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〇141 養子として名家に迎えられた私は、本物の娘が戻ってきたのでお払い箱のようです
しおりを挟むその変化は穏やかな昼下がりに起った。
「お父様、お母様、ただいま戻りましたわ。人さらいに攫われて遠い国まで行ってしまっていたけど、親切な人が助けて下さったので帰ってこれましたの」
「よく帰ってきたな! 大変だったろう!」
「無事でよかったわ! 今日はなんて素敵な日なんでしょう!」
ーー目の前で仲良く抱き合う親子。
それを私は白けた顔で見つける。
彼等は血のつながっている親子だ。
理想の家族といっていいくらい、とても仲が良い。
しかし私は、そんな彼等とは誰とも血が繋がっていない養子。
わけあって、養子である事を隠しながら、今まで生きてきたーーこの家の本当の子供として育てられてきたーー人間だ。
けれどもーー
本物の娘が帰ってきたなら、名ばかりの偽物なんてもうお払い箱だろう。
自称育ての親達は、もう心にもない「自慢の娘です」とか「養子ですけど、愛しい大事な娘ですよ」なんてセリフを言わなくていいし、私もそんなセリフを聞かなくていいのだ。
とある名家があった。
その家には、可愛らしい娘がいたらしいけれど、ある日ならず者の手によって連れ去られてしまったらしい。
名家の者達は、連れ去られた娘を探したが、見つからなかった。
そのため、私という養子を迎え入れる事にしたのだ。
彼等は、本物の娘には「何もできなくても、ただ幸せに生きてくれたらいい」と思う様な良い親だった。
けれど、本当の娘ではない私には「名家に迎え入れてやったんだから、その分しっかり役に立て」と思う様なロクデナシだった。
だから私はこんな家は出ていきたかったし、何度か脱走した事もあるけれど、その度に連れ戻された。
一生この家で暮らすのだと思うと、絶望感に押しつぶされそうになったが、本物の娘が帰って来たなら話は別だ。
私はようやく解放されるのだ。
案の定。
私は数日後、なけなしのお金と、生活用品をもたされて放り出された。
社交界では、私は不慮の事故で死んだ事にされるそうだ。
特に貴族の子供に、仲の良い知り合いなどはいなかったので、面倒事を避ける意味でもそれで良いと思う。
さて、どうしよう。
元から名家の娘として生きてきたなら途方に暮れていたところだが、私は孤児で貧民街で育った経験もある。
貴族としての生活で得た教養を活かせば、それなりにやっていけるだろう。
お払い箱にされても、まったく困らないわけだ。
だから私は、本屋に目を付けた。
店主に頭を下げ、頼み込み、そこに勤める事にした。
本を売る仕事の傍ら、写本作りにも精を出した。
それは貴族向けの、教養の本や高名な学者向けの、学術書などなどだ。
文字の読み書きを活かした職業はすぐに、成果を出した。
丁寧な仕事が評判となり、私を雇ってくれた本屋の主も助かると喜んでいた。
これからはこの仕事をこなして生きて行こう。
そう思っていたのだがーー。
あの名家が私を連れ戻しに来た。
帰って来た名家の娘が、恋愛結婚がしたいといって、平民と一緒になったためだ。
家の名前を守るために、私の存在が必要になったというわけだ。
「どうせ、裕福な暮らしが忘れられずに、恋しい思いをしていたんだろう」
「またこの家で暮らせるようにしたから役に立ちなさい」
不慮の事故で死んだはずの私をどう生き返らせるのかと思ったら、遠い異国に攫われてーーとか周囲へ言い出した。
鼻で笑うしかない。
彼等は、どこまでロクデナシな人達なのだろうか。
私はそんなロクデナシ達の事情のために、数か月後に政略結婚をさせられ、どこかの国の王子の伴侶となった。
結婚相手としてかなり良い相手だからと、名ばかりの両親であるあの二人は喜んでいた。
当然私は、地獄に落ちろと呪った。
げんなりしたままの私は再び飼い殺しにされる日々を送るのかと思っていた。
けれど、その王子は心の優しい人だった。
私の境遇を理解し、労わりの言葉をかけ、出来る事ならなんでも我儘を聞いてくれた。
一時期ふてくされていた私だが、彼の優しさにふれて、次第に好きになってしまった。
王宮にいる者達やお世話係の者達も、みな良い人ばかりだから。
だから、こんな生活も悪くないと思えてきたのだ。
それなのに。
新しい生活に慣れた頃。
あの二人が、再び私を利用しようとしていたのだ。
本当の娘の我儘で、珍しい鉱石を手に入れようと考えた彼等は、その鉱石がとれる遠くの異国まで直接赴いたらしい。
しかしそこで事故にあって、とある洞窟の中に閉じ込められたとか。
結果的に救出されて、生き延びる事はできたらしいが、閉じ込められた際に動き回った彼等は、奥の道で偶然その場所を見つけてしまった。
神聖な、余所者が入ってはいけない場所に。
彼等はそこに踏み入っただけでなく、その現地にあった守り神のための水晶を壊してしまったのだとか。
それはその土地の者達にとっては、とても大切な物だったそうだ。
だから罪を問われた後、彼らは守り神の生贄にされる事になったらしい。
彼等は私達に助けを求めたそうだが、私は手を差し伸べない事にした。
散々人の人生を好きなようにしておいて、どうして助けてもらえると思ったのだろう。
それに、私が彼らを助けてしまったら王子の足手まといになってしまう。
様々な国と繊細な外交を行っている王子を、彼を困らせたくはなかった。
数か月後。
彼等が死亡した手紙が届いたが、私は特に心を動かす事はなかった。
本当の娘が、私に何枚か手紙を書いてきたが、それも読んではいない。
私はもう、自分の大切な日常を、愛しい王子との日々を誰にも壊されたくないのだから。
「ここ数日、暗い顔をしていたけど、今日は楽しそうだね」
「そうかしら。きっと面倒事が一つ片付いたからね」
「へぇ、どんな事なんだい?」
「ひみつよ」
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