EDGE LIFE

如月巽

文字の大きさ
53 / 80
Case.04 心情

東都 東地区α 四月八日 午前九時〇四分

しおりを挟む
「基礎検査の各数値はほぼ問題なし、か…」
  懇々と眠り続けている患者・美南の検査結果を液晶スクリーンに映る電子カルテと並べて眺めながら、疾風は口に含んでいる飴へ歯を立てる。
心拍数は一般成人男性に較べてやや少ないが、仲川に頼んで表示させている過去カルテでも似た様な数値が出ており、平常時の数値が判らない事も考えると判断材料にするのは難しい。
 基礎検査である程度の異常値や原因を絞り込む事ができれば、転院という名目で自分のマンションに連れて帰るという方法が取ることができた。
しかし、美南の結果を見る限りでは異常値は無く、CT撮影された脳の画像を確認しても何処にもおかしい物は見当たらない上に停止している訳でもない。
この長い期間を眠り続けている症状の手掛かりになる物は確認できず、このまま手続きを踏んで連れ出すのは些か無謀が過ぎる。
(……こうなってくるとやっぱ脳波測定するべきか?脳神経科の知り合いが残ってるといいが…)
 自分がよく出入りしていた時期は二十代前半の頃。当時の院長に呼ばれて臨時医師として勤めた時はあったが、その頃から数えても既に六年以上過ぎている。
 院内専用の携帯端末に医師の名前を表示し、無意識に煙草の箱を探す手を小箱へ移動させて飴を摘む。
 普段ならこの時間は既に数本目を咥えているが、当然のことながら院内は禁煙だ。個人に与えられる診察室にいる間は飴菓子で紛らわせているが、同じ味に口が飽きているらしく、嗜好品を求める自分が居る。
「そう都合よくいかねぇか……」
 画面に映る医師名に自分が知る者はいない事を確認し、普段とは違う手順の煩わしさに溜息を吐いた疾風は、通院・入院患者の予定を見ながら検査技師へ予約依頼を送るためホログラムキーボードに指を跳ねさせる。

 前任だった医師から聞いた話によると、患者がこの病院に運ばれて来たのは2年半前のことらしい。
 通報は美南に同伴していた人型機体に内蔵エマージェンシーコールに依るもので、救急搬送されてきた時には既に現在と同じような昏睡状態。
 治療室に入って間も無く父親だという男が来たそうだが、検査中で席を外し気味であったことと相手方がマスクをしていた事もあり、顔はよく覚えていないらしい。
 傍にいた人型機体に確認をとると無機質に首を縦に振り、父親は説明を聞いても特に心配するような素振りは見せなかったという。
(そもそも一つの病院にずっと寝かして置いてるのもどうなんだよって話だよな…)
 必要項目を全て入力し、該当する医科担当者へ依頼書を送信して息をつく。
まだ幼少期だった頃、疾斗はその稀有で強力な能力が身体を蝕み、幾度となく長期睡眠に陥ることがあった。
子供の自分にはどうすることも出来ず、睡眠障害専門治療機関へ連絡を取った父と共に向かい、起きない弟をひたすら呼び続けていた事がある。
超長期間に及ぶ昏睡となれば、本来は其方に見せるのが妥当のように思うが、今の院長に聞こうにも、仲川は地位に就いて約一年だ。彼が事情を聞かされているかは正直難しい。
自分の立場を突きつけて聞くのは容易だが、そこまで手荒な要求をするのは違うだろう。そもそもそれが分かったとしても、目覚めへの解決になるかどうかはまた別の話だ。
 考え過ぎから皺を寄せる眉間を撫で整え、ずれた伊達眼鏡を目位置へ戻して身体を伸ばせば、机上に置いていた携帯端末が鳴り響いた。
「はい」
『アンタがの進藤ね?脳神経科の渡辺よ』
(わざわざ地位強調してくるとか面倒くせェなオイ…)
『送ってきた内容みたけど、異常が無い患者の脳波測定ってどういうことなの?』
「えー…それは、ですね、外傷も腫瘍も見られないのに眠り続けていると言うのが気になりまして…」
『御家族の同意を得てからじゃなきゃ出来ないわよ?それぐらい当たり前でしょう、分かってる?』
「……仲川院長より、日程の日取りを該当医科へ先に連絡するよう言われてい…ま、した、ので。渡辺先生のご都合がつかないようでしたら改め…させ、ていただきますが…」
『…別に良いけど。可否でたらさっさと連絡してよね。じゃ』
僅かに舌打ちを響かせたと同時、一方的に通信は切られ信号音が残る。
 声を聞く限り自分よりかは幾分か若いように思うが、異様と思える程に高圧的だ。女性医師は地位格差を解らせたいのか、その態度が全て音に出ていることを気にする様子もなかった。
 あと一分話していたら間違いなく怒鳴り返していただろう。
 思わず出そうになる素の反応を喉で押さえつけ、一般常識に欠けている相手に使いたくもない敬語を何とか並べられた自分に、内心で軽く拍手した。
(後は佐多と疾斗待ちだな、とりあえずは…)
はらわたが煮え繰り返るのを深呼吸で宥め、何個目になるかも判らない糖質を放り込む。
スクリーンに映り続けるカルテを再度確認しながら、まだ数時間ある待ち時間への苛立ちを溶け出したばかりの飴玉ごと噛み潰した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...