吸血鬼専門のガイド始めました

椿

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17 虜にさせる吸血鬼

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「ど、どうぞ…」
「ありがとう」
「ふゔっ……!!」

お茶を出しただけで返ってくる国宝級の笑顔に、すかさず目を閉じる。

本能的にわかる。直視したらヤバい。

初対面時の美ームからは既に回復した俺だったが、勿論混乱が抜けきったわけではなかった。
特に、(母の影響で)生まれた頃から知っているような超有名人が実は吸血鬼だったという事実に衝撃が止まない。以前、三枝さんに芸能界入りを断られた事からも、人間に擬態して生きている吸血鬼達は目立つような行動をするはずがない、と勝手に思い込んでいたため尚更だった。

世界進出までしてはちゃめちゃに目立ってる方居たよ。堂々とし過ぎてるよ。

「で、依頼内容だが、」
「──あ、待って、」

珍しく急くように話を進め出した故白さんの声を有瀬さんが遮る。その制止の言葉とほぼ同時、するり、と官能的にも思える動きで、有瀬さんの指が故白さんの頬へ向けて伸ばされた。
唐突な接近に驚いたのかピクッ、と一瞬反応を示した故白さんだったが、有瀬さんはそんな彼を安心させるように、触れるか触れないかギリギリの酷く柔らかいタッチで指を沿わせる。

どちらも顔が整っているからか、両者の接触は何とも言えない魅惑的な空気をかもし出しており、不思議と俺を落ち着かない気持ちにさせた。言い知れぬ思いにじんわりと頬を紅潮させつつ、しかし目だけは決して逸らさぬまま、俺は二人の行動に息を呑む。

「付いてた」
「……、」

ニコッと微笑み比較的すぐに離れた有瀬さんの指には、故白さんの睫毛が一本。彼はそれをティッシュに包みながら、何事も無かったようにソファーに座り直す。

あ、え?それだけ?
何となく拍子抜けして肩の力を抜く俺だったが、どうやら故白さんは違ったらしい。
先程までの勢いはどこへやら、彼はその姿勢をピクリとも動かさず、無言で有瀬さんを見つめ続けていた。

「こ、故白さん? 大丈夫ですか??」
「何が」
「目が!!! ハート!!! しょ、正気に戻って下さい!!!」

こちらを振り返った故白さんの見たこともないような蕩けた瞳に明らかな異常性を感じて、咄嗟に肩を激しく揺さぶる。ガクガクと遠慮のないそれを続けた甲斐あってか、数秒後彼は「…っぶねーー!! 雌にされるところだった!!」と急に息を吹き返したように咳き込んで我に返った。
それに安心すると同時、何が起こっているのかさっぱりわからない今までの状況に流石に答えを求めたくなってしまう。

恐る恐る有瀬さんへと目を向けると丁度彼もこちらを見ていたようで、バチッ、と音を立ててタイミング悪く視線がぶつかった。動揺した俺は、急いで自分たちのお茶を置いてソファーへ戻ろうと立ち上がったのだが、

慌てていたためか一歩下げた足が滑る。

「っ!?」

身体が意図せぬ方法に傾き、何かに縋ろうと伸ばした左腕が意味も無く壁を擦るだけに終わる。そこで感じた摩擦による痛みなど些細なものだ。きっとそれとは比べものにならない大きな衝撃を予想して、俺は咄嗟に身を固くした、が。
実際にこの身体が感じたのは、ふわり、と誰かの腕に背中が支えられる感覚だった。

安定した自身の肉体に対する安堵に反射的にほっと息を吐くと、次の瞬間、グイッと腰を引き寄せられ、その腕の主と顔を突き合わせることになった。

受け止めてくれていたのは、間違えようもない。有瀬楽その人で、

「大丈夫? 気を付けてね。 君ひとりの身体じゃないんだから」

「……は、い」 

上体を起こされた俺は、そのままフラフラとソファーへと移動し、故白さんの隣へ黙って収まる。
その一連の過程をじっと目で追っていた故白さんが、恐る恐る口を開いた。

「……、おい」
「何ですか?」
「目が!! ハート!!!」

故白さんが先程の俺と同じようなことを叫ぶが、そんなことは全く気にならない。
俺は溢れる多福感と使命感のままに、両手で握り拳を作った。

「俺、有瀬さん似の元気な子供を産みます」
「何言ってんだお前!!

──産むのは俺だ!!」

止めてくれるはずの故白さんもしっかり変だった。
つまり、その事実が示す先は、

「孕んでも無いくせに出しゃばらないでくれます!? 有瀬さんのお嫁さんになるのはこの俺です!!」
「いいや有瀬の嫁には俺がなる!! お前はすっこんでろ!!」
「俺が!」
「いいや俺が!」

地獄一択である。






「「死にたい」」

「大丈夫?」

仲裁役の居ないこの醜い争いは、約数分もの間続き、
正気に戻った俺達は、当然まともに現状を受け入れられるはずも無かった。
頭を覆って項垂れる俺達を、有瀬さんは気遣いと愉快さを半々にしたような表情で眺める。狼狽える様子が見られないことから、多分今みたいな騒動は有瀬さんにとって大して珍しいことではないのだろう。
しかしそれに反してこちら側の狼狽具合は凄まじい。

何だ今の??俺は冗談じゃなく有瀬さんの子を妊娠したつもりだったし、果ては嫁になる気満々だったが??…まさか、一瞬で洗脳された?

到底自分の思考とは思えないそれに冷や汗を滲ませながら、故白さんと共にバッ、と勢いよく後ろを振り返る。

「俺っ、意味わかんない事言っちゃってたんですけど!? これって何かの特別な能力とかですか!?」
「いいや、信じがたいことにヤツの魅了は天然ものだ…」
「どう防げばいいんですかアレ!」
「諦めろ」

ソファーの背に腕を回しながら小声で話し合うが、得られたのは絶望的な情報だけ。
このままじゃヤバい。確実にメスにされる。
自分が自分で無くなる恐怖に二人して震えていると、ははっ、と場違いにも思える明るい笑い声が室内に響いた。その微笑みの主は、勿論、視線を向けた先で一人悠々と腰かける有瀬さんだ。
彼は一度ゆっくりと周囲を見回してから、その笑みをより一層深める。

「何だか懐かしいな。 この場所でくつろいでると日本に初めて来たときのことを思い出すよ。 その時もこうやって椎名さんに警戒されてたっけ」
「警戒通り越して怯えてんだよこっちは」

「え…、二人はお知り合いなんですか!?」

さらっと明かされた事実に、俺は二人を激しく交互に見やる。

故白さんも俺と同じで、有瀬さんとは完全に初対面なのだと思っていた。だって、世界的有名モデルと知り合いだなんてこと、どうやったら自慢せずに生きてこられるんだって話だ。俺だったら毎秒「有瀬楽、か…」とか匂わせずにはいられない。

「ガイドとして、僕に人間界のことを教えてくれたのは椎名さんなんだ。
その時以来の再会になるかな? 何年ぶりだろうね?」
「いちいち覚えてねえ」
「そう? 僕は昨日の事のように思い出せるけど」

有瀬さんは昔話に花を咲かせようとしていたが、いい加減疲労が積み重なってきたのか痺れを切らした故白さんが「依頼内容をさっさと言え!」と急かしたことで、それは形にならないまま終わった。

俺は少し興味があったんだけどな。
有瀬さんの芸能界デビューは少なくとも20年前なはずだから、その頃既に故白さんがガイドをしていたとなると、有瀬さんと会った時はまだ10代とかそこらだったんじゃないか?いや、正確な年齢は聞いていないから分からないけど、見た目的には30代前半くらいの大人の男って感じだし。場合によっては、年齢一桁の時に出会っていたとしても不思議じゃないよな。

