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シリアスが行方不明

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いろんな意味で電流の走った衝撃的な出会いに打ち拉がれる両肩を隊長ががっしりと掴んできた。

「まだ腰抜けてるんですから優しくしてくださいよ……」

あれ?「意気地なし」とかそういう軽口が返ってくるかと思ったけど、隊長は至極真面目な顔で俺の顔を……目をジッと覗き込んでくる。
えっと……近くね?体を後ろに反らそうとしても隊長に肩をしっかり掴まれて逃げられない。視線を逸らすと殺される様な緊張感、隊長の顔がゆっくりと近づいてきて……。

「よし、お前は大丈夫みてぇだな!!」

体を支えていた隊長の手が肩から離されて俺の体は後ろへひっくり返った。

「大丈夫じゃない……」
頭は庇ったけど背中が痛い。

「誰も通すなって言っていたんだが、ディックが悪かったな」

まさかあんなガチで殴るとは思わなかったけど、ディックさんの様子少しおかしかったもんな。

だがそれも仕方あるまい。俺みたいに真贋を見極める目を持っていればともかく、やりたい盛りの若者にエレーナさんのあの姿は堪らんよね。あの若さでこんな男だらけの中で過ごしていれば女性に免疫がなくても仕方ない。

「若さゆえ……仕方のないことですね。若いって良いなぁ」

俺も昔、友人と一緒に夕陽に向かって「彼女が欲しい」って叫んだなぁ……。

「何が若いって良いなぁだ、ガキのくせして……まぁあいつが未熟なせいではあるがエレーナの『魅了魔法』は強力だからな。もしお前に掛けられてたら危うくディックがルノに氷漬けにされるところだったぜ」

「『魅了』ってあの『魅了』ですか?」

サキュバスとかリリスとか女悪魔系キャラが男を誘惑する系のあの魅了?

「あの『魅了』がどの『魅了』かわからんが、あいつは男をある程度自由に操れる……そういうの鑑定ではわからねえのか……」

「ルノさん……羨ましいと思ってましたけど、すっごい人に惚れられちゃってるんですね」

「お?それはわかったのか。他の奴らも騙されてるがエレーナはすげぇぞ。あいつとルノは魔力の点で相性最悪、お互い悪影響しか与えねぇ……側にいると確実に悪い結果になるってルノがどんだけ突っぱねても『私は聖女、私なら大丈夫、私がルノルトス様の全てを受け止めて差し上げます』って笑うだけで聞きゃしねぇ」

真面目な話なのに……隊長のエレーナさんの真似が気持ち悪すぎて頭に入ってきやしない。

「ルノは気付いてるか知らんが、あいつが月猫亭以外の店に行こうもんならその店はな……その日から客がゼロになり潰れちまう……俺はこれもエレーナが裏で何かしてると睨んでるが、俺達には何も出来ん。自警団の奴らはあいつの手の上だしな」

紹介文で読んだ時よりも更に危険度が増した。叩けば叩くだけ余罪が出てきそうだ。
普通に女性恐怖症になる案件だよ。

「というわけでお前、間違ってもエレーナに手を出そうなんて気を起こすなよ?」

むちうちになる勢いで頭を縦に振ると、壁に掴まりながら体を起こした。

作りかけだったパンはどうなったろうか?せっかく初めての石窯だったのに……ルノさんに楽しみにしててって言っちゃったのになぁ……。

気持ちはなんだか沈んでしまったけど……気を取り直してパンを仕上げる為に歩き出そうとしたが、俺の体が浮かび上がる…………チュッ。

……は?
頬に感じたカサついた感触……。

「な、な、なっ……」
「さっき真っ赤な顔で口パクパクさせてたから、期待されてたのかと思ったが違うのか?」

キスされるのかと逃げようとしたが期待など微塵も無い。
「違うに決まってんだろ!!誰が期待なんてする……か……」

タ・イ・ミ・ン・グ……。
間が悪いのは俺か、ルノさんか……入り口にルノさんが立っていた。

「ル……ルノさんっ……これはっ!!」

「ただいま、シーナ」

にっこりと微笑むルノさんが逆に怖い……どうしよう!?なんて説明したら誤解だとわかってくれるか。

「隊長、シーナはカイ達程幼くないんですから嫌がられますよ」

「ああ……頭が空っぽ過ぎてつい同じ様に扱っちまうんだよな。悪ぃ、悪ぃ」

「!?」

隊長に降ろされた後も俺は動けずにいる。

「純粋って言うんですよ。シーナはしっかり自分で考えて行動できてますよ、ね?シーナ」

「…………」

ルノさんの問い掛けにも答えられず、俺は無言で歩き出し、布巾で手を拭うとパン生地を調理台へ叩き付けた。

おかしい……。

『隊長!!あんたシーナに何してんだ!!』『ルノさん違うんです!!これは誤解で……』『は!!お前らがいつまでもウダウダやってっからだ!!』『隊長……あんたにシーナは渡さないっ!!』

……的な修羅場を覚悟してたのに何だこのほんわかムードは!?

予想外の展開に俺はレシピさんの指示を無視してパン生地を調理台へ叩きつけ続けた。

「ほら……隊長があんまり子供扱いするからシーナも怒ってるじゃないですか。いくら愛おしくても10歳を過ぎた子に挨拶で唇はつけませんって」

まさかの欧米!?

