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第二章 アリオ・フレイス
第22話 不幸な少年
しおりを挟むひたすらもふりながら手のひらの感触に浸っていると、この部屋の脇に備え付けられている化粧台に視線が向く。
その台に見覚えのある硬貨が目についたのだ。
それは、本物ではない。子供がままごと遊びで使う様な玩具のコインだった。
「アリオ。まだやってたのね」
彼はそのコインを手に取って宙に弾く。手のひらで受け止めたが、結果は裏だった。
運試し。
それは彼の幼い頃からの習慣だった。
「うん、今日もハズレだったよ。俺って本当に不運だよね。お嬢とは大違いだ」
「……」
今日「も」……。
おそらく昨日もこれと同じ事をして裏だったのだろう。
アリオは運がない。
その運のなさは、かなりの筋金入りだった。
くじ引きをすれば必ず外れだし、道を歩いていればスリに目を付けられたり、ケンカをふっかけられたりしている。
それだけならまだ笑い話ですむのだが、何かを学ぼうとすれば良い師に恵まれず、欲しいと思った教本は必ず売り切れ、知識や技術が身に付いたとしてもそれを発揮する場所に恵まれないでいた。
今はこの部屋の中でじっとして話しをするだけだから分からないが、本来のアリオは何かをすれば必ず不運な目に遭うという……そんな生活を送っているのだ。
だが、アリオはそんな自身の境遇にへこたれることなく、己の性格と努力を積み重ねて頑張って来た。
「アリオは偉いわね。だから、ご褒美になる様にと思ってマッサージの仕方を勉強してきたの。どうだったかしら」
「え、本当? どうりでいつもより気持ちいと思ったよ。お嬢はやっぱり良い子だなぁ。だったらもっと撫でて俺を気持ちよくしてほしいよ」
ほらと、差し出されたのはふさふさしっぽ。
ぎゅっと掴むと、耳と同じくフワフワな手ごたえが返って来る。
この時の為に培った技術が効いているのだろう。アリオは目を細めて、気持ちよさそうにされるがままになっていた。
何気なく視線を向けると、他の団員の「やれやれ」みたいな視線。皆片付け終わってしまったようだ。
傍にはアリオが片付けるはずだった、彼の得意である打楽器が目についた。
そろそろやめた方が良いかもしれない。
そんな私達を見ていたトールが、口元を引くつかせながら声をかけてくる。
「お嬢様……」
低い声音と、視線で咎められた。
そしてアリオにはもっときつい視線で睨みつけている。
名残惜しいのだが、私は仕方なく手を離す事にした。
「何だよ。トールはいっつもやかましいな。黙っててもうるさいなんて、小姑以上だぞ」
「貴方が私を煩くさせるんでしょう。大人しくしてほしかったら、お嬢様に近づかないでください」
不満げなトールとアリオのケンカは、放っておいたらいつまでも続いてしまうだろう。
「二人共、そこまで。もう帰るからケンカしない」
「えー」
「ほっ」
残念がるアリオと、安堵するトール。
対照的過ぎる二人の反応を見ながら、私は別れの挨拶を口にする。
「じゃあね、アリオ。時間を使わせてごめんなさい。特別講演、楽しみにしてるわ。また会いましょう」
「うん、俺……今度も頑張るから。絶対見に来てね!」
屈託のないアリオに背を向けて、他の者達に頭を下げた後、部屋から出て行く。
最後に扉を閉めようとしたら、子供みたいにアリオに向かって舌を出したトールに先を越されていた。
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