過去に繋がる電話

兎月悠

文字の大きさ
1 / 4

1

しおりを挟む
 優しい風がレースのカーテンを揺らしている。5年前に恋人と選んだ物だ。この部屋にある家具はほぼ全てそう。大学に入学してから始めた同棲生活は毎日が楽しくて、(たまには喧嘩もしたけど)今まで過ごしてきた時間で1番幸せだった。カーテンもベッドも食器もその頃と何も変わらない。しかし今のこの空間には最も大切な存在が足りなかった。
 優輝、俺の恋人であった彼とは高校で出会った。気さくで物腰の柔らかい彼には友達が多く、俺もその中の一人でしかなかった。しかし2年でクラスが被り、部活も同じであったため自然と共に過ごす時間が増えた。そこから彼に恋をするまでにそう時間はかからなかった。
 高校3年の夏に交際をスタートさせ、大学に入学すると同時に同棲を始めた。それはもう順調に、素敵な日々を過ごした。しかし今から3年と少し前、彼はこの世から居なくなってしまった。

 今日は梅雨時には珍しく晴れた気持ちの良い日だったため、幾分か気持ちが楽だった。いつかは手をつけなくてはならないと思っていた部屋の片付けに取り掛かる。未だに何かしていないと寂しくなるのは未練がましいのだろうか。自分は強い人間だとは思っていなかったが、ここまで弱いとも思っていなかった。
「あれ、懐かしい」
 ふと、箱の中から灰色の四角い機械が出てきた。高校時代に使っていたガラパゴス携帯、通称"ガラケー"を数年ぶりに手に取る。
「さすがにもう使えないかな」
 とは言ったものの、何となく充電コードを差してみる。
 洋服の入れ替え、棚の整理、あぁ、積み重なったダンボールも何とかしなきゃ。
 一休みしようと思った時にはもう日が暮れていた。部屋の電気をつけるために立ち上がると何かに足を引っ掛けてしまった。その先に繋がれたものを拾い上げる。折りたたまれた携帯を開くと、明かりがついた。
「まだつくんだ」
 久しぶりに触るボタンの感触やアルバムに入った懐かしい写真。そこには高校時代の思い出がたくさん詰まっていた。
 後でゆっくり見よう。そう思いひとつ戻ると電話帳が目に入った。今はほとんど連絡を取らなくなってしまった古い友人の名前がずらりと並んでいる。
 "七海優輝"
 その中にあった四文字から目が離せなくなる。美しく、大好きな名前。
「優輝」
 海のようにおおらかで、笑顔が優しく輝くその名の通りの彼が恋しくなる。1日に何度呼んでいただろうか。その回数は減り、当たり前のように返って来た声はもうない。
「あ」
 前の画面に戻ろうとした時、誤って発信ボタンを押してしまった。
 プルルル…プルルル…
 無機質な発信音が鳴る。
「――はい」
「え、あ、すみません、間違えました」
 焦って相手の返事を聞く前に通話を切ってしまった。失礼にも程がある。でもまさか繋がるなんて思わないじゃないか。
「……え」
 何故繋がったのだろうか。よく考えたらこの携帯の契約はとっくに解除している。不思議に思い試しに他の人に掛けてみようとしても発信すらされなかった。それに、
「今の、声」
 途端に頬を温かいものが伝った。たった一言。加えて咄嗟のことですぐに切ってしまったが、今になって先程の声が何度も響く。それは間違いなく、最も恋しい声だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

処理中です...