80 / 97
80
しおりを挟む
ロト湖に到着してから一週間。
今日は国へと帰る日だ。部下の騎士が馬車の用意をしており、今はそれを宿のエントランスホールで待っている。
ヴォルフはソファーに並んで座るレオンとドロシーのすぐ近くに控えていた。ふと宿の入口が騒がしくなり、その場にいた全員がそちらに視線を向ける。
支配人の制止を振り切り、一人の貴族の男がズカズカとこちらに近づいて来た。その男の後ろから数人の令嬢が姿を見せる。
「……やぁやぁ、良かった。間に合ったようですな」
レオン達の前までやって来た男はそう言って、にこりと笑った。整えられた焦げ茶色の髪に、金色の瞳。自分とあまりにも似通った容姿の男に、ヴォルフは眉間に皺を寄せる。
この男がレフィーナの言っていた父親を名乗るアングイス伯爵だと分かった。
もしもの場合に備えていつでも剣が抜けるように柄に片手を添えながら、ヴォルフは視線を令嬢達に向ける。彼女達の近くには、身分のせいで無理やり追い出すことが出来ずに困っている騎士が、助けを求めるような目を向けながら立っていた。
そんな騎士にヴォルフは持ち場に戻るように目配せする。騎士は小さく頭を下げて持ち場へと戻っていく。
ざっと見た感じではアングイスも令嬢達も危険な物は持っていない。仮に何かしようとしても、自分とここに居る護衛の騎士だけでなんとかなるだろう。
レオンを見れば、いきなりの訪問者に不快感を隠そうとせず、眉を寄せていた。そんなレオンにアングイスが声を掛ける。
「初めまして、レオン殿下。私はアングイス=ボースハイトと申します。…そこにいる騎士の父親でございます」
「…貴方が…」
「ほらほら、あれが君達の婚約者になる私の息子だよ」
王族とはいえ、まだ若いレオンを見下しているのか、アングイスがレオンの言葉を遮るようにヴォルフを指差した。アングイスが声をかけた令嬢達が一斉にこちらに向かってくる。
「きゃぁー!ヴォルフ様ぁ!」
自分を取り囲み、いきなり自己アピールを始めた令嬢に、柄を握るヴォルフの手に力がこもる。
煩わしい父親もろとも切り捨ててしましたい、などと考えるくらいにはヴォルフは苛立っていた。
ふとレオンと目が合って、ヴォルフは手からそっと力を抜く。レオンの目が今はまだ我慢しろ、と物語っていたからだ。
ここで手を出せば間違い無く国際問題になってしまう。
なんとか苛立ちを押さえていると、アングイスが話しかけくる。
「さぁ、ヴォルフ。好きな女性を選びなさい。…そこにいる何の価値もない女なんかよりも、そちらのお嬢様方の方がいいだろう。なに、心配する事はない。その女も下らない男に声をかけられるくらいには見目がいいのだから、お前ではなくても相手くらいいるだろう」
その言葉からやはり自分たちを付け回していたのはこの男だったということが分かった。しかし、今はそんな事より、レフィーナへの侮辱の言葉だ。
口を開けば我慢が効かなくなりそうで、ヴォルフは鋭くアングイスを睨み付ける。
ヴォルフのイラつきになど気付いていない令嬢達が体を寄せてきた。
「そうですよぉ、ヴォルフ様!そーんな惨めな女よりも私の方が相応しいですわ!」
「やだぁ!私よ!」
「何言ってるのよ!私だわっ!」
気持ち悪い。
誘惑してくる令嬢達にヴォルフが抱くのはそんな感情だけだ。牽制するように冷たい視線を向けるが、令嬢達は気づかない。
この場にいる多くの者が不快をあらわにしているにも関わらず、アングイスは話を勝手に進めていく。
「さてさて、レオン殿下。ヴォルフが私の元に来れるように、騎士を辞めさせて頂けますかな?それと、そこの元令嬢と別れるようにとも、口添えして頂きたいですな」
「……身勝手な事ばかり…」
ふと、震える声がヴォルフの耳に届いた。その声を出したのは目尻をキッと吊り上げてアングイスを睨むドロシーだ。
そんなドロシーを落ち着けるように、レオンは彼女の肩にぽんっと手を置いて口を開く。
「ボースハイト伯爵」
「おや、なんですかな?」
「これ以上、私の国の者を見下すような発言はやめて頂きたい」
「それはそれは…失礼致しました。しかし、事実でございましょう?その女が愚かな事は。それに、所詮は侍女。我々、貴族よりも身分が下の者なので、構わないではありませんか。それとも…元婚約者なので情でもあるのですのかな?…」
小馬鹿にしたような物言いだ。その言葉にレオンがにっこりと笑みを浮かべる。
「情なんてないですよ。自分の行いのせいですから」
「ははっ、まぁ、そうですな。むしろ、婚約者としてふさわしくない事をして、レオン殿下の顔に泥を塗ったのですから…庇う気も起きないでしょうな。…全く、女なんて大人しく男を立てておけばいいものを…」
「元婚約者に対しての情はありませんが…今のレフィーナはドロシーの侍女。最愛の妻の大切な侍女を…貴方のような礼儀のなっていない人が、貶すのは許せませんね」
穏やかな表情のレオンから発せられた声は、それに不釣り合いな低い声だった。
今日は国へと帰る日だ。部下の騎士が馬車の用意をしており、今はそれを宿のエントランスホールで待っている。
ヴォルフはソファーに並んで座るレオンとドロシーのすぐ近くに控えていた。ふと宿の入口が騒がしくなり、その場にいた全員がそちらに視線を向ける。
支配人の制止を振り切り、一人の貴族の男がズカズカとこちらに近づいて来た。その男の後ろから数人の令嬢が姿を見せる。
「……やぁやぁ、良かった。間に合ったようですな」
レオン達の前までやって来た男はそう言って、にこりと笑った。整えられた焦げ茶色の髪に、金色の瞳。自分とあまりにも似通った容姿の男に、ヴォルフは眉間に皺を寄せる。
この男がレフィーナの言っていた父親を名乗るアングイス伯爵だと分かった。
もしもの場合に備えていつでも剣が抜けるように柄に片手を添えながら、ヴォルフは視線を令嬢達に向ける。彼女達の近くには、身分のせいで無理やり追い出すことが出来ずに困っている騎士が、助けを求めるような目を向けながら立っていた。
そんな騎士にヴォルフは持ち場に戻るように目配せする。騎士は小さく頭を下げて持ち場へと戻っていく。
ざっと見た感じではアングイスも令嬢達も危険な物は持っていない。仮に何かしようとしても、自分とここに居る護衛の騎士だけでなんとかなるだろう。
レオンを見れば、いきなりの訪問者に不快感を隠そうとせず、眉を寄せていた。そんなレオンにアングイスが声を掛ける。
「初めまして、レオン殿下。私はアングイス=ボースハイトと申します。…そこにいる騎士の父親でございます」
「…貴方が…」
「ほらほら、あれが君達の婚約者になる私の息子だよ」
王族とはいえ、まだ若いレオンを見下しているのか、アングイスがレオンの言葉を遮るようにヴォルフを指差した。アングイスが声をかけた令嬢達が一斉にこちらに向かってくる。
「きゃぁー!ヴォルフ様ぁ!」
自分を取り囲み、いきなり自己アピールを始めた令嬢に、柄を握るヴォルフの手に力がこもる。
煩わしい父親もろとも切り捨ててしましたい、などと考えるくらいにはヴォルフは苛立っていた。
ふとレオンと目が合って、ヴォルフは手からそっと力を抜く。レオンの目が今はまだ我慢しろ、と物語っていたからだ。
ここで手を出せば間違い無く国際問題になってしまう。
なんとか苛立ちを押さえていると、アングイスが話しかけくる。
「さぁ、ヴォルフ。好きな女性を選びなさい。…そこにいる何の価値もない女なんかよりも、そちらのお嬢様方の方がいいだろう。なに、心配する事はない。その女も下らない男に声をかけられるくらいには見目がいいのだから、お前ではなくても相手くらいいるだろう」
その言葉からやはり自分たちを付け回していたのはこの男だったということが分かった。しかし、今はそんな事より、レフィーナへの侮辱の言葉だ。
口を開けば我慢が効かなくなりそうで、ヴォルフは鋭くアングイスを睨み付ける。
ヴォルフのイラつきになど気付いていない令嬢達が体を寄せてきた。
「そうですよぉ、ヴォルフ様!そーんな惨めな女よりも私の方が相応しいですわ!」
「やだぁ!私よ!」
「何言ってるのよ!私だわっ!」
気持ち悪い。
誘惑してくる令嬢達にヴォルフが抱くのはそんな感情だけだ。牽制するように冷たい視線を向けるが、令嬢達は気づかない。
この場にいる多くの者が不快をあらわにしているにも関わらず、アングイスは話を勝手に進めていく。
「さてさて、レオン殿下。ヴォルフが私の元に来れるように、騎士を辞めさせて頂けますかな?それと、そこの元令嬢と別れるようにとも、口添えして頂きたいですな」
「……身勝手な事ばかり…」
ふと、震える声がヴォルフの耳に届いた。その声を出したのは目尻をキッと吊り上げてアングイスを睨むドロシーだ。
そんなドロシーを落ち着けるように、レオンは彼女の肩にぽんっと手を置いて口を開く。
「ボースハイト伯爵」
「おや、なんですかな?」
「これ以上、私の国の者を見下すような発言はやめて頂きたい」
「それはそれは…失礼致しました。しかし、事実でございましょう?その女が愚かな事は。それに、所詮は侍女。我々、貴族よりも身分が下の者なので、構わないではありませんか。それとも…元婚約者なので情でもあるのですのかな?…」
小馬鹿にしたような物言いだ。その言葉にレオンがにっこりと笑みを浮かべる。
「情なんてないですよ。自分の行いのせいですから」
「ははっ、まぁ、そうですな。むしろ、婚約者としてふさわしくない事をして、レオン殿下の顔に泥を塗ったのですから…庇う気も起きないでしょうな。…全く、女なんて大人しく男を立てておけばいいものを…」
「元婚約者に対しての情はありませんが…今のレフィーナはドロシーの侍女。最愛の妻の大切な侍女を…貴方のような礼儀のなっていない人が、貶すのは許せませんね」
穏やかな表情のレオンから発せられた声は、それに不釣り合いな低い声だった。
26
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる