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琳
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「琳……?」
構内の人気のない場所で琳を見かけた真緒は、何気なく近づいていく。するとそこには琳と、この間授業中に彼のことを熱い眼差しで見つめていた下級生の女の子の姿があった。木漏れ日に照らされ、琳のキャラメル色の髪と、彼女の赤みがかったブロンドがきらびやかに反射していた。彼女も、琳に引けを取らず目鼻立ちがはっきりしており、二人が並んだ姿は絵画のようだった。お似合いのふたり。誰もがそんな印象を受けるであろう。そうは思ったものの、真緒は何だか気分がすっきりしなかった。
何を話しているのだろう?それは純粋な疑問だった。真緒は、少し悪いなとは思ったものの、好奇心には打ち勝つことができず、植木の間から様子をうかがうことに決めた。
「……あの、じゃあ……」
「うん……」
「しっ、失礼します!」
そう告げると女の子は逃げるように去っていった。大きな瞳にためた滴が今にも落ちそうな、その姿は一瞬だったけれど、話がうまくまとまらなかったことを明白に示していた。彼女を追いかけてみようか、そんな考えが頭に浮かんだが、自分が行ってもかえって状況が悪化するように思えて、真緒は結局そこから動くことができなかった。
「君はこんなところで何をしているのかな?」
「ひぇ?」
突然の聞き覚えある声に、多少は後ろめたい気持ちのあった真緒は腰を抜かしてしまった。その声の主こそ、他ならぬ先ほどの気になる会話の主だったのだから。
「り、琳……いつからそこにいたのよ?急に後ろに回り込まないでよ!びっくりしちゃうじゃん!」
「君が先に僕のこと覗き見してたんだろ?隠れたつもりだったんだろうけど、植木の間から君の、ウェーヴがかった、こげ茶色の髪がはみ出ていたんだよ。気になって仕方がなかったんだね」
「じゃあ、ずっと気が付いていたってこと?」
「うん」
「ごめんね、別に覗き見するつもりじゃなかったんだよ。ただそこを通りかかったら琳がいるのがみえたから。それで近づいてみたら、なんだかお取込み中みたいだったからさ、植木の間で待っていようかなぁ、なんて」
正直言って、これは苦しい言い訳だな、と真緒も痛いほど感じていた。けれど、苦虫を噛み潰したような真緒の作り笑顔は、琳にこれ以上いじめたら可哀想かな、という慈悲の気持ちを抱かせた。
「まったく。君ってやつは。なんかこう調子狂っちゃうんだよね、僕に対する反応が普通じゃないから」
「……普通じゃない?それって褒めてるの?それとも」
「別に侮辱したわけじゃないさ。ほら、真緒は他の女の子たちみたいに僕に取り入ろうとしないだろ。だから僕も身構えなくていいし、それはありがたいことだと思う。でも僕の場合、通常が身構えている状態になっちゃってるからさ。急に自然体でこられるとうまく対応できないときがあるんだよね」
「ねえ……あのさ、もてる男も大変なのね」
「……ごめん、こんな話」
「ううん、いいの、気にしないで。元はといえば私が、植木の間から様子を伺いつつ、琳のこと待っていたのがいけないの。だから、ね?ほら、もうじき授業でしょ?遅刻しちゃうよ、行こう?まあ、先生もいつも五分くらい遅れてくるから、まだ余裕があると思うけど」
そういうと真緒は歩き始めた。琳も慌てて後を追い、彼女に並ぶ。
「うん……本当に調子狂っちゃうな」
「なんか言った?」
「ううん、別に。ねえ、で、さっき僕らが何を話していたか聞かないの?」
「うーん、特に詮索しようとは思わないよ。でも琳が話してくれるなら、聞いてみたいと思ったりもするけどね」
「本当は気になって気になって仕方がないんじゃないの?やせ我慢はよくないよ、ほら、素直になりなよ」
「あのねえ、それは気になってはいるよ。でもあの子が走り去っていったのをみると、あんまりいい話ではなさそうだし。色男君、もしかして告白されちゃったりしたの?ああ、それとも彼女いるんですか?とか?」
「まあ、だいたいそんなところ。真緒にも色恋沙汰、わかるんだね」
「馬鹿にしてるの?人気のない場所に、相手を呼び出してすることなんて告白しかないじゃない?それにそこにいる一人は色男。走り去って行くのは目に涙をためた女の子。ここからこの答えを導き出せない人はいないから」
「馬鹿にしてはないってば。さすが名探偵如月真緒」
「それで、色男君は彼女を振ったの?」
「……そうだけど。でももうちょっとオブラートに包んで聞けないの?」
「ごめん、ごめん。……可愛らしい雰囲気の子だったけど、タイプじゃなかったの?ところで私、全然琳のそういう色恋事情聞いたことないないんだけど、実は恋人とかいるの?」
「確かに可愛い子だったよ、僕なんかにはもったいないくらいにね。僕の好みかどうかが問題じゃないんだ。自惚れだって思ってくれていいよ。外見に惹かれて近づいてきて、それで『好きです。付き合ってください。』と交際を申し込まれてもね。僕自身のことほとんど知らないのに、下手したら話したこともないのに、どうしてそんな風に夢中になれるっていうんだろうね。アイドルのようなものだって考えればいいのかも知れないけれど、僕は偶像でもなければ、画面の向こう側の人でもないんだよ。顔と顔を合わせられる生身の、ひとりの人間なのに」
「そうだね。内面を知らないのに『好き』って言われても困る気がする。でもきっかけは何であれ、みんな琳のこと知りたいから、一生懸命話しかけようとするんじゃないかな。たとえそれが琳には取り入っているように見えたとしてもね。ねえ、こんなこと聞くのは野暮かもしれないけど、昔、何かあったの?そういう色恋沙汰で。あっ、話したくないなら全然話さなくていいけど……」
「……今日の真緒はするどいね。いいよ、君になら話せる気がするから。ほかの人からみたら、たいしたことに思えないことかもしれないけれど、僕にとっては大きな出来事だったんだ。あれはね……」
彼が話し始めようとしたときには、二人はちょうど授業が行われる教室の前についていた。真緒が話を聞けず残念そうな顔をすると、琳は笑って授業が終わったらどこかカフェにでも行こう、と誘った。
二人が訪れたのは、大学からは少し距離のある、落ち着いた雰囲気の喫茶店であった。この辺りには詳しいつもりでいたが、それはただの自惚れなのかもしれない。琳の方がこの町に来て日が浅いはずだが、案外自分より知っていることが多いと感じることが度々ある。自分が住むこの町に、こんな隠れ家的なお店があるなんて思いもよらなかったな、と真緒は思った。店内に入ると、コーヒーと紅茶のいい香りが二人を出迎える。広すぎず狭すぎない店内は、落ち着いた色で整えられていた。
「いらっしゃいませ。あっ、若月さんじゃないですか。えっと、今日はお連れの方がいるんですね。いつもの席、空いていますよ、どうぞ」
二人の来店に気が付いたウエイトレスは、カウンターから出てくると、そう言って、笑顔で彼らを席へ案内した。ウエイトレスはまだうら若い少女だったが、店内のことはあらかた任せられているようだ。二人が席につくと、彼女は慣れた手つきでメニューを開くと、注文が決まる頃にまた来る、と告げてカウンターの方へ戻って行った。
「素敵なお店。よく来るの?」
「うん、考え事をしたい時やリラックスしたい時にね。ここのコーヒーや紅茶は絶品なんだよ。マスターがこだわりのお茶屋さんから仕入れているらしくてね。あとね、このねこさんパンケーキ、もちもちで美味しいよ」
「ねこさんパンケーキ?ずいぶん子どもっぽいもの頼むんだね。うふふ、なんか意外かも。琳の追っかけさんたちが知ったら、これまたギャップに『きゅん』、としちゃいそうね。でも琳、たしか甘いものそんなに得意じゃなかったわよね?それじゃあ、ここのパンケーキは格別なのね。うーん、とじゃあ私はこの『ベルガモットティー』にしようかな」
「パンケーキは?いらないの?」
「琳が頼むんじゃないの?」
「頼むよ、もちろん」
「じゃあ、一口ちょうだい、ね?」
「それはいいけど、お腹空いてないの?」
「うん、そこまで空いてないから。じゃあ、そろそろ注文しようか」
二人の会話が聞こえていたのか、タイミングよくウエイトレスが席にやってきて、注文を受けていった。十五分くらいすると、二人の前にベルガモットティーとコーヒー、そしてパンケーキが運ばれた。いつもよりボリュームのあるパンケーキに琳が戸惑っていると、ウエイトレスは「いつも来てくれているサービス」だとウインクした。
「うーん、いい匂い。ねこさんパンケーキ、かわいいね。それにおいしそう」
「うん。しかもサービスだって、見てよ。親子のねこさんだよ。かわいい。うーん、もちもち」
幸せそうにフォークを口に運ぶ彼を見て、真緒も自然と口元が綻んだ。
「ねえ、はい」
あまりにも自然に、パンケーキを口元へと運ばれたため、真緒は何の抵抗もなく口を開けてフォークの侵入を許してしまった。甘すぎない、柔らかく口どけの良いパンケーキは、真緒が今まで食べてきたものとは、一線を画していた。と、いうよりも今まで食べてきたものを同じ「パンケーキ」というカテゴリーに入れていいのか、と疑問に思うほどであった。甘いものを進んで食べない琳が気にいるのも自明の理であった。
「頬っぺたが落ちそう。本当に美味しい。私が二十云年間生きてきた中で、一番」
「気にいってくれて嬉しいよ。いつもひとりで食べていたから、ずっと誰かとこの美味しさを分かち合ってみたかったんだよね」
「じゃあ、もっと早く連れてきてくれたらよかったのに。あっ……そういえば琳とはかれこれ二年と少しの付き合いだけど、こうして学校外に二人で出かけるのは、初めてだね。新鮮かも」
「そうだね。だいたいいつも話すのは、教室か研究室だしね。……一息ついたし、そろそろ真緒の聞きたがっていたこと、話すよ。長くなるかもしれないし、うまくまとまらないかもしれない。それに退屈で辛気臭いかも。それでもいい?」
真緒がゆっくりうなずくと、琳はコーヒーを一口飲んでから話始めた。
構内の人気のない場所で琳を見かけた真緒は、何気なく近づいていく。するとそこには琳と、この間授業中に彼のことを熱い眼差しで見つめていた下級生の女の子の姿があった。木漏れ日に照らされ、琳のキャラメル色の髪と、彼女の赤みがかったブロンドがきらびやかに反射していた。彼女も、琳に引けを取らず目鼻立ちがはっきりしており、二人が並んだ姿は絵画のようだった。お似合いのふたり。誰もがそんな印象を受けるであろう。そうは思ったものの、真緒は何だか気分がすっきりしなかった。
何を話しているのだろう?それは純粋な疑問だった。真緒は、少し悪いなとは思ったものの、好奇心には打ち勝つことができず、植木の間から様子をうかがうことに決めた。
「……あの、じゃあ……」
「うん……」
「しっ、失礼します!」
そう告げると女の子は逃げるように去っていった。大きな瞳にためた滴が今にも落ちそうな、その姿は一瞬だったけれど、話がうまくまとまらなかったことを明白に示していた。彼女を追いかけてみようか、そんな考えが頭に浮かんだが、自分が行ってもかえって状況が悪化するように思えて、真緒は結局そこから動くことができなかった。
「君はこんなところで何をしているのかな?」
「ひぇ?」
突然の聞き覚えある声に、多少は後ろめたい気持ちのあった真緒は腰を抜かしてしまった。その声の主こそ、他ならぬ先ほどの気になる会話の主だったのだから。
「り、琳……いつからそこにいたのよ?急に後ろに回り込まないでよ!びっくりしちゃうじゃん!」
「君が先に僕のこと覗き見してたんだろ?隠れたつもりだったんだろうけど、植木の間から君の、ウェーヴがかった、こげ茶色の髪がはみ出ていたんだよ。気になって仕方がなかったんだね」
「じゃあ、ずっと気が付いていたってこと?」
「うん」
「ごめんね、別に覗き見するつもりじゃなかったんだよ。ただそこを通りかかったら琳がいるのがみえたから。それで近づいてみたら、なんだかお取込み中みたいだったからさ、植木の間で待っていようかなぁ、なんて」
正直言って、これは苦しい言い訳だな、と真緒も痛いほど感じていた。けれど、苦虫を噛み潰したような真緒の作り笑顔は、琳にこれ以上いじめたら可哀想かな、という慈悲の気持ちを抱かせた。
「まったく。君ってやつは。なんかこう調子狂っちゃうんだよね、僕に対する反応が普通じゃないから」
「……普通じゃない?それって褒めてるの?それとも」
「別に侮辱したわけじゃないさ。ほら、真緒は他の女の子たちみたいに僕に取り入ろうとしないだろ。だから僕も身構えなくていいし、それはありがたいことだと思う。でも僕の場合、通常が身構えている状態になっちゃってるからさ。急に自然体でこられるとうまく対応できないときがあるんだよね」
「ねえ……あのさ、もてる男も大変なのね」
「……ごめん、こんな話」
「ううん、いいの、気にしないで。元はといえば私が、植木の間から様子を伺いつつ、琳のこと待っていたのがいけないの。だから、ね?ほら、もうじき授業でしょ?遅刻しちゃうよ、行こう?まあ、先生もいつも五分くらい遅れてくるから、まだ余裕があると思うけど」
そういうと真緒は歩き始めた。琳も慌てて後を追い、彼女に並ぶ。
「うん……本当に調子狂っちゃうな」
「なんか言った?」
「ううん、別に。ねえ、で、さっき僕らが何を話していたか聞かないの?」
「うーん、特に詮索しようとは思わないよ。でも琳が話してくれるなら、聞いてみたいと思ったりもするけどね」
「本当は気になって気になって仕方がないんじゃないの?やせ我慢はよくないよ、ほら、素直になりなよ」
「あのねえ、それは気になってはいるよ。でもあの子が走り去っていったのをみると、あんまりいい話ではなさそうだし。色男君、もしかして告白されちゃったりしたの?ああ、それとも彼女いるんですか?とか?」
「まあ、だいたいそんなところ。真緒にも色恋沙汰、わかるんだね」
「馬鹿にしてるの?人気のない場所に、相手を呼び出してすることなんて告白しかないじゃない?それにそこにいる一人は色男。走り去って行くのは目に涙をためた女の子。ここからこの答えを導き出せない人はいないから」
「馬鹿にしてはないってば。さすが名探偵如月真緒」
「それで、色男君は彼女を振ったの?」
「……そうだけど。でももうちょっとオブラートに包んで聞けないの?」
「ごめん、ごめん。……可愛らしい雰囲気の子だったけど、タイプじゃなかったの?ところで私、全然琳のそういう色恋事情聞いたことないないんだけど、実は恋人とかいるの?」
「確かに可愛い子だったよ、僕なんかにはもったいないくらいにね。僕の好みかどうかが問題じゃないんだ。自惚れだって思ってくれていいよ。外見に惹かれて近づいてきて、それで『好きです。付き合ってください。』と交際を申し込まれてもね。僕自身のことほとんど知らないのに、下手したら話したこともないのに、どうしてそんな風に夢中になれるっていうんだろうね。アイドルのようなものだって考えればいいのかも知れないけれど、僕は偶像でもなければ、画面の向こう側の人でもないんだよ。顔と顔を合わせられる生身の、ひとりの人間なのに」
「そうだね。内面を知らないのに『好き』って言われても困る気がする。でもきっかけは何であれ、みんな琳のこと知りたいから、一生懸命話しかけようとするんじゃないかな。たとえそれが琳には取り入っているように見えたとしてもね。ねえ、こんなこと聞くのは野暮かもしれないけど、昔、何かあったの?そういう色恋沙汰で。あっ、話したくないなら全然話さなくていいけど……」
「……今日の真緒はするどいね。いいよ、君になら話せる気がするから。ほかの人からみたら、たいしたことに思えないことかもしれないけれど、僕にとっては大きな出来事だったんだ。あれはね……」
彼が話し始めようとしたときには、二人はちょうど授業が行われる教室の前についていた。真緒が話を聞けず残念そうな顔をすると、琳は笑って授業が終わったらどこかカフェにでも行こう、と誘った。
二人が訪れたのは、大学からは少し距離のある、落ち着いた雰囲気の喫茶店であった。この辺りには詳しいつもりでいたが、それはただの自惚れなのかもしれない。琳の方がこの町に来て日が浅いはずだが、案外自分より知っていることが多いと感じることが度々ある。自分が住むこの町に、こんな隠れ家的なお店があるなんて思いもよらなかったな、と真緒は思った。店内に入ると、コーヒーと紅茶のいい香りが二人を出迎える。広すぎず狭すぎない店内は、落ち着いた色で整えられていた。
「いらっしゃいませ。あっ、若月さんじゃないですか。えっと、今日はお連れの方がいるんですね。いつもの席、空いていますよ、どうぞ」
二人の来店に気が付いたウエイトレスは、カウンターから出てくると、そう言って、笑顔で彼らを席へ案内した。ウエイトレスはまだうら若い少女だったが、店内のことはあらかた任せられているようだ。二人が席につくと、彼女は慣れた手つきでメニューを開くと、注文が決まる頃にまた来る、と告げてカウンターの方へ戻って行った。
「素敵なお店。よく来るの?」
「うん、考え事をしたい時やリラックスしたい時にね。ここのコーヒーや紅茶は絶品なんだよ。マスターがこだわりのお茶屋さんから仕入れているらしくてね。あとね、このねこさんパンケーキ、もちもちで美味しいよ」
「ねこさんパンケーキ?ずいぶん子どもっぽいもの頼むんだね。うふふ、なんか意外かも。琳の追っかけさんたちが知ったら、これまたギャップに『きゅん』、としちゃいそうね。でも琳、たしか甘いものそんなに得意じゃなかったわよね?それじゃあ、ここのパンケーキは格別なのね。うーん、とじゃあ私はこの『ベルガモットティー』にしようかな」
「パンケーキは?いらないの?」
「琳が頼むんじゃないの?」
「頼むよ、もちろん」
「じゃあ、一口ちょうだい、ね?」
「それはいいけど、お腹空いてないの?」
「うん、そこまで空いてないから。じゃあ、そろそろ注文しようか」
二人の会話が聞こえていたのか、タイミングよくウエイトレスが席にやってきて、注文を受けていった。十五分くらいすると、二人の前にベルガモットティーとコーヒー、そしてパンケーキが運ばれた。いつもよりボリュームのあるパンケーキに琳が戸惑っていると、ウエイトレスは「いつも来てくれているサービス」だとウインクした。
「うーん、いい匂い。ねこさんパンケーキ、かわいいね。それにおいしそう」
「うん。しかもサービスだって、見てよ。親子のねこさんだよ。かわいい。うーん、もちもち」
幸せそうにフォークを口に運ぶ彼を見て、真緒も自然と口元が綻んだ。
「ねえ、はい」
あまりにも自然に、パンケーキを口元へと運ばれたため、真緒は何の抵抗もなく口を開けてフォークの侵入を許してしまった。甘すぎない、柔らかく口どけの良いパンケーキは、真緒が今まで食べてきたものとは、一線を画していた。と、いうよりも今まで食べてきたものを同じ「パンケーキ」というカテゴリーに入れていいのか、と疑問に思うほどであった。甘いものを進んで食べない琳が気にいるのも自明の理であった。
「頬っぺたが落ちそう。本当に美味しい。私が二十云年間生きてきた中で、一番」
「気にいってくれて嬉しいよ。いつもひとりで食べていたから、ずっと誰かとこの美味しさを分かち合ってみたかったんだよね」
「じゃあ、もっと早く連れてきてくれたらよかったのに。あっ……そういえば琳とはかれこれ二年と少しの付き合いだけど、こうして学校外に二人で出かけるのは、初めてだね。新鮮かも」
「そうだね。だいたいいつも話すのは、教室か研究室だしね。……一息ついたし、そろそろ真緒の聞きたがっていたこと、話すよ。長くなるかもしれないし、うまくまとまらないかもしれない。それに退屈で辛気臭いかも。それでもいい?」
真緒がゆっくりうなずくと、琳はコーヒーを一口飲んでから話始めた。
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