5 / 150
〇05 囚人と美しき花のテェレーヌ
しおりを挟む牢獄に投獄されて今日で五年が経つ。長年囚人となっていた俺は、今日やっと解放されるのだ。
アベル・シドライド。そいつはどこにでもいる人間だった。
けれど俺は五年前に貴族の重要人物を殺害した容疑で警察の世話になった後に、暗く冷たい牢獄にぶちこまれて囚人の仲間入りとなった。
それからは、地獄の日々だった。
人殺しの汚名を着せられて、牢屋の中で生きる日々は過酷としか言い様がなかった。
不潔な牢獄の中で、正真正銘の罪を犯した人間達と共に詰められて過ごす。
食事の量は少なく、罰として従事させられる労働もひどい物だった。
だが、無実を訴える事を止めた代わりに真面目に過ごす事を評価されて、今日やっと牢獄から出られる事になったのだ。
「これでやっと、あいつに会える」
俺は、看守に見張られながら歩く。
そいつとの出会いは約三年前に遡る。
「そこで何をしているの?」
その日は、社会勉強と称して物好きな貴族達がお勉強をしに、監獄を見学しに来る日だった。
その時にやって来た一団の中にいた少女が、アベルへと声をかけて来たのだ。
「貴方は、牢屋に入っているから犯罪者なのね」
分かり切った事を聞く娘はとても美しかった。
この世界に生きるどんな娘よりも輝いて見えて、アベルが今まであった人間の中で一番の美しさを備えていた。
輝く金髪は漆黒の夜に輝く月の様に煌めいていて、大きな瞳は宝石のように光をたたえていた。
薄汚い牢獄にはもっとも似つかわしくない人間。
「牢屋にいるのは犯罪者だ。だが、俺は罪なんて犯していない」
無実を訴えたのは気まぐれだった。
見世物にさせられている不満から、「俺は人なんて殺した事ない」普段の取り繕った仮面がはがれてしまっていたのだ。
「本当に? じゃあ濡れ衣なのね。大変だわ。看守さんに話してきてあげる」
こちらの言う事を真に受けて、疑いもしない女は箱入りにも程があると思った。
当然、その女が看守に言ったところで、俺が出してもらえるはずもない。
むしろどういうことかと問い詰められて、「余計な事を吹き込むな」と脅され、「冗談だ」と誤魔化す羽目になった。普段の勤勉な態度を取り繕うのに苦労したくらいだ。
そんな問題が起こったのだから、当然お嬢さんの興味は続かないと思った。住む世界が違う女との邂逅はそれきりだと思った。なのに、「こんにちは、アベル」「また来たのか」そいつはよくやってきた。
鉄格子ごしに、どうでもいい話をして数時間喋る。
アベルだけではなく、気さくに他の囚人達とも。
本当に変わった女だった。
薄汚い世界でまばゆく光る存在。
女の名前はテェレーヌ。
どうでもいい事だが、花を育てる事が趣味らしい。
けれど、テェレーヌの評価が変わり者から愛しい女へ変わったのはいつの事だっただろうか。
確かそれは、そう身も凍る様な寒さの日の事だった。
「ここはとても冷たい場所で、寒いわ。こんな所にいたら凍えてしまいそう」
「そんな病気になりそうで汚い場所に来るお前は物好きの極みだ」
「まあ! またそんな可愛くない事を言って」
牢屋の鉄格子越しにの会話する俺達は、手を伸ばせば触れ合えるような距離にいた。
けれども俺から女に触れる事はない。女の存在は、あまりにも眩しすぎて、住む世界が違い過ぎたからだ。
だけど、いつもよりほんの少しだけその距離がちぢまっていたその日、「本当にこんなに手を冷たくして、もう少し温かくしてくれればいいのに」彼女はそんな心境はお構いなしに、俺に触れてきた。
「人の手ってのは温かいんだな」
「あら、そんな事も知らなかったの」
躊躇う事もまるでなく触れられたその手は、こちらの手をすっぽりと覆い、暖かな温もりを分け与えていた。
なんてことのない囚人の日常の、一コマ。
けれど、後から振り返ればそれが、テェレーヌの評価を変えた出来事だったと分かる。
そして月日が流れて、ようやくアベルが牢獄から出られる日がやってきた。
外に出たら行こうと思っていた所は、もうすでに決まっていた。
テェレーヌが話してくれた、よく行く公園の花畑だ。
暇な時はよくそこで散歩をしているらしい。今日もそこにきっといるに違いない。
建物から出て歩き出す。
出会ったらまず、花を愛でる手を握りしめて、そして何と言おうか。憎まれ口を叩くか、素直に感謝をのべるか、意表をついて告白するか。
最初の一言を考えるアベルは気が付かなかった。
背後にいる看守が、出たばかりの囚人を見送るつもりが無かった頃に。
「死ね! 犯罪者め! 貴様の様な穢れた人間が罪をゆるされる事など一生ありはしないのだ!」
銃声が一発。
倒れ伏したアベルは、己の体から勢いよく血が流れだしている事に気が付いた。
倒れた場所のすぐ傍には可憐な花が咲いている。
「テェレーヌ」
眩しいばかりのその存在に触れられた事はあっても、自分から触れた事は一度もなかった。
その機会は永遠になくなりそうである。
美しい花に手をのばす。
その感覚はあの時とまるで同じ。
頼りなく、強く触れれば壊れてしまいそうなくらいに繊細で。
触れた花弁はやわらかく、天から降り注ぐ日差しを帯びてほんの少しだけ温かかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる