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しおりを挟むあの後、ヴォルフはレフィーナと城に戻り、すぐに上に報告をした。そしてその翌日、ヴォルフはザックと共に話し合いの場に顔を出していた。
防音も警備も厳重な、機密性の高いこの部屋にいるのは国王のガレンを始めとし、王妃のレナシリア、王太子のレオン、レオンの婚約者のドロシー、騎士団長のザック、そして、副騎士団長のヴォルフだ。昨日のミリーの報告を受け、ガレンが設けた場だった。
部屋の中心にある丸いテーブルの席に腰を落ち着けていたヴォルフは、扉が開いてそちらに視線を移す。入ってきたのは侍女服姿のレフィーナだ。彼女も関係があるのでこの場に呼ばれていた。
「さて…今日集まって貰ったのは他でもないミリー=トランザッシュの事だ」
レフィーナが席に付いたのを見届けて、ガレンがゆったりと口を開いた。それに続くようにレナシリアが話し出す。
「…軽い嫌がらせをしてくるくらいならまだ良いのですが…ヴォルフの報告によると、どうやら裏稼業の者と絡んでいるようなのです。…ドロシーに危害を加えるかもしれません」
「父上、トランザッシュ公爵家への抗議は?」
「……娘はそんな事をしていない、の一点張りだな。むしろ、レフィーナとヴォルフのでっち上げだと騒ぎ立てている。裏稼業の者についても追求しているのだが、証拠がないからな」
「あの狸には前から困っているのですが…。なにせ揉み消すのが上手くて、手を焼いています」
レナシリアがため息混じりに言葉を吐き出しながら、不愉快そうな表情を浮かべた。
そんなレナシリアの表情を見ながらヴォルフは、面倒な親子だな、と内心ため息をつく。しかし、証拠がなければいくら王とはいえ、トランザッシュ親子を裁くことは出来ない。ヴォルフとレフィーナの証言だけでは、いくらそれが本当であっても公爵家を追い込める物にはならないのだ。
「ドロシーには優秀な騎士をつけます。ヴォルフは実力があるので余程大丈夫でしょうが…レフィーナ、貴方が一番危険ですね」
「…しかし、一介の侍女に護衛を付ける訳にはいかんのだ」
「そ、そんな…ガレン陛下、どうかレフィーナ様にも護衛を付けてください!」
「ドロシー、落ち着いて」
ガレンの言葉に取り乱したドロシーをレオンが宥める。そんなドロシーにガレンは悩ましそうな表情を浮かべた。
ただの侍女に護衛を付けることなどできない。特に今はレオン達の結婚を控えており、警備も見回りも強化している為に自由に動ける人員も少ない。新人騎士達なら空いているが、ヴォルフとやり合える裏稼業の者には太刀打ちできないだろう。
「…あの」
「なんですか、レフィーナ」
「私は最低限、自分の身を守ることくらいは出来ます。それに城では一人になることの方が少ないですし、護衛がなくても大丈夫です」
「あっはっはっ!まぁ、あのダンデルシア家に連れてかれた侍女長を転ばせるくらいだからな!」
レフィーナの言葉にザックが豪快に笑う一方で、ヴォルフは眉間に皺を寄せた。あんな動きのにぶそうな太った侍女長と、裏稼業の者では比較にもならない。
「しかし、レフィーナも女性です。いくらなんでも裏稼業の者から身を守るのは難しいでしょう」
「…ヴォルフ様…」
「…ふむ。レオンの婚儀が終われば、あの令嬢も少しはおとなしくなるだろう。それまでは、騎士の見回りの回数を増やそう。レフィーナ、お前は一人では絶対に出歩くではない。それと、ヴォルフ。忙しいだろうが、可能な限りはレフィーナの様子を見るように」
「はい」
ガレンの言葉にしっかりと答える。気持ちを自覚した今、レフィーナの事を守りたいと思っているし、出来るなら自分がレフィーナの護衛をしたいくらいだ。しかし、ヴォルフにも立場がある。もどかしいが、個人の感情で動くことはできない。
「諜報員にミリーやトランザッシュ公爵の監視と、裏稼業の者を調べるように命令を出しましょう。…この場にいる全員、このことは口外無用です。良いですね?」
レナシリアのその言葉で話し合いは終わった。ヴォルフは立ち上がり、部屋を出ていくガレンとレナシリアを見送る。その後、レオンとドロシーが連れ立って部屋を去って行った。
その場に残ったのが三人になった時、レフィーナがザックに近づいて口を開く。
「あの、ザック様」
「ん?なんだ?」
「実は昨日、ダットさんのお店に行きまして。…今度、一緒にお酒でも飲みに行きましょう、と伝えて欲しいと」
「…そうか」
レフィーナの言葉に、ザックはどこか嬉しそうににかっと笑った。ヴォルフはそんなザックから、レフィーナに視線を移した。
どこか寂しそうな表情のレフィーナの頭に、ヴォルフはぽんっと優しく手を置く。寂しそうな表情を浮かべて欲しくなど無くて、思わず慰めるようにそんな行動を取っていた。
「騎士団長、先に戻っていてくれ。念のためレフィーナを送っていく」
「……ふっ、分かった。じゃあ後でな、お嬢ちゃんも伝言ありがとな!」
「あ、はい…」
「じゃあ、俺達も行くか」
「はい。ありがとうございます」
部屋を出て行ったザックを見送って、ヴォルフ達も部屋を出る事にした。ヴォルフは、少し名残惜しく感じながらも、そっとレフィーナの頭に乗せていた手を離したのだった。
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