──そんなに前からガイドとして働いているのには、何か理由があるんだろうか。

ふと、そんなことを思って、故白さんについて何も知らない自分を俺は唐突に自覚した。

そりゃあ接した時間はまだ短いし、面倒くさがりだとか、ポテチが好きなんだろうなとか、見ていてわかるようなことは知ったつもりでいるけど。
いつ吸血鬼のことを知ったのかとか、何でこの仕事をしているんだとか。そうじゃなくても、休日は何をしているのか、どんなことを楽しいと思って、どんなことを避けたいと思っているのかとか、そんな些細なことですら、故白さん本人の口から語られたことは多分一度も無い。自炊していることすら、総一郎さんからの又聞きで初めて知ったことだった。
それは、俺がわざわざ聞こうとしなかったってのも一因かもしれないけど…。

「……?」

胸のあたりが少し重くなったのを不思議に思っていると、そんなことを知る由も無い有瀬さんが、何かに気づいたように呟いた。

「あ、変装用に伊達メガネかけたままだった」
「「外さないでくださいお願いします」」

本能的な危機感から来る故白さんと俺の流れるような懇願は、多少戸惑われながらも無事受け入れられた。
例えガラス一枚でも美ームの威力軽減に役立っているはずなのだ。絶対に取らせるわけにはいかない。言葉にせずとも、それは俺達の共通認識だった。





その後、依頼内容を話す前にと、有瀬さんは自身の現状について簡単に説明してくれた。
日本人であれば知らない人の方が少ないだろう有瀬楽という有名人は、俺達とは住む世界が違うというその言葉通り、生まれも育ちも別世界の吸血鬼だ。つまり、不老で、不死。
人間の世界で実年齢と外見年齢が一致しなくなるのは、どうしても避けられない未来だった。
それでも、例えば三枝さんのように、海外でまるっきり別の人間として新たな人生を送る道もある。しかし世界中に顔が広まってしまっている今の有瀬さんにとって、それは現実的な対処法ではなかった。
結局有瀬さんが選択したのは、生まれ育った異界への帰還。急死のニュースは、後腐れなくこの世界を去るための偽装だとのことだった。「あの世異界逝く帰る」という意味では間違っていないような気もするけど。

また忘れられた頃にイメチェンして戻ってくるよ、と憂いを感じさせない風に締めくくった有瀬さんだったが、彼にもまだ、人間界で思い残したことがあるようで。

「どうしてもやりたいことがあるんだ」
「…やり、たいこと?」

言葉を詰まらせながらも、意味のある音にはなった相槌。
それに対して向けられた度の入っていないレンズ越しの視線に、唐突に心臓が跳ねる。
有瀬さんは、ふぅ、と悩ましい吐息を漏らして、次いでその細長い指で、女神の祝福を賜るために存在しているかのような魅惑的な自身の唇をゆっくりとなぞった。
俺の視線は、それが必然と言わんばかりに無意識にその指の先に絡めとられる。
もうずっと思ってるんだけど、この男、控えめに言ってエロ過ぎる!!!

そうして散々注目を集めた後、勿体ぶって開かれた唇から告げられたのは、


「──美味しいパンケーキを、凄く沢山食べたいんだよね」

さっきの思わせぶりな態度は何だと言いたくなるくらいに、実に可愛らしい要望だった。
予期せぬギャップに、故白さんと俺はそろって「うぐぅ…」と苦しげに胸を押さえ、キュンキュンと高鳴る鼓動に何とか抗おうとする。

「人混みなんてどこにも行けなかったから…。 でも、今なら死んだことになってるし、そっくりさんってことで通せるんじゃないかと思って。 二人には、一緒に付いて来てもらえたら心強いんだけど、」

困り眉で遠慮がちに「どうかな…?」と付け加えた、そんな有瀬さんへの返答はもう決まっているも同然だった。


「有瀬にパンケーキを食わせるために俺は生きていた。 今確信した」
「俺だってそう確信しました」
「俺の方が!」
「いいや俺が!」


「それなら良かった! ありがとう。 二人とも」

俺達の無益な争いは、元凶の彼には、少々はしゃぎながら会話を楽しんでいる風にでも見えてるんだろうか。
切実に止めて欲しいんだけど。


【本日の依頼:有瀬楽に美味しいパンケーキを凄く沢山食べさせる】

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