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椿

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48 関わり合いたい吸血鬼

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覚醒と同時、まだ開ききらない瞼に感じたのは、カーテンの隙間を掻い潜って差し込む眩しいほどの朝日だ。反射的にそれを避けようとして動いた身体が、自分とは違う温かい何かにぶつかって止まる。

ゆっくり視界を開けば、目の前に、穏やかな寝息を立てる空が居た。

──ああ、そうだった。

陽光を反射して薄茶色にキラキラと瞬く髪に、思わず俺は目を細める。昨日の名残でお互い裸のまま布団に入ったものだから肌寒いのだろう、空は俺の方へと身体を寄せてスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。素肌に感じる他人の熱が心地よく、そして、少し意識してしまう。
ムズムズとこそばゆい感情を誤魔化すように、俺は傍にあった眩しい髪に顔を埋めてスン、と息を吸い込んだ。今は香水も付けていないから、自分と同じシャンプーの香りに混じった空の匂いがする。天日干しした布団みたいな、春の柔らかい木漏れ日みたいな、泣きたくなる程優しくて温かい匂いだ。…近くに居ることを許容して、受け入れてくれている匂いだ。
鼻先から感じる体温にきゅう、と胸を絞られて、俺は堪らず空を抱きしめぐりぐりと顔を頭に押し付けた。

流石にそれが刺激になったようで、腕の中で空がむずかるように身体を動かす。
次いで瞼がふるりと震えて、蕩けた瞳が眩しそうに開かれた。

「悪い、起こした」
「…ん、」

まだ微睡から抜けきれておらずシパシパと目を瞬かせる空に少し笑って、俺は手慰みに彼の寝癖のついた前髪を指先でちょん、と触る。直角に曲がったそれは、主人に似てやけに存在感を醸し出す図々しい寝癖である。くそ、笑えてくる。

「身体辛くねえか」
「…?…からだ」

ぽやっとしたまま復唱して、それから数秒後、じわじわと顔を赤くしていった空は漸く覚醒したらしい。互いの肌色にギョッとして、しかし赤い顔のまま平静を装おうとする空がおかしくて、俺は「ははっ」と堪えきれない笑いで喉を震わせて、勢いよく布団ごと空を抱き込んだ。慌てた風な喧しい抗議の言葉を耳に流しながら、眩むような煌めきが揺らぐ視界に蓋をする。

良い朝だ。






自分で用意した簡単な朝食を空にも振る舞いながら、俺は自分の話をした。別に面白くもないだろうし、まともに聞いてもらおうとは端から思っていない。ただの自己満、独り言のようなものだ。聞き流せと言っておいたのに、隣に座る空は朝食を「うまい!うまい!」とどこかの乗客みたいに忙しなく称賛してくれながら熱心にこちらの話に耳を傾けた。「故白さんのこと知りたいんです」と微笑まれて、コイツ誰にでもこういうこと言ってんだろうなとか、直角の寝癖つけたままの癖して、とか、色々な粗を探したものの、心臓は馬鹿正直にきゅんと鳴く。何となく負けた気分になって、舌打ちを返しておいた。「何で??」じゃねえ。察しろ。

そこまで長くもない話は、両者が朝食を食べ終わる丁度いいタイミングで終わった。
食後のコーヒーの湯気を眺めながら、俺は少し声量を落として呟く。

「……生きる時間の違いで、自分の見知った人間が悉く消えていくのが嫌だった」

その度に自分の異常さを自覚させられることも、傾けた心をすり減らすのも、もううんざりだった。だから最初から、心の内側には入れないようにしてきた。

何も言っていないのに、そんな俺の心情を見透かしたように空は静かに頷く。そして、机の上に置かれていた俺の片手に彼自身のそれを被せた。そんな風にされたものだから、気付いた時には、俺の口からは言うつもりの無かった言葉がポロリと転がり落ちる。


「俺の前から消えて行かないでくれ」


きょとんとこちらを見つめる空に、一瞬で我に返された。
何を言ってんだ俺は。無理に決まってるし、つーか重いし。子供みたいな我儘を行ってしまったと一気に羞恥心が湧いてきた俺は、「冗談だ」と先の発言を取り消そうとして、

しかし、それを口にする前に空は、

「俺も紅華さんの眷属にさせてもらいますか?そしたらずっと一緒に居られますよ」
「──は、」

何を言われたか咄嗟に理解出来ず、いや、何を言っているかは分かったが、その内容に至った思考が全く理解できず、「何て????」と目を見開いて空に問うと、「だから、俺も眷属にさせてもらいますか、って」と、俺とは温度差ありまくりのあっけらかんとした態度で同じ言葉を繰り返した。

「いや、…何言ってんのお前」
「えっ!!何でドン引いてるんですか!?」

盛大に顔を引き攣らせた俺に、空は焦った風に驚く。
いや、何でって、わかるだろ。本気で言ってんのか?馬鹿か??眷属代表の俺がさっき話した「眷属とかまじ鬱」って感じの体験談をあんな熱心に聞いてたくせして、もしかしてあれ演技か??実際は目の前のメシに夢中で俺の声は耳の穴を右から左に通り抜けてただけか??もう俳優目指せ。絶対に大成するから。俺が保証するから。

思考が逸れてしまったが、言いたいことは一つだ。

「黒歴史になるから辞めとけば」

黒歴史で収まる話じゃないとは思うが、というのは置いておいて。
まあ空がこう言ったのも、俺をフォローしようとかそういう感じの理由でだろう。きっとそこまで深い意味も無い筈だ。一応感謝の気持ちを込めて目の前の頭をぐしゃりとかき混ぜると、空は少しだけ頬を紅潮させて、次いで何か言いたそうに口元をまごつかせた。

煮え切らない態度に「何だよ」と促すと、空は俺の目を真っ直ぐに見て、

「それくらい、故白さんのことが好きってことなんですけど」
「──、」

自分で言ったくせに、時間を経るごとにどんどん赤みを増していく空の顔が良く見えて。
俺は感情を脳に届けることもしないまま、目の前の熱の塊を腕の中に閉じ込めた。「ぐわっ!?」とよくわからない声を上げながらも素直に俺の胸あたりに抱き寄せられた空の耳元に、上から覆いかぶさるようにして唇を寄せる。

「噛ませたくねえから、まだ人間でいてくれ」

ついでに心を揺らされた仕返しのつもりでガジッ、と耳の端を齧ると、空はわかりやすく肩を揺らして、その後これでもかという程顔を真っ赤にして俺を見た。驚愕に見開かれて震える瞳は、若干潤んでいるようにも見える。

あーもう…、愛しさ随時更新すんのかよ。

「てか、お前はもっと考えろ馬鹿!こういうのを寝起きすぐの衝動的な感覚で決めるのが一番良くねえんだよ!」
「いだだだ!ちょ、好きな人には優しくするんじゃなかったんですか!?」
「愛の鞭だ!」
「……あ、」
「照れんなよ」
「は!?照れてませんけどーー!?」

空はベシベシと頭を叩く俺の腕から抜け出すと、腕を組んで若干腹立たしさのある得意げな顔をした。

「ま、まあ?もうちょっと歳を重ねれば、俺だって大人っぽくなって魅力も増して、より故白さん好みに成長するかもしれませんしねっ!」
「いやお前俺の好み知らねえだろ」
「え!?」

一転。嫌なんですか!?若いままが好きなんですか!?どんなのが好みなんですか!?などと勝手に慌て出す空が愉快でたまらない。

「何笑ってんだ!こっちは真剣なんですけど!?」
「照れたり怒ったり忙しい奴だな」
「誰のせいだと!?」


なあ、空。
本当は、お前が『眷属になる』って言ったのを聞いて、少し迷ったんだ。お前が俺と同じ生き物になってこの先を共に生きていけるのなら、孤独で縛られた100年を埋めて溢れるくらいの穏やかな幸福が待っているんじゃないかと。いずれ来るだろう別離も恐れる必要はないと。期待した。

でもさ、お前は結構他人と関わるのが好きで、そんで、そいつらに対してわざわざ心の端っこを砕いて渡すような奴だから。自分のせいで誰かが傷つくのなら、同じくらいの傷を勝手に背負うような奴だから。今は失う者の姿も上手く想像はつかないだろうけど、きっと俺以上に抱える絶望も多い筈なんだ。

俺は空の好意を利用して、自分の都合が良いように物事を進めることも出来る。
だけど、空が俺と同じになってもいいと思えるくらい俺の事を好いてくれているように、俺もお前に同じ苦しみを味わって欲しくなくて、一生を人間のままで終わらせてやりたいくらいにはお前の事を好いているんだ。

…なんて言ったら、流石にクサ過ぎて笑われるだろうか。


「あはは!俺のせいだな!」


上等だ。存分に俺のせいで笑っていてくれ。
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