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1.婚約者に裏切られたと思ったら幼い少女に求婚された件について
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◇◇◇
「マリア、結婚しよう……いや、結婚してください、のほうがいいだろうか。それともこんな宝石より騎士らしく剣を捧げたほうがいいのか。くそっ、こんなときどうすればいいのかさっぱりわからん。先日結婚したロイドにでも聞いておけばよかった!」
王城の広い中庭の片隅で。出来上がったばかりの指輪を片手にブツブツ呟いていると、不意に可愛らしい声が響いた。
「いいわよ。私、あなたと結婚してあげる」
「……へっ?」
驚いて顔を上げると、そこにはにっこり微笑む見知らぬ美少女が。
「一緒に幸せな家庭を築きましょうね!」
そのままギュッと抱きつかれてしまったので慌てて距離をとろうとする。誰だ。そして保護者はどこだっ!
何しろ今日プロポーズする相手はこの見知らぬ少女ではない。恋人のマリアはれっきとした大人の女性だし、俺は断じて幼女趣味ではない。ただ、こういったことはからっきしなので、本番前に予行練習をしていただけだ。
それなのに少女は、開けたまま手に持っていた小箱からするりと指輪を抜き取ると、自分の細く小さな指に嵌めて首をかしげている。
「あら、私にはちょっと大きいみたい。すぐにサイズ直しに出さなきゃ」
そういうと、指輪を持ったまますたすたと歩きだしてしまう。
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ……」
それはこつこつ貯めた騎士の給料三ヶ月分相当の品物なのだが。
「どう?似合うかしら?旦那様になる人からの初めてのプレゼントだもの。大切にするわ」
どうしよう。こんなに喜んでいるのに返して欲しいと言えば泣くだろうか。子どもの年齢は正直よく分からないが、うちの末の妹と同じくらいの背丈だから多分十歳から十二歳くらいだろう。となれば少し背伸びをして、こういったものに興味を持つ年頃なのかもしれない。
弱きものを守る騎士として、このような幼い少女を泣かせるのは気が引ける。今日のプロポーズは諦めて、ここは引くべきか。できれば給料の三ヶ月分を注ぎ込んだその指輪は返してほしいのだが。
入り組んだ庭園を少女の後を追って歩くことしばし。とそこに、少し後ろから聞き慣れた声がして思わず固まった。
「ふふ。あなたってキスが上手いのね」
「おや、誰と比べられてるのかな?悪い人だ。それより、このままパートナーを放っておいていいのですか?」
「いいのよ。あの人と一緒にいても疲れちゃうだけだから。無骨で退屈な人だもの。それより、ねえ……」
思わず振り向いた先の小さなガゼボで。親密に体を寄せる二人を見て息が詰まる。相手の貴公子然とした男に見覚えはないが、いかにも貴族令嬢の好みそうな優男だ。
「マリア……」
「テオドール様!?」
「おや、これはこれは……」
お互いに見つめ合うことしばし。気まずい雰囲気が流れる中、最初に言葉を発したのはマリアだった。
「……あら、奇遇ですわね。パーティーの最中にわたくしを放っておいて、逢引の最中でしたのね。お見かけしたことはございませんが、ずいぶんと可愛らしいご令嬢ですこと」
くすりと笑ったマリアの視線は、隣に佇む少女に注がれている。だが俺はそれよりも、男の首に絡めているマリアの生々しく白い腕から目が離せなかった。嘘だろう?マリアが別の男と?
