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 ミリーの一件から特に何事もなく日が過ぎていった。そして、いよいよレオンとドロシーの婚儀があと3日と迫った今日、ヴォルフは朝早くから騎士の詰所で書類に目を通していた。
 今日から婚儀に参列する賓客ひんきゃくが到着するので、最終確認をしていたのだ。


「よう、ヴォルフ!」


 椅子に座っていたヴォルフは明るい声と共に、頭に重みを感じてため息をつく。朝から元気なアードが腕を頭に乗せたのだ。いちいち振り払うのも面倒なので、ヴォルフはアードの好きなようにさせておく。


「今日の俺の仕事は何ー?」

「…俺と一緒に城門で賓客の出迎えだ」

「あらー、それは一番忙しいところじゃん」


 城門では賓客のチェックが行われる。主に身元の確認、入城する人数、危険物の有無などを調べる。やることは多いし、重要な役回りだ。しかも、相手は王族や貴族で気を使わなければならないし、次々と到着する賓客達を素早くさばいていかないと城門に長い列が出来る羽目になる。


「ちゃんと働けよ」

「分かってるって!」


 相変わらずヴォルフの頭に腕を乗せたまま、アードが軽い調子で返事をする。いつもこんな感じではあるが、仕事に関しては意外と真面目なのでヴォルフはそれ以上は何も言わなかった。


「じゃあ、そろそろ行くか」

「はいよー」


 立ち上がればようやくアードの腕が離れた。そのまま城門へと向かえば、アードが後ろからついてくる。
 城門はまだ朝早くとあって人影は騎士以外いない。ヴォルフは見張りに立っている騎士達と交代すると、アードと騎士達に指示を出し始めたのだった。



          ♢



 まだ3日前ということもあって賓客はそれほど多くはなく、割とすぐに忙しさが落ち着いた。リストを確認して今日到着予定でまだ来ていない賓客をチェックしていく。そうしていれば、暇になったらしいアードがにやにやした笑みを浮かべて、近寄ってきた。


「相変わらず女性の視線を独り占めしてたな、ヴォルフ」


 頭の後ろで腕を組みながらアードが、からかうようにそんな事を言った。顔立ちが整っているヴォルフは、賓客の女性達の視線を集めていたのだが、そんなものに興味がないヴォルフはアードの言葉に首を傾げる。


「そんなことはないだろう」

「あー…、相変わらず無頓着なことで」


 やれやれ、といった様子のアードにヴォルフはバサリと手に持っていたリストを押し付けた。慌てて紙の束を受け取ったアードは、不満そうに唇を尖らせる。…正直、騎士の男がそんな事をしても可愛くはない。


「あ!なんか失礼な事考えただろ!」

「…いや?それより残りはお前に任せる。俺は少し用事があるからな」

「はいはい、任せときな」


 アードの返事にヴォルフは頷いて、城門を後にする。
 少し前にプリローダの王太子が弟である第四王子を探していると報告を受けていた。その対応に向かうためにアードに後を任せたのだ。
 ザックは国王達の護衛に付いているので、ヴォルフが動くしか無い。ヴォルフがプリローダの王太子の元へ早足で向かっていれば、その途中で騎士から第四王子の居場所が分かったという報告を受けた。


「王太子殿下」


 困った様子で立っていたプリローダの王太子…フィーリアンにヴォルフは声を掛けた。ヴォルフに呼ばれたフィーリアンは視線をこちらに向ける。


「君は確か騎士の…」

「ヴォルフと申します。…第四王子殿下をお探しと伺いましたが…」

「あぁ、そうなんだ。勝手にどこかに行ってしまってね…。忙しいのに手間を掛けさせてすまないね」

「いえ、お気になさらず。…居場所は先程判明いたしましたので、ご案内いたします」

「あぁ、頼むよ」


 フィーリアンが頷くのを見届けて、ヴォルフはくるりと身をひるがえす。第四王子を探していた騎士によると侍女達がよく仕事で使う井戸におり、レフィーナが側に付いているらしい。元公爵令嬢であったレフィーナならば第四王子に失礼も無いだろうと任せているようだ。
 ヴォルフはフィーリアンを連れ立ってそこへ向かう。


「こちらです、王太子殿下」


 井戸はもうすぐそこ、という所でヴォルフは振り返って、後ろにいたフィーリアンにそう声を掛けた。そうすればフィーリアンがヴォルフを追い越して歩いていく。ヴォルフもそれに続いて井戸が完全に見える場所まで移動した。
 そこには恐らく探していた第四王子と思われる子供と、その子供を抱きしめるレフィーナがいて、ヴォルフは思わず不機嫌そうに眉を寄せる。

 レフィーナへの気持ちを自覚した今、例え子供とはいえ、男が彼女と抱きしめ合っているには嫉妬してしまう。


「驚いた。レイが誰かにこんなになつくとは」

「兄上…何かご用ですか」


 驚いた様子のフィーリアンに、第四王子…レイは素っ気無く言葉を返す。それからレイはヴォルフに視線を移した。
 自分を値踏みするような、威嚇いかくするような、そんな視線を受けて、ヴォルフもまた同じような視線をレイに向ける。それだけで、お互いがレフィーナに同じ感情を向けているのを感じ取って、レイとヴォルフは同時にふいっと視線を逸らしたのだった。
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