悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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 冷静に考えれば分かることだったのだ。レフィーナの苛烈さに母親の影を重ねてしまった事で気付けなかった。

 深く息を吐くことでヴォルフは情けない気持ちを消化する。ヴォルフの出した結論はあくまで想像だ。だが、この結論なら説明がつく。それが正解かは、レフィーナに確かめるしかない。


「ヴォルフ、大丈夫か?」

「…あぁ。悪いが俺はもう行くから、お前らはゆっくりしてろ」

「あっ、おい…!」


 驚くような戸惑うような、そんなアードの声を背に受けながら、ヴォルフはトレイを片付けて食堂を後にする。昼時で人通りの少ない廊下をヴォルフは進んでいき、とある部屋の前で足を止めた。
 そして、小さくノックをしてから扉を開けて部屋の中に入る。


「なんじゃ、お前さんがここに来るなんてめずらしいの」


 目尻を下げて笑いながらイザークが出迎えてくれた。ヴォルフが訪れたのは医務室だ。


「怪我でもしたのかの?」

「塗り薬が欲しいのですが。できるだけ傷跡の残らないようなやつを…」


 イザークの問いには答えず、ヴォルフは要件を伝えた。ここに来たのは塗り薬が欲しかったからだ。
 自分に使うものではなく、レフィーナに渡すものを。

 鞭打ちの事を聞いたときは動揺していたので何も思わなかったが、今は本当のことか少し疑っている。城では鞭打ちを始めとした体罰は禁止されているし、破れば厳しい罰が待っている。そしてそれは当然侍女長も知っているし、今まで侍女長がそのような事をしているという事も聞いたことがない。
 だが、あの時のメラファの目は嘘をついているようにも見えなかった。だから、ヴォルフは念のために塗り薬を用意しようと思ったのだ。


「ふむ…。ほら、これが一番効く塗り薬じゃ」

「ありがとうございます」


 ヴォルフは塗り薬を受け取って、ポケットに仕舞う。用は済んだと扉に手を掛ければ、どこか楽しそうなイザークの声が背に投げ掛けられた。


「それを渡す女性によろしくの」

「……女性だとは言ってません」

「傷跡の心配をする相手なんて女性ぐらいじゃ。ヴォルフにもわざわざ塗り薬をわしの所に貰いにくるような相手ができたんじゃな…」

「別に…ただの備えです」


 そう言ってヴォルフは医務室から出る。自分のせいならそれくらいはするのは当然だ。特別だからではない、と思いながらヴォルフは歩き出す。
 午後は残っている書類を片付けて、夕方から夜にかけて休んで、夜中はザックと交代して見回り。今日の予定を思い出して、いつレフィーナに会おうか考えたのだった。



          ♢



 すっとヴォルフは金色の瞳を開ける。すっかり暗くなった窓の外を見て、ベッドから体を起こした。夕方に一度レフィーナを探したが見つからなくて、仕方なく自室で仮眠を取ったのだ。
 身支度を整えて部屋を後にする。この後はザックと合流して交代だ。

 侍女達の部屋から程近いところを歩いていれば、井戸の近くに人影が見えた。騎士ではなさそうだ、と近づけば亜麻色の髪が見えて、少しドキリとする。


「…お前か」


 足音に気付いたのかこちらに顔が向けられた。やはり思った通りレフィーナで、ヴォルフはそう声を掛けた。声をかけた直後、レフィーナがさっと腕を隠したのに気付く。
 その仕草にメラファの言っていたことが本当だったのか、とヴォルフの胸に重いものがずしりと落ちた。


「こんな時間に何をしている」

「眠れなかったので散歩しています」


 散歩にはとても見えない。井戸で腕を冷やしていたのだろう、とレフィーナが隠した腕に視線を移す。


「…腕、見せてみろ」

「あら、嫌ですわ。女性の腕を見たいなんて…」

「そんなことより、早く見せろ」

「……はぁ。見ても面白くないですよ」


 レフィーナが令嬢のときのような言い方で誤魔化そうとしていたが、それが演技だと結論を出しているヴォルフはさらりと流す。そうすればレフィーナが観念したように腕を出した。
 細く白い腕には、痛々しい鞭の痕。思わずヴォルフは顔を歪ませる。
 そして、あそこであんな発言をしたことを深く後悔した。その後悔を抱えながらも、騎士としての仕事の為に確認するように口を開いた。


「侍女長にやられたんだな」

「…私の根性を鍛え直したいらしいので、気合いが入っていたんでしょうね」


 やはり侍女長だった。この傷跡とレフィーナの証言。すぐに報告するべきだな、と明日女使用人達の総括であるレナシリアに謁見することを決める。今後このような事が起らないようにしなければならないし、知らなかったとはいえレフィーナが鞭打ちされる原因となったのは自分なのだからその責任がある。

 ヴォルフはポケットからイザークに貰った塗り薬を取り出して蓋を開ける。そして、塗り薬を指ですくい取った。


「少し染みるぞ」


 そう言ってレフィーナの前に膝をついて、痛々しい腕に優しく薬を塗り込んでいく。なるべく痛くないように優しく丁寧に。そうして薬を塗っていれば、レフィーナから戸惑うような気配を感じる。
 そこで、ヴォルフはまだ謝罪もしていなかったと、口を開いた。
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