「いや、俺は……」
ショックで言葉も出てこない。しかし、
「あなたこそどなたかしら。わたくしのテオドールに馴れ馴れしくしないでちょうだい」
少女がピシャリと言い放った言葉に全員ぴしりと凍り付いた。
「……ふうん。そういうことだったのね」
マリアは何かを悟ったように、ゴミ虫を見るような目で見てくる。そういうことがどういうことなのか、誰か教えて欲しい。
「まぁいいわ。あなたが私の特別だったなんて思わないで頂戴。あなたなんて、ちょっと毛色が変わってて面白いと思った単なる暇潰しの相手に過ぎないのだから。行きましょう、リチャード様」
そう言うとマリアは、相手の男を促し、振り返りもせずに行ってしまう。俺はただ茫然と、その後姿を見送っていた。
終わった。俺の人生は終わった。プロポーズしようと思っていた相手に浮気されてあっさり振られただけでなく、明日からは幼女趣味の変態騎士として陰口を叩かれる日々に違いない。
「もしかして、あんな女が好みだったのかしら。趣味が悪いわ」
ポツリと呟かれた少女の言葉に、苦笑いしか出てこない。パーティーでひときわ目を惹く美しい彼女にダンスを申し込み、相手にされたのが嬉しくて自分なりに尽くしてきた。少しでも喜ぶ顔が見たくて、ずいぶん無理も重ねてきた。
けれど、彼女の微笑みも、喜ぶ顔も、好意的な言葉さえ、きっと取るに足りない俺に対する世辞に過ぎなかったのだろう。簡単に他の男に靡いてしまうほどに。俺には彼女をつなぎ留めておく魅力がなかったらしい。
「いや、彼女は私には過ぎた人だったようだ」
跡継ぎをせっつかれ、なんとか重い腰を上げていまさら始めた婚活は、最初から大いに躓いた。社交界におけるマリアの影響力は大きい。瞬く間に不名誉な噂が駆け巡るだろう。でもそれよりも、
「私に出会う前のことですもの。許してあげるわ。でも、この先浮気したら許さないから」
にっこり微笑まれて戸惑う。この少女は一体何者なのか。よく見ると、見たこともないくらい可愛らしい容姿をしている。すらりと伸びた手足に透明感のある肌とふんわりした薔薇色の頬。そして、ふわふわと光に輝く虹色の髪に、賢そうな蒼碧の瞳。この唯一無二と言える高貴な色彩。何より、王城の庭にいるということは……
「マリアンナ殿下!」
少女の元にバタバタと侍女たちが駆け寄ってくる。
ああ、やはり……
「こちらにおいででしたか!お探ししましたよ!」
真っ青な顔で少女の前に傅いたのは王妃様付きの筆頭侍女だ。
「ごめんなさい。パーティーの様子が気になってお庭からこっそり覗いていたの」
「まあ!王女にあるまじき行為ですわ!」
「でもね、そこで素敵な伴侶を見付けたの。私、あのテオドール・フェルマンにプロポーズされたのよ。素敵でしょう?」
「……はっ?」
そこで初めて存在に気づいたとばかりに目を見開かれる。
違う。違うんだ。プロポーズは勘違いなんだ。
「……テオドール・フェルマン様でございますね」
「……ああ」
どうしよう。侍女達の視線が怖い。
「ほら、もう指輪も頂いたのよ」
誤解だ、と言うより早く、少女の楽しげな声が響いた。少女の指にきらりと指輪が光る。じっと指輪を見ていた侍女は大きく頷いた。
「なんということでしょう。フェルマン様がマリアンナ王女殿下にご求婚!すぐに両陛下にお知らせしなければ!」
「マリア、結婚しよう……いや、結婚してください、のほうがいいだろうか。それともこんな宝石より騎士らしく剣を捧げたほうがいいのか。くそっ、こんなときどうすればいいのかさっぱりわからん。先日結婚したロイドにでも聞いておけばよかった!」
王城の広い中庭の片隅で。出来上がったばかりの指輪を片手にブツブツ呟いていると、不意に可愛らしい声が響いた。
「いいわよ。私、あなたと結婚してあげる」
「……へっ?」
驚いて顔を上げると、そこにはにっこり微笑む見知らぬ美少女が。
「一緒に幸せな家庭を築きましょうね!」
そのままギュッと抱きつかれてしまったので慌てて距離をとろうとする。誰だ。そして保護者はどこだっ!
何しろ今日プロポーズする相手はこの見知らぬ少女ではない。恋人のマリアはれっきとした大人の女性だし、俺は断じて幼女趣味ではない。ただ、こういったことはからっきしなので、本番前に予行練習をしていただけだ。
それなのに少女は、開けたまま手に持っていた小箱からするりと指輪を抜き取ると、自分の細く小さな指に嵌めて首をかしげている。
「あら、私にはちょっと大きいみたい。すぐにサイズ直しに出さなきゃ」
そういうと、指輪を持ったまますたすたと歩きだしてしまう。
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ……」
それはこつこつ貯めた騎士の給料三ヶ月分相当の品物なのだが。
「どう?似合うかしら?旦那様になる人からの初めてのプレゼントだもの。大切にするわ」
どうしよう。こんなに喜んでいるのに返して欲しいと言えば泣くだろうか。子どもの年齢は正直よく分からないが、うちの末の妹と同じくらいの背丈だから多分十歳から十二歳くらいだろう。となれば少し背伸びをして、こういったものに興味を持つ年頃なのかもしれない。
弱きものを守る騎士として、このような幼い少女を泣かせるのは気が引ける。今日のプロポーズは諦めて、ここは引くべきか。できれば給料の三ヶ月分を注ぎ込んだその指輪は返してほしいのだが。
入り組んだ庭園を少女の後を追って歩くことしばし。とそこに、少し後ろから聞き慣れた声がして思わず固まった。
「ふふ。あなたってキスが上手いのね」
「おや、誰と比べられてるのかな?悪い人だ。それより、このままパートナーを放っておいていいのですか?」
「いいのよ。あの人と一緒にいても疲れちゃうだけだから。無骨で退屈な人だもの。それより、ねえ……」
思わず振り向いた先の小さなガゼボで。親密に体を寄せる二人を見て息が詰まる。相手の貴公子然とした男に見覚えはないが、いかにも貴族令嬢の好みそうな優男だ。
「マリア……」
「テオドール様!?」
「おや、これはこれは……」
お互いに見つめ合うことしばし。気まずい雰囲気が流れる中、最初に言葉を発したのはマリアだった。
「……あら、奇遇ですわね。パーティーの最中にわたくしを放っておいて、逢引の最中でしたのね。お見かけしたことはございませんが、ずいぶんと可愛らしいご令嬢ですこと」
くすりと笑ったマリアの視線は、隣に佇む少女に注がれている。だが俺はそれよりも、男の首に絡めているマリアの生々しく白い腕から目が離せなかった。嘘だろう?マリアが別の男と?
