悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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 ロト湖に到着してから一週間。
 今日は国へと帰る日だ。部下の騎士が馬車の用意をしており、今はそれを宿のエントランスホールで待っている。

 ヴォルフはソファーに並んで座るレオンとドロシーのすぐ近くに控えていた。ふと宿の入口が騒がしくなり、その場にいた全員がそちらに視線を向ける。
 支配人の制止を振り切り、一人の貴族の男がズカズカとこちらに近づいて来た。その男の後ろから数人の令嬢が姿を見せる。


「……やぁやぁ、良かった。間に合ったようですな」


 レオン達の前までやって来た男はそう言って、にこりと笑った。整えられた焦げ茶色の髪に、金色の瞳。自分とあまりにも似通った容姿の男に、ヴォルフは眉間に皺を寄せる。
 この男がレフィーナの言っていた父親を名乗るアングイス伯爵だと分かった。

 もしもの場合に備えていつでも剣が抜けるように柄に片手を添えながら、ヴォルフは視線を令嬢達に向ける。彼女達の近くには、身分のせいで無理やり追い出すことが出来ずに困っている騎士が、助けを求めるような目を向けながら立っていた。
 そんな騎士にヴォルフは持ち場に戻るように目配せする。騎士は小さく頭を下げて持ち場へと戻っていく。

 ざっと見た感じではアングイスも令嬢達も危険な物は持っていない。仮に何かしようとしても、自分とここに居る護衛の騎士だけでなんとかなるだろう。

 レオンを見れば、いきなりの訪問者に不快感を隠そうとせず、眉を寄せていた。そんなレオンにアングイスが声を掛ける。


「初めまして、レオン殿下。私はアングイス=ボースハイトと申します。…そこにいる騎士の父親でございます」

「…貴方が…」

「ほらほら、あれが君達の婚約者になる私の息子だよ」


 王族とはいえ、まだ若いレオンを見下しているのか、アングイスがレオンの言葉を遮るようにヴォルフを指差した。アングイスが声をかけた令嬢達が一斉にこちらに向かってくる。


「きゃぁー!ヴォルフ様ぁ!」


 自分を取り囲み、いきなり自己アピールを始めた令嬢に、柄を握るヴォルフの手に力がこもる。
 煩わしい父親もろとも切り捨ててしましたい、などと考えるくらいにはヴォルフは苛立っていた。
 ふとレオンと目が合って、ヴォルフは手からそっと力を抜く。レオンの目が今はまだ我慢しろ、と物語っていたからだ。
 ここで手を出せば間違い無く国際問題になってしまう。
 なんとか苛立ちを押さえていると、アングイスが話しかけくる。


「さぁ、ヴォルフ。好きな女性を選びなさい。…そこにいる何の価値もない女なんかよりも、そちらのお嬢様方の方がいいだろう。なに、心配する事はない。その女も下らない男に声をかけられるくらいには見目がいいのだから、お前ではなくても相手くらいいるだろう」


 その言葉からやはり自分たちを付け回していたのはこの男だったということが分かった。しかし、今はそんな事より、レフィーナへの侮辱の言葉だ。
 口を開けば我慢が効かなくなりそうで、ヴォルフは鋭くアングイスを睨み付ける。
 ヴォルフのイラつきになど気付いていない令嬢達が体を寄せてきた。


「そうですよぉ、ヴォルフ様!そーんな惨めな女よりも私の方が相応しいですわ!」

「やだぁ!私よ!」

「何言ってるのよ!私だわっ!」


 気持ち悪い。
 誘惑してくる令嬢達にヴォルフが抱くのはそんな感情だけだ。牽制けんせいするように冷たい視線を向けるが、令嬢達は気づかない。

 この場にいる多くの者が不快をあらわにしているにも関わらず、アングイスは話を勝手に進めていく。


「さてさて、レオン殿下。ヴォルフが私の元に来れるように、騎士を辞めさせて頂けますかな?それと、そこの元令嬢と別れるようにとも、口添えして頂きたいですな」
 
「……身勝手な事ばかり…」


 ふと、震える声がヴォルフの耳に届いた。その声を出したのは目尻をキッと吊り上げてアングイスを睨むドロシーだ。
 そんなドロシーを落ち着けるように、レオンは彼女の肩にぽんっと手を置いて口を開く。


「ボースハイト伯爵」

「おや、なんですかな?」

「これ以上、私の国の者を見下すような発言はやめて頂きたい」

「それはそれは…失礼致しました。しかし、事実でございましょう?その女が愚かな事は。それに、所詮は侍女。我々、貴族よりも身分が下の者なので、構わないではありませんか。それとも…元婚約者なので情でもあるのですのかな?…」


 小馬鹿にしたような物言いだ。その言葉にレオンがにっこりと笑みを浮かべる。


「情なんてないですよ。自分の行いのせいですから」

「ははっ、まぁ、そうですな。むしろ、婚約者としてふさわしくない事をして、レオン殿下の顔に泥を塗ったのですから…庇う気も起きないでしょうな。…全く、女なんて大人しく男を立てておけばいいものを…」

「元婚約者に対しての情はありませんが…今のレフィーナはドロシーの侍女。最愛の妻の大切な侍女を…貴方のような礼儀のなっていない人が、貶すのは許せませんね」


 穏やかな表情のレオンから発せられた声は、それに不釣り合いな低い声だった。
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