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第2章 王子

恋とはどんなもの?

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兄上は神子に本当の恋心を植え付けろと言った。
「俺に都合のいい勝手な解釈だけどな」
そう言って笑う兄上の顔は……いつもの笑顔とは少し違って見えた。

俺に……恋?


ーーーーーーーーーー


翌朝、食堂に姿を現した神子はいつもと変わりなく見えた。 
俺が食事をとる様子をそっと伺ってくる。
いつもは目障りだと思っていた視線すら……こちらの心の持ちようで変わってくる。
スープの野菜を掬うと神子の肩が僅かに跳ねた。

この野菜がどうした?
俺が口へ運ぶのを凝視してくる。
もう一度同じ野菜を持ち上げても同じ反応をした。
昨夜神子は朝食の仕込みの準備を手伝っていると言っていた……俺の反応を待ってる?

「う……美味い……な」
料理を褒めた事などいままでなく……ぎこちなくなったが口に出してみると、神子はパッと花が咲いたように笑顔を見せた。

周りの使用人たちも取り繕ってはいるが嬉しそうに口角が上がった。
いつの間に使用人たちを味方につけていたのか……俺は全く神子の生活を知らなかった。

その後は……兄上とユーリの視線が気になって、無言で手早く食事を済ませた。
鐘の音が聞こえお供の兵士達が到着したことを告げる。
まだ自分の食事中だというのに使用人達の後をいそいそと付いてくる。食事中に立ち上がるなんてと思うのに……それ以上に神子の様子が可愛く思えてしまう。
昨日までは忌々しいとまで思っていた行動なのに……。

「いってらっしゃい!イザーク王子!!」
「……行ってくる」
神子の笑顔にそれだけ返すのがやっとだった。


ーーーーーーーーーー


兄上やユーリにも向けない笑顔を惜しげもなく俺に向けてくる。

「あれで本当は好意なんて持ってないなんて……人間不信になりそうだ」
「お前が人を信用してたなんて驚きだな」
俺の独り言のボヤキに団長が突っ込みを入れてきた。

「俺はいつでも人の為に尽くしているでしょう」
「騎士の努めとしてな……お前個人の感情で人の為に尽くした事が何度あるよ?」
的確とも言える団長の言葉に持っていたペンを握りしめ……力を込めすぎて折れてしまった。

しかし、反論出来ない程に団長の言葉は身に沁みた。
騎士とはこうあるべきという像を追い掛けていただけで、心からこんなにも誰かの為に動きたいと思ったのは昨日が初めてだった。

「そんな事より……神子様の具合はどうよ」
「は?何ですかいきなり」
神子に気持ちをかき乱した事で悩んでいるのが見透かされたかとドキリとしたが、そっちの具合では無かった。

「いや、あのルシアン王子とユーリ王子が妃にって話だろ?あの二人がベタぼれするほどのもんがどれほどのもんか気になるじゃねぇか」
何を想像してやがると団長を睨むが、妄想の世界に入り込んだ団長は気づかない。

妃……そういえば、あの二人は父上の前でそんな宣言をしていた。
そんな時から兄上は神子の事を考えていたのか……。
それなのに俺は……。

「あの二人が相手でもまだ子は産まれてないんだろ?俺達にも回って来そうだよな。是非1度くらいはお相手願いたいものだなぁ」
「……団長、貴方は奥様がいらっしゃるでしょう……」
「堅いこと言うなよ!神子だぞ?神の子だぞ?一生に1度そうそうあるもんじゃねぇんだ。あいつには花束や宝石でも贈ってご機嫌とってりゃ大丈夫だよ!!」
折れたペン先を団長の額めがけて投げるが寸前で掴みとられる。

「何だ?お前まで神子様に夢中か?あれだけ嫌がって『くだらない』の一言で片付けていた奴が……こりゃあますます神子様にお会いしたくなったなぁ」
大声で笑いながら肩を組んできた団長の手の甲に手に残っっていたペンの片割れを突き刺した。
「いっだぁ!!お前っ!!仮にも俺はお前の上司だぞ!?団長だぞ!?」
「騎士団の長たるもの、それに見合った言動をお願いいたします。奥様に密告しますよ」

強そうな事を言っているが、女性が厳重に守られるこの国で女性は強い。
この国一の豪傑である騎士団長すら尻に敷かれている。
慌てて自分の机に戻っていった団長にため息を吐きながら俺も書類に視線を戻した。

父上から言い渡された期限は3ヶ月。
それまでに御神木に変化が見られなかったり、一人の子種で実る卵が一度きりなら……神子は俺たちの手から離れ、毎日違う男の相手をさせられる。

1ヶ月が経ち御神木には何の変化もない。
初め神子の登場に喜びに沸いていたが、他の国にも神子が現れ、早々に子をなし……我が国の神子はハズレだなという意見が城内で囁かれている……それは神子のせいではない……俺のせい。

兄上は神子を恋に落とせと簡単に言うが……兄上なら容易かろうが俺にはかなりの難題だ。
人に好かれたいと思ったことがないのでどう行動に出て良いのかわからない。
そもそも神子は俺に好かれたくないと思っている。

無意識に俺なら自分に興味を持つことはないだろうから、俺の事を好きだと言う神子。
それは、神子に好きだと伝わった時点で俺の失恋が確定するわけで……昨夜の神子の様子が頭を過った。


そもそも俺は神子のことが好きなのか?

神子を守りたいと思った。
隣国の神子の様にはしたくないと思った。

それは昨日の隣国で目にしたものへの衝撃で、神子に対する同情と罪悪感を抱いているだけなのでは?

自分の置かれている状況がわかっているのかわかっていないのか、ヘラヘラと笑っていた神子。
嫌いなはずだった神子の笑顔……今はそれを守りたいと思っている。
俺でなくても良いのだ、兄上でもユーリでも……。

兄上の腕の中で眠る神子を思い出す。
そうだ、神子はあんなに兄上に心を許している。
指でまではいけたのは、きっと兄上が時間をかけてそこまでは神子の心を解いてきたから。
あと1ヶ月待たずに……兄上が神子を抱いてやれば良い。
兄上ならきっと御神木に卵を実らせ続けられるんじゃないかと漠然と思う。

俺には……無理だ。

胸が締め付けられる様に苦しい。
頭では兄上が適任だと思うのに、心がそれを嫌がっている。

神子の笑顔を守るのが俺であってくれと……渇望していた。
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