「シーナ、隊長も悪気があったわけじゃないから機嫌をなおしてね」

ルノさんが頭を優しく撫でてくれて……これどう反応を返したらいいんでしょうか。

「子供扱いされたぐらいで拗ねるところが子供なんだよ……ああ、そうか!!ルノからの挨拶がないから拗ねてんのか!!」
「はあ!?何勝手な事……っ!!」

チュッ…………耳に届く軽いリップ音と……頬を掠めた柔らかな感触。

「ルルルルルッ……!!」
「愛してるよ、シーナ」

うぎゃあぁぁぁっ!!
純粋過ぎるのはあんただっ!!何隊長の戯れ言信じてんだ!!エレーナさんの衝撃が吹き飛ぶわっ!!

叩き付けられすぎたパン生地がスライムと化してしまう!!

「さてと……シーナがアホ面に戻ったところでルノ、話がある」
隊長は急に真顔になって食堂を顎で指し示した。

「……はい。シーナ、肩を壊さないように気をつけてね」
ルノさんも隊長の表情で何かを読み取ったのか隊長について厨房を出て行った。

食堂の隅、窓の外を見ながら真剣な顔付きで話す二人……エレーナさんの事を話しているのだろう。

俺がエレーナさんの存在に衝撃を受けてたから?……頬にそっと触れてみた。

……もっとスマートなやり方があるだろうに。

隊長から見たら、本当に10歳の子供と変わらないぐらい危なかっしいのかもしれない。心配症な父親だよ。

心がストンと落ち着いたところで、レシピさんの指示に従う余裕を取り戻し、パン生地を寝かせる為に皿を取りに食器棚に向かった。

「これ……何で?」

足を止めた先には、粉々に砕かれた神竜の像が落ちていた……2体分……ルノさんに買って貰った物なのに……。

細かく砕かれ、どれがどこの欠片かどちらの欠片かもわからない残骸を手でかき集める。

「パン生地を叩き付け過ぎた衝撃で落ちちゃったのかな……」

「本当にそう思うか?」

話は終わったのか、二人は俺の背後に立っている。

「皿は1枚も落ちてねぇのにか?」

隊長の言いたい事は……恐らく俺の頭の中に浮かんでいる予想と同じだろう。でもそれを口に出すのは憚られた。

神竜の欠片を集める俺の手にルノさんの手が乗せられる。
「俺のせいだね……ごめん。俺は神は信じていないけど、このままにしておくのは可哀想だ。シーナの力で元に戻してあげられないかな?」

ルノさんも同じ人を想像しているんだろう。笑顔が寂しそう。ルノさんが悪いわけじゃないのに……ルノさんに謝らせるなんて……神竜を壊された悲しみよりも怒りが勝ってくる。

神竜を鑑定すると『神竜の像の欠片《お手製可》』になっているけど……2体分の筈なのに1つしか鑑定結果が出ない。

「ちゃんと元通りになるか心配ですけど、なんとか出来そうです」

「そうか……良かった。もしシーナの顔を曇らせたままなんて事にされてたらどうしようかと思った……」

ホッと息を吐き、表情から力の抜けたルノさんの背後で石窯と竈から火が噴き出した。

「落ち着けよ~ルノ」
緊張感のない間延びした声で隊長は石窯と竈の蓋を閉め直す。

神様っ!!お願いします!!無理してでも何でも元の姿に戻ってください!!

必死の願いを込めながら『お手製可』に触れた。

いつもより激しい光の中、失敗したかと恐る恐る目を開けたそこには……1体の神竜像……なんだけど、2体分の欠片が混ざって合体してしまったのか、小太りになってしまった。

「これは……これで可愛いので有りでしょうか?」

「お前が有りだと思うなら有りなんじゃねえの?」

鑑定すると『お手製の神竜の像(S)……敬虔な祈りの込められたエルポープス?かもしれない像』になっている。鑑定のくせに『?』をつけるな。

ルノさんに買って貰った神竜の像は消えてしまったけど、ルノさんは満足そうに食器棚の上に設置してるから良いのかな。

「神様、シーナをお守りください」

ルノさんは設置したばかりの神竜像にそう言って手を合わせた。神様は信じてないって言ってたのに……その姿に、心が軽くなって俺も隣で手を合わせた。

「世界が平和になりますように」

「お、じゃあ俺も……シーナが悪い女に引っ掛かりませんように!!」

隊長の手を打ち鳴らす音は……多分分かっていて毎回耳の側だからやめて欲しい。

「引っかかんないし」

「騙される奴は大概そう言うんだ。鼻の下伸ばしてたじゃねぇか」

「それは……男の性ってやつで……」

知らなきゃ普通に美人だし……体、柔らかかったし……。

「シーナ……お姫様探しを手伝ってあげるとは言ったけど、エレーナとは応援してあげられないかなぁ」

「だからエレーナさんは無いですって!!そんな申し訳無さそうな顔しないでくださいよ!!」

流石にあの紹介文を知った上でいけるほど俺は男ではない。

「お前……お姫様って……やっぱガキじゃねぇか」

「笑うな隊長!!」

ヒロインが伝わんなかったから思いつかなかったんだ!!仕方ないだろう!?

シリアスどこ行った!?
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