僕の前で穂を実らせた麦の周りをキュイが楽しそうに回っている。流石に農業に疎い僕でも異常な速さだという事ぐらいわかる。
何で?まさかキュイの力?
「キュイ!!もしかしてキュイは神様の遣い!?」
この国の神様は僕だけど、僕のお父さん……天上の国にいるという父神様の遣いなのでは?不甲斐ない僕にも慈悲を与えてくださっている。抱き上げたキュイは小さく首を傾けた。
昨日の雨で溜め池にも十分な水が溜まっていた。
「すごいよキュイ!!神様、ご慈悲をありがとうございます。この身の全てを捧げて罪を償って参ります!!」
キュイに堪らず抱きつくと遊んでいると思ったのかキュイは尻尾を大きく揺らして僕の体を叩いてくる。
キュイが居てくれたら全てが上手くいきそうな、そんな幸せな予感に胸を熱くした。
ーーーーーー
黒い服を着た男の人から貰った種から芽が出ていた。これで前払いを貰った分の仕事は出来ただろうか?
お爺さんから分けて貰った麦の種はすくすくと成長して、3日目にして黄金色の穂を実らせ頭を垂れていた。
僕は平たい石で、キュイはその牙で、一抱えの麦を収穫した。
「よし、この麦を町へ運ぼう」
とても国民全ての飢えを凌ぐ程の量では無いが、種用に残す分以外を干草で編んだ縄で一纏めに括りつけると、背中に負った。意外に難しくてよろけながらも山を下り始めると、先導していたキュイが足を止めた。
「ウウウウゥゥ……」
初めて聞く様な低い唸り声……。
そんなに強い敵が近づいてきているのだろうか。キュイも狩りが上手になったとはいえ、まだ獲物は小鳥や小動物、ワーヴォルだったら勝ち目はないだろう。
せっかく麦が収穫出来たのに、これを捨てて逃げたくない……でもキュイまで危険な目にあわせるのも嫌だ。
キュイに麦を持って逃げてもらうか……必死に打開策を考えていると鼻を引くつかせたキュイの体が大きく跳ね上がった。
「キュイ!!キュイ!!キュイ~!!」
「え!?待って、キュイ!!」
嬉しそうに駆け出したキュイの後を追うと待ち構えていたのはキュイの何倍もある大きさの真っ白なロードフォクスだった。キュイは嬉しそうにその足元で跳ねている。
「もしかしてキュイのお母さん?」
もしかしたらお父さんかもしれないけれど、キュイを愛しそうに舐めるロードフォクスの様子から家族であることは間違いないだろう。家族が迎えに来てくれたんだ。
喜ばしい事の筈なのに……胸がチクチクと痛んだ。
「キュイ……良かったね。もうはぐれちゃ駄目だよって、キュイ?」
そっとお別れをしようと思った僕の体をキュイがお母さんの方へ押してくる。近づくとキュイのお母さんは体を低くして尻尾で僕の体を叩いてくる。
「もしかして乗せてくれる?」
「キュイィィィ」
「クウゥゥゥゥ」
そうだと答える様に2匹の鳴き声が重なった。
恐る恐る乗ったキュイのお母さんは速かった。
木々を避けながら進む速さに目を閉じている間に山を下り、町の側まで辿り着いている。
僕があれだけ苦労した山が一瞬……さすが魔物。
町に魔物が現れると騒ぎになりそうだし、攻撃される可能性も考えて降ろして貰おうと思ったけど、降ろしてくれる気配は無い。城の前まで連れて行ってくれるみたいだけど……。
「さすがに町の中は危険だから……「クウゥゥゥゥ!!」
僕が止めるより早く、キュイのお母さんが大きな鳴き声を上げた。町まで届いたのか慌ただしく人が移動を始め、みな家の中へと入ってしまった。
魔物が来たら家に逃げ込み過ぎ去るのを待つ様にしているのか?
人の居なくなった町の中をキュイのお母さんは慣れた様子で進んでいく。城の門は固く閉ざされていたけれど、門の前には肉の塊が置いてあった。
麦を降ろしてキュイのお母さんの背中に戻ると、お母さんは肉を口に咥えて、悠々ともと来た道を戻っていく。
この肉は魔物が町を襲わないように、代わりに用意された物なのかもしれないな。
上手く共存しているのだろうが、この肉とあの麦とが交換では民のお腹は満たされないままでは?もっともっと沢山の作物を育てないと……僕を乗せてキュイのお母さんは山を駆け上ってくれて……あっという間に畑に戻ると畑を守る様にキュイが待っていてくれた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
119
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる