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その3 「真実の愛」なんて馬鹿みたい~ピンクブロンドの可愛い男爵令嬢の正体は凄腕のエージェントです~

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◇◇◇

「ミッションコンプリート。これでもう、この国ともお別れね」

 アニスはピンクブロンドのカツラをずるりと引き剥がすと、粗末な宿屋のベッドに無造作に投げ捨てる。

「どうして貴族の坊っちゃん連中は、こうも頭の悪そうなピンク髪が好きなのかしら」

 貴族学園に潜伏し、貴族令嬢や令息たちに接触して情報を集めること。それが今回アニスに与えられたミッションだ。

 とある組織のエージェントとして数多くのミッションをこなしてきたアニスにとって、青臭い貴族の坊っちゃん連中に取り入るなど、雑作もないこと。

 だが、貴族令嬢の相手は少々骨が折れる。どんなに貴族の肩書きを手に入れようと、彼女たちは庶民上がりを決して自らと同じ貴族令嬢とは認めないからだ。

 代々続いた尊い血と家同士の繋がりだけが、彼女たちの交友関係を左右する。

 成り上がり貴族の賤しい娘は令嬢たちの派閥には決して入ることができない。

 どうするか。答えは簡単だ。令嬢本人から情報が引き出せないなら、ターゲットを変えるだけ。

 彼女たちの婚約者の男が、喜んで情報を流してくれる。

 ちょっと潤んだ瞳で。
 かきあげたうなじを見せ付け。
 チラリと足首をさらし。
 猫撫で声で尋ねるだけ。

 家の事業計画はおろか、ベッドの中で抱いて寝るぬいぐるみの名前まで教えてくれる。なんとも愚かなことだ。ついでにつまらない愚痴を聞かされるのには閉口するが。口が軽くなればなるほど、得られる情報も多い。

 たまに集団で囲まれようと、お上品な貴族の小娘どもにやれることなどたかがしれている。

 大抵はつまらない警告だけ。

 恥じらいを持てとか、貴族令嬢としての振る舞いを学べとか。笑わせる。貴族令嬢だなどと微塵も思っていないくせに。虫けらを見るような目で貞節を説くその矛盾に、誰よりも気付いているくせに。

 だから教えてやるのだ。

「怖い……」

 たった一言で、被害者はたちまち加害者に変わる。弱き者を虐げることは、貴族の尊厳を大きく傷付けるのだ。

 いくつもの貴族家が仲違いを起こし、婚約を解消し、その名を地に落とした。

 散々に引っ掻きまわした後は、速やかに去るのみ。ぐずぐずしていては断罪の手が迫る。

 さらりと現れたベリーショートの髪を軽くかきあげ、冒険者装束に着替える。

 馬鹿な貴族連中も、ピンク髪の貴族令嬢が男みたいな冒険者姿になっているとは夢にも思うまい。

 これで鬱陶しいカツラ生活ともおさらばできるかと思うと清々する。

 ずた袋にピンクのカツラを突っ込み、意気揚々と宿屋を出たところで、横から声が掛かった。

「おい。どこへいくつもりだ?」

 チラリと声のするほうを振り返り、溜め息を付く。

 王家の犬。馬鹿王子の護衛騎士の一人であるデニス。いつも険しい顔をして、アニスを睨み付けていた大男。大方馬鹿王子の命令で、アニスを見張っていたのだろう。

 アニスを出し抜くとは大したものだ。だが、今の姿を見てアニスが王子の想い人である確信は持てないはず。

 無視して通りすぎようとしたら、素早く腕を捕まれてしまった。

「なんだい騎士様?乱暴はやめとくれ」

 ぞんざいな言葉に軽く眉を上げるデニス。

「それがお前の素か?」

「なんのことやら。あんたのことなんか知らないよ」

「そのわりに俺が騎士であったことを知ってるような口振りだな」

 デニスの言葉に軽く舌打ちする。

「あんたみたいなガタイの男は大抵騎士か冒険者って相場が決まってんだよ。見たことないから騎士なんだろ!」

 吐き捨てるように言うと、意外な言葉が返ってきた。

「いや、俺は単なる冒険者だ。もう騎士は辞めた」

「……そうかい。じゃあね」

 だとしたら馬鹿王子は関係ないのか。まぁ、こいつが騎士であろうと冒険者であろうと関係ない。面倒なことになる前にとっととこの国を出なければ。

「お前も冒険者なんだろ?」

 しつこい。どうやら大人しく見逃す気は無いようだ。

「……それがなんだって言うんだい?いい加減その手を離しなっ!」

 だが、デニスを昏倒させるために繰り出した手刀は、易々と捕まれてしまう。

「おっと。お前は本当に手が早いな」

 ニヤリと笑うデニスを忌々しく睨み付ける。

「諦めろ、俺から逃げられると思うな」

 完全に油断した。力ではこの男に到底叶わない。こうも易々と捕まってしまうとは。

「それで?私をどうする気?」

「ふーん、また口調を変えるんだな。どうせ学園で名乗ってた名も偽物なんだろ?今の名前はアニスだったか?」

 冒険者の登録ネームまで知られていた。完全に詰んでいる。だが、

「アニスとデニス。いいコンビだと思わないか?」

「……はっ?」

 デニスのすっとんきょうな言葉に、思わず間抜けな声を出してしまう。

「俺とお前でパーティーを組もう。最初のミッションは隣国で宝さがしだ」

「ちょ、はぁ!?なんで私があんたなんかとっ!」

「因みにお前が所属していた組織は壊滅した」

「へっ?」

「今のお前の肩書きはただの冒険者だ」

「え、ちょっと待って、あんたなんでそんなこと……」

「知りたいか?」

 ニヤリと笑うその顔に、いいようのない怖さを感じて背筋が凍る。

「あ、いや、いいです」

「ふーん?お前になら教えてやっても構わんが?」

 この男の目的はなんだ。意味が分からない。アニスをどうしようと言うのだ。

「なぁ、責任とれよな」

「な、なんの責任よ」

「お前に惚れたから」

「はっ!?はぁ!?そんなの知らないわよっ!」

 この男もまた、あの頭の悪そうなピンク髪の演技に騙されたと言うのか。

「ああ。勘違いすんなよ。猫被ってる女が好みの訳じゃない」

「だったらっ」

「その目だ」

 ぐいっと顔を近付けられて、思わず仰け反る。

「どんなにすり寄ってきても、まるで懐いてない猫みたいな目してるよな。お前」

 猫を被っている人間どころか、最初から野良猫扱いという訳か。

「俺は大の猫好きでな。お前みたいに懐かない猫をデロデロに甘やかすのが好きなんだ」

「趣味わるっ」

 そう言い捨てたアニスにデニスが笑う。

「どのみちお前一人じゃこの国を抜けられない。今頃お前にこけにされた貴族連中が血眼になって探している。女一人が国境を越えられると思うか?だが、俺と一緒なら抜けられるぜ?俺の妻と言うことにすればいい」

「だっ!誰があんたなんかっ!」

「なんなら今すぐ誓ってもいいぜ?」

「ばっかじゃないのっ!」

 アニスは天を仰いだ。こんな失態は初めてだ。だが、どんな困難に出会おうと、この身一つで乗り越えて来たのだ。それなら、この男も利用できるまで利用するまで。

「いいわ。あんたの提案に乗ってあげる」

「そうか。じゃあよろしく奥さん。呼び名はハニーでいいか?」

「いいわけあるかっ!」

「俺のことはダーリンって呼んでもいいぜ?」

「呼ぶかボケっ!」

 ああ。今度のミッションは果たしてコンプリートできるんだろうか。

 嬉しそうについてくる男を見て、思わずダッシュで逃げると易々と捕まってしまう。

「逃げるとますます捕まえたくなるぜ?」

 恐ろしいことに、この男から逃げられる気がしない。アニスとデニスの追いかけっこは当分続きそうだ。


 おしまい
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