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〇01 トキワスパイラル
しおりを挟むside俺
ある日、俺が出会った少女トキワは、勝気な少女だった。
やたら攻撃的でつっけんどんで、負けず嫌い。
不良に絡まれていたのを、見るに見かねて声をかけてやったのに。
お礼の一つも言えやしない。
「そんな事、あんたに頼んでないわよ」
だってさ。
どんだけひねくれてるんだよ。
でも、不思議と嫌いに離れないやつだった。
そんな彼女でも、子供にはやさしいし。
たまには、かわいいところもあるし?
あと妹の事になると、饒舌になるところとかまあ、可愛げがなくもないかなと思うし。
そんなトキワの双子の妹であるマドカは、大人しくて内向的で優しいらしい。
トキワをとりかえて、マドカと知り合いたいなんて冗談言ったら、殴られたな。
そんな俺は、ある日神様と出会って不思議な力を手に入れた。
それは、過去を変える力だ。
俺がイメージした光景を、過去の俺に伝えるというもの。
赤い球体をイメージすれば、それが過去の俺に伝わるし。
青い三角錐とイメージすれば、そっくりそのままそれが過去に俺に伝わる。
まあ、過去の自分に伝わらないと意味がないから、意味のあるイメージじゃないと駄目だけれど。
その日から、俺はその力を使って、
親からの暴力に悩む少女を助けたり、
火事の家にとりのこされた子供を救ったり、
向上心に燃える記者を助けたりした。
そうそう、探し物で怪我をするはずだったガキんちょなんかも助けたりしたな。
まあ、そんなファンタジーな力がある、なんて知れたら「頭のおかしい人間扱い」されるだろうから、適当に「過去を変える発明をした」とかいって誤魔化しておいたが。
トキワって、普段口うるさくてやかましい人間だけど、意外と純粋だよな。
「えっ、そんな事できるの? あんたって見かけによらず頭いいのね」
俺のそんな嘘を信じるなんて。
だから、俺はトキワにも過去を変えられる事をあれこれ、話してしまっていたのだ。
すると彼女は、俺に頼みごとをしてきた。
どうしても変えたい過去があるから協力してほしい、と。
「伝えるイメージはこう」
「人数はこう」
「色のイメージはこう、ちゃんと間違えないで過去の自分に伝えなさいよ」
あんまりにも必死に頼み込むからつい承諾してしまった。
それでトキワに指示されるがまま、俺はそのイメージを過去の俺に伝えてしまったのだ。
「何があっても姉であるトキワじゃなくて、妹であるマドカを優先しなさい」と言っていたトキワの言葉がひっかかったが。
力が発動した手応えはあった。イメージはおそらくきちんと時空を超えて伝わっただろう、幼かった頃の俺に。
過去の俺はちょうど公園で遊んでいた頃だった。
その時は、お気に入りの公園の遊具が撤去される日だったから、詳しく覚えていたのだ。
幼かった俺の近くには、とある女性と男性がいた。
彼等は経済的なやむおえない事情で子供を手放そうとして、近くにある児童養護施設へ我が子を預けようとしていた。
幼かったその時の俺は、おそらく未来から送られたイメージを受け取ったのだろう。
「その場にいると怖い殺人鬼に襲われて死ぬ」というイメージを覗き込んで、おそらくびびり散らかしてしたんだろう。
おそらく何も行動をおこさなかったはずだ。
逆に言うと、そんなイメージさえなかったら、俺はきっと声をかけていたのだろう。
我が子を手放そうとする、女性と男性に。
でも、結果として俺はそうしなかった。
だから、過去が変わってしまい、今も書き換わってしまった。
書き換わった世界の歴史は俺の頭にないから、しばらく俺は混乱してしまう。
「トキワなんて姉は私にはいないわよ」
それで、町で見かけてトキワそっくりの少女、マドカに話しかけて俺は絶望したのだ。
この世界はなぜか、トキワが消滅し、双子の妹のマドカだけが生きている世界になってしまった。
どうしてそんな事になってしまったのか分からないが、何とかしなければと思った。
そう思った俺は、トキワを蘇らせるために再び、過去を変える事にした。
再び過去の俺に向けて、イメージを送ったのだ。
「両親とむりやり引き離されたて泣いている子供」のイメージを。
だから幼いころの俺は、あの貧しそうな夫婦に話しかけたはずだ。
それで夫婦は、子供を手放す事をやめたはず。
けれど、そうしたら今度はトキワが蘇った代わりに、マドカが消滅してしまった。
トキワの妹なんて存在しない事になっていた。
俺は「過去を変える発明をした」男で、トキワは「過去を変えたいと主張している」ままなのに。
綺麗さっぱりマドカの事だけが変わっていた。
今の世界を完全に元に戻すためには、過去にイメージを送らなかった事にしかければならないだろう。
しかし、一度過去に送ったイメージは、書き換える事ができても消す事はできない。
俺はどうすべきか分からなくなった。
仲の良い友達であるトキワか、それともトキワの大切な妹であるマドカか。
どちらを助ければいいのか分からなかった。
だから卑怯な俺は、聞いたのだ。
例え話をすると言って、トキワに直接。
「例えばの話なんだけど、聞いてくれるか。俺がお前の立場だったら、どっちを選ぶ」
変わってしまった世界の事。
代償として消えてしまった人間の事を。
トキワは応えた。
まるで、そう相談されるのが分かっていたかの様に、冷静に。
「自分の気持ちを優先するんなら、友達を助けるわね。でも友達の気持ちを一身に考えるなら、その友達の妹を助けるわ」
その言葉を聞いた俺は決断した。
トキワではなく、マドカを助けようと。
過去は変えて。
マドカが生きている世界を選ぶのだ。
果たしてこの決断が良かったのかはわからない。
けれど、友人であるトキワのためにこれが最良の決断だったのだと信じたい。
sideトキワ
トキワというのは、私のあだ名だ。
ネットゲームをやる時につけた、もう一つの私。
そんな私は、とある理由から常々過去を変えたいと思っていた。
それは、小さいころにみた光景が原因だった。
幼いころの私は、生活ができないくらい貧しそうな夫婦を、とある公園でみかけた。
その夫婦は、幼い私の目の前で自らの子供を手放そうとしていた。
けれど、私はそれを止める事ができなかったのだ。
それは、神様からもらった特別な力が原因だった。
それは未来を知る力だ。
好奇心の強かった私は、捨てられそうになっている子供があの貧しい夫婦と一緒に過ごした場合、どんな風になるのか未来を見てしまったのだ。
そうしたら、なぜか世界が滅亡しそうになっていた。
そこに一体どんな因果関係があるのかは分からない。
私の力は詳しく未来を知る事ができないからだ。
だから私は、自分の力で見た未来の光景が恐ろしくなって、あの夫婦に声をかける事ができなかった。
あれ以来、私はその力を使えていない。
(その幼いころの出来事もあってか、私はネットゲームの世界にはまってしまうのだが、今はおいておこう)
その後、何年も時が経った頃には、すっかり過去の出来事を忘れてしまっていた。
でも、それを思い出すような出来事が起きた。
それは、友人と公園で遊んでいた時の事。
ふとした瞬間に、彼が子供の頃に見た「貧しい夫婦」の事を語ったからだ。
私は、その時激しい後悔に襲われた。
世界滅亡なんて馬鹿げている。
どんな世界だって、みんないつかは滅びていくというのに。
一人の人間の生活が世界の行く末に関わっているわけがないという。
私は出来る事なら、あの時の選択をやり直したいと思っていた。
だから、彼が過去を変える発明をした、なんて言った時に知恵をまわしたのだ。
(前々からそんな才能があるとは思っていたけれど、まさか本当に発明してしまうとは思わなかったので驚きはしたが)
過去を変えた彼が、再び過去を変えなおさないために、仕込みを行った。
今、彼に接している私は「トキワ」と名乗っている。
そんな私「トキワ」は、たびたび彼に向かって、存在するはずのない双子の少女「マドカ」の話をした。
彼が過去を変えてくれれば、私は幼いころにネットゲームの世界に逃避したりはしないだろう。
だからネット上での偽名である「トキワ」を名乗らず「マドカ」という本名のままで、日常を生活するはずだ。
「トキワ」のいなくなった世界で「マドカ」だけが生きる。
それは私にとっても、親と離れ離れにされてしまった少女にとっても、理想の世界だ。
だから、過去を変える時、彼にイメージを伝える前に念押ししておこう。
「何があっても姉であるトキワじゃなくて、妹であるマドカを優先しなさい」と。
彼は優しいから、きっと決断してくれるはずだ。
トキワのいなくなった世界、マドカだけが生きている世界を、とどめておいてくれるはず。
彼は、口うるさい私「トキワ」と一緒にいる時は辟易していたから、きっと大丈夫だ。
元の世界に戻すなんて事しないはず。
この世界で培った思い出はすべて失くしてしまうけれど、きっとそれが皆が一番幸せになれる世界なのだ。
訪れた部屋のノブをまわす前に、室内から彼の声が聞こえてきた。
「くそっ、なんでマドカがいる世界ではトキワが消えるんだ。まさかこの世界では、マドカが消えているなんて事はないよな? そんな馬鹿な事は」
もうすでに、過去を変えた後だったようだ。
私の視点では、過去が変わった事が分からないので、残念だった。
今「トキワ」である私が存在しているなら、やる事は一つ。
何食わぬ顔で室内に入った私は、彼に語りかける。
「いやー、ほんとうちの親父まじウザいわ。一人っ子だからあんなに過保護になっちゃうのかしらね?」
「お前、今一人っ子って言ったか。妹のマドカは?」
「マドカってだれ? 私に妹なんていないわよ」
絶望の表情を浮かべた彼は、今の私のセリフで結論付けたようだ。
イメージ転送で過去改ざんした後の世界では、
トキワのいる世界にマドカはいない。
マドカのいる世界にトキワはいない。
と。
イメージ転送をなかったことにはできないらしい。
なら、彼は選ばざるをえないはずだ。
トキワのいる世界か、マドカのいる世界か。
どちらも同じ人間だという事に気が付きもせずに。
しばらく悩んだ彼は、たとえ話として私に意見を聞いてきた。
馬鹿だった。
トキワかマドカか、どちらを選ぶ?
なんて、そんなのどちらでもある私に選ばせたら、答えは決まっているではないか。
私はマドカを選んでほしいと答えた。
きっと彼は決断してくれる。
彼を一人にするために、私はその部屋から出た。
見上げた空は、心地よいくらい晴れていて、ちきぬけるような大空だった。
ネットゲームばかりやってて、部屋の中から見上げていた空とは大違い。
皆が幸せになれる世界ではきっともっと素敵な空を見上げる事ができるだろう。
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