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33 人に焦がれる吸血鬼
しおりを挟む「えー! イヤだよ! だっていぶきと一緒だと、外で遊べないもん!
ずっと部屋の中ばっかり! おんなのこみたい!」
「こら! ゆうと君!」
「だって本当だもん! おれみんなと外で遊びたい! いぶきと居てもつまんない!」
「ちょっと、待ちなさい! …っ、一颯君、少し部屋の中で待っててね? ゆうと君と仲直りしようね?」
「……、」
何でか、小さい頃から日光が苦手で、日差しの強い晴れた日にはすぐに具合が悪くなって、碌に外で遊べた試しがなかった。
子供の交友関係というのははっきりしていて、残酷で。
お荷物になってしまう自分は、時間を置かずに独りぼっちになった。
本当は俺も遊びたかった。
輝く光の中、楽しそうに駆け回る彼らの輪に入りたかったんだ。
実際に出来ていたのは、部屋の中から1人窓の外を眺めて、歓声が響くそこで一緒に笑い合う自分の姿を想像することぐらいだったけど。
――だから、
小学校に上がる前。両親の離婚が原因で引っ越すことになった新たな居住先では、多少無理をしてでも積極的に屋外で遊ぶのだと、そう決めていた。もう前みたいに、1人だけで家に居るのは嫌だったから。
入学した小学校で同学年だった空とは、近所に住んでいたこともあって一番最初に仲良くなった。
彼はその名の通り、晴れた青空が良く似合う明るく活発な子供だったので、どちらかというとやはり屋外での遊びを好んでいるようだった。
そして、彼に嫌われたくなかった俺は、一生懸命にその後を追っていた。
しかし、『頑張る』と決めた程度で体質を変えられるのなら、もっとこの世界は万人にとって生きやすいものになっているはずなのだ。
案の定、ある夏の日、近所の公園で複数人の友達とサッカーをしていた時、
俺は爛々と肌を刺す日差しに耐えきれず、立ち眩むままにその場でしゃがみ込んでしまった。
──今すぐ立て!
グルグルと気持ち悪く回る頭の中で、冷静な自分がそう叫ぶ。
急に動かなくなった俺を心配して周りは何やら言っていたが、キーンと激しい耳鳴りがして碌に言葉が聞き取れない。
しかし、辛い現状は、解決法でも探るためか同じように辛い記憶を思い起こさせるようで。
『おれみんなと外で遊びたい! いぶきと居てもつまんない!』
気遣うようにこちらを覗き込む友人達の口から、いつかの彼と同じ台詞が響く。
…分かっている。これはただの俺の被害妄想だ。
声も口調も違う。複数人が同じことばかりを繰り返し言うなんてとても現実的じゃないから、すぐに判断できる。
…でも、このまま動けなかったら、俺がつまらない人間だって気付かれてしまったら、
この想像と同じことを、皆から言われるんじゃないだろうか。
恐怖にも近い焦りと不安が胸を渦巻き、ドッ、と鼓動が早まった。
自然と浅くなる呼吸が苦しい。
早く立ち上がらなければいけないのに、その気持ちとは反して、まるで身体が石に変わっていくみたいに徐々に重みを増した。
このままじゃ、駄目なのに──。
意識が薄れそうになったその瞬間、
フッと視界が暗くなった気がして、同時に少しだけ息がしやすくなる。
不思議に思って、自身の重い頭をゆっくり持ち上げると、
半袖のTシャツをめいっぱい広げた幼馴染の空が、俺へ突き刺さる日光を遮ってそこに立っていた。
「いぶき、暑い?」
「…ぁ、」
空の声を皮切りにして、何分かぶりに外界の音が鼓膜を叩き始める。
少し前にお気に入りだと言っていたヒーロー戦隊のプリントTシャツは、今や描かれているキャラクターの原型が分からない程に引き延ばされ、おかしなことなっていた。
よくわからないままに、きゅうっと目頭が熱くなり咄嗟に言葉を出せないで居る俺に、晴天を背負った空は首を傾げる。
「大丈夫? ぐあい悪い?」
「…ぅ、ううん! 大丈、夫!」
ハッと我に返って、足に力を入れてみる。
空が太陽を遮ってくれたおかげか、先程まで自分の足じゃ無いみたいだったそこは、今はちゃんと言う事を聞いてくれるようだ。
「立てる?」
「…うん」
言葉で促されて、俺は酷くゆっくりと立ち上がる。
空の陰から抜け出た視界に再び日が差して、また少し瞼の裏が瞬いた気がした。しかしそれを無視して、「もう大丈夫」とその顔に笑みを貼りつけて、
直後、
自分と同じくらい小さな手に、勢いよく手首を掴まれる。
「おれといぶき、今日帰るね!」
「えっ、」
戸惑いは一瞬だった。
友人らに手を振り返し、俺の腕を引いて帰路につき始めた空は何も言わない。だけど俺だって、その気遣いに気付けない程鈍感な子供ではなかった。
公園の出口に差し掛かったあたりで、俺は引かれるがままだった足を徐々に重くしていき、最終的に歩みを止めた。
「いぶき?」
動かなくなった俺に、空は様子を窺うようにして名を呼ぶ。
俺は震えそうになる喉を、大きく息を吐くことで落ち着けてから言った。
「そらは、戻っていいよ」
「え?」
「抜けるの、おれだけでいい。 そらはみんなと遊んできて。 外で遊ぶの好きでしょ」
出来るだけ悲観的に見えないように、明るく笑う。
『おれみんなと外で遊びたい! いぶきと居てもつまんない!』
キン、と小さく耳が鳴って、同じ言葉が頭に響きわたる。
…ああそうだよ。その通り。言われた台詞は実に的を射ている。
『一緒』になれない俺は、いずれその人達にとってつまらない存在になる。最初は良くても、段々と距離が開くのなんて分かりきっているのだ。
また駄目だった。ここでも駄目だった。
何でくらくらするんだろう。何で気持ち悪くなるんだろう。何で力が出なくなるんだろう。
何でみんなと同じように遊べないんだろう。
止まらない悔しさに押しつぶされる胸が、張りつけた口角を少し歪ませる。
じりじりと、己の仮面を外側から無慈悲に剥いでくる日光が嫌い。
明るいところを歩かなければ排斥される世界が嫌い。
それだけで、心も体も雁字搦めに動けなくなる弱い自分は、もっと嫌い。
日向に平然と立つ空は、きょとんと目を丸くして俺を見ていた。
空は俺とは違う。外で遊んでも倒れたりしないし、行く先々で大勢の人に声をかけられるような人気者で。
…だから、俺に付き添って空まで独りになる必要はない。
俺は、手首を緩く囲む空の手を外そうとして、
しかし次の瞬間、それを拒むように空の力が増した。
「でもおれ、いぶきが居ないと楽しくないよ」
それが先程の俺の言葉に対する返答だという事を理解するのに、少々時間を要した。
空は俺が声も無く固まっているのを見て、もう言う事が無いのだろうと判断したのか、繋がったままだった手首をグンッ、と前に引く。
踏み出した足が、自分の濃い影を何度も何度も踏みしめていく様を見つめながら、
俺は、日光のせいではない眩暈に、動悸に、顔に集まる熱に、酷く翻弄させられていた。
俺が居ないと楽しくないんだって。
屋外だとか、室内だとか関係なく、俺と一緒に居ることに価値を見出してくれているんだって。
知らない感情が湧いては弾けて、また湧いて、身体中の血液を際限なく沸騰させる。
たった一言。何でもないように言われたその言葉に、俺は冗談じゃなく人生が一変する程の衝撃を受けた。
ただ嬉しかった。嬉しくて仕方がなくて、病的に思える程胸が高鳴って、視界が熱くぼやけるのを自分で止められないくらいに。
きっとこんな姿を空に見られたら、もっと心配させてしまうだろうから。
「俺の家でアイス食べよ!」なんて呑気に笑う背中に、どうか振り向かないでくれとそう祈りながら、
俺は、ゆるゆるとふやけてしまいそうな顔で気付かれないよう小さく鼻を啜った。
今考えると、これが俺の初恋の切っ掛けだったんじゃないかと思う。
ずっと一緒に居たいとか、近くに居ると心臓が心地よく跳ねるとか。しかし、友情を越えたそれに、当時の俺は名前を付けることすら出来ていなかった。
──理由はきっと、そんなふわふわした感情を持て余していられたのが、ほんの数か月の間だけだったから。
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