「いや、俺は……」
ショックで言葉も出てこない。しかし、
「あなたこそどなたかしら。わたくしのテオドールに馴れ馴れしくしないでちょうだい」
少女がピシャリと言い放った言葉に全員ぴしりと凍り付いた。
「……ふうん。そういうことだったのね」
マリアは何かを悟ったように、ゴミ虫を見るような目で見てくる。そういうことがどういうことなのか、誰か教えて欲しい。
「まぁいいわ。あなたが私の特別だったなんて思わないで頂戴。あなたなんて、ちょっと毛色が変わってて面白いと思った単なる暇潰しの相手に過ぎないのだから。行きましょう、リチャード様」
そう言うとマリアは、相手の男を促し、振り返りもせずに行ってしまう。俺はただ茫然と、その後姿を見送っていた。
終わった。俺の人生は終わった。プロポーズしようと思っていた相手に浮気されてあっさり振られただけでなく、明日からは幼女趣味の変態騎士として陰口を叩かれる日々に違いない。
「もしかして、あんな女が好みだったのかしら。趣味が悪いわ」
ポツリと呟かれた少女の言葉に、苦笑いしか出てこない。パーティーでひときわ目を惹く美しい彼女にダンスを申し込み、相手にされたのが嬉しくて自分なりに尽くしてきた。少しでも喜ぶ顔が見たくて、ずいぶん無理も重ねてきた。
けれど、彼女の微笑みも、喜ぶ顔も、好意的な言葉さえ、きっと取るに足りない俺に対する世辞に過ぎなかったのだろう。簡単に他の男に靡いてしまうほどに。俺には彼女をつなぎ留めておく魅力がなかったらしい。
「いや、彼女は私には過ぎた人だったようだ」
跡継ぎをせっつかれ、なんとか重い腰を上げていまさら始めた婚活は、最初から大いに躓いた。社交界におけるマリアの影響力は大きい。瞬く間に不名誉な噂が駆け巡るだろう。でもそれよりも、
「私に出会う前のことですもの。許してあげるわ。でも、この先浮気したら許さないから」
にっこり微笑まれて戸惑う。この少女は一体何者なのか。よく見ると、見たこともないくらい可愛らしい容姿をしている。すらりと伸びた手足に透明感のある肌とふんわりした薔薇色の頬。そして、ふわふわと光に輝く虹色の髪に、賢そうな蒼碧の瞳。この唯一無二と言える高貴な色彩。何より、王城の庭にいるということは……
「マリアンナ殿下!」
少女の元にバタバタと侍女たちが駆け寄ってくる。
ああ、やはり……
「こちらにおいででしたか!お探ししましたよ!」
真っ青な顔で少女の前に傅いたのは王妃様付きの筆頭侍女だ。
「ごめんなさい。パーティーの様子が気になってお庭からこっそり覗いていたの」
「まあ!王女にあるまじき行為ですわ!」
「でもね、そこで素敵な伴侶を見付けたの。私、あのテオドール・フェルマンにプロポーズされたのよ。素敵でしょう?」
「……はっ?」
そこで初めて存在に気づいたとばかりに目を見開かれる。
違う。違うんだ。プロポーズは勘違いなんだ。
「……テオドール・フェルマン様でございますね」
「……ああ」
どうしよう。侍女達の視線が怖い。
「ほら、もう指輪も頂いたのよ」
誤解だ、と言うより早く、少女の楽しげな声が響いた。少女の指にきらりと指輪が光る。じっと指輪を見ていた侍女は大きく頷いた。
「なんということでしょう。フェルマン様がマリアンナ王女殿下にご求婚!すぐに両陛下にお知らせしなければ!」
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